連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.3 深町眞理子さんに聞く(5)(番外編) - 光文社古典新訳文庫


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連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.3 深町眞理子さんに聞く(5)(番外編)

幼少期や少女時代に第2次世界戦争を体験し、翻訳者も編集者も男性が圧倒的だった時代から、半世紀以上も翻訳をしてきた女性たちがいる。暮らしぶりも社会背景も出版事情も大きく変化したなかで、どのような人生を送ってきたのだろうか。かつては"不実な美女"*と翻訳の比喩に使われたが、自ら翻訳に向き合ってきた彼女たちの軌跡をお届けする。
〈取材・文 大橋由香子〉
(毎月1日更新)

*"不実な美女"とは、17世紀フランスで「美しいが原文に忠実ではない」とペロー・ダブランクールの翻訳を批判したメナージュの言葉(私がトゥールでふかく愛した女を思い出させる。美しいが不実な女だった)、あるいはイタリア・ルネサンスの格言(翻訳は女に似ている。忠実なときは糠味噌くさく、美しいときには不実である)だとも言われ、原文と訳文の距離をめぐる翻訳論争において長く使われてきた。詳しくは、辻由美著『翻訳史のプロムナード』(みすず書房)、中村保男『翻訳の技術』(中公新書)参照。

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vol.3 深町眞理子さんに聞く
番外編 キング、そして宇野利泰さん
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ゲラや原稿が飛ばないように、深町さんが愛用しているネズミのペーパーウェイト。(撮影:大橋由香子)

今回は、翻訳作品について深町眞理子さんが書かれたものや、深町さんに縁のある人物をご紹介していきたいと思います。その前に......。

前回、深町さん2冊目の訳書「くじ」のトビラ写真を掲載しましたが、最初の訳書の表紙も見たいな、と感じた方もいたのではないでしょうか。なんと、翻訳家の白石朗さんがその『兵士の館』表紙をTwitterでアップしてくださいました。白石さん、ありがとうございます。

というわけで、番外編の始まりです。

スティーブン・キングは末端肥大症的なところが面白い

深町眞理子さんと白石朗さんは、この連載vol.1小尾芙佐さんの回にも登場した「エイト・ダイナーズ」(浅倉久志さんが呼びかけた飲み会)仲間でもある。

深町さんがスティーブン・キングの『ザ・スタンド』単行本を訳したとき、同じくキングを翻訳している小尾芙佐さん、白石朗さん、芝山幹郎さん、そして挿画を手掛けた画家・藤田新策さん五人による座談会が行われた。題して「スティーブン・キングはなぜ面白いんだろう」。「本の話」(文藝春秋、2001年1月号)から少し抜粋させていただく。

小尾 『ザ・スタンド』の完成、おめでとうございます。

深町 四百字原稿用紙にして約四千七百字になりました。ずいぶん長くかかっちゃって。小尾さんが『IT』 を訳されたときはいかがでしたか?

小尾 いろいろ調べるのに1年くらいかかって、訳し始めてからは2年くらいでしょうか。それまで翻訳していた英語とまったく違う英語だったから大変でした。特に子どもの会話がね。スラングがいっぱいで......。(略)

『死の舞踏』でキングが、『ザ・スタンド』を毎日浮き浮きしながら書いたって言ってるんですが、わかりますよね。(略)私も『IT』 を訳したときは、浮き浮きとまではいかないんですけど、ワープロに向かうのがものすごく楽しくって......

