2011年6月アーカイブ

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第7回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 7


第一巻で挫折する人が少なくないと言われる『失われた時を求めて』だが、私は初めて読んだときからその世界の魅力にとらわれた。その理由の一つに、母親に対する「私」の異常なまでの執着があるかもしれない。


亡母は明治四十三(一九一〇)年、福岡県折尾(現北九州市)に生まれた。当時は珍しくない没落した旧家の出で、少女時代は有為転変を味わったらしい。信州出身の、やはり明治生まれの父とどこで出会い、結婚したのか、いや、結婚後にどういう生活をしていたかもよくわからない。


光文社古典新訳文庫感想文コンクール、今年も開催します!

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今年で4回目となる光文社古典新訳文庫感想文コンクール2011。対象図書・18書目と応募要項が決まりました。中学生部門、高校生部門、大学生・一般部門(年齢制限なし)の3部門に分け、感想文を募集します。新訳で甦った物語を読んで感じた新しい発見や新鮮な驚きを、自由に綴ってご応募ください!
締め切りは平成23年9月26日(月)。

応募要項や応募票など、詳細はこちらをご覧下さい >>

■対象図書・18書目はこちらです↓

《中学生対象》
『車輪の下で』 (ヘッセ/松永美穂・訳)

『宝島』 (スティーヴンスン/村上博基・訳)

『青い麦』 (コレット/河野万里子・訳)

『飛ぶ教室』 (ケストナー/丘沢静也・訳)

『初恋』 (トゥルゲーネフ/沼野恭子・訳)

『リア王』 (シェイクスピア/安西徹雄・訳)

《高校生対象》
『プロタゴラス──あるソフィストとの対話 (プラトン/中澤 務・訳)
『グレート・ギャッツビー』 (フィッツジェラルド/小川高義・訳)
『故郷/阿Q正伝』 (魯迅/藤井省三・訳)
『マクベス』 (シェイクスピア/安西徹雄・訳)
『フランケンシュタイン』 (シェリー/小林章夫・訳)
『マウントドレイゴ卿/パーティの前に』 (モーム/木村政則・訳)
《大学生・一般対象》
『ツァラトゥストラ 上・下 (ニーチェ/丘沢静也・訳)
『花のノートルダム』 (ジュネ/中条省平・訳)
『ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの』 (フロイト/中山 元・訳)
『失われた時を求めて 1 第一篇「スワン家のほうへⅠ」(プルースト/高遠弘美・訳)
『罪と罰 全3巻 (ドストエフスキー/亀山郁夫・訳)
『闇の奥』 (コンラッド/黒原敏行・訳)

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第6回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 6


大正十一(一九二二)年十一月にプルーストが他界した翌春、パリ駐在の特派員だった重徳泗水(しげのりしすい)は死後刊行となった『失われた時を求めて』第五篇「囚われの女」の一部として結実する「彼女の眠」を、文芸誌「明星」誌上に訳載する。これは死ぬ数週間前にプルーストが、雑誌に発表した断片の抄訳であり、初めて日本の読者の目に触れたプルースト訳だった。

泗水は、すでに『現代のフランス』(大正十年)と『佛蘭西文化の最新知識』(同十一年)の二冊で、プルーストについて触れているが、とくに後者では八頁を割いて詳述している。新字に直して引用しよう。

話題沸騰!! 『梁塵秘抄』-- 紀伊国屋書店新宿本店で熱烈POPが

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今月の新刊『梁塵秘抄』(後白河法皇 編纂/川村湊 訳)へ、各所から驚きの声!とともに、大反響をいただいています。

紀伊国屋書店新宿本店では、スタッフの皆さんの間で「おもしろい!」と話題になって、2階のレジ前と光文社古典新訳文庫の棚に↓↓手書きのPOPとパネルを作っていただいています! ありがとうございます!

ぜひ、ご一緒に川村湊さんの "超絶新訳" を味わってみてください。 「今も昔も人間ってやつは」、と愛おしくなる歌が満載です。

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cover128.jpg梁塵秘抄
後白河法皇/川村湊 訳
定価(本体781円+税)


《書評》『梁塵秘抄』-- 読売新聞 2011年6月19日

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読売新聞 本よみうり堂(6月19日朝刊)の「ポケットに1冊」欄で、早速『梁塵秘抄』を取り上げていただきました! 

「梁塵秘抄」というと、学生時代、授業でやった、ぐらいの印象の方も多いだろう。平安末期、貴族間に流行した今様など雑芸の歌を集成した、と説明されてもピンと来ない。それで卒業すると忘れてしまう。
 しかし、今様とは〈当世風にいえば、浪花節から歌謡曲、民謡からジャズ、ロック、ポップスまでのさまざまなジャンルを含んだ歌謡群だった〉と説明されるとグッと身近になる。そう、〈遊びをせんとや生まれけん〉で有名な「梁塵秘抄」は歌謡曲のルーツだったのだ!

