〈あとがきのあとがき〉D・H・ロレンスの速さと荒さ、その異質性 『チャタレー夫人の恋人』の訳者・ 木村政則さんに聞く - 光文社古典新訳文庫


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〈あとがきのあとがき〉D・H・ロレンスの速さと荒さ、その異質性 『チャタレー夫人の恋人』の訳者・ 木村政則さんに聞く

チャタレー夫人の恋人
『チャタレー夫人の恋人』
D・H・ロレンス
木村政則/訳
チャタレー裁判
1950年、伊藤整が翻訳した『チャタレイ夫人の恋人』の大胆な性描写が問題となり、訳者である伊藤と版元の小山書店社長の小山久二郎が、刑法第175条(わいせつ物領布罪)違反で起訴された。一審では小山が有罪、伊藤が無罪。二審では両名とも有罪となったため上告。1957年の最高裁による上告棄却で裁判は終結した。
この「チャタレー裁判」では、猥褻と表現の自由の関係が問われた。特別弁護人として文芸評論家の中島健蔵、評論家・劇作家の福田恆存らが出廷した。
その後、猥褻と表現の自由を巡って、サド裁判(1959年起訴)、四畳半襖の下張り裁判(1972)、日活ロマンポルノ裁判(1972)などが話題になったが、チャタレー裁判は、時代背景が他の裁判と異なると思う。時は1950代年初頭、戦争直後の時代。国家による表現の抑圧という問題は、戦前戦中の生々しい弾圧に関わる記憶を甦らせたろう。さらに、裁判が終結する年まで、GHQによる言論統制が行われていた。表現の自由の問題は、現在の私たちが思っていることとは、かなり違っていたはずだ。(文責・渡邉)

「かつて日本語に翻訳された『チャタレー夫人の恋人』は発禁処分にされたけれど、今読めば、性的な描写は猥褻なんかではなくてフツーに読めてしまうんだよね」と考える人はきっと多くいるでしょう。実際そうなのだけど、そのことによって、この小説が古くさいものだと思えてしまうのなら、とても惜しい。

そう、物語は、上流階級の夫人が領地の森番の男と関係を結び、地位や立場を超えた愛の世界へと突き進むというもの。

猥褻とかタブーを破るといったことに過剰に反応せず、今回新訳されたこの長編小説をゆったりと読んでいくと、一人の女と一人の男が出会い、そこで生まれた恋愛の全体性を、独特なタッチで描いた作品であることがわかってきます。

主人公の女と男の背景をD・H・ロレンスは書いていきます。20世紀初頭の工業化社会、イギリスの階級社会、そしてチャタレー夫人の夫を下半身不随にさせた第一次世界大戦など......その描き方が独特なのです。

その独特さは、今回の「あとがきのあとがき」に登場する『チャタレー夫人の恋人』を訳した翻訳家・木村政則さんの話からも伝わってくると思います。木村さんは、ロレンスの文章の速さと荒さについて語り、イギリスの階級社会におけるロレンスの特異性について触れます。

ペシミスティックな事態や人間関係も多く書かれている小説ではありながら、様々な場面でどこか希望の光が感じられるのは、ロレンスならではの文体や作家としての立ち位置と関係しているのでしょう。

木村さんにはその他いろいろと聞いてきました。この小説を翻訳した伊藤整のこと、そして木村さんがロレンスに感じているシンパシーから、話は横浜の肉体労働者の文化へと展開していきます。楽しんで下さい。

 
その文体と反抗の身振り

------今回の「訳者あとがき」で印象に残ったのは、木村さんがロレンスの文章を「速くて荒い」といっているところでした。

木村 イギリス文学研究の世界では、やはりD・H・ロレンスは王道の人ですから、ヘソマガリの僕なんかには、あまり縁がない作家でした。今回、『チャタレー夫人の恋人』を訳すというお話があって、初めて原文を読むと、「文章が荒い!」とまず感じました。

ウルフやジョイスなどは難解な言葉を使いますが、こちらは実に平易な言葉を使う。それで緻密な文章を組み立てればいいのですが、何度も同じ言葉を使ったりして実に荒っぽい文章を作り上げていくのです。

どうしてこうなってしまうのか。ひとつは速度の問題があると思います。読んでいてわかってきたのは、ロレンスの頭の中にはイメージがしっかりあって、とにかくそれをかなり速いスピードで文字に定着したいと考えたのではないか。そのために荒い文章になったのだと思ったのです。