芝山 大きなトラックがなかなか加速できないようなもんで、キングはいつも動きだしが重い。それが物語の後半ではどんどん加速してきて、最後ドッと行きますよね。

深町 私も『ザ・スタンド』を訳しているあいだ、そんな感じがありました。とにかくやり出せばのれるんです。だから、後半は結講はやく訳せました。最初はどうなることかと思ったけど。

こんな発言もある。

深町 実をいうと私、キング好きじゃないんですよ(笑)、好きなところを見つけて訳している。何もかも忘れて末端ばかり肥大させたところを細かく書くでしょう、そういう末端肥大症的なところは実に面白いから、そこは好きです。

座談会ではその後、キングの特徴と翻訳のやり方について、意外な事実が明らかになる。

白石 ちょっとした描写が、全部最後になって結びつく。つまり実は最初のほうですべて手の内を明かしている、そういう小説技法がおもしろいですね。

芝山 あとになっていきなり読者の後頭部を殴りつけるような情報を、最初の部分で地の文に溶け込ませるように入れているからね。(略)
だからキングは終わりまで読まないんです。(略)......そういった伏線を変に意識しすぎてしまって、無意識のうちに予定調和しちゃう。それがいやで。

深町 私も『ザ・スタンド』で初めて全文読まずに翻訳をやりました。いままでは、全文を読まずにやる翻訳者なんているのかしらって思ってたんですけど。

芝山 そのほうがむしろ緊張感がでると思うんですよね。

深町 細かいところを訳す面白さも、最後がわかっててやるとちょっとつまんないような気がして。

(略)

白石 そういうところは、読者を引き込む仕掛けでもある。一気呵成に書いてる作家だとか、物量作戦だとかいう声もあるけど、実は細心に細部までかなり気を配っている人ですね。


(以上、「本の話」文藝春秋、2001年1月号より)

その後、文庫版の『ザ・スタンド』全5巻を深町さんが訳し上げた2004年、『シャイニング』以来のキングとのつきあいを振り返りながら、「自著を語る」というコーナーに執筆しており、こちらはネットで読める。

王様(キング)と私 「本の話」2004年9月号(文藝春秋)

シャーロック・ホームズについては、昨年2015年の「銀座百点」に「ホームズと銀座鉄道馬車」というエッセイを寄稿なさっている。山田風太郎の『幻灯辻馬車』の舞台となった130年前の銀座から、ホームズの時代のロンドンへと話をすすめていく。

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「銀座百点」2015年7月号
 
原書を紹介し、翻訳者も育てた宇野利泰さん
 

翻訳学校などなかった時代に、深町さんが宇野利泰さんの下訳をしながら、翻訳について学んだエピソードは、第3回目に登場した。

この宇野利泰さんのお名前は、中村妙子さんの回にも登場している。

連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.2 中村妙子さんに聞く(1)
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.2 中村妙子さんに聞く(7)(番外編)

中村妙子さんの小学校の同級生・作間すみ子さんの姉が、宇野さんの妻だったのだ。

大田区蒲田に住んでいた小学生の中村妙子さんは、当時はまだ実業家だった宇野さんの田園調布の家に遊びに行き、ヴァン・ダインやコナン・ドイル、アガサ・クリスティーの翻訳書を借りたのだという。

宇野利泰さんについては、深町眞理子さんと同じくタトル商会で働いていた宮田昇さんが『新編 戦後翻訳風雲録』(みすず書房、2007年)でお書きになっている。

まず「はじめに」で、宮田さんは宇野さんと深町眞理子さんにも触れている。

『新編 戦後翻訳風雲録』(みすず書房、2007年)。
「本の雑誌」に1998年7月号から99年8月号まで連載し、2000年に『戦後「翻訳」風雲録―翻訳者が神々だった時代』(本の雑誌社)として刊行されたものに、新たに書き加えた決定版である。

「下訳といえば、宇野利泰(一九〇九〜一九九七)ほど、下訳者の使い方の上手な人はなかった。そのために、結果として深町眞理子をはじめ、優れた翻訳者を数多く世に送り出しているが、この人も奇人といってよいだろう」

そして、宇野利泰の章に「好奇心」というタイトルをつけ、

「彼を奇人として挙げたのは、野菜をいっさい食さないとか、朝七時に寝て昼の三時に起きるのが日常であるとか、両切りのピースのチェーンスモーカーでありながら長生きをしたことなどでなく、病癖とも思われる『噂好き』であったことである。」

