連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.4 松岡享子さんに聞く(4) - 光文社古典新訳文庫


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連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.4 松岡享子さんに聞く(4)

幼少期や少女時代に第2次世界戦争を体験し、半世紀以上も翻訳をしてきた女性たちがいる。暮らしぶりも社会背景も出版事情も大きく変化したなかで、どのような人生を送ってきたのだろうか。かつては"不実な美女"*と翻訳の比喩に使われたが、自ら翻訳に向き合ってきた彼女たちの軌跡をお届けする。
〈取材・文 大橋由香子〉
(毎月10日更新)

*"不実な美女"とは、17世紀フランスで「美しいが原文に忠実ではない」とペロー・ダブランクールの翻訳を批判したメナージュの言葉(私がトゥールでふかく愛した女を思い出させる。美しいが不実な女だった)、あるいはイタリア・ルネサンスの格言(翻訳は女に似ている。忠実なときは糠味噌くさく、美しいときには不実である)だとも言われ、原文と訳文の距離をめぐる翻訳論争において長く使われてきた。詳しくは、辻由美著『翻訳史のプロムナード』(みすず書房)、中村保男『翻訳の技術』(中公新書)参照。

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"不実な美女"たちの第4クールは松岡享子さんです。

8月16日に放映されたNHKドキュメンタリー「みんな大好き!ミッフィーの秘密~黒木瞳 ブルーナ90年の人生をたどる」ご覧になりましたか?

松岡さんもインタビューで登場なさっていました。

さて、神戸女院学大学で英語と児童文学を学び、慶應義塾大学の図書館学科では、「児童図書館員」という自分にピッタリの職業を発見した松岡さん。今度は、公共図書館サービスの本場であるアメリカに渡ります。そこには、松岡さんのその後の活動を形づくるたくさんのことが待っていました。なによりも、「本をよいものだと信じる人たち」とともに仕事をすること。そして将来、翻訳することになるベバリイ・クリアリーの「がんばれヘンリーくん」シリーズや、ブルーナのうさこちゃんシリーズとの出会いもおとずれます。

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〈写真左〉『愛蔵版おはなしのろうそく』と、薄い「おはなしのろうそく」シリーズ(東京子ども図書館)の背表紙
〈写真右〉『まんげつのよるまでまちなさい』(マーガレット・ワイズ・ブラウン文、ガース・ウイリアムズ絵、まつおかきょうこ訳、ペンギン社)
恵比寿「ちえの木の実」にて
4回 アメリカで児童図書館学を学び、公立図書館で働く
がむしゃらに英語の本を読み、徹夜で課題をこなす

慶應義塾大学図書館学科の図書室で働いたあと、松岡さんは、アメリカのウエスタン・ミシガン大学大学院に留学した。

「当時は、1ドル360円でしたし、500ドル以上は日本から持ち出せない時代でした。でも、フェローシップ(奨学金)を出してもらえて、お金には不自由しませんでした。私が優秀だった? いいえ、慶應大学から推薦されたら試験もなかったんですよ。ちょうど父が病気で倒れた頃でしたので、助かりました。アメリカからは電話もかけられないので、ほとんど毎日、封書より安いエアレター(便箋を折りたたんで封筒にする)を書いていました。神戸女学院の教育のおかげで、授業を英語で聞くのは苦労しなかったですね」

ウエスタン・ミシガン大学は、ミシガン州のカラマズーという町にあった。前身が教員養成学校だったため、教授陣には児童図書館や青少年(Young Adult)図書館の経験者が多かった。

「図書館学科の学科長のミス・ルフェーブルは、ニューヨークでヤングアダルトのライブラリアンをしていた人、ドクター・ラウリーは学校図書館の経験者で、のちに全米学校図書館協会やアメリカ図書館協会の会長にもなった方。偶然にも主な専任の先生がふたりとも子ども関係だったんです。
 ルフェーブル先生のお母さんが私のことをとても可愛がってくれました。いいお友だちもできました。キャンパス内の夫婦用住宅に住むウォルツ夫婦は、夫のジムが学校図書館司書、妻が歴史の先生で、さらに専門性を高めるために大学院に勉強にきているカップルでした。ジムは、何かパッと見たとき、すぐそれが連想させる詩を暗誦できるような教養のある人でしたね。ビルマからきた留学生のキン・キン・セとも仲良しでした。彼女と私は、ニューヨークのコロンビア大学で開かれた図書館学を学ぶ外国人留学生のためのセミナーに行かせてもらったんです。みんな、シンプルな暮らしをしていて、素敵な人たちでした」

