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        <title>カフェ光文社古典新訳文庫 Blog</title>
        <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/</link>
        <description>毎月のトークイベント「カフェ光文社古典新訳文庫」のレポートなど
光文社古典新訳文庫からのお知らせを中心に、翻訳書籍についての
情報をお届けし、読書の楽しみをみなさんと分かち合う場です。</description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2012</copyright>
        <lastBuildDate>Thu, 02 Feb 2012 16:25:38 +0900</lastBuildDate>
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            <title>高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載　第36回　「プルーストと暮らす日々」</title>
            <description><![CDATA[<p>産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の<strong>高遠弘美さん</strong>（『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者）<strong>「プルーストと暮らす日々」</strong>の第36回をお届けします。</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="line_lace05.gif" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2011/06/09/img/line_lace05.gif" width="460" height="14" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 15 auto 10px;" /></span><p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:10px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;"><strong><big>プルーストと暮らす日々　36</big></strong>
<br /></p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">若い頃、無人島にただ一冊だけ本を持っていっていいと言われたら何を選ぶかという話が何かの雑誌に載っていて、本好きの私もひとしきり空想をめぐらせたものだった。</p>
<p style="line-height:220%;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">『万葉集』や『広辞苑』を挙げる方もいてなかなか興味深かったのだが、さて私はということになると、自らの学力は棚に上げて、やはりプルーストを選ぶだろうと思いつつ、いったいどの巻を選べばいいかという点が悩ましくて、結局決めることはできなかった。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">それから二十年近く経った一九九九年、私はフランス中部の町リヨンに滞在することになった。リヨンで最初に買った本が刊行されたばかりの一冊本の『失われた時を求めて』だった。</p>
<p style="line-height:220%;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">『広辞苑』を一回り小さくしたくらいのソフトカバーの本で厚さ六・三センチ、二千四百一ページに及ぶ。プレイヤード叢書（そうしょ）もそうだが、インディアペーパーというのか、辞書や聖書などで使われるような紙で読みやすく、しかも、どのページを開いても左右にきちんと分かれるので、何かで押さえる必要がない。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">かつて『珍説愚説辞典』という分厚い本を訳したとき、今は亡き種村季弘先生がお礼状で「昼寝の枕にする」と書いてきてくださった。閑中読書の喜びをこれほど的確に表す比喩も少ないだろう。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">この大きさではベッドで横になっては読めないから、文字通り「昼寝の枕」にするか、机上に広げて繙（ひもと）くしかないけれど、どこにいてもプルーストがあり、どのページを開いてもプルーストが読めるというのは、無人島うんぬんに関わりなく、人生の道連れとして理想的な一冊に思われた。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">しかし、プルーストの個人全訳に取りかかった二〇〇九年からは少し事情が変わってきた。先日、第二巻目の翻訳を出したが、それでもこの本で言えば、三百四十一ページまでにすぎない。昼寝の枕、閑中読書は過去の幻。いまや、一冊本は未訳の部分を具体的に示す残量計となった。何とか最後までたどり着くために、せめても自らを鼓舞する一冊にしたいと思っている。<br />(2012年1月26日　産経新聞(大阪版)夕刊掲載)</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="line_lace05.gif" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2011/06/09/img/line_lace05.gif" width="460" height="14" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 10 auto 20px;" /></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover110.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2010/09/09/img/cover110.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book110.html" target="_blank"><strong>失われた時を求めて １ <全14巻><br />
第一篇　「スワン家のほうへ I」</strong></a><br />
プルースト／高遠弘美　訳<br />
定価(本体952円＋税)
<br clear="all">
<img alt="cover140.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover140.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><span style="color:#CC0000">NEW!</span>
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book140.html" target="_blank"><strong>失われた時を求めて ２<全14巻><br />
第一篇　「スワン家のほうへ II」</strong></a><br />
プルースト／高遠弘美　訳<br />
定価(本体1,105円＋税)

]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/02/36.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コラム</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">翻訳者</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">プルーストと暮らす日々</category>
            