記事の中では "美女にからみつきたい一本葛" の歌が紹介されていますが、
そのほかの歌では、

例えば...

【原歌】 
雨は降る去ねとは宣ぶ笠は無し 蓑とても持たらぬ身に 忌々しかりける里の人かな 宿貸さず

これが川村湊訳では...

〈雨の降る夜に 別れたの〉
雨の降る夜に 別れたの
帰る道には 傘もなし
コートもなしに 濡れるまま
無情の人は 通り過ぐ
ホテルの 灯りも 消えたまま

なんだかカラオケで歌いたくなりませんか?
川村湊さん、実はそれを目論んでいらっしゃいます。

収録されている歌は全部で100。ぜひ、お手に取ってご覧ください!


cover128.jpg梁塵秘抄
後白河法皇/川村湊 訳
定価(本体781円+税)

中山元さん―新刊のお知らせ  ちくま新書『正義論の名著』

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中山元さんの新刊『正義論の名著』がちくま新書から刊行されました。

『正義論の名著』
中山元/著
ちくま新書 2011年6月発売
価格:861円(税込み)

cover_seigi_nakayama.jpg西洋思想史上、「正義」について考えることは、「道徳」「倫理」「政治」などの問題とかかわりあいながら、つねにひとつの軸となってきた。「公正さとは何か」「正しさの基準はどこにあるのか」などなど、今日でも喫緊の課題として論じられるこれらについて、大思想家たちの「名著」は大きなヒントと刺激を与えてくれることだろう。プラトン、アリストテレスから、ホッブズ、ロック、ベンサム、ニーチェ、さらにはロールズ、デリダ、サンデル...。この一冊で主要な思想のエッセンスがわかる。


光文社古典新訳文庫から出ている中山元さんの訳書は、刊行中のカント『純粋理性批判』(全7巻/最新刊は第5巻)のほか、

ニーチェ『善悪の彼岸』 『道徳の系譜学』

ルソー『社会契約論/ジュネーヴ草稿』『人間不平等起源論』

フロイト『幻想の未来/文化への不満』『人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス『ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの』

カント『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編
と、多数あります! 併せて書店、オンライン書店でご覧ください。

最新刊
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純粋理性批判 5
カント/中山 元 訳
定価(本体895円+税)

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第5回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 5

 『失われた時を求めて』は何ヵ国語にも訳されていて、全訳ということでなければ、訳者の中には、ナチスに追われて逃げるさなかに自殺したとされる思想家のベンヤミン(独訳)らもいる。

ただ西洋語だけだろうと漠然と思っていたら、若い友人がパリからの帰途、上海に寄って探してきてくれたのが中国語訳の『失われた時を求めて』(第一巻、二〇〇九)だった。
八四年以降、一部の評論集やプルースト論などが訳されてきたが、特にここ数年はプルーストの作品が続々と出版されているという。第一巻(周克希訳)などは複数の版があるらしい。ここでは手もとの版に即して、簡体字を現代日本語の漢字に直して引いてみよう。


6月の新刊、本日発売です!

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cover128_blog01.jpg『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』(後白河法皇 編纂/川村湊 訳 定価(本体 781円+税) )は、本日発売です!

歌の練習に明け暮れ、声を嗄らし喉を潰すこと、三度。
サブ・カルチャーが台頭した中世、聖俗一体の歌謡のエネルギーが、後白河法皇を熱狂させた。画期的新訳による中世流行歌全100!「わたしは バカな 女です」「マリーのひとりごと」「わが子ゆえの嘆き」「も一度 抱いて」etc.


『梁塵秘抄』とは  「今様」とは

『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』は、日本の中世期、11世紀後半から12世紀にかけて、京の都を中心に流行した「今様(いまよう)」という歌謡の歌詞を集めたものです。編纂者は後白河法皇で、当時の社会の下層民だった遊女(あそびめ)や傀儡子(くぐつ)などの芸能民が専らとした芸能を、天皇としては退位したものの事実上の政治力を保持し、権謀術数に長けていたといわれる法皇の後白河院がまとめたものですから、日本の文学史上、文化史上で、きわめて異色の古典文学作品であるといえます。

