増本浩子さん・連続講演「デュレンマットの普遍----スイスから世界を見る」第1回レポート - 光文社古典新訳文庫


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増本浩子さん・連続講演「デュレンマットの普遍----スイスから世界を見る」第1回レポート

実に魅力的でした。スイスのドイツ語文学の作家、デュレンマットについて話す増本浩子さんの語り口が。

img_20120803_masumoto01.jpg2012年8月3日、東京・赤坂のドイツ文化センターで開かれた、「デュレンマット入門----スイス文学を読むために」という講演。これは、デュレンマットの『失脚/巫女の死』を翻訳した増本さんが行う連続講演「デュレマットの普遍----スイスから世界を見る」の最初の会でした。開始10分、その語りに引き込まれてしまいました。

最初、「スイス文学は特殊なところがあるので、この国のことを知らないと、読み込めないところがある」といい、スイスという「知っているようで知らない国」の紹介が始まりました。

スイスを支える3つの原理「連邦制、直接民主政、永世武装中立国」の説明。日本人にとって、驚くべき話の連続だったのでは。たとえば「直接民主政」、同じ民主主義とはいえ私たちのそれとはまったく異質な世界。非常に原理主義というか徹底しているというか......。

そしてフリードリヒ・デュレンマットは、この突出した原理をもつ国家を批判し続けた作家なのです。増本さんは、この作家の主張を鮮明にするために、同時代の作家マックス・フリッシュも舞台に載せます。

フリッシュの戯曲『ビーダーマン氏と放火犯たち』を紹介。内容はこうです。
img_20120803_masumoto02.jpg「ことなかれ主義の小市民ビーダーマン氏は、ひょんなことから怪しげな二人組を居候させることになる。ビーダーマン氏はその二人組が放火犯だとわかっていても、気が弱いあまりに追い出すことができず、結局は町中が焼けてしまうことになる」

この物語は何を示唆しているのか。増本さんは戦後のスイス評価について触れます。スイスは小国にも拘らずナチスに侵略されませんでした。また永世中立国として、困っている難民や亡命者を多く受け入れました。こうしたことが戦後、非常に高く評価されたのです。

またスイス人も、「民兵制によるスイス軍の武力に、ナチスは恐れをなして、侵攻してこなかった」という神話を信じていました。 

しかし、フリッシュ、そしてデュレンマットは、スイスがナチに制圧されなかった本当の理由を知っていました。最大の理由はマネーロンダリング。スイス銀行があることによって、ナチスの財産が生かされることをナチスは知っており、だからこそ、この国家を制圧しなかったのです。

そのことを隠蔽する国家を批判するために、フリッシュは放火犯だとわかっていても何もしない小市民を戯曲で描き、そしてデュレンマットは小説『嫌疑』で、戦中大勢のユダヤ人を殺害していたスイス人医師が、戦後、金持ち相手の病院を経営をしている姿を描き、その医師の罪を暴こうとする刑事の物語を展開したのです。

その他、スイスの拝金主義、官僚主義、民兵制を批判する、二人の作家の作品が数作紹介されていきました。 

こうしてデュレンマットが、スイスの何を問題にしたのかを、増本さんは私たちに伝えました。その語り口には、ある種の演劇性が。政治や文学の難しい言葉を使わず、経験してきたエピソードを挟み込みながら、心をつかむ言葉と声の抑揚を使って行っていったのです。

『失脚/巫女の死』で、私たちはデュレンマットという衝撃的な作家に出会えましたが、この講演会で、どうやらドイツ文学の新たな語り手にも。

次回は9月14日。講演タイトルは「迷宮としての世界----『トンネル』と『巫女の死』」。いよいよ今回翻訳された作品を使って、デュレンマットの世界が本格的に語られていきます。楽しみな第2回です。

[文 : 渡邉裕之・文筆家]
ドイツの古典図書を古典新訳文庫で読む
『デュレンマットの普遍性-スイスから世界を見る』
第2回 迷宮としての世界-「トンネル」と「巫女の死」
日時:2012年9月14日(金)18:30〜

デュレンマットは世界とそこに生きる人間を表現するのに、迷宮と、迷宮に閉じ込められたミノタウロスという比喩を使うことを好んだ。「迷宮としての世界」が作品の中で具体的にはどのように描かれているかを、『トンネル』と『巫女の死』を例にみていく。

第3回 故障のドラマトゥルギー-「故障」と「失脚」
日時:2012年10月5日(金)18:30〜

デュレンマットは独自の演劇論に基づいて、自作の戯曲のほとんどを喜劇と名づけたが、そのコンセプトは小説にも生かされている。デュレンマットの喜劇観を理解するのに特に重要な作品となっている『故障』を中心に、そのドラマトゥルギーについて考察する。

[増本浩子さんプロフィール] 1960年生まれ。神戸大学大学院人文学研究科教授。専門はドイツとスイスの現代文学・文化論。著書に『フリードリヒ・デュレンマットの喜劇』、共訳書に『ブレヒト 私の愛人』(ベアラウ)、『ドイツの宗教改革』(ブリックレ)、『ハルムスの世界』(ハルムス)など。

東京ドイツ文化センター催し物カレンダー>>


cover151.jpg 『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』
デュレンマット/増本浩子 訳
定価(本体1,048円+税)


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2012年9月 7日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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