            <pubDate>Thu, 02 Feb 2012 16:25:38 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>岸美光講演会「トーマス・マンのイローニシュ（アイロニカル）な立場」第三回レポート</title>
            <description><![CDATA[<p style="text-indent:1em;">2011年12月16日。東京・赤坂のドイツ文化センターの図書室で、連続講演会「トーマス・マンのイローニシュ（アイロニカル）な立場」の第三回が開催されました。</p>
<p style="text-indent:1em;">今回のタイトルは、「トーマス・マンのイロニーという視線」。お話をするのは『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』を訳した岸美光さんです。</p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20111216kishi-01.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/30/img/img_20111216kishi-01.jpg" width="350" height="263" class="mt-image-none" style="" /></span>
<p style="text-indent:1em;">岸さんは、まず「イロニーの言葉とは、どんな言葉なのか」というところから話しはじめました。</p>
<p style="text-indent:1em;">それは、「肯定」と「否定」の間を漂い続ける言葉なのだと定義します。そのため、人が決断しようとする時には役立つものではないが、新しい方向性を見出そうとする際は、そのきっかけをつくる可能性のあるものだといいます。</p>
<p style="text-indent:1em;">そして四本のテクストを読みながら、トーマス・マンがイロニーに対してどう考えたのかを見ていく作業が始まります。</p>
<p style="text-indent:1em;">一本目は、1915年にマンが発表した「非政治的人間の考察」というエッセイ。ここでマンは、作家とは「人間たちや事物たちに語らせることを習慣としている人間」のことであると書いています。と同時にそういった作家をどこか批判的な形で扱っています。</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20111216kishi-02.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/30/img/img_20111216kishi-02.jpg" width="350" height="263" class="mt-image-none" style="" /></span>
<p style="text-indent:1em;">次に岸さんが紹介するのは、あのフランスの大作家バルザックのテクストでした。ここでバルザックは、自分が小説を書くためにある対象を観察すれば、すぐさまその対象になりきることができると書いています。つまり作家であることの全面肯定がここにはあります。</p>
<p style="text-indent:1em;">このテクストと対比させると、前者のテクストを書いたマンのあり方がよく見えてきます。バルザックを代表とする写実主義を踏襲しつつも、その立ち位置に対する明確な反省があることがわかります。肯定と否定の間にいる人間。それを言葉にすることによって作家になっていったのがマンだったのです。</p>
<p style="text-indent:1em;">三本目のテクストは、マンの小説『ワイマールのロッテ』からの引用文でした。登場人物がゲーテをモデルにした人物について語ります。要約するなら、圧倒的な肯定と否定が集まったものがゲーテの視線なのだということ。だからこそ、ゲーテという作家の本質は「明らかにすべてを包括するアイロニー」なのだといいます。</p>
<p style="text-indent:1em;">最後のテクストは、1940年アメリカで行った講演会の発言でした。そこでマンは、芸術の根本にある一切の否定に通ずる一切の肯定という、イロニーの構図について語っています。</p>
<p style="text-indent:1em;">このように、マンにとってイロニーは、精神の根本にあるものでした。その作家がつくりあげた人物クルルは、イロニーの精神を肉化したものなのです。</p>
<p style="text-indent:1em;">クルルは詐欺師として、ある者を真似、その形になると、そこから身をひきはがし、また次にある者の形になっては、それを止めていくという行為を繰り返します。クルルは、あらゆるものになれるユニバーサルな存在です。それは肯定と否定の間に永遠に漂っているともいえます。</p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20111216kishi-03.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/30/img/img_20111216kishi-03.jpg" width="350" height="263" class="mt-image-none" style="" /></span>
<p style="text-indent:1em;">しかし、そのクルルが主人公の小説の執筆をマンは一時中断します。第二次世界大戦中のことでした。当時マンは、今は、人に語らせるということをしていた作家である自分が、あえて自分で語らなければいけない時期なのだと語ったといいます。</p>
<p style="text-indent:1em;">アイロニカルな立場にいることを止め、その時局に対して決断し行動しなければいけないのだと考えたのです。それはマンがデモクラシーの危機を感じた時代のことでした。</p>
<p style="text-indent:1em;">講演会の第一回目、岸さんは『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』はマンにとって「一種の遊園地」であったと語りました。イロニーの精神をもった作家が「遊べる」小説でした。しかし、マンは決断の言葉を語りだすため、この小説を中断したのだと、岸さんは語り、三回に渡る連続講演を終えたのでした。［文 : 渡邉裕之・文筆家］</p>