人間関係には恵まれたが、さすがに勉強は厳しい。特に、reading assignment(文献を読む宿題)が大変だった。
「今週は伝記」と言われたら、ヤングアダルト向きのbiographyから2、3冊を読まないといけない。次の週はfictionという具合。しかもパラパラと飛ばし読みではダメ、読んだ上で、クラスで発表したりディスカッションをしたり、レポートにまとめたりしなければいけないのだ。

「日本語は速読できても、さすがに英語ではできません(笑)。アメリカ人が読むより2倍、3倍時間はかかるでしょ。レポートを徹夜で書き上げて教室に駆け込んでも、ドクター・ラウリーはすでに着席していて、チャイムが鳴った時に提出されていないレポートに "LATE" と赤字で書き込むの。こわーい先生でした(笑)
 同じく慶應の図書館学科を出て、ボストンのシモンズ・カレッジに留学して後に翻訳家になられた間崎ルリ子さんも、あまりに膨大な宿題に『わーっ』と大声で泣いたことがあるとおっしゃっていました。私は、泣きはしなかったけれど、がむしゃらに英語の本を読みました。神戸女学院でも慶應でも、知的な刺激を受ける教育はあまり受けなかったと生意気なことを思っていましたが、自分ですることをしなくては、身につきませんよね」

ちなみに、松岡さんが明け方までかかって本を読み、朝食抜きでタイプライターを打って書き上げ、滑りこみセーフで提出したレポートの題材は、黒人女性歌手マリアン・アンダーソンの自伝 "My Lord,What a Morning" である。まさに「なんという朝!」と友だちと笑いあった。

『マリアンは歌う』
(P・M・ライアン文、B・セルズニック絵、
もりうちすみこ訳、光村教育図書)
松岡さんが徹夜で取り組んだ
"My Lord,What a Morning" をもとにした絵本。
本はよいものであると信じる図書館員としての第一歩

アメリカでは、仕事をしながらパートタイムで図書館学を学ぶ社会人大学院生が多いなか、松岡さんはフルタイムで必要な単位を取得していった。1年半で修士の学位が取得できる目処がたった頃、参考業務(reference librarian)の講師をしていたパーセル先生が、自分がもと働いていた公立図書館で働かないかと声をかけてくれた。松岡さんは即座に、ぜひ紹介してくださいと返事をした。

パーセル先生の推薦があったからだろうが、手紙のやりとりだけで仕事が決まる。こうして、1962年9月メリーランド州のボルティモア市立イーノック・プラット公共図書館で、児童図書館員として働くことになる。松岡さん、27歳の時だ。

初日、新規採用者6人と握手をかわしたあとの、エドウィン・キャスタニヤ館長の挨拶を引用して、松岡さんはこう回想している。

「『わたしたちは、本はよいものであると信じる人々の集団に属しています。わたしたちの任務は、できるだけ多くの人をこの集団に招き入れることです。どうかしっかり働いてください』
 この瞬間、わたしは、本をよいものだと信じる人たち──図書館員という職業集団に抱き取られた気がしました。この短い挨拶は、就職を学業の延長である実習のようにしか考えていなかったわたしに、強い力で職業人としての自覚を促し、そのとき、その場で、それ以後のわたしの職業生活を貫く 背骨バックボーンをぴしっと一本通してくれました。(中略)
 プラット図書館で働いたのは、丸一年にすぎません。でも、その一年が、どんなに貴重な一年だったか!」

松岡享子著『子どもと本』(岩波新書、2015)

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イーノック・プラット公共図書館で
子どもたちに絵本を読む松岡亨子さん。
松岡享子著『子どもと本』(岩波新書)より

最初は中央図書館での研修。ベテラン職員が、ずらりと並んだ蔵書をまわりながら、主だった本の内容、子どもたちがどう読んでいるかを説明してくれた。作者のアルファベット順Cのところで「ああ、これ!」と大きな声をあげた。
「この本知ってる? この本は子どもたちに絶大な人気があるのよ」
 しょっちゅう借り出されているのがすぐわかるほど、手ずれがしていた。研修のあとに松岡さんが配属された小さな街の分館でも大人気だった。それが、クリアリーの<がんばれヘンリーくん>シリーズ。夜、アパートに帰ると、松岡さんはスプリングのきかなくなった古い安楽椅子に体をしずめ、声をたてて笑いながら<ヘンリーくん>シリーズを読んでいた。

