2011年8月アーカイブ

9月刊は3冊 ― ヴィアン、カント、ナボコフ !

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光文社古典新訳文庫の9月刊は、『うたかたの日々』(ヴィアン/野崎 歓・訳)、『純粋理性批判6』(カント/中山 元・訳)、『カメラ・オブスクーラ』(ナボコフ/貝澤 哉・訳)の3冊です! 

ヴィアン、カント、ナボコフ-- この3人の名前が並ぶだけで、ちょっとどきどきしませんか?
発売日は9月13日(火)です。 お楽しみに!

『うたかたの日々』 ヴィアン/野崎 歓・訳
青年コランは美しい少女クロエと恋に落ち、結婚する。しかしクロエは肺の中に睡蓮が生長する病気にかかってしまう......。フランスの前衛小説家ボリス・ヴィアンが、奇想天外な世界観と自由奔放な言い回しで創りだした切ないラブ・ストーリー。
『純粋理性批判6』 カント/中山 元・訳
「超越論的な弁証論」の第三章「純粋理性の理想」を扱う。神の現実存在の議論が検討され、デカルト以来の伝統的な近代哲学の神の存在証明が分類され、すべて批判される。これで形而上学の三つの主要テーマ(心、世界、神)の考察が完了することになる。
『カメラ・オブスクーラ』 ナボコフ/貝澤 哉・訳
裕福で育ちの良い美術評論家クレッチマーは、たまたま出会った美少女マグダに夢中になってしまう。彼は妻と別居し娘をも失い、昔の愛人と縒りを戻したマグダに手玉に取られて騙された末、奈落の底に落ちていくのだった。代表作『ロリータ』の原型とも言えるナボコフ初期の傑作を、ロシア語原典から初めての訳出で。

img_kant20110729-01.jpg中山元さんの講座「自由の哲学者、カント」、本日26日いよいよ最終回です!

毎月1回、6回連続で開催してきた本講座、最終回は『啓蒙とは何か/永遠平和のために』における自由の概念をテーマに取り上げます。

美と自由、宗教と自由、そして政治における自由の問題とは? 
連続講座ですが、今回のみのご参加も大歓迎です。
中山元さんとの質疑応答の時間もたっぷりありますので、カントについて興味のある方は、まずは今日の講座からその思想にふれてみてはいかがでしょうか。
 
第5回で話された詳しい内容は>> 東京ドイツ文化センターのブログに!


お申し込みは↓こちらまで。

第6回 :2011年8月26日(金) 18時〜20時
会場:東京ドイツ文化センター図書館(東京都港区赤坂7-5-56)
アクセス:東京メトロ青山一丁目駅 A4出口から赤坂郵便局方面へ徒歩5分
■ 東京ドイツ文化センター>>

《お申込み・お問い合わせ》
参加ご希望の方は、事前の参加登録を下記宛にお願いします。参加は無料です。
●東京ドイツ文化センター図書館 担当:吉次基宣さん
●E-mail: yoshitsugu@tokyo.goethe.org
●TEL: 03-3584-3201

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純粋理性批判 5
カント/中山 元 訳
定価(本体895円+税)

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第15回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 15

子供のころは別として、長じてからは雨の中に飛び出して駆け回りたいなどと思うことはたえてなかった。それが先日、いきなりそうした衝動に駆られた。

信州の安曇野が好きで、ここ何年かはよく出かける。いつのまにか気に入った店ができた。食卓からはよく刈り込まれた芝生の広い庭を起点にして、そこから流れ出るように広がる安曇野の田園風景が、彼方の安曇富士を借景にして、大きなガラス戸から一望できる。夏の暑い夕方でもエアコンはなく、庭から吹き込む爽やかな風を受けながら、ワイングラスを傾けているうちに時が経ってゆく。

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第14回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 14


下訳という言葉がある。多くは大家が、自分が訳すべき原書を弟子や後輩に最初に訳させる草稿を指すのだが、かつてはそういうことがしばしば行われていた。

私も大学院生の頃、先生方の下訳を何冊かしたことがある。

今から思うとある種の徒弟制度的慣行というしかないけれど、不思議なことではなかった。だが、いつの間にか下訳をさせる翻訳家がいなくなった。いや、いまだにいるかもしれないが、それは一部にすぎないだろう。ほとんどの翻訳家は自分で汗を流して一行一行日本語にしてゆくと思う。

毎日新聞・今週の本棚(2011年8月14日)に、『人口論』の翻訳者・斉藤悦則さんのインタビュー記事が掲載されています。
毎日jpでもお読みいただけます。ぜひご一読を!