<p>●<a href="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2011/11/post-124.html">第一回レポートはこちら＞＞</a></p>
<p>●<a href="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2011/12/post-127.html">第二回レポートはこちら＞＞</a></p>
<p>●<a href="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2011/09/post-115.html">ドイツの古典図書を古典新訳文庫で読む『トーマス・マンのイローニシュ（アイロニカル）な立場』開催概要はこちら＞＞</a></p>
<br />
<img alt="cover130.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover130.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></form>
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book130.html" target="_blank">詐欺師フェーリクス・クルルの告白（上）</a><br />
<small>マン／岸 美光　訳<br />
定価(本体1048円＋税)</small>
<br clear="all">

<img alt="cover135.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover135.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></form>
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book135.html" target="_blank">詐欺師フェーリクス・クルルの告白（下）</a><br />
<small>マン／岸 美光　訳<br />
定価(本体1048円＋税)</small>
<br clear="all">]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/post-135.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">イベントのお知らせ</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">トーマス・マン</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">岸美光</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">東京ドイツ文化センター</category>
            
            <pubDate>Tue, 31 Jan 2012 12:20:04 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>永田千奈さん―月刊『ふらんす』連載 「対訳で楽しむ『女の一生』」12月号／1月号掲載分PDFを</title>
            <description><![CDATA[<p><a href="http://www.hakusuisha.co.jp/france/" target="_blank">月刊『ふらんす』（白水社）</a>で10月号から始まった永田千奈さん</strong>（『海に住む少女』『女の一生』の翻訳者）の連載<strong>「対訳で楽しむ『女の一生』」</strong>の2011年12月号掲載分と2012年1月号掲載分（PDFファイル)をお届けします。
<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover_france_201112.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/30/img/cover_france_201112.jpg" width="100" height="142" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><span class="mt-enclosure mt-enclosure-file" style="display: inline;"><a href="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/30/nagata_france201112.pdf" target="_blank">■「「対訳で楽しむ『女の一生』3」 <br />
月刊『ふらんす』2011年12月号掲載<br />
（PDFファイル510KB)＞＞</a></span>

<br clear="all">
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover_france_201201.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/30/img/cover_france_201201.jpg" width="100" height="142" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><span class="mt-enclosure mt-enclosure-file" style="display: inline;"><a href="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/30/nagata_france201201.pdf" target="_blank">■「「対訳で楽しむ『女の一生』4」 <br />
月刊『ふらんす』2012年1月号掲載<br />
（PDFファイル550KB)＞＞</a></span></p>
<br />

<br />


<br clear="all">
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover123.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover123.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book123.html" target="_blank">女の一生</a><br />
モーパッサン／永田千奈　訳<br />
定価(本体838円＋税)
<br clear="all">
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover10.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover10.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book10.html" target="_blank">海に住む少女</a><br />
<small>シュペルヴィエル／永田千奈　訳<br />
定価(本体476円+税)</small>]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/-121pdf.html</link>
            <guid>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/-121pdf.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">翻訳者</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">月刊『ふらんす』</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">永田千奈</category>
            
            <pubDate>Mon, 30 Jan 2012 16:50:42 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載　第35回　「プルーストと暮らす日々」</title>
            <description><![CDATA[<p>産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の<strong>高遠弘美さん</strong>（『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者）<strong>「プルーストと暮らす日々」</strong>の第35回をお届けします。</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="line_lace05.gif" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2011/06/09/img/line_lace05.gif" width="460" height="14" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 15 auto 10px;" /></span><p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:10px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;"><strong><big>プルーストと暮らす日々　35</big></strong>
<br /></p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">「どうしてプルーストが好きになったのですか」

<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">先日、学生からこんな質問を受けた。簡単そうでなかなか答えにくい。誰かを好きになるのと同じで特別の理由などないのですと答えてその場をしのいだものの、妙に心に残って何度か反芻（はんすう）するうち、私の場合、好きになった文学者が少なからずプルーストを愛読していたことが要因の一つかもしれないと思い至った。

