高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第61回 「プルーストと暮らす日々」 - 光文社古典新訳文庫


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高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第61回 「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第61回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 61

プルーストにまつわる図版や写真資料を多く集めた『アルバム・プルースト』などを見ていて気がつくのは、眼鏡をかけた人物にほとんどお目にかからないということだ。実際、戯画めいたスケッチに描かれた人物を別にすれば、眼鏡をかけた人物にほとんどお目にかからないということだ。実際、戯画めいたスケッチに描かれた人物を別にすれば、鼻眼鏡をかけているアドリアン・プルースト、つまり作家の父親の医学博士しかいない。しかも、これは知識と教養を備えた象徴としてしばしば肖像で使われる小道具のようにも見える。

概してフランス人は日本人に比べれば眼鏡をかけている割合が少ない。ただ、最近は大型テレビやパソコンやテレビゲームの影響もあってか、以前よりは眼鏡をかけた人を見かけるようになった。町にも眼鏡屋が増えたような気がする。

とはいえ、フランスでも昔からまったく眼鏡が用いられていなかったわけではなくて、十八世紀末には英国のダンディズムの影響もあって、片眼鏡(モノクル)や鼻眼鏡が紳士の間で流行を見る。その後も十九世紀を通じてそうした眼鏡がもてはやされたが、ふつうの眼鏡も近視の人たちの間では使われるようになった。

ただ、写真を撮ったり外出したりするときは外したということはあって、スワンも「家で仕事をするときは眼鏡をかけ、社交界に出かけるときは片眼鏡をはめた。眼鏡より片眼鏡のほうが器量を落とさずに済んだからである」(第一篇第二部「スワンの恋」)。

そのスワンはある侯爵夫人邸の夜会に出かけた折、出席している男たちの片眼鏡がそれぞれの個性を表していることに気づく。その描写が皮肉で、しかも時に突飛な比喩に支えられていて愉(たの)しいことこの上ない。

「その片眼鏡はごく小さくて縁もまったくなかったから、目は絶えず痛々しいほどの痙攣(けいれん)を余儀なくされていた。その代わり、貴重な材質で作られた余分な軟骨のように目に嵌(は)め込まれた片眼鏡のお蔭で、侯爵の表情には哀愁を帯びた繊細さが与えられ、女性たちから、深い恋の悩みも知っている人と評価されるに至ったのである」(同前)

こんな記述に惹(ひ)かれて眼鏡屋の前を通るたびに片眼鏡を探すのだが、残念ながら一度も見たためしはない。
(2012年7月26日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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2012年8月 2日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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