「新・古典座」通い -- vol.8  2012年4月 - 光文社古典新訳文庫


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「新・古典座」通い -- vol.8  2012年4月

「光文社古典新訳文庫」を、良質な古典作品がかかる劇場に見立て、毎月新刊を紹介。その時々の街の話題と一緒に。 
[文 : 渡邉裕之・文筆家]
〈今月の新刊〉
『サロメ』(ワイルド 平野啓一郎/訳)
『タイムマシン』(ウェルズ 池 央耿/訳)

『サロメ』制作発表会と多部未華子の清新さ

cover146.jpg今月の新刊、一冊目はワイルドの戯曲『サロメ』。話題になっているのでご存知の方も多いと思いますが、翻訳は作家の平野啓一郎さん。そしてこれを台本として宮本亜門さんが演出する芝居が、5月31日より東京・初台にある新国立劇場で上演される。

少し前の話になるが、3月12日に同劇場で『サロメ』の制作発表が行われた。その様子を予告編的にレポートしてみよう。

記者会見で最初に発言したのは、芸術監督である宮田慶子さん(演出家)。彼女の話で印象的だったのは、「きっと亜門さんは、この芝居で、今までの官能的なサロメではなく、純粋で無邪気ゆえに残酷さを示すサロメ像を描き出してくれるでしょう」という言葉だった。

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『サロメ』制作発表(3月12日 新国立劇場)

確かに、今回の平野さんの翻訳は、今までの「(19世紀の)世紀末美学を表現した代表的作品」という看板を外したような戯曲に仕上げている。このことについて平野さんは、次のように語った。

「ワイルドが作品を書いた時、『サロメ』はひとつだけの『昔』をもっていた。それはキリストが生きていた過去でした。そして現代になるとワイルドが生きていた19世紀末という『昔』が加わった。そして今、われわれは、翻訳された言葉、古い日本語という『昔』ももっている。先の二つはそれでいいが、三つ目の『昔』は、今、更新してもいいだろうと思い、新訳をさせてもらいました」

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平野啓一郎さん

過去の翻訳の言葉にまとわりついていたのが、官能性であり、世紀末美学だったのだろう。そのイメージを越えて『サロメ』を見ると、「実はもっと豊かな内容が含まれており、それを生かす翻訳を心掛けた」と平野さんは語った。

「もっと豊かな内容」とは何か? それは「登場人物の繊細な心理」や「ワイルドが生きたビクトリア朝時代を背景としたダイナミックな世界観」だという。

平野訳を見ていくと、台詞は非常にシンプルだ。平野啓一郎というと、衒学的な文章というイメージがあるので、多くの読者は驚くのではないだろうか。

このシンプルな言葉は、実際の演劇の中では、「身体的な言葉」になるだろう。シンプルだからこそ、俳優は「繊細な心理」を豊かに語るために身体を動かし表現していく。その言葉や動きが複数の俳優たちによって重ねられた時、「ダイナミックな世界観」が現出するだろうと平野さんは考えたのだ。

では、その「世界観」とは?

次に語ったのは、演出家の宮本さん(本書にも彼の『サロメ』をめぐる談話がついている)。彼は、三島由紀夫の『金閣寺』を演出した時の話から始めた。そして「三島の人生にとって『サロメ』が大きな意味を持っていること。とりわけ『金閣寺』とこの作品が深く関わっていること」を語った。

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演出は宮本亜門さん

青年僧は金閣寺に火をつけ、サロメは予言者ヨカナーンの首を切らせる。そして二人の若者の背景には、大きく変化していく時代が横たわっている......。このあたりが、「世界観」と関わるところか。

そんな話をした宮本さんが、サロメを演ずる女優として選んだのが、多部未華子さんだった。私は彼女を初めて実際に見たが、清新な存在感の女性だった。

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多部未華子さん

多部さんも会見で「サロメのイメージと、自分のそれとは随分違うのではないかと悩んだ」と語ったが、今回の芝居の最大のポイントは、純粋無垢というイメージを強く感じさせるこの女優をサロメ役に起用したことだ。

上演一ヶ月前、勝手なことをいわせていただくなら、この演出家は、純粋無垢な一人の少女が抱える、予言者である男への小さな欲望を増幅させ、劇場全体に響かせることを目論んでいるのだろう。その響きは、サロメの義理の父である国王ヘロデの、新たな時代への不安と重なって、大きな轟きになっていく......。

実は私は、芝居の制作発表というものに初めて臨んだのだが、なかなか面白いものですね。「多部ちゃんはやはりカワイイ」とか、ヘロデの妻となるヘロディア役の麻実れいさんは、「なんて巨大な印象を与える女優なのか」とか、見てるだけでも楽しかったのだが、やはり一番面白いのは、俳優たち(当日は、ヘロデ役の奥田瑛二さん、ヨカナーンの成河さんも出席)がずらりと並ぶと、演出家の演出意図がなんとなくわかることだった。