抱えているイメージを言語化するには勢いが大事だったのでしょう。彼の伝記を読んでみると、案の定相当な速さで書いていました。

------このような文章の印象を踏まえて、木村さんは「ロレンスって、パンク」と書いています。

木村 速くて荒いのはパンクの演奏方法ですからね。階級を越えていく恋愛物語には、この書き方が必要だったのです。緻密な文章で書いたら、内容と文体に齟齬をきたしたと思います。

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若き日のロレンス

そしてロレンスはパンクのように反抗的です。20世紀初頭のイギリスで彼のような労働者階級の人間が小説を書くということは、今では想像できないくらい特別なことでした。労働者階級が中産階級の文化である小説を書き出すのは第二次世界大戦後、たとえばアラン・シリトーといった作家の登場を待たねばなりません。

この時代、坑夫の息子が小説家になるということ、それ自体が反抗の身振りだったと思います。

------この小説ではイギリスの階級社会の問題がしっかりと描かれています。しかし社会主義的な視点でその問題が扱われてはいません。いわゆるプロレタリア小説の階級問題ではないのですね。

木村 ロレンスは階級社会を壊そうとはしていない、階級がないところで生きたいのです。
また、工業化社会になる前の世界に生きたいと思っているのだけど、この工業化社会がなくなるとは思っていません。

小説の主人公チャタレー夫人であるコニーと森番メラーズのことを考えると、やはりロレンスと、彼の奥さんになったフリーダのことをイメージしてしまいます。実際のロレンス夫妻も、労働者階級の男性と上流階級の女性の組み合わせです。この小説の主人公二人がこの物語の後にどうなるのかと想像してみると、実際のロレンスとフリーダのように二人して旅に出て、ある意味ドロップアウトした生活に入っていく姿がイメージされます。階級のない、そして資本主義に毒されていない生活が展開されるのでしょう。ロレンス自身も実人生でそういう世界を目指していました。

この作家の伝記を読むと、彼が商業的なものから離れて生きていこうとしていることがよくわかります。夫婦で旅を続け、そこでロレンスは、ふつうなら奥さんがやるような日常的なこまごましたこともしながら日々を過ごしています。

------あたりまえの男と女の暮らしなのに、ロレンスがするとどこか反抗的に選び取っているように感じられますね。この小説にもその感じが魅力的に表現されています。

木村 普通、労働者階級の男は仕事に行き、夕方からはパブで呑んでハメをはずすというのが日常のパターンですから、ロレンスの生き方は特別です。彼はイギリスの階級社会の中では異質な人なのです。

「伊藤整が好きだった」ということ

------「あとがき」で一番おもしろかったのは、冒頭いきなり「伊藤整が好きだった」という言葉から始まるところです。日本で『チャタレー夫人』といえば、それを翻訳し発禁処分を受け裁判闘争をした伊藤整。ですから、新訳をした木村さんが彼に触れるのは当然ですが、興味深いのは、ここで書かかれているのは小説家としての「伊藤整が好きだった」ということです。

木村 好きというよりは、伊藤整によって、ある時代を乗り越えられたと思っています(笑)。

若い頃って悩みごとがいっぱいあるじゃないですか。一応、僕もいろいろ悩みました。

今ならインターネットがありますから、きっと同じような悩みをもつ人のブログなんて覗くのでしょうが、80年代前期の頃のことですから、僕にとっては小説を読むしかなかったのです。最初に読んだのは漱石。とりわけ『行人』にはたまげました。僕と同じようにこんなに悩む自意識を抱えて生きる主人公がいるんだ! と思って。次は島崎藤村ですね、『桜の実の熟する時』といった自伝的青春小説を読んで、これも「自分に近いな〜」と勝手に思ったりしました。

普通、こういうのを読みあさっていると伊藤整には辿りつかないものです(笑)。だいいち時代は80年代ですからね。しかし出会ってしまった。

僕は少年時代から映画をたくさん見ていました。高校くらいになると昔の邦画も好きになって、たとえば東京・大井の「大井武蔵野館」なんかによく通っていたりしました。「あとがき」でも書きましたが、そこで増村保造監督の『氾濫』という映画を見て、原作者の伊藤整を知ったのです。これはある実業家と俗物教授、それぞれの家族たちを中心に、現代人の金銭や名誉、地位、セックスに対する欲望を描いた物語ですが、非常に強い印象を受けました。

『青春』伊藤整(新潮文庫)
『青春』 伊藤整
新潮文庫

さっそく書店に行って伊藤整という作家を調べると『青春』や『若い詩人の肖像』などという小説がある。『青春』なんて悩める若者にとっては、いかにも読みたくなるタイトルではないですか。こうした小説の主人公たちも悩んでいるんですよ、やっかいな自意識を抱えて。こういう自分みたいな奴について読むということは得難い体験です。

僕は現代の文学理論も齧ってきましたが、「小説は人生の糧になる」と思っている人間です。実際、夏目漱石、島崎藤村、そして伊藤整がいたから、あの時代を乗り越えられたと思っています。

------『チャタレー夫人』の伊藤整訳についてどう思われましたか?