「時代の雰囲気や子どもたちの姿がリアルで、目の前にいる子どもたちが、そっくりそのまま本のなかにいるみたいで、面白く読みました。5年後に、自分がこの本を翻訳することになるとは、想像もしていませんでしたね」

児童図書館員の1日はこんな感じだ。

午前中は幼い子どもたちに絵本を読みきかせ、午後2時半を過ぎると小学生の相手をする。「おはなしの時間」での毎週の語り。選書会議で新刊本を選び、古くなった本は廃棄する蔵書管理。区域の8つの小学校の全クラスを訪問してのブックトーク。夏休みの読書クラブ活動。ほかにも、児童室の展示を考えたり、学校のクラス単位での見学に対応したり。帰宅後は、子どもの本を読みまくる。まさに子どもと子どもの本三昧の日々だった。

授業では困らなかった英語の会話だが、子どもたちの南部なまりの英語には苦労したという。

「慶應大学の図書館学科で学んだことが、目の前で繰り広げられていて、図書館が人々の生活に根をおろしている姿に驚きました。あまり裕福ではない家庭が多かったので、家では買えない児童書、それも選りすぐりの本を、子どもたちは職員に読んでもらう。貧富に関係なく、楽しい思い出を蓄えていける。なんて素晴らしいのだろうと胸が熱くなりました。
 もう1年間ここで働かないかというお誘いがあったのですが、日本でも早くこういうサービスをやってみたくて、1963年秋、日本に戻ることにしました。帰国に際して、福音館書店の編集者、松居直さんのヨーロッパ出張に通訳として同行することになりました。正確な記憶はないのですが、松居さんとは前の年の1962年、ニューヨークの出版社を訪問する時に通訳をしたのが、お会いした最初だったと思います」

ちょうど福音館書店が、海外の子どもの本を日本で翻訳出版しようと準備していた時期だった。オランダで出たばかりのブルーナさんの本に、松居さんも松岡さんもこの旅で出会っている。

「旅の最初がアムステルダムで、そのあとロンドン、北欧、ウィーン、フランクフルト、パリ、チューリッヒ、ミュンヘンとまわり、ブックフェアに行ったり、現地の児童文学の関係者に会ったりしました。アムステルダムで図書館員の方が『今、子どもたちがとっても好きな絵本があるんです』と言って見せてくれたのが『nijntje』の第2版*、つまり『ちいさなうさこちゃん』だったんです」

*『nijntje』は1955年に初版が出たが売れなかった。そこで顔が正面を向いている絵へと大幅に変えた同じ題名の第2版が1963年に出た。(NHKドキュメンタリー「みんな大好き!ミッフィーの秘密〜黒木瞳 ブルーナ90年の人生をたどる」より)

福音館書店は、この本の版権をとり、松居直さんは石井桃子さんに翻訳を依頼する。<うさこちゃん>シリーズの始まりだ。のちに、自分がその翻訳を引き継ぐようになるとは、この時の松岡さんは認識していなかった。

「日本に帰国してから、短い期間でしたが福音館書店でアルバイトをしました。海外とやりとりする英文レターを書いたり翻訳したり。福音館が杉並区の清水町にあって、木造の普通のお家だった記憶はあります」

福音館書店は、金沢市で創立され、1952(昭和27)年に杉並区清水町に移転、その後、千代田区三崎町に移ったが、松岡さんがバイトをした海外担当や編集部の一部は、清水町にあった記憶があるそうだ。

いよいよ、松岡さんの日本での活動がスタートする。

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松岡享子さん
[プロフィール]松岡享子(まつおか・きょうこ)

1935年神戸市生まれ。神戸女学院大学英文学科、慶應義塾大学図書館学科卒業、ウエスタン・ミシガン大学大学院で児童図書館学専攻ののち、ボルティモア市立の公共図書館に勤務。帰国後、大阪市立中央図書館勤務を経て、自宅で家庭文庫「松の実文庫」を開き、児童文学の翻訳、創作、研究を続ける。1974年、財団法人東京子ども図書館を設立。理事長を経て、現在は名誉理事長。