ポイントはやはり「多部の清新さ」と「奥田の不安感」だろう。そう私は思った。では、俳優のその雰囲気を、戯曲のどの言葉と共振させ、劇場全体を振わせていこうと宮本さんは考えているのだろうか。

この本を開く。平野さんが訳した言葉を追っていく。俳優たちのことを思い出して、頭の中で動かしていく......。キャストを知って、戯曲を読んでいく。喩えは悪いが、競馬の予想のように、やはりそれは非常に面白い体験だ。

それから、もうひとつ追加の話題を。今月出た文芸誌『新潮』5月号に、綿矢りささんが「ひらいて」という長篇を発表している。その中に、主人公の女子高生が『サロメ』を読むシーンがあり、そこで台詞が引用されている。

主人公は平凡な女子生徒であり、同時に激しく自分の欲望を他者に示していく女性だ。綿矢さんが『サロメ』にイメージするものは、5月末から始まる『サロメ』に近いものではないかと思えた。綿矢さんには、ぜひこの芝居を見てもらいたい。

演劇『サロメ』(翻訳/平野啓一郎 演出/宮本亜門) 
5月31日(木)〜6月17日(日) 新国立劇場

『タイムマシン』と20世紀になろうとする時代

cover147.jpg新刊の二冊目は、ウェルズの『タイムマシン』(池 央耿訳)。私は、これを原作にした1960年に製作された映画『タイム・マシン/80万年後の世界』(ジョージ・パル監督)がけっこう好きだった。

どこが面白かったかというと、西暦1900年の新年を迎えたロンドンにある主人公の家から、物語が始まるところだ。世紀の変わり目で、歴史というものを意識する日に、「時間旅行」が関わっていく設定は、なかなか乙だなと思ったのだ。

ただし、読んでわかったのだが、『タイムマシン』にそんな設定はない。この小説の原型ともいうべき物語は1887年に書かれているのだし、本書が発表されたのは95年のこと。80万年後の未来へ行くのに、5年後のことを書くのは混乱を招くだろう、そう、あれは映画の製作者たちが勝手につくった始まりだったのだ。

しかしながら、あの設定はよかったとまだしつこく思ったりする。そして、この小説の当時の人気のひとつの理由は、世紀の変わり目が近いことと関わっていたのではないかと思っているのだが、どうだろうか。

繰り返すが、世紀の変わり目は、歴史というものを人々に強く意識させ、様々な未来像を想像させたはずだ。その想像のきっかけとしても『タイムマシン』は読まれたのではと、私は想像する。

読み出すとすぐにわかるが、SFの中の一大ジャンル「時間旅行もの」の原点となったこの作品は、やはりしっかりした小説だ。そして、骨太の構造の基本にあるのは、作者ウェルズの驚くほどペシミスティックな未来図なのだった。

小説の後半部の展開に大きく関わる事柄なので、ここでは伏せておくが、この暗い未来図は、けっこう沁みる。こんな物語が支持されたのは、19世紀末のヨーロッパは酷く暗い世界だったのだろう。

先の『サロメ』が書かれたのは1891年。同じ時代に書かれたものだ。世紀末美学を払拭したいというのは、あの芝居をつくる側の考え方で、やはり『サロメ』には、世紀末美学や思考の影響が強いし、そこが魅力だと私は思う。

ワイルドは、この戯曲で新約聖書の時代を、ウェルズは『タイムマシン』で80万年後の世界を、扱うことで、新たな時代がやってくることをどうしても明るく考えることができない、当時の人々の心情を表現したのだろう。

本書には、『タイムマシン』という小説を考える時に参考となるテクストが4本ついている。

1本は、ウェルズ自身が書いた1931年版の「序文」、それとマリナ・ウォーナーという文芸評論家の「補説」英米文学研究家パトリック・パリンダーの「ウェルズ小伝」、そしてSFを含む英米文学の最前線に詳しい巽孝之さんの「解説」である。

ずらりと並んだものを読んでいくと、文庫本というよりは、文芸誌を読むような感じで楽しい。とりわけ、巽孝之ファンには「映像技術、それが現代最大最高のタイムマシンなのだ」といってのける「解説」は、実にシビレルものだと思う。


『宝島』と21世紀の海賊たち

cover50.gifもうすぐゴールデンウィークだ。休み中に何を読もうかと考えている方もおられるだろう。私がお勧めするのは、スティーヴンスンの『宝島』(村上博基訳)だ。

子供向けの海洋冒険小説ではあるが、充分に大人も楽しめる。

物語は、イギリスの港町の旅亭「ベンボウ提督亭」に、赤銅色の顔に刀傷の走る老いた水夫が投宿したところから始まる。

この男はラム酒を飲んで酔いだすと、古い船乗りの歌を唄いだす。 「死人箱島に流れ着いたは十五人/ヨー、ホッ、ホー、酒はラムがただ一本」

この男は酔っぱらいで悪党なのだが、主人公の旅亭で働く少年もどこか気にしてしまう魅力をもっている。語る言葉がいい。

 