木村 数多くある日本語翻訳の中で、僕は7冊の翻訳を参考にしましたが、伊藤整の訳はロレンス研究家でもある武藤浩史先生のものとは対極だと説明するとわかりやすいでしょうか。

武藤先生は、ロレンスの荒さと速さを意識してノリと方言で一気に読ませる。対して伊藤整訳はゆったりレイドバックしています。男と女の物語なんだということを意識して訳している。この主題で自分が小説を書いたら、こうなるんだという翻訳文です。

------それを踏まえて、木村さんは今回どう翻訳したのですか?

木村 速くて荒い文章で書かれた恋愛小説として訳そうと思いました。ただし荒い文章を速いリズムに乗せるということばかり意識すると、物語がぼやけていってしまう。その点、武藤先生の訳は文体と内容が一致した名訳ですよね。僕にはあれ以上のことはできません。そこで男と女の物語だということを重視しました。具体的には恋愛の機微がわかるようにしたつもりです。

恋の流れの中で、どちらかが一歩踏み出す瞬間ってあるじゃないですか。はっきりいってロレンスの英語では、そこがわかりにくい。なので「おっ、ここで男が動き出した!」とわかる形にしました。

------そこでお聞きしたいのが性愛の場面についてです。伊藤整訳『チャタレー夫人』が発禁処分になったのも、その描写が問題になったからです。木村さんは、今回、性愛の描写をのように考え訳したのでしょうか?

木村 すっかり張り切ってしまって、翻訳をする前、「性」に関する言葉ばかりを集めて辞書を何冊か買い込みました。面白くて、暇さえあれば、拾い読みしていました。小学生の男の子が「おっぱい」を引いて喜ぶのと同じです。まあ、そんなことしていたのは僕だけかもしれませんが(笑)。

それはともかく、実際にいくつか訳語として採用しました。最初の頃は凝った訳語も使ってみたのですが、原稿を繰り返し修正していくうちに、ほとんど削除してしまいました。やはりそこだけ浮くんですね。ロレンスが性に関する言葉を興味本位で使っていたのなら、読者を興奮させるつもりで使っていたのなら、それでいいと思います。でも、小説のテーマということを考えたら、そうではないのだろうなと思いました。もちろん、興味本位で使っていなかったのだとしても、そういう言葉が当時の読者にとってショッキングに響いたのだとすれば、現代の読者にもその衝撃を与えるべきだという考え方もあって、その場合は、まあ、放送禁止用語的な四文字言葉を使ったりしてもいいわけなのですが、しかし、いまの時代、そういう言葉が小説に出てきたからといって読者が衝撃を受けるとは思えません。むしろ、下手をすれば、笑ってしまうのではないでしょうか。

いずれにせよ、物語やテーマを無視して、性に関する言葉や描写だけを突出させるようなことは控えました。そのため、小説の中でうんざりするくらい使われている男性器や性行為を示す言葉は、この単語にはこの訳語というような方針はとらず、文脈に合わせて変えています。

ロレンスへのシンパシーと横浜

------さて、木村さんが翻訳家になったきっかけを教えて下さい。

木村 僕は映画が好きで、最初は字幕翻訳の仕事をしたいと思っていたのです。それで大学では英文学を専攻しました。じつは、そのときの先生の一人が、今回、同時期に古典新訳文庫で出版される『老人と海』(ヘミングウェイ)の翻訳をされた小川高義先生なんです。4年間、授業と読書会で鍛えられました。先生には、学生時代から、翻訳をするようになった現在にいたるまで本当にお世話になっています。ですから、自分が翻訳した小説が、恩師である小川先生と同時期に出版されるのはとても感慨深いものがあります。

大学では恩師としてもう一人、この古典新訳文庫で『嵐が丘』を訳された小野寺健先生がおられます。たくさんのことを教えていただいた小野寺先生ですが、その授業で映画『眺めのいい部屋』(監督・ジェイムズ・アイヴォリー)のビデオを見る機会を与えて下さったことにはとても感謝しています。80年代中期、この作品や『モーリス』(監督・ジェイムズ・アイヴォリー)など、イギリス映画がブームになっていた時期でした。『眺めのいい部屋』は、とてもいい作品で、原作がE・M・フォースターの小説ということもあり、これをきっかけに僕はイギリス文学にのめり込んでいきます。