<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">なかでも私自身の文学観を形成してくれた恩人とも言うべき堀辰雄、中村真一郎、吉田健一といった文学者たちがそれぞれプルーストに関する見事なエッセイを著していたことは決定的だったような気がする。

<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">今年の正月休みは偶然にも、七〇年代に筑摩書房から出た、『堀辰雄全集』（画家の岡鹿之助による装訂がひときわ美しい）を机上に広げて読んでいた。堀辰雄の文章は真水か静かなせせらぎのように心のうちに入ってくる。あれこれ繙（ひもと）いているうち、ふとこんな一節が目にとまった。

<p style="line-height:220%;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">「スワンは『私』の上に大きな影響を与へた人物だ。だからそのスワンと云ふ人物を精細に描いて置くことは後に『私』の性格を語るためにも無駄ではない。それに小説全体の構図から見ても、この『私』の生れない前のスワンの恋物語のあるために非常に奥行の深くなつてゐる感じがするのである」

<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">先般「スワンの恋」を訳したとき、改めてプルーストの構成の巧みさに舌を巻き、その一端を訳者解説にも記したのだが、それはここで堀辰雄のいう「奥行」とまさに重なる。引用したのは「文学的散歩　プルウストの小説構成」と題された短文からだが、堀辰雄はほかにも「プルウスト雑記」「続プルウスト雑記」「プルウストの文体について」などを書いていて、どれもがプルーストの魅力を伝えてくれる名篇である。

<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">プルーストに関する堀辰雄の幸福感あふれる言葉は、いつしか血となり肉となって私の内面にしみこんでいたに違いない。

<p style="line-height:220%;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">「プルーストを読む喜びを、堀辰雄が教えてくれたから」。今度からはそう答えようと思っている。<br />(2012年1月19日　産経新聞(大阪版)夕刊掲載)</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="line_lace05.gif" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2011/06/09/img/line_lace05.gif" width="460" height="14" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 10 auto 20px;" /></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover110.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2010/09/09/img/cover110.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book110.html" target="_blank"><strong>失われた時を求めて １ <全14巻><br />
第一篇　「スワン家のほうへ I」</strong></a><br />
プルースト／高遠弘美　訳<br />
定価(本体952円＋税)
<br clear="all">
<img alt="cover140.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover140.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><span style="color:#CC0000">NEW!</span>
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book140.html" target="_blank"><strong>失われた時を求めて ２<全14巻><br />
第一篇　「スワン家のほうへ II」</strong></a><br />
プルースト／高遠弘美　訳<br />
定価(本体1,105円＋税)

]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/35.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コラム</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">翻訳者</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">プルーストと暮らす日々</category>
            
            <pubDate>Thu, 26 Jan 2012 16:32:54 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>俳優座公演「カラマーゾフの兄弟」を観て―亀山郁夫さんに聞く</title>
            <description><![CDATA[<div class="shinkotenza">
<div class="shinkotenza-l"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_haiyu-za01.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/19/img/img_haiyu-za01.jpg" width="120" height="168" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span><p>2012年1月11日(水)から始まった俳優座公演「カラマーゾフの兄弟」。千田是也さん最後の演出から18年を経て、前回ドミートリーを演じた中野誠也さんの演出で上演中です。前売チケットは完売日続出で大きな話題となっている本公演、幕開け早々に観劇された亀山郁夫さんに感想をお聞きしました。</p></div>
<div style="border: #ccc solid 1px;padding:12px;margin:2px;"><div style="background-color: #CCCCCC;padding:2px;margin-bottom:10px;padding-left:10px;">2012都民芸術フェスティバル参加公演　<big><strong>カラマーゾフの兄弟</strong></big></div>
<dl><dd><strong>作：ドストエフスキー　脚本：八木柊一郎　演出：中野誠也</strong></dd>
<dd>《期間》 2012年1月11日(水)〜22日(日)</dd>
<dd>《会場》 <a href="http://www.haiyuza.net/%E5%85%AC%E6%BC%94%E6%A1%88%E5%86%85/2012%E5%B9%B4-%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%95%E3%81%AE%E5%85%84%E5%BC%9F/" target="_blank">俳優座劇場（六本木）</a></dd>