と記している。

実業家であった頃もふくめ、豊富な経験に裏打ちされ、「文壇についての博学な知識は生半可なものではなかった」そうだ。

興味深いエピソードの数々は、ぜひ『新編 戦後翻訳風雲録』を読んでほしいが、この章の最後、「宇野の傘寿を祝う会は、彼が出席を希望する人間だけの小規模のものになった」という中に、深町さんの名前も挙がっている。

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『探偵小説十戒』ロナルド・ノックス編 宇野利泰・深町眞理子訳(晶文社 1989年)

一方、東京創元社の深町さんによる新訳「シャーロック・ホームズシリーズ」の解題を執筆している戸川安宣さんは、「本の雑誌」での連載につづき、「戸川安宣の翻訳家交友録」を「翻訳ミステリー大賞シンジケート」のサイトで連載している。
その4回目が、宇野利泰さんの思い出だ。

戸川安宣の翻訳家交友録 4 懐かしい宇野節

私自身は、残念ながら宇野さんにお目にかかる機会はなかったのだが、働いていた雑誌「翻訳の世界」(バベル・プレス)には、インタビューや執筆記事が掲載されているので一部をご紹介したい。まずは、1987年8月号のインタビュー「素顔の翻訳家」から。

「結局、引き込まれちゃったんですよ、戦後。
 独文で大学出たんですが、会社やってたんです、二代目で。それが終戦でつぶれちゃったわけです。ぶらぶら遊んでいるうちに、この家の隣が石坂洋次郎さんで、彼は戦後非常に隆盛になって、慶應ですから『三田文学』が始まってその資金をみていたりした。戦後の復活『三田文学』です。江藤淳みたいな学生の編集陣がいて、しじゅう来るわけです。そのうちの一人に渡辺健治というのがいて、江戸川乱歩のところへも出入りしていた。

乱歩の方はね、戦後はもうあまり作品は書いてなかったんですが、探偵小説文壇みたいなもののために働こうという気になってまして、いろいろ活動していた。で、石坂家の隣に外国の探偵ものに詳しい男がいるときいて。」

宇野さんの家を乱歩が尋ねてきたが、1回目は道に迷い、2回目は宇野さんが留守。それで今度は宇野さんが乱歩の家を訪ねたという。出会った二人は話が弾み、雑誌「宝石」を岩谷書店の岩谷満の出資で出し、外国ものの翻訳を掲載するようになる。博学な宇野さんは、面白そうな作品をたくさん知っていて原書も持っている。ところが、戦前に活躍した翻訳者たちは、戦地に行ったり疎開したりした先から、まだ帰ってきていない状態だった。

「わたしと乱歩とで作品決めて若い翻訳屋を探してやったんですけど、そのうち翻訳屋も足りないからお前も手伝えと。こっちも戦後だんだん金がなくなってきてたからなんか稼がなきゃなんなくて、それで始めたってわけです。朝鮮戦争の始まった頃ですかね。

そんな訳ですから、わたしの場合は、下訳さんを大勢使ったわけですよ。その人たちがそれぞれ独立しまして。わたしの運がよかったのは、それがみんな優秀な人たちだったということですね。」(同前)

戦後、翻訳者が足りない時期について、宇野さんは、同じく『翻訳の世界』1989年1月号の執筆記事で、けっこう怖いこともお書きになっている。

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『翻訳の世界』1989年1月号

「当時の『宝石』は一冊千五百枚必要だった、一冊でですよ。で稿料が安いからというんで、だんだん翻訳ものの枚数がふえていったんです。三百枚が四百枚、五百枚という具合に。平井イサクをつかまえて、宿屋に罐詰めにして、当時ヒロポンが流行ったんですけど、ヒロポン打って命がけでやらせたりしてたのを、いよいよ一人じゃもうこなせなくなって。
その頃なんです、私が原稿書き出したのは。それまで私は原書を提供していただけなんです、乱歩さんとの関わりで。

(中略)