「今様(いまよう)」とは、まさに〝今のスタイル〟ということで、現代風、当世風という形容の言葉が、歌謡のジャンル名となったもので、仏教や神道などの宗教臭の強い「和讃」(漢語ではなく日本古来の言葉で、仏教の教義や仏・菩薩をたたえた歌。七五調がほとんど)風のものから、まったくの俗謡、民謡に至るまでの幅の広い内容を持つものです。歌の曲や伴奏とともに、舞い、踊り、パフォーマンスを伴ったもので、宮中に召し出されて演じたり、神社仏閣の行事に招かれたり、あるいは酒席や宴席の余興として、あるいは巷の大道芸として演じられたものと思われます。(まえがきより)


高遠弘美さん―月刊『ふらんす』5月号での連載--第2回

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月刊『ふらんす』(白水社)で始まった高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)の連載「対訳で楽しむ『失われた時を求めて』  スワン家のほうへ」の2011年5月号掲載分(PDFファイル)をお届けします。(2011年4月号から全6回の予定です。)



■ 「対訳で楽しむ『失われた時を求めて』 スワン家のほうへ 2」(月刊『ふらんす』2011年5月号掲載)>>

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失われた時を求めて 1 <全14巻>
第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体952円+税)

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第3回と第4回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 3

 十七世紀オランダの画家フェルメール作『地理学者』がこの春から日本に来ている。今年はさらに『手紙を読む青衣の女』もやってくる。フェルメールは日本でも人気が高く、やはり『地理学者』も来た二〇〇〇年の大阪市立美術館はじめ、ここ数年はほぼ毎年のようにフェルメールを日本で見る機会に恵まれる。

全部で三十数点しか遺されていないフェルメール作品を二十三点展示した一九九六年のデルフト、十五点を集めた二〇〇一年のニューヨーク。そのいずれも私は行ったけれど、そもそもどうしてフェルメールを知り、フェルメールを見るためならどこへでも出かけるようになったのかと言えば、プルーストの導きというほかない。

フェルメールが日本に最初に来たのは一九六八年だったが、そのとき私はまだ画家の名前も知らない田舎の高校生だった。二度目に日本に来たのは一九七四年で、このときはすでにプルーストを通じてフェルメールを知っていたから何度か通ってその魅力に開眼することになった。

『失われた時を求めて』第一巻から登場する人物に、シャルル・スワンという男がいる。語り手の一家の友人であると同時に、社交界の寵児でもある。文学と芸術に造詣があり、当時はまだそれほど知られていなかったフェルメールをいち早く評価してその研究をしたいと思っているが、世事に忙殺されて本腰を入れることができない。しかしスワンは、一八七六年、オランダのさる美術館が購入したニコラス・マースの作品がじつはフェルメールの真作だと信じていた、と小説では書かれている。

読者のうちでスワンという人物が親しく感じられるようになればなるほど、フェルメールに対する読者の関心は大きくなってゆく。しかも、スワンだけがフェルメール称揚の役を担っているわけではなかった。もうひとり、語り手に影響を与える大小説家ベルゴットもフェルメールと格別に深い関わりを持った存在として作品中に登場する。それについては次回に。
(2011年5月26日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)



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プルーストと暮らす日々 4

『失われた時を求めて』には、「偉大な」と形容される架空の芸術家が登場する。その一人、大作家のベルゴットは医師から安静を命じられていたが、ちょうどパリで開催中の美術展に、前々から大好きだったフェルメール『デルフトの眺望』が来ているというので、病をおして出かけてゆく(第五篇「囚われの女」)。


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『アウルクリーク橋の出来事/豹の眼』(ビアス 著 小川高義 訳)、 『マウントドレイゴ卿/パーティの前に』(モーム 著 木村政則 訳)のW刊行を記念し、小川高義さんと木村政則さん ミニトーク&サイン会が4月28日(木)に青山ブックセンター六本木店で行われました。当日のレポートが青山ブックセンター六本木のフリーペーパー「ABC六本木店で会いましょう」に掲載されています。

「訳者が実は原作と翻訳の間に立って見えない芸を発揮している」という小川流"翻訳の神髄"を、ものまねやカップラーメンにたとえて始まった師弟対談の模様、ぜひフリーペーパーでお楽しみください。
■「ABC六本木店で会いましょう '11.5月〜6月」 PDFファイル>>

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また、小川先生からは、「古典新訳文庫の試みは、"古典を新しく訳す"ということだけでなく、翻訳そのものが新しくなっていくかもしれない、という思いがある。その試みに参加している楽しみと責任を感じている」と、ありがたく、うれしい言葉をいただきました。肝に銘じます!

