連載『古典の森から ぶらり気ままな「読書散歩」』──第4回「ロシアの伝説的出版社の栄光と終焉」(2) - 光文社古典新訳文庫


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連載『古典の森から ぶらり気ままな「読書散歩」』──第4回「ロシアの伝説的出版社の栄光と終焉」(2)

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『本のための生涯』
イワン・スイチン/著
松下 裕/訳
(図書出版社刊 1991年)

チェーホフに関して書かれた文章はとても美しいものです。日本の愛読者におなじみのチェーホフの写真は、少し憂鬱そうに額と頬に指をおいた一枚ではないでしょうか。生真面目そうで、神経質な印象がありますが、本書に登場するチェーホフは、まるで違うのです。

「スイチンは新聞を出さなければならない」安価で大衆的で誰にでもわかるような新聞を出すようにチェーホフは根気強く説得を繰り返しました。しかも魅力的な未来図を描いて見せるので、スイチンもついにこの事業に取り組む決心をします。政府から発行の許可を取ろうとしたスイチンは、困難の連続に挫折しそうになります。しかし、ここでも堅忍不抜の精神を発揮して、ついに新聞発行者として承認されるのです。

取るものも取りあえずチェーホフに報告に行ったスイチンは、こう言って励まされます。

「新聞は、その社の読者の友人でもあり教師でもなければなりません。新聞は、読者に読む習慣をつけさせ、そのなかで趣味を養い、書物に到る道を切りひらかねばならない。新聞の読者は本の読者にまで成長するはずです」

チェーホフの言葉は現代に生きるわれわれにとっては隔世の感があります。しかし現在のようにメディアが凄まじいスピードで変貌を遂げる時代にあって、この素朴な発言は、かえって新鮮な響きを持っているのではないでしょうか。チェーホフはその日の夜、ホテルに12人の文学仲間を招いて、スイチンの新聞への応援を頼みます。チェーホフは大変な上機嫌でこんな言葉を繰り返します。

「これまでわれわれには『きのう』と『きょう』しかなかった。だが今に『あした』もやって来ます。それはいつかきっとやって来ますよ」

実際には新聞を伝染病と同じように考えている当局からの監視をかいくぐらなければならず、大変な才能の持ち主にもかかわらず、毎晩酔いどれてしまう、いかにもロシア的な編集者に悩まされたりもしました。しかし最終的には娘婿の不眠不休の働きぶりにも支えられて、100万部を超えるヨーロッパ有数の新聞に成長させることに成功します。何度も挫折しそうになったことをスイチンは率直に告白します。だが、彼は決して屈服しませんでした。

半世紀にわたる出版活動を通して、ロシアのほとんどすべての文学者と知り合いになったスイチンにとっても、チェーホフほど強い印象を残した人はいなかったようです。「非常に魅力的な、驚くほどの素朴さと、心にしみいる小児のような率直さ」を持った人物との最初の出会いはこんなふうでした。

わたしはチェーホフと偶然、街かどで知りあった。(中略)秋の外套すがたの美しい、感じのいい青年が近づいてきて、低めのよく響く声で呼びかけた。
「こんにちは、イワン・ドミートリエヴィチ(スイチン)。お近づきにならせてください......。チェーホフです」

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誰からも愛されたチェーホフは、黙っている時でも十分魅力的でしたが、彼の微笑、とりわけその目にちらりと浮かぶ笑みは、周囲を和ませる力をもっていたようです。さらにお茶目な一面もあり、スイチンや友人たちと一緒に仮面舞踏会に出かけた際に、友人たちのことをシベリアの金鉱を持っている大金持ちだと女たちにささやいて、女たちを一晩中友人たちから離れないようにするという悪戯もしています。