<dd>《出演》</dd>
<p　style="font-size:10px;line-height: 160%;"><strong><small>フョードル・カラマーゾフ</small></strong>／児玉泰次<br />
<strong><small>ドミートリイ・カラマーゾフ</small></strong>／田中美央<br />
<small><strong>イワン・カラマーゾフ</strong></small>／頼三四郎<br />
<strong><small>アレクセイ・カラマーゾフ</small></strong>／松崎賢吾<br />
<strong><small>スメルジャコフ</small></strong>／河内浩<br />
<strong><small>グリゴーリイ</small></strong>／遠藤剛、<strong><small>スネギリョフ</small></strong>／中寛三<br />
<strong><small>イリューシャ</small></strong>／保亜美、<strong><small>コーリャ</small></strong>／森尻斗南<br />
<strong><small>ワルワーラ</small></strong>／桂ゆめ、<strong><small>アガーフィア</small></strong>／瑞木和加子<br />
<strong><small>フェーニャ</small></strong>／浅川陽子、<strong><small>トリフォン</small></strong>／斉藤淳<br />
<strong><small>ゾシマ長老</small></strong>／星野元信<br />
<strong><small>分署長</small></strong>／劉毅、<strong><small>ポーランド人</small></strong>／林宏和<br />
<strong><small>カテリーナ</small></strong>／荒木真有美<br />
<strong><small>グルーシェンカ</small></strong>／安藤みどり<br />
<strong><small>リーザ</small></strong>／若井なおみ<br />
<strong><small>ナターシャ</small></strong>／青山眉子</p>

<dd>●<a href="http://www.haiyuza.net/%E5%85%AC%E6%BC%94%E6%A1%88%E5%86%85/2012%E5%B9%B4-%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%95%E3%81%AE%E5%85%84%E5%BC%9F/" target="_blank">劇団俳優座『カラマーゾフの兄弟』ウェブサイト>></a> </dd></div>


<div class="question_k">------舞台化された「カラマーゾフの兄弟」をご覧になっていかがでしたか</div>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20120110_11.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/19/img/img_20120110_11.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>まさに大スペクタクルです。正味2時間40分、固唾をのんで見守りました。観客の方々は、少なからず「カラマーゾフの兄弟」の内容を知っていて、あのときの感動がどう舞台で演じられるのか、そういう好奇心で来ていたと思います。その意味では、物語に感動するというより、むしろ小説の感動を視覚的に確認するということが大切なのでしょうね。
<br />

八木さんの台本は、驚くほど深い読みに裏打ちされたもので、すでに小説を読んで内容を知っている人でも気づかない話の流れをくっきりと浮かび上がらせています。じつにうまく再構成されています。
<br />
俳優座の方々は、さすがに日本を代表するプロの俳優だけあって、すばらしい安定感がありました。何よりも、この安定感が観るものにとっては大事で、隅々にまで神経の行き届いた演技にとても感動しました。画期的な舞台だと思います。</p>



<div class="question_k">------ミーチャ、イワン、アリョーシャを若手の俳優が果敢に演じました</div>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_haiyuza20120113_01.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/19/img/img_haiyuza20120113_01.jpg" width="180" height="239" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>個性豊かな、コントラスト豊かな役者が３人集まりました。むろん、ミーチャが一番むずかしいと思います。あれだけ豪放磊落な人物をどう役作りするのか、女性のハートを一瞬のうちにつかんでしまう明るさ、決断力、と同時に繊細さ、その最初の二つの要素は実にみごとな演技でした。ただ、最後の繊細さがもう少し前面に出ていたらよかったかな、という印象をもちました。
<br />
イワンは、最初は少し堅さが感じられたのですが、時とともにイワン独自の凄みがじわじわと出てきて、とくに裁判での「発狂」シーンは圧巻でしたね。イワンがイワンになる自己分裂のプロセスが非常にくっきりと浮かびあがり、大いに共感がもてました。
<br />
アリョーシャは、ドストエフスキーのすべての小説中、人気ナンバーワンの役です。それだけにむずかしい。映画の「カラマーゾフの兄弟」のアリョーシャ像にとても似ていたと思います。とにかくむずかしい。大人と子どもの双方をあわせもつ人物。観客の一人一人がそれなりの理想的なアリョーシャ像をもっているだけになおさらです。ぼくも翻訳では、このアリョーシャをどんな口調で訳すのか、最後まで迷いに迷いました。今回のアリョーシャ役は、きわめて強い意志をもったアリョーシャで、ドストエフスキー自身が「わたしの主人公」と呼んでいる意味をはっきりと裏付けるものだと思います。ラストシーンとしっかりとつながっています。</p>


