俳優座公演「カラマーゾフの兄弟」を観て―亀山郁夫さんに聞く - 光文社古典新訳文庫


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俳優座公演「カラマーゾフの兄弟」を観て―亀山郁夫さんに聞く

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2012年1月11日(水)から始まった俳優座公演「カラマーゾフの兄弟」。千田是也さん最後の演出から18年を経て、前回ドミートリーを演じた中野誠也さんの演出で上演中です。前売チケットは完売日続出で大きな話題となっている本公演、幕開け早々に観劇された亀山郁夫さんに感想をお聞きしました。

2012都民芸術フェスティバル参加公演 カラマーゾフの兄弟
作:ドストエフスキー 脚本:八木柊一郎 演出:中野誠也
《期間》 2012年1月11日(水)〜22日(日)
《会場》 俳優座劇場(六本木)
《出演》
フョードル・カラマーゾフ/児玉泰次
ドミートリイ・カラマーゾフ/田中美央
イワン・カラマーゾフ/頼三四郎
アレクセイ・カラマーゾフ/松崎賢吾
スメルジャコフ/河内浩
グリゴーリイ/遠藤剛、スネギリョフ/中寛三
イリューシャ/保亜美、コーリャ/森尻斗南
ワルワーラ/桂ゆめ、アガーフィア/瑞木和加子
フェーニャ/浅川陽子、トリフォン/斉藤淳
ゾシマ長老/星野元信
分署長/劉毅、ポーランド人/林宏和
カテリーナ/荒木真有美
グルーシェンカ/安藤みどり
リーザ/若井なおみ
ナターシャ/青山眉子

劇団俳優座『カラマーゾフの兄弟』ウェブサイト>>
------舞台化された「カラマーゾフの兄弟」をご覧になっていかがでしたか

img_20120110_11.jpgまさに大スペクタクルです。正味2時間40分、固唾をのんで見守りました。観客の方々は、少なからず「カラマーゾフの兄弟」の内容を知っていて、あのときの感動がどう舞台で演じられるのか、そういう好奇心で来ていたと思います。その意味では、物語に感動するというより、むしろ小説の感動を視覚的に確認するということが大切なのでしょうね。
八木さんの台本は、驚くほど深い読みに裏打ちされたもので、すでに小説を読んで内容を知っている人でも気づかない話の流れをくっきりと浮かび上がらせています。じつにうまく再構成されています。
俳優座の方々は、さすがに日本を代表するプロの俳優だけあって、すばらしい安定感がありました。何よりも、この安定感が観るものにとっては大事で、隅々にまで神経の行き届いた演技にとても感動しました。画期的な舞台だと思います。

------ミーチャ、イワン、アリョーシャを若手の俳優が果敢に演じました

img_haiyuza20120113_01.jpg個性豊かな、コントラスト豊かな役者が3人集まりました。むろん、ミーチャが一番むずかしいと思います。あれだけ豪放磊落な人物をどう役作りするのか、女性のハートを一瞬のうちにつかんでしまう明るさ、決断力、と同時に繊細さ、その最初の二つの要素は実にみごとな演技でした。ただ、最後の繊細さがもう少し前面に出ていたらよかったかな、という印象をもちました。
イワンは、最初は少し堅さが感じられたのですが、時とともにイワン独自の凄みがじわじわと出てきて、とくに裁判での「発狂」シーンは圧巻でしたね。イワンがイワンになる自己分裂のプロセスが非常にくっきりと浮かびあがり、大いに共感がもてました。
アリョーシャは、ドストエフスキーのすべての小説中、人気ナンバーワンの役です。それだけにむずかしい。映画の「カラマーゾフの兄弟」のアリョーシャ像にとても似ていたと思います。とにかくむずかしい。大人と子どもの双方をあわせもつ人物。観客の一人一人がそれなりの理想的なアリョーシャ像をもっているだけになおさらです。ぼくも翻訳では、このアリョーシャをどんな口調で訳すのか、最後まで迷いに迷いました。今回のアリョーシャ役は、きわめて強い意志をもったアリョーシャで、ドストエフスキー自身が「わたしの主人公」と呼んでいる意味をはっきりと裏付けるものだと思います。ラストシーンとしっかりとつながっています。