しかし時代の荒波は容赦なくスイチンの事業にも襲いかかります。1905年の第一次革命では政府によって動員された消防士たちに、こともあろうに印刷工場を焼き払われるという不幸に見舞われます。まるでレイ・ブラッドベリの『華氏451度』の世界ですね。見守る軍隊も消火作業をさせませんでした。スイチン自身も逮捕か銃弾が迫っていると警告され、ぺテルブルグに逃亡します。この時も終始落ち着いた対応をするのですが、この事件の背後に政府があったことが、出版業がいかに権力から危険視される存在であったかを物語っています。

1910年のトルストイの葬儀の際も、スイチンはモスクワの友人たちとヤースナヤ・ポリャーナに向かいます。かつてトルストイが、若き日を過ごし、長じて『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』を書いた土地に、たくさんの人がこの作家に別れを告げに集まってきたのです。スイチンのトルストイの葬儀の回想は臨場感にあふれています。一人の作家の死が民衆にこれほどの衝撃を与えたことに、いまさらながら不思議の感を抱いてしまいます。

その後トルストイの遺産相続人の意を受けて、スイチンは50ルーブルの豪華版全集を1万部、10ルーブルの廉価版全集を10万部発行します。この出版はスイチン社には何の利益ももたらしませんでした。スイチン自身はこの仕事を、ロシア人が「限りなく多くのものを」負うているトルストイに対する責務だと考えていたのです。

第一次世界大戦の始まる2年ほど前から、スイチンはロシア社会の息苦しさに耐えがたい思いを抱き、しきりに旅をするようになります。閉塞感のひどさは、なんだか今日の日本に似ているような気もします。彼はロシア国内の旅行だけではなく、わざわざイタリアのカプリ島まで足をのばしてゴーリキーに会いに行くのです。当時、そこは革命家の教育機関の様相を呈していました。

さらには、あの怪僧と呼ばれたラスプーチンが宮廷に跋扈していた時代でもあります。スイチンの面白いところは、イギリス人のジャーナリストから勧められてこのラスプーチンに会いに行くところです。ラスプーチンは予想通りの人物で、とりたてて印象的なやり取りがあったわけではないのですが、野次馬精神の旺盛なスイチンらしい行動力ですね。

ロシアは第一次世界大戦に参戦し、前線では数百万の死傷者を出しながらも、「首都ではシャンパンが川のように流れている」現状にやりきれぬ思いを抱えたスイチンは、権力中枢では何が起きているのか、という疑問を持ちます。その結果、皇帝に直接会いたいという強い願望を抱き、いろいろなコネを使ってついに拝謁に成功するのです。スイチンが自らの夢である、ロシアに自前で大きな学校網を作り上げ、識字率を上げるという計画について、ヴィッテ元蔵相に説明した際に「政府は容認するが、けっして共鳴できない」と言われたことを話します。

終始無言でいた皇帝ニコライ2世は、最後に口を開きます。スイチンの訴えに「それは大変遺憾なことだ......」と言い「調べてみよう」とだけ答えるのです。そして突然、皇帝は思いがけないことに、スイチンにその手を差し伸べたのです。なんとも不思議な邂逅としか言えませんが、スイチンの緊張はいかばかりだったでしょう。

こんな行動力をもった出版人がロシア革命の後は、仕事から遠ざかり1934年まで生きながらえたことは幸福であったでしょうか。1924年にレーニンが死去し、1929年にはトロツキーが国外追放されます。スターリンが、絶対的な権力者として君臨する過酷な体制下で最晩年を生きたスイチンは、何を思っていたでしょう。自らがその啓蒙に生涯を捧げた農民と労働者階級の姿に満足していたのでしょうか。

人類の解放を目標に掲げたボリシェビキ政権のもたらしたものは、かならずしもスイチンの理想とは一致しなかったのではないかと思います。この自伝には晩年のことは一切触れられていません。だからこそ、この本を読み終わった後に、スイチンの苦悩に満ちたつぶやきが、かすかに聞こえてくるような気がするのです。

現在は古書としてしか手に入らないようですが、ロシア文学やロシア近代史に興味のある方にはもちろん、本の好きな方には価値ある一冊だと思います。

[文 : 翻訳編集部 編集長・駒井 稔]

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2014年5月22日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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