読まずに貶される「悪者」の実像
(前略)
 いわば「貧困の存在は必然」と説いたようなマルサスのイメージは悪い。仏社会主義思想を研究し、やはり「マルサス=悪者」との先入観を抱いてきた。『人口論』を初めて手に取ったのは学生時代。「有名な一節を確認することだけが目的でした。『確かに書いてある』と安心して、残りはほとんど飛ばしてしまった」
(中略)
「そのつどの頑張りで世の中をよくしよう、という立場なんです。生きるのが楽しい世界とは何かと考えると、ある程度負荷がかからなければダメという主張もうなずける」。意外にも、貧乏人を切り捨てる冷酷な学者ではなく、明るく「元気に行こうぜ」と励ます若者の姿が見えてきたという。

 現代の人口問題にもつながる色あせることのない古典。「アダム・スミスの『国富論』は読んでいなくてもみな褒めるのに、マルサスは読まずに貶(けな)される。固まったイメージはこわいですね」と笑った。


■記事全文はこちら
毎日jp 今週の本棚 「マルサス 人口論/訳者 斉藤悦則さん」>>



人口論
マルサス/斉藤悦則 訳
定価(本体895円+税)

img_mallarme_20110814.jpg京都芸術劇場 春秋座 studio21で渡辺守章さん(『アガタ/声』(デュラス、コクトー) 、『シラノ・ド・ベルジュラック』(ロスタン)の翻訳)が、企画・構成・演出・朗読される公演のお知らせです。

直前のお知らせになりましたが、公演日は明後日、8月14日(日)です! 夏の休暇を詩と音響や映像、ダンスに浸ってみてはいかがでしょうか。

■京都芸術劇場ブログに本公演の制作過程についての記事が多数掲載されています。
なかでも渡辺先生の「「マラルメ・プロジェクト2――『イジチュール』の夜」のこと」は必読です!

マラルメ・プロジェクトII
『イジチュール』の夜

詩の言葉に潜在している劇的な力を引き出し、音響や映像、ダンスと組み合わせて、21世紀型の新たなパフォ-マンスの姿を探る。 朗読に基づく実験的パフォーマンス。

日時 :2011年8月14日(日) 16:00開演
会場 :京都芸術劇場 春秋座
《主催・お問合せ 》
京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター TEL: 075-791-9207

企画:浅田彰、渡邊守章
構成・演出:渡邊守章
朗読:渡邊守章、浅田彰
音楽・音響:坂本龍一
映像・美術:高谷史郎
ダンス:白井剛、寺田みさこ

■ 公演の詳細はこちらまで 京都芸術劇場 春秋座 website>>


《書評》『梁塵秘抄』ー 日刊ゲンダイ 2011年8月10日

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日刊ゲンダイ(8月10日)の五木寛之さんの連載「流されゆく日々」で、『梁塵秘抄』(後白河法皇 編纂/川村湊 訳)を取り上げていただきました。

「(前略)川村さんが、『梁塵秘抄』の現代語訳に取組んでいるときいた時から、私はかたずをのんで世に出るのを待っていた。 (中略)

「川村氏は書く。<(前略)今様のかなりの部分は、当時の一流の知識人、歌人、学者、高僧、神官たちが作ったものと考えられるのであり、庶民の間からから生まれてきた民謡や即興の歌詞が定着したと思われるものは、案外に少ないのである。(後略)>
これは重要な指摘だ。今様の作詞者と、歌い手がちがうことは、大事なことで、だからこそ今に伝わる名歌が残っているのだろうと私も思う。
 (中略)

仏は常にいませども

現ならぬぞあわれなる

人の音せぬ暁に

ほのかに夢に見えたまう



この歌は、川村訳だと、こうなる。

〈いつでもいるわ わたしのいいひと 見えなくても 触れなくても ひとごえさえも 消えはてて わたしにわかるの 夜明けの夢にこっそりと〉


さて、読者の皆さんの感想はいかがだろうか。この歌詞には、どんな曲がつくのだろう。勝手に想像するのが夏の夜の楽しみというものだ。」

この書評の中で、川村湊さんによる関西弁の新訳『歎異抄』も「画期的な試み」と! こちらも併せてどうぞ!

