新連載
〈あとがきのあとがき〉は翻訳者と原作との長く密やかな「対話」、そして読者との知的で軽やかな「対話」です。
第二回は、『ムッシュー・アンチピリンの宣言--ダダ宣言集』の翻訳者・塚原 史さん(早稲田大学教授)による「思考は口の中で生まれる----ダダ的生き方のすすめ」〈2〉 。
■ 「思考は口の中で生まれる----ダダ的生き方のすすめ」 〈1〉 >>
ダダとアヴァンギャルドのキッチュ化
アメリカの美術批評家クレメント・グリーンバーグが1939年に論じたことですが、アヴァンギャルドに対するキッチュという考え方があります。定形的にいえば、アヴァンギャルドは、社会の支配層に属するエリートたちの、最先端をいくオリジナルな文化であり、キッチュはその通俗化といいますか、支配される側の大衆に受容される通俗的商業的なコピー文化ということになります。ところが、アヴァンギャルドのアーティストたちは、彼らの作品や行動が自分たちの出自である支配層に対する反逆として展開されるという矛盾を抱えている。
とくに、20世紀後半のモノやサービスが記号化される消費社会の出現以降、ポップアートが特徴的ですが、アヴァンギャルドのこうした反逆が「アヴァンギャルドのキッチュ化」として表現されるようになります。ダダは、そのネーミング自体が無意味な記号だったし、ツァラが1918年に「破壊と否定の大仕事をなしとげるのだ!」と叫んだように、この種の自己否定の先駆者だったといえるでしょう。1960〜70年代の学生運動がダダ的な前衛芸術に共感したのも、そんな思いにつながっています。



