「新・古典座」通い -- vol.19 2013年3月〈前編〉 - 光文社古典新訳文庫


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「新・古典座」通い -- vol.19 2013年3月〈前編〉

「光文社古典新訳文庫」を、良質な古典作品がかかる劇場に見立て、毎月新刊を紹介。その時々の街の話題と一緒に。[文 : 渡邉裕之・文筆家]
〈今月の新刊〉
『ご遺体』(イーヴリン・ウォー 小林章夫/訳)

「新・古典座」通い -- vol.19 2013年3月〈後編〉>>

『ご遺体』を書く複雑さと伊丹十三
ご遺体

今回は、3月に刊行されたイギリスの作家、イーヴリン・ウォーの『ご遺体』(小林章夫訳)について書き、後半は既刊本紹介ということで、魯迅の短編を酒ライターの大竹聡さんと語り合っていきます。

まずは、『ご遺体』について。

主人公は、アメリカ・ハリウッドのペット葬儀社で働いているデニスという人物。自殺してしまった知り合いの葬儀の手配のために、デニスは、評判の葬儀社「囁きの園」を訪れます。そこで彼は、「遺体」に化粧をする「コスメ係」の女性、エイメに出会い、恋に落ちる。さて、その恋はどのように展開するのか......というストーリーなのだが、恋物語ではありません。

ポイントは、デニスがイギリス出身の男性だということ。アメリカの商業主義に毒された生活を、イギリス人作家は、デニスを通して皮肉な視線で見ていく。
「囁きの園」にデニスが入っていくと、受付には「葬送レディ」が。彼女は葬儀の仕方、埋葬方法に関して、いかに豊富なメニューを用意しているのかを説明する。棺桶のタイプから、土葬、壷葬(?)、壁葬(!)などのバリエーション、それはレストランのメニューのように豊富であり、ひとつひとつが目を引きます。

そして葬送レディが、説明を終え部屋を出ていく。次からが、この小説の真骨頂を発揮するところだ。

部屋に残されたデニスは、今さっき出て行った女性が、どんな女性だったかを思い出せないことに気づく!

記憶を辿っても、前に乗った飛行機のスチュワーデス、訪れた会社の受付嬢、そして自分の会社の同僚の女性と見分けがつかない。デニスは次のように結論づけます。「彼女たちは規格品なのだ」と。

この国にいるのは、大量生産商品に囲まれた大量生産商品のような人々......。

そんな見立ては、物語が進むとともに徹底化する、いや暴走だ、恋人エイメも規格品のひとつに見えたのか、デニスは彼女を......結末は、容赦のないブラック・ユーモア......このラストを考えだした作家のアタマが、ちょっとコワイ。

物語は、人とペットそれぞれの葬儀社を舞台に展開する。葬儀をモチーフに世の中を諷刺する。多くの人が納得する設定だ。儀式はいつだって「自分」には馴染めないし、距離感を常に感じさせる。その距離があるから、儀式にはツッコミドコロ、笑いのネタが満載となる。そこから補助線を少し引くだけで、世間への諷刺は可能だ、チクリ。

だが、葬式というモチーフを全面的に押し出して成功した作品は、そんなに多くはない。儀式とは手強いものなのだ。しかもそこには、死の問題が深く関わっており、作家に相当な体力、執着心がないと、完成させることさえできないのではないか。このイーヴリン・ウォーという作家、本作の言葉を追っていくと、文筆家としての相当な体力があり、かなりの粘着質であることがわかる。「ブラック・ユーモア」と私は簡単に書いてしまったが、相当の体力と執着がなければ醸し出すことができない味わいなんだ......。

日本で葬儀をモチーフにした作品というと、映画だが、伊丹十三の『お葬式』があった。
伊丹も、作り手としての相当な体力と執着心があった人だった。
「お葬式」は、妻である宮本信子さんの父親が亡くなった際、葬儀を主宰した伊丹が、「これは映画になる」と考え、制作した作品だ。「葬儀が映画になる」とは誰もが考えることだろう。だが、(繰り返すが)完成させることは、誰もができることではない。