「おれは安上がりな男だからな、ラムとベーコンエッグがあって、船を見張れるあの岬さえあればいい。おれの名か。キャプテンと呼んでくれ」

ぐっとくるではないか。この男が死に、財宝を隠した宝島の地図が残される。そこから冒険物語が大展開するのだが、とにかく登場する男たち、片足のジョン・シルヴァーを筆頭に海賊たちのキャラクターが素晴らしい。

狡猾、非情だから裏切りは日常茶飯事、己の欲望のためには殺しなど朝飯前。しかし年下の者を可愛がり、すぐに笑い泣き、ひどく人間的で憎めない海賊ばかりなのだ。

海賊。今回は、この言葉をキーワードに街の話題を語りたい。

昨年9月18日、ベルリン市議会選挙で「海賊党」が15議席を獲得した。 海賊党は、2006年1月にスウェーデンで生まれ、現在40カ国以上の国々で政治活動を行っている。

海賊党はファイル共有ソフトやブートレグCDの合法化を主張するところから始まっている。海賊の名前は、CDなどの違法コピーである海賊版からきているはずだ。だがその主張は、音楽マニアやコンピュータ・フリークたちの内輪的なものから、ネット上での市民権の保護までに広がってきている。

06年9月に結成されたドイツ海賊党では、電話やインターネットに於ける市民権を保護することをテーマにし、ドイツで新たに成立したインターネット検閲法に反対している。現在、ドイツの世論調査によれば、支持率で緑の党を抜き第3位に浮上しているという(1位はキリスト教民主・社会同盟、2位は社会民主党)。

この海賊党の背景には、ハッカー文化があるはずだ。20世紀後半に出来上がったインターネットという新たな海原に、自由を求めて登場した者たちがハッカーだ。彼らはコンピュータシステムに入り込み、フェイクな電子マネーを使い、時にはシステムそのものを破壊する。と同時に国家権力が隠していた情報をネットに晒し、戦争反対のメッセージを発する。まさに21世紀の海賊たちだ。

こうした海賊たちのアート版ともいうべき者たちの作品を見ることができる展覧会が東京で行われている。

青山のワタリウム美術館で開催されている「ひっくりかえる展」(7月8日まで)。時にはイリーガルな方法を使っても、現実を具体的に動かそうとする美術表現を行っている国内外の作家が集結した美術展だ。

企画したのは、日本の美術家集団「Chim↑Pom」。彼らは昨年5月、渋谷駅構内の巨大な壁画「明日の神話」の右下隙間に、福島第一原発の事故を描いた絵を加えるといったプロジェクトを行った。

因みに「明日の神話」は、広島・長崎の原爆、第五福竜丸の水爆などを踏まえ、1968年に岡本太郎が「原爆の炸裂する瞬間」を描いた壁画だ。 「Chim↑Pom」のこのプロジェクトは、「Level7 feat.明日の神話」と呼ばれており、展覧会の会場では、たくさんの人が行き交う渋谷駅で、さりげなく絵を設置している彼らの「作業」を撮影したビデオが流されている。

また、ロシアの「ヴォイア」は、ロシア政権や資本家を敵視、「神父の服に警察の帽子という扮装での万引き、博物館での公開セックスなど、挑発的なアクションを次々と決行」している芸術家集団だという。

会場内のモニターでは、可動式の橋に巨大なペニスをペンキでメンバーが落書きをし、その橋が上がっていくと勃起するように見えるという実にくだらない「アクション」を撮影したビデオが流れていた。しかし、その可動橋が、ロシアの治安当局の庁舎前にある橋だということを知ると、思わず拍手したくなるんだな、これが。

その他、画家である丸木位里・俊の「原爆の図」の1950年代に行われた巡回展の様子を撮影したドキュメンタリー映画の一部が上映されていた。興味深いのは、主催者たちが「原爆の図」が分割され、それぞれの絵が「巻物」としてパッケージされていることに注目していることだ(「巻物」を入れる木箱が展示されていた)。

何故、「巻物」だったのか? 全国巡回のために持ち運びが便利だったことと、もうひとつ、会場で何かあった時にすぐに撤去できるという理由も大きかったようだ。1950年代、GHQは原爆に関する報道規制を行っており、丸木位里の故郷である広島の原爆投下を描いた「原爆の図」は、この規制に触れる可能性があったのだ。

「Chim↑Pom」は、この「巻物」に、自分たちの「作業」や「アクション」との共通性、「現状をひっくりかえすイリーガルな力の現出」を見出したのだろう。

この美術家たちは、ハッカーのようにシステムの中に秘かに入り込む。「Chim↑Pom」のメンバーの一人は、福島第一原発に作業員として入り、構内でレッドカードを掲げる姿をセルフタイマーのカメラで撮影。「Red Card 2011」という作品として展示している。

現代の海賊たちのアクションが直に感じ取れる展覧会。見終わった後は、「ベンボウ提督亭」でラム酒でも飲みたい気分だった。

「ひっくりかえる展」4月1日〜7月8日 ワタリウム美術館


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2012年4月23日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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