cover128.jpg梁塵秘抄
後白河法皇/川村湊 訳
定価(本体781円+税)



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歎異抄
親鸞・著 唯円・述 /川村 湊 訳
定価(本体533円+税)

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第13回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 13

舟木一夫のヒット曲に「花咲く乙女たち」(一九六四)がある。作曲・遠藤実。作詞・西條八十。西條八十は作詞家として大活躍したほか、詩人として一世を風靡したが、早稲田の仏文科教授を務めた篤実な仏文学者でもあった。

八十は舟木のために書いたこの詞を『失われた時を求めて』第二篇「花咲く乙女たちのかげに」から思いついたという。ただ八十が「街に花咲く乙女たち」と書いた若き乙女たちはプルーストにあっては何より海、それもバルベック(架空のリゾート地)の海を舞台に生き生きと登場する少女たちだった。

8月の新刊、 本日発売です!

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8月の新刊、『詐欺師フェーリクス・クルルの告白(上)』(マン/岸 美光・訳  定価(本体 1048円+税) )と『市民政府論』(ロック/角田安正・訳 定価(本体 914円+税) )は、本日発売です!



『詐欺師フェーリクス・クルルの告白(上)』
武器は天与の美貌、爽やかな弁舌、鮮やかな模倣の才。貧しい青年クルルは子供の頃のずる休みと同様、仮病をつかって徴兵検査をくぐり抜け、憧れのパリで高級ホテルのエレベーターボーイとして雇われる。そして宿泊客の美しい女性作家に誘惑され、彼女の寝室に忍びこむと......。
『市民政府論』
人は生まれながらにして生命・自由・財産を守る権利があり、国家の成立は、この人権を守るための人々の合意に基づく。ロックの唱えた人権、社会契約思想はのちのアメリカ独立宣言、フランス革命を支える理念となった。自由、民主主義を根源的に考えるうえで必読の書。

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第12回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 12

数日前から、右目が兎のように真っ赤になっている。眼医者に行くと、結膜下出血で、放っていても治る、大したことはないと診断された。医者は「日柄もの」と言ったが、これはどこかの地方語ではないかと思う。日柄は辞書に「一定の期間」とあるから、それなりの日数が経てば治る、焦らず養生をしなさいということだろう。なかなか味のある表現ではなかろうか。


この言葉を聞いて私は『失われた時を求めて』に出てくるコタール医師のことを思い出した。

《書評》『梁塵秘抄』ー 朝日新聞朝刊 2011年7月31日

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朝日新聞7月31日朝刊の書評で『梁塵秘抄』(評者:田中貴子さん/甲南大学教授)を取り上げていただきました。

ピチピチギャルは 十に プラスの四、五、六
レディの盛りは 二十三、四まで
三十四、五にもなったなら
きいろい紅葉の 枯れ落葉
(中略)
はやり歌は、現代でいえば歌謡曲に当たる、という主旨のもとに、川村氏は新たな現代語訳を生み出しました。その一例が、冒頭の歌です。
『梁塵秘抄』は「日本古典文学」として認識されていますので、このような大胆な訳は古典の冒瀆と息巻く方があるかもしれません。
 しかし、今様の解釈に「遊女の心情」を過剰に投影し、歌の内容と歌い手を素朴に結びつけてしまう過去の例を一蹴する試みとして、評価したいと思います。(中略)
 地道な研究に基づく「新訳」は、日本古典を今に活かす方向を批判的に示しているでしょう。「解説」も必読です。


cover128.jpg梁塵秘抄
後白河法皇/川村湊 訳
定価(本体781円+税)

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月刊『ふらんす』8月号(白水社) の巻頭エッセイ「フランスと私」に永田千奈さん(『海に住む少女』『女の一生』の翻訳者)がご登場です。フランス語の世界と自身を結びつける「仲人役」だったというお父様にまつわる思い出について書いていらっしゃいます。

■ 月刊『ふらんす』について詳細はこちらからどうぞ! >>


※月刊『ふらんす』では、高遠弘美さんの「対訳で楽しむ『失われた時を求めて』スワン家のほうへ 5」も連載中です。

cover10.jpg海に住む少女
シュペルヴィエル/永田千奈 訳
定価(本体476円+税)


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女の一生
モーパッサン/永田千奈 訳
定価(本体838円+税)


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