著書は、絵本『くしゃみくしゃみ天のめぐみ』『とこちゃんはどこ』『おふろだいすき』、童話『なぞなぞのすきな女の子』、大人向けの『サンタクロースの部屋』『ことばの贈りもの』『えほんのせかいこどものせかい』など。

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公益財団法人 東京子ども図書館
(写真提供:公益財団法人 東京子ども図書館)

翻訳は『しろいうさぎとくろいうさぎ』『町かどのジム』『おやすみなさいフランシス』『番ねずみのヤカちゃん』など多数の絵本、児童書のほか、大人向けの『子どもが孤独(ひとり)でいる時間(とき)』など。

松岡享子さんの著作紹介
『えほんのせかい こどものせかい』日本エディタースクール出版部、1987年
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子どもたちに、絵本や物語を読んであげたい大人のために書かれた本です。あちこちに、松岡さんが家庭文庫の仲間たちと培ってきた経験が生きています。そして、とても素敵な言葉がちりばめられています。たとえば......

「子どもを本の世界に招き入れるために 

どうぞ中から門をあけてやってください。
『おはいり』と声をかけてやってください。
 子どもたちは、すぐそこまで来ているんですから。」

絵本を読んでいると、「これブーブだね。ここにはワンワンがいるね。あれはなんだろう?」とついつい、説明魔、質問魔になりがちです。でも、物語や絵本は楽しむものだから、説明や質問はせず、読み終わったあとは、その余韻を子どもにじっくり味わわせることが大切だと説いています。すぐに感想を聞いたりするのは、もったいないことだと気付かされます。

本を選ぶときは、長く読み継がれたものに「よいもの」がある、とも書かれています。

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「子どものなかにある、よいものに手を伸ばそうとする力と、よい本の中にある、子どもに訴えかける力とを信頼しましょう」という言葉は、松岡さんが働いたアメリカの図書館の館長の挨拶「本を良いものだと信じる人たち」を思い起こさせますね。

読み聞かせに適した絵本の条件や読み方、グループでの読み聞かせにオススメ絵本リストも付いていて便利です。

2017年10月6日に文藝春秋社から文庫になります。表紙も右のように変わり、巻頭には読み聞かせの様子などを写した写真ページも加わるそうです。

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松岡さんの訳した本、書いた本に出会える子どもの本屋さんを紹介していきます。今月は、東京恵比寿の「ちえの木の実」。木がふんだんに使われた店内には、長く読み継がれてきた絵本や児童書とともに、かわいいおもちゃや小物も並んでいます。うれしいことに、東京子ども図書館の刊行物も買えます。2階のサロンでは、読み聞かせ会もやっていて、次回は9月30日です。(撮影:大橋由香子)
ちえの木の実 FaceBookページ

(5回につづく)

大橋由香子(おおはし ゆかこ) プロフィール
フリーライター・編集者。月刊「翻訳の世界」(バベル・プレス)やムック「翻訳事典」(アルク)等で翻訳者へのインタビュー取材を手がけてきた。光文社古典新訳文庫の創設時スタッフでもある。著書『同時通訳者 鳥飼玖美子』『生命科学者 中村桂子』(理論社)『満心愛の人 益富鶯子と古謝トヨ子:フィリピン引き揚げ孤児と育ての親』(インパクト出版会)『異文化から学ぶ文章表現塾』(新水社、共著)ほか。

[2017年9月11日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.4 松岡享子さんに聞く(4)
[2017年8月10日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.4 松岡享子さんに聞く(3)
[2017年7月10日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.4 松岡享子さんに聞く(2)
[2017年6月09日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.4 松岡享子さんに聞く(1)
[2016年2月05日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.3 深町眞理子さんに聞く(5)(番外編)
[2016年1月05日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.3 深町眞理子さんに聞く(4)
[2015年12月01日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.3 深町眞理子さんに聞く(3)
[2015年11月01日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.3 深町眞理子さんに聞く(2)
[2015年10月01日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.3 深町眞理子さんに聞く(1)
[2015年5月21日]
連載「"不実な美女"たち──女性翻訳家の人生をたずねて」vol.2 中村妙子さんに聞く(7)(番外編)

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2017年9月11日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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