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『別冊宝石』第75号

ですから、私が翻訳やり出したのは朝鮮戦争が終ってからのことで、遅いんですよ。最初が「ペリー・メーソン」で、これを『宝石』でやって、他に短篇をいくつかやった後、『別冊宝石』で長いものとして初めてやったのがフィールポットです。そういう順序だったと思います。」

(『翻訳の世界』1989年1月号 宇野利泰「戦後探偵小説雑誌興亡秘話 『宝石』と戦後翻訳界」より)

宇野さんによると、『宝石』の晩年は別冊で潤っていたようなものであり、経営が苦しくなってからは江戸川乱歩がお金の面倒を見ていて、「その時分に、光文社から大坪(直行)君が来たんじゃないかな」と回想している。

というわけで、無事に光文社にたどり着いた。(光文社古典新訳文庫のブログですから)

※編集部注:「その時分に、大坪(直行)君が光文社から来た」というのは宇野さんの記憶違いだと思われます。

ハンガリーの『パール街の少年たち』も翻訳した宇野さん
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『パール街の少年たち』モルナール著
(偕成社文庫 1976年)

ミステリー翻訳が有名な宇野さんだが、『パール街の少年たち』という児童文学も訳している。しかもハンガリーのモルナール・フェレンツの作品だ。最初は1957年東京創元社から出た「世界少年少女文学全集 第2部10(諸国編1)」に「パール街の少年団」として掲載され、1966年に偕成社から、そして1976年には「パール街の少年たち」と題名を変えて偕成社文庫に収録された。

「訳者あとがき」にどの言語から訳したのか書かれていないが、原著名としてハンガリー語表記のタイトルが記されている。世界各国語に翻訳された本なので、ドイツ語ができる宇野さんは、ドイツ語訳や英訳を参照しながら訳したのだろうか。

宇野さんの解説が、とても味わい深い。


「この『パール街の少年たち』は一九〇七年に書かれたものですから、彼の初期の作品になります。表題どおり、作者自身が生まれてそだち、ひとかたならぬ愛情を感じていたブダペストを舞台にして、そのごみごみした場末の裏町パール街で、いっしょうけんめい勉強し、わずかばかりの空き地をあそび場に、毎日を元気よくすごしている少年たちをえがきだしたものです。......この作品をよんでいますと、少年たちのすがたがあまりにもいきいきと描写してあるので、とおい極東の国のわたくしたちまでが、ひょっとすると、となり町の少年たちの冒険談を読んでいるのではないかと、錯覚をおこしてしまうくらいです。

とりあつかわれている題材は、戦争ごっこといった遊戯ですから、軍備を放棄した いまの日本人には、なにか縁のとおい話のように感じられましょうが、この物語をまじめに読んでいただければ、ゆかいな冒険談に胸をわくわくさせているうちに、わたくしたち人間のだれもがもっている高貴な魂に、じかにふれることができるものと信じます。友人たちのあいだの愛情と犠牲的精神の、かがやくような美しさに感動し、うらぎりもののみじめさと、暴力をふるう男たちのみにくさを、つくづく思い知らされるにちがいないのです。」

「軍備を放棄した日本人」「暴力をふるう男たちのみにくさ」という表現に、あちこちに戦争の痕跡が残っている、というか生きていたであろう時代の雰囲気が感じられる。

一方、1968年には岩崎悦子さんによるハンガリー語からの翻訳で『パール街の少年たち』が学習研究社から出た。当時、岩崎さんはブダペストに留学中だったという。訳者あとがきには、徳永康元さんへの謝辞が書かれている。徳永康元さんといえば、『ブダペストの古本屋』『ブダペスト日記』『ブダペスト回想』などで有名なハンガリー研究者だ。

そして、2015年9月に今度は偕成社から、岩崎悦子さん自身が訳文を見直し、新たに『パール街の少年たち』が出版された。

出版社や翻訳者を変えながらも、名著が出版され読みつがれていくことが、この作品からもわかる。なお、パール街の少年たちの切手や映画について、偕成社の編集者さんがTwitterで紹介している。