数年前、私は四国・松山にある伊丹十三記念館で売られる『伊丹十三記念館ガイドブック』の編集に携わった。

編集スタッフの一人、住友和子さんは、博物学・雑学趣味の人、あるいはヴィジュアル系の書籍好きにはたまらない「INAXブックレット」シリーズ(現在INAXはLIXILになっている)の多くを長年に渡って編集してきた人だ。この人の仕事の特徴は、取材日が面白いこと。その楽しい数日を上手に保存して、新鮮なうちに優れたデザイナーと、てきぱきと料理していくような仕事を行っていく。その住友さんが編集の中心になったので、なかなか面白い本にできあがった。自分でいうのもなんだが、まず判型がいい。文庫本のサイズなのだ。約470ページの小さな本に伊丹十三のあの多彩な世界がぎっしり詰まっている......その「ぎっしり」感がうまく出せたと思う。

伊丹十三記念館は、伊丹から強い影響を受けたという建築家・中村好文さんが設計している。「居心地のいい家」にこだわる人気のこの建築家は、伊丹ゆずりの面白いエッセイを書く人でもあります。その中村さんは、この八面六臂で活躍した伊丹十三の世界をわかりやすく伝えるために名前にちなんで13のコーナーに分けた。このガイドブックもそれに従って13のパートから成り立っている。

「1、池内岳彦(伊丹の本名。幼児〜青年時代の話をまとめている) 2、音楽愛好家 3、商業デザイナー 4、俳優 5、エッセイスト 6、イラストレーター 7、料理通 8、乗り物マニア 9、テレビマン 10、猫好き 11、精神分析啓蒙家 12、CM作家 13、映画監督」

それぞれのパートのイントロは、昨年『火山のふもと』(新潮社)という非常に興味深い小説を出して話題になった松家仁之さんに、様々な顔をもつ伊丹について書いてもらった。松家さんは、新潮社の元編集者で、雑誌「考える人」などを出してきたりした人だ。伊丹十三をとても敬愛し、6、7年前だろうか、新潮社で伊丹の本の再発をし、関連書も出したが、多分、松家さんが想定していたであろう「伊丹リヴァイアル」には残念ながらならなかった。

ガイドブックの編集をして思ったことだが、伊丹十三は、やはり複雑なのだ。13の顔をもつことの底知れぬ深い理由は、今の読者の多くには「何か面倒くさいこと」として感じられてしまうのではないか......、私はそう考えた。

そして、『ご遺体』のイーヴリン・ウォーである。私は、伊丹を思い出していくうちに考えたのだけど、この作家も伊丹のように、とても複雑な人ではないか。おまけに異常な体力と執着心のある人だ。......ちょっと面倒くさい。

小林章夫さんの「解説」を読んでいくと、ウォーは13ではないが、2つの非常に異なる顔をもっている作家だったことがわかる。本作のような「諷刺と皮肉を主体とする冷酷なユーモアに溢れた小説」と、自身の青春時代が書かれている『回想のブライズヘッド』を代表とする「あきれるまでに感傷的でありながら、過ぎ去った時代を美しく回顧する姿勢とが混じり合った小説」を同時に書く作家なのである、この人は。

『回想のブライズヘッド』は、どうもカトリシズムを前面に押し出した小説で、彼にとってカトリックの信仰は重大な意味をもつらしい。それだから、気になる。アメリカの商業主義を諷刺するためとはいえ、信仰に意味を見いだしている人が、葬儀、あるいは人間の死に対して、あれだけふざけコケにするか! これは「精神のバランス」について相当な覚悟をもった人でしょう。

そういえば、ウォーの作家生活は、ラファエル前派を代表する画家ロセッティの伝記と、抱腹絶倒のユーモア小説のほとんど同時期の刊行でスタートした。私はあの美しいラファエル前派の絵を愛してきたが、絡まる蔦に触れながら意味あり気に佇む乙女たちと、抱腹絶倒のジョーク......。そして「解説」を読み、この作家の信仰について考え、もう一度本書を読み直せば、「遺体」に化粧する「コスメ係」のアメリカ娘を最後には......ウォーの複雑な毒がまわってきた。

クセのある作家が好きな人にはたまらないはずだ。そして、このねじ曲がった心はエッセイがいいんじゃないかな、エッセイ集を読んでみたい。

後編は魯迅の『孔乙己(コンイーチー)』について、ライターの大竹聡さんとの対談です>>

伊丹十三記念館
中村好文さんは、「中村好文展 小屋においでよ」を開いている(TOTOギャラリー・間 2013年6月22日まで)
中村好文展 小屋においでよ

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2013年5月29日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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