そして、「翻訳を重ねるにつれて、音楽の演奏家に近い感覚になってきている」とも。
「いろいろな演奏を楽しむように、同じ原作に複数の翻訳があって、そこから自分の好みのものを選んで読んで楽しむ、という状況になったら」と。

"先生と教え子"という息の合ったお二人のお話は尽きることがない、短い時間で残念!
"打てば響く"相手との座談って楽しくて、時間が経つのも忘れてしまうんですよね。


小川先生がこれまで雑誌や映画のパンフレットに書かれた原稿や翻訳作品のあとがきをまとめた著書はこちらです↓↓  翻訳小説を「書く」という副題に、おおっと思われた方、ぜひ!

cover_himitu_ogawa.jpg『翻訳の秘密』----翻訳小説を「書く」ために
小川高義/著  
研究社  2009年3月刊行
価格:1,785円(税込み)

「新旧の訳が同等の資格で堆積し、その原作が日本でどのように読まれたかという歴史をつくればよいと思う。」 (第5章過去と現在 より)

この視点を意識して読むと、翻訳小説を読む楽しみが重層化される気がします。心に刻みます。


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アウルクリーク橋の出来事/豹の眼
ビアス 作/小川高義 訳
定価 (本体648円+税)



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マウントドレイゴ卿/パーティの前に
モーム 著/木村政則 訳
定価 (本体667円+税)


中山元さんによる「自由の哲学者、カント」の第3回講座を震災の影響で3月から延期しておりましたが、5月26日(木)に再開いたしました。2ヶ月ぶりの開催となりましたが、会場の東京ドイツ文化センターには約80名の方々にお集りいただきました。ありがとうございました。

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今回は、『純粋理性批判』の超越論的方法論で取り上げられている幸福と善、そして幸福と道徳の関係から話は始まり、次に「道徳形而上学の基礎づけ」として、カントの内側で最高善を構成する2つの要素--"道徳"と"幸福"がいかに切り離されているか、そしてその後『実践理性批判』でもう一度、その2つの要素がどのようしてに結びつけられていくか、について、2時間強たっぷりと話していただきました。

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道徳と幸福の弁証法--
最初うちは疑問もなく結びつけられていた2つの要素が一度否定された後に、自由の概念を通して再び結びつけられる。




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講座終了後は、飲み物を片手に中山先生を囲んで対話が続きます。
次回の開催は6月24日(金)18時からです。ご参加お待ちしております!
※次回以降の予定は決まり次第お知らせいたします。



■ ドイツ文化センター(東京)のオフィシャルブログにも当日の模様が掲載されています。>>

《お申込み・お問い合わせ》
参加ご希望の方は、事前の参加登録を下記宛にお願いします。参加は無料です。
●東京ドイツ文化センター図書館 担当:吉次基宣
●E-mail: yoshitsugu@tokyo.goethe.org
●TEL: 03-3584-3201
■ 東京ドイツ文化センター>>

cover127.jpg 純粋理性批判 5 カント/中山 元 訳 定価(本体895円+税)

高遠弘美さん―産経新聞夕刊(大阪版)で連載が始まりました

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産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)の連載が始まりました。

タイトルは「プルーストと暮らす日々」
高遠弘美さんの生活がどのようにプルーストと結びついているのか、その日常が綴られます。毎週木曜日の掲載ですが、大阪版限定の連載のため、このブログに転載させていただくことになりました。ご期待ください! (※紙面での掲載から1週間後にブログへ転載いたします)
■「プルーストと暮らす日々 1」PDFファイル >>


悲劇を越え、祈り込めて

「文学はどこまでも人間的なものである。文明に対するさまざまな脅威に抗し、あまたの悲劇を乗り越えて連綿と書かれてきた。悪や退廃を描こうと、そこに連ねられた言葉はどこか祈りに似ている。『失われた時を求めて』も例外ではない。一見遠い国の、私たちとは無縁の社会や人々を描いたかに見えて、じつは深く関わりうる作品なのだ。
 惨禍のなかでいち早く人間らしさを取りもどした人々の姿に励まされながら、私は目の前の個人訳を進めるほかない。私の生活はどうプルーストと結びついているのか。次回以降、それを綴ってゆきたい。」



第2回 5月19日(木)掲載記事はこちらです。↓ ↓近日中に第3回もブログでご紹介します。

プルーストと暮らす日々 2

 タイトルに惹かれて読み始める本がある。プルーストの『失われた時を求めて』などはその最たるもので、その適度な長さといい、どこか謎めいた雰囲気といい、一度目にしたら忘れられない書名と言えるだろう。人間誰しも次から次へと押し寄せる時間の波に流されて、右往左往せざるを得ない。時間は無意味に失われてゆくだけだ。そんなむなしさをかかえているからこそ、この題名は心にすっと入ってくる。若き私もそうだった。

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