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小・中学生部門 最優秀賞

「光文社古典新訳文庫 読書エッセイコンクール2015」
小・中学生部門 最優秀賞

小・中学生部門 最優秀賞
気持ちを大切に/『車輪の下で』
黒田ひかる(富山県 小杉南中学校3年)
車輪の下で

夏が少し過ぎたくらいの涼しい日のことだったと思う。その日、母は家にとんでもないものを持って仕事から帰ってきた。野鳥だった。わたしはそれを見て、目が飛び出そうになったのを覚えている。羽にけがをしていて飛べそうにないのは一目見ただけでわかる。近所の道に落ちていたその小さな鳥を、母は拾って持って帰ってきてしまったらしい。この鳥が家にやってきてから、もうすぐ一年が経とうとしている。私は『車輪の下で』を読み進めるうちに、この物語に出てくる一人の少年とその鳥のことを重ねずにはいられなかった。

『車輪の下で』は、町のだれもが認めるほど、ずば抜けて頭が良い少年、ハンスが、周囲の大きな期待を背負って必死に勉強し、みごとに神学校に合格するも、しだいに学業から落ちこぼれ、破滅へと進んでいく姿を描いている。

神学校の受験生に選ばれたハンスは、教師たちの誇りであり、プライドが高かった。ハンスはウサギを取り上げられ、楽しみの釣りや散歩を禁じられ、それに従って、毎晩夜遅くまで勉強に取り組んだのであった。そのためハンスはラテン語学校の最後の二年間、友達が一人もない。神学校に入学してからは、他の人が新たな友情を楽しむ様子を見て羨み、憧れた。それらのこともあり、ハイルナーという特別な存在ができたときの喜びは大きかった。そしてハンスは、勉強よりも友情に夢中になってしまう。しかし、それは優秀なハンスには許されないことであり、ハンスがどんどん勉強についていけなくなっていく姿を見て校長は、ハンスとハイルナーが交際することを禁止する。勉強に落ちこぼれ、友情までもを取り上げられたハンスはすっかり追いつめられ、学校や父親や何人かの教師は、繊細なハンスが破滅しつつあることに気が付かず、誰一人ハンスのことを考えていなかったために、ハンスは神経症になってしまうのである。

ここまで読んだとき、私は心の奥底でむかむかとする怒りを覚えた。どうしてハンスはやりたいことを我慢しなければならないのか。どうしてハンスは友達を遠ざけられなければならないのか。どうして大人たちはハンスの気持ちを全く知ろうともせず、ただ、「空っぽでちっぽけな理想」を押しつけるのか!

私がこんなに激しい気持ちになるのは、私自身、大人に対してそう思ったことがあるからだと思う。そしてすっかり追いつめられた繊細なハンスが可哀相だとも思った。それと同時に、作者は、大人たちが子供の気持ちを分かろうとしないこと、学校の在り方そのものなどに対して、強く批判しているのを感じた。

ここで私は、はっとした。

私も同じではないだろうか? 私も、ハンスの気持ちに無理解な大人たちと同じように、あの野鳥のことを理解しようとしなかったのではないだろうか?

私は拾われた野鳥をはじめて見たとき、野鳥に向かって「あぁ、お母さんに拾ってもらってよかったね」などと声をかけていた。野鳥が道に落ちているのを私はまだ見たことがない。おそらく、道に野鳥が落ちていたとしても、ネコやカラスのような動物が持っていってしまうのだろう。だからたしかに道に落ちていたのを拾ってもらい、その時命は助かってよかったのかもしれない。しかし、だからといって、野鳥の敵の一つである人間の鳥籠の中で一生を終える、という運命も、その野鳥にとってはあまりに残酷なのではないか? この物語を読んで、野鳥に対して私が一方的に、「良いことをしてあげている」と思い込んでいたことに気付かされた。

そしてもう一つ、この物語を読んで感じたことがある。

この物語に登場する大人たちも、ハンスを別に苦しめようとしたわけではなく、ハンスのためを思って、「良いこと」をしていたのだろう。しかし結果としてハンスは破滅へと進んでいくのである。このことから、人が良かれと思ってしていることでも、ときには、それは他人を苦しめている、という恐ろしさを感じた。もしかすると、自分が悪いことをしている、と自覚しておきる苦しみよりも、良いことをしていると思ってしたためにおきた苦しみの方が恐ろしいことではないだろうか。

この物語を読み進めていくうちに私は、ハンスと野鳥という一見無関係に思える存在を重ねた。そこから、気付けば自分も簡単に、そして知らない間に、良いことを押しつける大人たちと同じように人を傷つけることがあるのだと思った。だから私は絶対に人を傷つけない、と誓うことはできない。それでも、自分の気持ち、相手の気持ちを大切にし、自分の行動にしっかり責任を持てる人になりたい。そして簡単に人を傷つけるような人にはならない、と身を引きしめてこれからは生きていこうと思う。(了)

車輪の下で

車輪の下で

  • ヘッセ/松永美穂 訳
  • 定価(本体620円+税)
  • ISBN:751458
  • 発売日:2007.12.6

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2015年12月20日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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