------スメルジャコフの声、せりふ回しがとても印象的でしたが

底知れぬ邪悪さを演じていました。すばらしい迫力でした。村上春樹がこの登場人物にとくに注目していますが、ここは演出家の中野さんの腕の見せどころだったと思います。日本最初の本格的スメルジャコフ像として一見の価値があると思います。スメルジャコフが「おれはカラマーゾフ」と叫ぶところなど、鬼気迫るものがありました。

------フョードル、ゾシマの描き方はいかがでしたか

アルコール、女、金にまみれた強欲でアクの強い個性をよく演じきったと思います。ただ、ぼくの印象だと、もう少し性格の弱さが出てもいいかな、と。ゾシマのセリフは、短いながらも聞きどころの一つでした。若干、違和感が残ったのは、ガクっと首を垂れて死ぬ場面ですね。あれだけの長老ですから、もう少し穏やかに息を引き取ってほしかった(笑)。

------カテリーナ、グルーシェニカ、女優陣の所作が優雅できれいでした

美しい女優二人がそろい、観客のみなさんはとても喜んだと思います。二つの際だった個性が、どう演じられ、描きわけられるのか、とても興味がありました。みごとなコントラストでした。背筋がすっと伸び、凛としたカテリーナの役がすばらしく、彼女の内面の葛藤をみごとに浮かびあがりました。プライドの強さと、優しさと、残酷さがよく伝わって来ました。去り際がよかった。
グルーシェニカの艶やかさも印象的。グルーシェニカは本能的な女性ですが、どこかに動物的な邪悪さを秘めている。長い不信のゆえです。その隠された自己分裂が、ミーチャとの出会いによって治癒される。カテリーナとの掛け合いがみごとで、あのキスの場面、ぼく自身ももう目を皿にして、なめるようにして観察していました。
そう、モークロエの場面で、ポーランド将校の台詞を一言で片付けた台本がすごいですね。グルーシェニカの苦しみがそれだけで浮かび上がったのが不思議です。ただ、その後の、絶望にくれる場面で、できれば、一口でもウオッカに口をつけてほしかった(笑)。それに、脇役のアガーフィヤさん、なかなか光ってました。とても大切な役ですから。

------その他に印象に残った役、場面は

スネギリョフ家で、足の悪いニーナがじっとアリョーシャを見つめる場面です。もう一秒にらみ続けてほしかった。非常に暗示的です。スネギリョフの「ございます」口調も見事。あと、手品の場面も。

------ナレーションはリーザでしたね

とてもすてきな声。イメージがぴったり。物語の進行上、ナレーションがきわめて重要なので、リーザは主役の一人といってよいと思います。ただ、小説では、ゾシマ長老による奇跡で、彼女の足は治っている設定になっていたはずですね。このあたり、どう解釈するか。アリョーシャの婚約者の足がなぜ悪いのか、ということの意味が伝わるディテールないしセリフが一つあるとよかったのですが。最後は、両足で大地を踏みしめているリーザの姿を見たいと思ったのは、ぼくだけではないと思います。

------冒頭のシーンは、影絵を使った印象的なシーンでした

酒池肉林の場面。きわどすぎて、目を伏せてしまいました(笑)。意見の分かれるところだと思います。でも、ぼくは苦手です。

------長い小説を2時間40分に仕上げた脚本と演出については

これまで、『カラマーゾフの兄弟』は、映画(プイリエフ監督によるソ連時代のもの、ユル・ブリンナー主役のアメリカ映画、1990年代に作られた「少年たち」、最近、ロシアで放映された大河ドラマ版)で、オペラ(スメリャンスキー作曲、ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場)で、バレエ(ボリス・エイフマン版)など多数観てきました。お芝居で観るのは初めてで、つくづく演劇の難しさを感じました。2時間40分は、一般の観客の忍耐力の限界ですから、これ以上は延ばせないのでしょうね(ぼくは何時間でもおつきあいしますが)。でも、もう、30分ほしかった。これだけの台本ですから、もう少し間があって、ゆっくり物語が進んでくれると・・・・・・