イギリス小説は未知の分野だったので、まずは先生が訳されたアイリス・マードック、マーガレット・ドラブルなどを読み、あとは新旧取り混ぜて手当たり次第読んで、読めば読むほどイギリス小説は自分に合っているなと思いました。まあ、ひとことでいってしまえば人間臭く泥臭い小説、それが自分に合っていたんですね。  それで映画の字幕翻訳家から小説の翻訳家になろうと鞍替えしたわけです。

------よい先生に恵まれた大学生活を送られたのですね。

木村 とはいいますが、僕のような人間が大学や大学院に行くと、ものすごいコンプレックスを感じるんで、けっこう辛かったところもありました。

僕がロレンスにシンパシーを感じるとすれば、それは出自が似ているところです。ロレンスの父親は坑夫ですが、うちの父は横浜の山下埠頭で艀やボートを動かしているような人です。そして親戚にも大学にいったような人はほとんどいません。つまり僕も同じ労働者階級から出てきた人間なんですよ。

------生まれたのはどちらですか?

木村 鶴見ですね。それから一時期伊豆に引っ越して、戻ってきて高校まで住み続けたのは横浜の中区、わかりやすく言うと中華街の近くです。中学の同級生たちは寄せ場があるところから通ってくる子がけっこういました。ということもあり、肉体労働者の街で生まれ育ったという意識があります。

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海芝浦駅から大黒埠頭方面を見る。
鶴見から横浜・川崎の京浜工業地帯へ向かう労働者たちのための鉄道路線が鶴見線(JR東日本)だ。その海芝浦支線の終着駅が海芝浦駅。ホームに降りると目の前に海(京浜運河)が広がる。振り向けば東芝の工場の建物が迫っている。京浜工業地帯ならではの絶景だ。

------私は鶴見から大黒埠頭あたりに向かう地域や、川崎の扇島、東京の平和島、京浜島などの京浜工業地帯の湾岸地区をそれなりに知っています。横浜の湾岸地域は、東京と比べると肉体労働者の文化が今でも色濃く残っているんですよ。大黒埠頭の倉庫街で日活「野良猫ロックシリーズ」の梶芽衣子さんが年とったようなおばさんたちが、けっこう気合いが入った喧嘩をしているとろを見たことがあります(笑)。

木村 僕が小さい頃に通っていた伊勢佐木町や馬車道の映画館には、まだ肉体労働者の娯楽のために行くところという雰囲気が残っていました。親父の映画の見方なんていうのは、上映している途中から入っていっても気にしない見方です。昔、『タクシードライバー』に連れていってもらったことがあって、親父は平気で途中から見るんですね。「鶴見文化」という名画座だったので、そのまま併映されている作品を見て、次にまた『タクシードライバー』を見るんですが、最初に見た途中の場面が来たところで「おい、帰るぞ!」ということになる(笑)。だから僕には、ロバート・デ・ニーロが変だという印象しか残りませんでした(笑)。

まあ、ある時代まではこんなふうに映画を楽しむことができたのでしょうが......、今の映画館ってふらっと行ってすっと暗がりの中に入れないじゃないですか。映画館も堅苦しい場所になってしまいましたね。

それでも僕は、映画は頭から見るものと思っていますが(笑)。しかし親父のような人たちが出かけていく映画館を忘れたくないのです。

------引き裂かれてますね〜。

木村 そんな自分が大学院にまで行こうと思ったのは、大学の教師にならないと純文学の翻訳家にはなれないと勝手に思い込んでいたからです。僕が行った大学院は、文学理論最先端のところでした。「マルクスが」とか言ってるんです。まったくちんぷんかんでした。「伊藤整の小説に救われました、小説が人生の糧になった」なんて口が裂けてもいえません(笑)。またまたコンプレックスを強く感じました。

しかし、先生や先輩たちに恵まれたおかげで、その文学理論にも少しはなじむことができました。悲しいことに、まったく理解はできていませんが......。

------そういった体験をしてきた木村さんが、階級を越えて男女が愛し合う『チャタレー夫人の恋人』を訳したんですね。

木村 普通に男と女の物語として読めるようにしました。文庫本で600ページはある小説です。何日間もかけて長い小説とつきあえる幸福を味わえるよう、すーっと読み続けられる読みやすい小説にしたつもりです。
(聞き手・渡邉裕之)

チャタレー夫人の恋人

チャタレー夫人の恋人

  • D・H・ロレンス/木村政則 訳
  • 定価(本体1,700円+税)
  • ISBN:75297-2
  • 発売日:2014.9.11

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2014年9月16日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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