<div class="question_k">------スメルジャコフの声、せりふ回しがとても印象的でしたが</div>

<p>底知れぬ邪悪さを演じていました。すばらしい迫力でした。村上春樹がこの登場人物にとくに注目していますが、ここは演出家の中野さんの腕の見せどころだったと思います。日本最初の本格的スメルジャコフ像として一見の価値があると思います。スメルジャコフが「おれはカラマーゾフ」と叫ぶところなど、鬼気迫るものがありました。</p>



<div class="question_k">------フョードル、ゾシマの描き方はいかがでしたか</div>
<p>アルコール、女、金にまみれた強欲でアクの強い個性をよく演じきったと思います。ただ、ぼくの印象だと、もう少し性格の弱さが出てもいいかな、と。ゾシマのセリフは、短いながらも聞きどころの一つでした。若干、違和感が残ったのは、ガクっと首を垂れて死ぬ場面ですね。あれだけの長老ですから、もう少し穏やかに息を引き取ってほしかった（笑）。</p>



<div class="question_k">------カテリーナ、グルーシェニカ、女優陣の所作が優雅できれいでした</div>

<p>美しい女優二人がそろい、観客のみなさんはとても喜んだと思います。二つの際だった個性が、どう演じられ、描きわけられるのか、とても興味がありました。みごとなコントラストでした。背筋がすっと伸び、凛としたカテリーナの役がすばらしく、彼女の内面の葛藤をみごとに浮かびあがりました。プライドの強さと、優しさと、残酷さがよく伝わって来ました。去り際がよかった。<br />
グルーシェニカの艶やかさも印象的。グルーシェニカは本能的な女性ですが、どこかに動物的な邪悪さを秘めている。長い不信のゆえです。その隠された自己分裂が、ミーチャとの出会いによって治癒される。カテリーナとの掛け合いがみごとで、あのキスの場面、ぼく自身ももう目を皿にして、なめるようにして観察していました。
<br />
そう、モークロエの場面で、ポーランド将校の台詞を一言で片付けた台本がすごいですね。グルーシェニカの苦しみがそれだけで浮かび上がったのが不思議です。ただ、その後の、絶望にくれる場面で、できれば、一口でもウオッカに口をつけてほしかった（笑）。それに、脇役のアガーフィヤさん、なかなか光ってました。とても大切な役ですから。</p>


<div class="question_k">------その他に印象に残った役、場面は</div>

<p>スネギリョフ家で、足の悪いニーナがじっとアリョーシャを見つめる場面です。もう一秒にらみ続けてほしかった。非常に暗示的です。スネギリョフの「ございます」口調も見事。あと、手品の場面も。</p>



<div class="question_k">------ナレーションはリーザでしたね</div>

<p>とてもすてきな声。イメージがぴったり。物語の進行上、ナレーションがきわめて重要なので、リーザは主役の一人といってよいと思います。ただ、小説では、ゾシマ長老による奇跡で、彼女の足は治っている設定になっていたはずですね。このあたり、どう解釈するか。アリョーシャの婚約者の足がなぜ悪いのか、ということの意味が伝わるディテールないしセリフが一つあるとよかったのですが。最後は、両足で大地を踏みしめているリーザの姿を見たいと思ったのは、ぼくだけではないと思います。</p>