 

さて、宇野さんが亡くなられたのは1997年1月5日。88歳だった。「翻訳の世界」では、新庄哲夫さんに追悼文を書いていただいた。「リタイさんのこと」と題した原稿から一部をご紹介したい。

「ペンネームの正しい読みは『トシヤス』だけれど、私たちの間では『リタイ』さんで通り、親しまれてきた。

(中略)

『シナメシを食いにいこう』という宇野さんの戦前派的な呼び掛けで、月一回か二回のペースで横濱はナンキン街(これも宇野さん流)の食べ歩きを始めたのは三十年以上も前から。地元に詳しい加島祥造、北村太郎が案内役で、会食には時たまユニ・エージェンシーの社長だった宮田昇、海外物の名伯楽として鳴らした新潮社の沼田六平大ら旧知の顔ぶれが加わった。

ミステリー物では練達の士である宇野、加島ご両人の話は、まだこの分野で点数の少ない北村、私にとってはいい勉強になり、またそれにもまして他愛ない雑談が楽しかった。辞書好きの宇野さんが、クロフツかチェスタトンの使った特異な動詞の訳し方にこだわり、OEDとウェブスター第二版との比較談義をやった夜がきのうの出来事みたいに思われる。

帰りは桜木町からの東横線で、田園調布の宇野さんと二人きりになる。そんな折りに刊行されたばかりの『ブラッディ・マーダー』を教わったうえ、著者による二編の長いミステリー作品を新潮文庫に勧めてくれた。既訳の小説やエッセイの著者名がまだ「サイモンズ」になっていた時分である。「シモンズが正しい」と宇野さん。

(中略)

リタイさん、有益かつ楽しかったナンキン街時代の思い出をありがとう。」


(「翻訳の世界」1997年5月号 新庄哲夫「追悼 宇野利泰」より)

この追悼文の執筆当時、既に北村太郎さんは鬼籍に入っていたが、加島祥造さんは昨2015年12月25日に亡くなられたばかり。

そして、追悼文を書いた新庄哲夫さんは、2006年に逝去。冒頭で引用した宮田昇さんの『新編 戦後翻訳風雲録』には、旧編になかった新庄哲夫さんの章が加わっている。タイトルは「ムッシュッ」。そのなかで、加島祥造さんと新庄哲夫さんが、横浜の外人専門のバーに行き、最後まで英語でしゃべって、日本人とは思われなかったという「いたずら」のエピソードを披露している。

宮田さんのあとがきの題、「ただ悼む」という言葉が心にしみる。

ちょっと一息〜取材のあいまの ひとりごと

小学生の私がよく読んだのは、コナン・ドイルと江戸川乱歩だった。写実的な表紙絵の本をランドセルに入れ、給食で残したマーガリンがついてしまった失敗は、前にも書いたとおりである。

近くにある本門寺近辺には立派なお屋敷もあり、よく探偵ごっこをした。空き家らしき洋館を見つけ、用心深く庭に忍び込む。窓から覗き込んだ室内の様子、雨戸やカーテンの状態、物置小屋の周囲にある道具、植木や雑草の伸び具合などから、住人の職業、いつから不在か、その理由などを推理していた。

あるとき、探偵ごっこの最中に、「ヘンなおばさん」に声をかけられた。自分たちの正体(探偵のつもり)を見破られないかと心臓がバクバクしながらも、会話の合間に彼女の服装や口調を観察して、相手の素性を当てようとした。

数年前、実家改築のとき、きれいな(と子ども時代に感じていた)洋菓子の缶から、その「ヘンなおばさん」の靴や靴下をスケッチした探偵手帳がでてきた。懐かしいより恥ずかしく、そのおばさんより今の自分が年上らしい現実に愕然とした。

