高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第40回「プルーストと暮らす日々」 - 光文社古典新訳文庫


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高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第40回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第40回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 40

一九一九年十二月、プルーストはその年に刊行した『失われた時を求めて』第二篇「花咲く乙女たちのかげに」でゴンクール賞を受賞した。その後三日間のうちに八百八十六通に及ぶ祝福の手紙が届いたという。

第一次世界大戦後初めてのゴンクール賞であり、対抗馬が在郷軍人だったドルジュレス作の戦争小説『木の十字架』だったこともあって、最初は反感の混じったセンセーショナルな反響を呼び起こし、たちまち売り切れ。増刷を重ねるうち、短時日のうちにプルーストの真価に気づく読者が飛躍的に増えていった。

受賞直前に、プルーストが版元のガリマールに書いた手紙が残されている。ごく一部を抜き出して紹介してみる。

「『花咲く乙女たちのかげに』は信じられないような偶然によって、『スワン家』の百倍も成功を収めています。この本は日本や中国のどんな机の上にも置かれることになると申し上げたら、以前ゴンクールの模作を書いたときに用いた自分の表現をそのまま繰り返すことになるでしょうか」

全訳がすでに三種類、全訳の試みがさらに二種類。これだけプルーストに親しんでいる国はたしかに日本以外にはまずない。書簡の言葉は矛盾のようにも思える。プルースト自身、日本の事物や日本語を作品中にたくみに配している。中には「ムスメ」という言葉を用いているところもある。

ピエール・ロティが一八八七年に書いた『お菊さん』で、「口をとがらせたり(=ムー)」する「愛嬌のある顔の(=フリムース)」若い娘の意味で、音の連想もあって使ったこの言葉を、プルーストは第三篇「ゲルマントのほう」で、のちに恋人になる少女に使わせている。語り手はこんな言葉は嫌いだと思いつつ、アルベルチーヌのような美しい少女が口にのぼせると、それだけで相手の魅力が増すと感じてしまう。それに続く二人の愛の場面は美しいというほかないが、そこに通奏低音のように響くのが「ムスメ」という日本語なのだ。プルーストによって日本語が新たに生まれ変わる瞬間である。
(2012年2月23日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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2012年3月 1日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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