<div class="question_k">------冒頭のシーンは、影絵を使った印象的なシーンでした</div>

<p>酒池肉林の場面。きわどすぎて、目を伏せてしまいました（笑）。意見の分かれるところだと思います。でも、ぼくは苦手です。</p>



<div class="question_k">------長い小説を2時間40分に仕上げた脚本と演出については</div>
<p>これまで、『カラマーゾフの兄弟』は、映画（プイリエフ監督によるソ連時代のもの、ユル・ブリンナー主役のアメリカ映画、1990年代に作られた「少年たち」、最近、ロシアで放映された大河ドラマ版）で、オペラ（スメリャンスキー作曲、ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場）で、バレエ（ボリス・エイフマン版）など多数観てきました。お芝居で観るのは初めてで、つくづく演劇の難しさを感じました。2時間40分は、一般の観客の忍耐力の限界ですから、これ以上は延ばせないのでしょうね（ぼくは何時間でもおつきあいしますが）。でも、もう、30分ほしかった。これだけの台本ですから、もう少し間があって、ゆっくり物語が進んでくれると・・・・・・</p>



<div class="question_k">------フョードルが殺されるシーンは、重要なシーンのひとつですが</div>

<p>『カラマーゾフの兄弟』を、愛の物語とするか、父殺しのミステリーとするか、そのどちらを選択するかで、フョードルが殺害されるシーンの扱いは違ってくると思います。八木さんの台本は、その中間というよりも、やはり、愛の物語に重点が置かれています。ですから、初めから犯人を明示しました。それは、当然、そうあるべきです。
<br />
ただ、ぼくとしては、父親の家の窓はガラス窓にしてほしかったですね（笑）。でも、きっと舞台作り、というか大道具の関係からそれは不可能だったのでしょう。とにかく、この父殺しの場面は、舞台上で空間化するのが、ものすごく難しいはずです。グリゴーリーが追いかける場面まで入っているのですから。むしろ、よくもここまで一つの空間で処理できたな、と驚いたくらいです。</p>



<div class="question_k">------ロシアを描くディテールで気になったところはありますか</div>
<p>時代考証は申し分ないと思います。</p>



<div class="question_k">------エンディングはどのような形で演出されるのか、関心をもって観にきました</div>

<p>圧巻でした。「カラマーゾフ万歳」を叫ぶアリョーシャ・カラマーゾフと少年たちが、13年後に革命運動に走るというところまで踏み込んで、しかもアレクサンドル二世暗殺という史実と一体化させながら物語を作りあげています。演出家の中野さんの決断です。観客にとってはショックだったと思いますし、すばらしい構想だと思います。</p>



<div class="question_k">------同時に複数の場所で物語が進むので、舞台セットの展開が難しかったのでは、と</div>

<p>これ以上機能的に舞台セットを組み立てるのは、不可能だと思います。かつて、マリインスキー劇場でオペラ『カラマーゾフの兄弟』を観たとき、あれほど大きなステージでも狭いと感じたほどです。小説の読者が脳裏で思い描く空間は、地平線まで広がっていますから。むしろ今回の舞台で、一カ所たりとも不自然さを感じさせなかったのが、ふしぎなくらいです。でも、さらに大きなステージで演じられるといいなと思いました。</p>



<div class="question_k">------音楽のシーンにもう少し厚みがほしかったかな、という思いがあります</div>

<p>これは、大事な点です。ラストの十字架の場面で、非常にシリアスな音楽が流れます。ぼくの好みでいうと、冒頭の場面でも同じ音楽をしっかりと鳴りひびかせてほしかった（鳴っていたのかな？）。冒頭に、やはりラストを暗示する伏線がほしいと思いました。</p>



<div class="question_k">------ぜひ再演を期待したいですが、今後の舞台に望むことがありましたら</div>

<p>やはりラストをどう生かすか、ということでしょうね。ぼくが台本作家だったら、台本の冒頭にやはり「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」
の一行をしっかりと書き込みます。説教臭くなる危険をおかしてでも、です。
<br />
なぜなら、この一行を書き加えるだけで、きっと、ラストが生きてきますから。アリョーシャの運命の道筋は、物語のはじまりの段階では、二つあったはずです。一僧侶として一生を送り、知られざる伝道者として、キリストと同じ33歳の生涯を閉じる。そして、もう一つが革命家として33歳でゴルゴタの丘にのぼる。でも、共通するのは、自己犠牲です。神か、革命か、これは、ドストエフスキー自身の最大のジレンマでした。アリョーシャがいかにして「一粒の麦」の運命を成就するか、それが、この作品の最大のテーマでもあるはずなのです。</p>