そんな子ども時代を思い出しながら、ウン十年ぶりに深町眞理子さん新訳の『緋色の研究』を読む。

最初にワトソンに会ったとき、「きみ、アフガニスタンに行ってきましたね?」とホームズが言い当てる有名な場面。意外だった。私が小学生のとき読んだ抄訳にも「アフガニスタン」という地名は出ていたのだろうか。当時の私は、どんな国をイメージしたのだろう。

アフガニスタンといえば、1979年ソ連がアフガニスタンを侵攻し、アメリカを始めとする西側陣営が1980年モスクワ・オリンピックをボイコットした。日本も、アメリカと足並みをそろえて棄権。選手たちの無念の涙がテレビに映し出されていた。

『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』(モフセン・マフマルバフ著、武井みゆき、渡部良子訳、現代企画室、2001年)を再読したくなった。

次にアフガニスタンがニュースに出てくるのは、2001年9.11同時多発テロの後。オサマ・ビン・ラディンを匿うタリバン政権掃討目的でアメリカなどがアフガニスタンを攻撃したとき。アフガニスタンでずっと医療支援をしている中村哲医師らのNGOの名前はペシャワール会。映画「カンダハール」も公開された。このペシャワル、カンダハールという地名も、「残忍なイスラム戦士」という言葉とともに『緋色の研究』冒頭にでてくる。

ワトソンやホームズが活躍した大英帝国の植民地支配から100年以上たつ21世紀、アフガニスタンに平和は訪れていない。ホームズを読んでいた小学生がワクワクした大阪万博のスローガンは「人類の進歩と調和」だった。人類は進歩しているのだろうか。

記憶をさらにさかのぼると、東京オリンピックがある。美しいチャフラフスカの体操演技、テレビ画面の「ゆか」という平仮名が読めて嬉しかった幼稚園児の私。「東洋の魔女」は女の子たちの憧れとなり、その後、バレーボールが大流行する。

「♩おもい〜こんだ〜ら」の野球をはじめ、スポ根マンガに胸をときめかせた。いつしか探偵ごっこより、回転レシーブやX攻撃をめざし、本門寺公園の坂で「うさぎとび」の特訓をしていた。練習に来ている他校の小学生と交渉し、日曜日には試合もした。最近昭和レトロで売り出すダイシン百貨店にユニフォームを買いに行った。力道山のお墓でも遊び、文学よりスポーツ少女になっていった。

さて今年は閏年、2月は29日まである。夏にはオリンピックがブラジルで開かれ、その次は東京らしい。まだ使えそうな建物を壊しての建設ラッシュ、北海道新幹線やリニアモーターカー......「成長よ、もう一度」の空気は、あの頃にちょっと似ているかも。

しかし、私の親をふくめ戦前を知る人たちは、東京オリンピックが幻になった1940年頃の雰囲気と今が似ていると言う。お年寄りの妄想であればいいのだが。

おススメのブラジル映画「父を探して」
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映画「父を探して」公式ウェブサイト

この原稿を書き終え、子どもの頃にタイムスリップ気分になっていたとき、試写会で観た。子どもたちは「世の中」をどう生きのびていくのか。世界はなぜ、こんなふうなのか。国や歴史の違いをこえてつながっている色鮮やかな思い出、やみ色の記憶。「オリンピック・イヤー」にふさわしいアニメーション映画です。

大橋由香子(おおはし ゆかこ) プロフィール
フリーライター・編集者。月刊「翻訳の世界」(バベル・プレス)やムック「翻訳事典」(アルク)等で翻訳者へのインタビュー取材を手がけてきた。光文社古典新訳文庫の創設時スタッフでもある。著書『同時通訳者 鳥飼玖美子』『生命科学者 中村桂子』(理論社)『満心愛の人 益富鶯子と古謝トヨ子:フィリピン引き揚げ孤児と育ての親』(インパクト出版会)ほか。

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[2016年2月05日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.3 深町眞理子さんに聞く(5)(番外編)
[2016年1月05日]
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[2015年12月01日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.3 深町眞理子さんに聞く(3)
[2015年11月01日]
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[2015年10月01日]
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[2015年2月20日]
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2016年2月 5日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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