高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第35回「プルーストと暮らす日々」 - 光文社古典新訳文庫


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高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第35回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第35回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 35

「どうしてプルーストが好きになったのですか」

先日、学生からこんな質問を受けた。簡単そうでなかなか答えにくい。誰かを好きになるのと同じで特別の理由などないのですと答えてその場をしのいだものの、妙に心に残って何度か反芻(はんすう)するうち、私の場合、好きになった文学者が少なからずプルーストを愛読していたことが要因の一つかもしれないと思い至った。

なかでも私自身の文学観を形成してくれた恩人とも言うべき堀辰雄、中村真一郎、吉田健一といった文学者たちがそれぞれプルーストに関する見事なエッセイを著していたことは決定的だったような気がする。

今年の正月休みは偶然にも、七〇年代に筑摩書房から出た、『堀辰雄全集』(画家の岡鹿之助による装訂がひときわ美しい)を机上に広げて読んでいた。堀辰雄の文章は真水か静かなせせらぎのように心のうちに入ってくる。あれこれ繙(ひもと)いているうち、ふとこんな一節が目にとまった。

「スワンは『私』の上に大きな影響を与へた人物だ。だからそのスワンと云ふ人物を精細に描いて置くことは後に『私』の性格を語るためにも無駄ではない。それに小説全体の構図から見ても、この『私』の生れない前のスワンの恋物語のあるために非常に奥行の深くなつてゐる感じがするのである」

先般「スワンの恋」を訳したとき、改めてプルーストの構成の巧みさに舌を巻き、その一端を訳者解説にも記したのだが、それはここで堀辰雄のいう「奥行」とまさに重なる。引用したのは「文学的散歩 プルウストの小説構成」と題された短文からだが、堀辰雄はほかにも「プルウスト雑記」「続プルウスト雑記」「プルウストの文体について」などを書いていて、どれもがプルーストの魅力を伝えてくれる名篇である。

プルーストに関する堀辰雄の幸福感あふれる言葉は、いつしか血となり肉となって私の内面にしみこんでいたに違いない。

「プルーストを読む喜びを、堀辰雄が教えてくれたから」。今度からはそう答えようと思っている。
(2012年1月19日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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2012年1月26日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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