------フョードルが殺されるシーンは、重要なシーンのひとつですが

『カラマーゾフの兄弟』を、愛の物語とするか、父殺しのミステリーとするか、そのどちらを選択するかで、フョードルが殺害されるシーンの扱いは違ってくると思います。八木さんの台本は、その中間というよりも、やはり、愛の物語に重点が置かれています。ですから、初めから犯人を明示しました。それは、当然、そうあるべきです。
ただ、ぼくとしては、父親の家の窓はガラス窓にしてほしかったですね(笑)。でも、きっと舞台作り、というか大道具の関係からそれは不可能だったのでしょう。とにかく、この父殺しの場面は、舞台上で空間化するのが、ものすごく難しいはずです。グリゴーリーが追いかける場面まで入っているのですから。むしろ、よくもここまで一つの空間で処理できたな、と驚いたくらいです。

------ロシアを描くディテールで気になったところはありますか

時代考証は申し分ないと思います。

------エンディングはどのような形で演出されるのか、関心をもって観にきました

圧巻でした。「カラマーゾフ万歳」を叫ぶアリョーシャ・カラマーゾフと少年たちが、13年後に革命運動に走るというところまで踏み込んで、しかもアレクサンドル二世暗殺という史実と一体化させながら物語を作りあげています。演出家の中野さんの決断です。観客にとってはショックだったと思いますし、すばらしい構想だと思います。

------同時に複数の場所で物語が進むので、舞台セットの展開が難しかったのでは、と

これ以上機能的に舞台セットを組み立てるのは、不可能だと思います。かつて、マリインスキー劇場でオペラ『カラマーゾフの兄弟』を観たとき、あれほど大きなステージでも狭いと感じたほどです。小説の読者が脳裏で思い描く空間は、地平線まで広がっていますから。むしろ今回の舞台で、一カ所たりとも不自然さを感じさせなかったのが、ふしぎなくらいです。でも、さらに大きなステージで演じられるといいなと思いました。

------音楽のシーンにもう少し厚みがほしかったかな、という思いがあります

これは、大事な点です。ラストの十字架の場面で、非常にシリアスな音楽が流れます。ぼくの好みでいうと、冒頭の場面でも同じ音楽をしっかりと鳴りひびかせてほしかった(鳴っていたのかな?)。冒頭に、やはりラストを暗示する伏線がほしいと思いました。

------ぜひ再演を期待したいですが、今後の舞台に望むことがありましたら

やはりラストをどう生かすか、ということでしょうね。ぼくが台本作家だったら、台本の冒頭にやはり「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」 の一行をしっかりと書き込みます。説教臭くなる危険をおかしてでも、です。
なぜなら、この一行を書き加えるだけで、きっと、ラストが生きてきますから。アリョーシャの運命の道筋は、物語のはじまりの段階では、二つあったはずです。一僧侶として一生を送り、知られざる伝道者として、キリストと同じ33歳の生涯を閉じる。そして、もう一つが革命家として33歳でゴルゴタの丘にのぼる。でも、共通するのは、自己犠牲です。神か、革命か、これは、ドストエフスキー自身の最大のジレンマでした。アリョーシャがいかにして「一粒の麦」の運命を成就するか、それが、この作品の最大のテーマでもあるはずなのです。



cover01.jpgカラマーゾフの兄弟1<全5巻>
ドストエフスキー/亀山郁夫 訳
定価 (本体724円+税)

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2012年1月19日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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