</div>
<br />
<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book01.html" target="_blank"><img alt="cover01.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2009/06/26/img/cover01.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book01.html" target="_blank">カラマーゾフの兄弟１＜全5巻＞</a><br />
<small>ドストエフスキー／亀山郁夫 訳<br />
定価 (本体724円＋税)</small>]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/post-134.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">イベントのお知らせ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">翻訳者</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 19 Jan 2012 22:00:52 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>「新・古典座」通い -- vol.5　　2012年1月</title>
            <description><![CDATA[<div class="shinkotenza">
<div class="shinkotenza-l"><p>「光文社古典新訳文庫」を、良質な古典作品がかかる劇場に見立て、毎月新刊を紹介。その時々の街の話題と一緒に。　<br />［文 : 渡邉裕之・文筆家］<br />
<strong>〈今月の新刊〉<br />
『純粋理性批判7』（カント　中山元／訳）<br />
『秘書綺譚　<small>ブラックウッド幻想怪奇傑作集</small>』（ブラックウッド　南條竹則／訳）</strong></p></div>

<div class="shinkotenzatitle">『純粋理性批判』から、保坂和志さんのことなど</div>

<p><a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book141.html" target="_blank"><img alt="cover141.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover141.jpg" width="100" height="142" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a>今月の新刊、一冊目は『純粋理性批判7』。これでカントの『純粋理性批判』は、完結となる。前の六巻までは、第一部の「超越論的な原理論」にあたり、超越論的な分析論と弁証論が書かれていた。そしてこの七巻で、いよいよ第二部「超越論的な方法論」に入ることになる。</p>

<p>第二部は、純粋理性批判の「訓練」「基準」「建築術」「歴史」の四つの章に分かれている。訳者である中山元さんは「解説」で次のように書いている。<br />
「カントの本文にはあと第三章「純粋理性の建築術」と第四章「純粋理性の歴史」があるが、（第二部の）最初の二章のような難しさはない。むしろここまで読み進んでこられた読者の方々には、この二つの章はもはや解説の必要もないほどに自明なものになっていることと思う」（カッコ内、引用者）</p>

<p>そう、カントの考えを理解していれば、これらのテクストは自明なことがらとして読めるのだ。第一巻からここまで読むことができた読者の何割かがそれを経験できる。</p>
<p>残念ながら私はそうならず、だから想像でいうのだけど、「解説の必要もないほど自明」というのは、カントの考え方を使って考えられるということだろう。</p>
<p>あたりまえのことだが、哲学の面白さは、ある哲学者の考えを知るのではなく、哲学者の考え方を自分でも使えるということ。それを会得している人が哲学ができる人だ。</p>
<p>私はそれができる人に、不思議な縁で会ったことがある。小説家の保坂和志さんだ。</p>

<p>......ということで、申し訳ありませんが、『純粋理性批判7』の紹介は難しいので、ここで保坂さんについて書かせて下さい。文学好きが哲学に近づくヒントになる話だと思うので。</p>

<p>不思議な縁は、まずTという人物から始まった。彼とは私は若い頃に友達となり、ある時から二十数年、まったく会っていなかった。そんなある日、たまたま保坂さんの小説『季節の記憶』（講談社）を読んでいた私は、その小説の中でTを「発見」してしまうのだ。</p>

<p>「蛯乃木」という男が登場人物として現れ話しだすのだが、これがどう考えても、かつての友人Tなのだ。不思議なのは、話している内容は小説に沿ったものであり、まったく私が知るものではなかったことだ。また外見や仕草の描写で、そう思ったのではない。勿論、Tと保坂さんが知り合いであることもまったく知らなかった。なぜ私が「これはTだ！」と思ったのか。それは蛯乃木が、まるでTが考えるにように喋っていたからである。</p>

<p>この『季節の記憶』事件の数年後、私はばったり街頭でTと出会い、この話をし、その後、話をTから聞いた保坂さんが面白がって、三人で会うことになった。</p>

<p>なんのことはないただの呑み会に終始したのだが、私には納得したことがあった。</p>

<p>酒を酌み交わしながら三人で自分が見た夢の話になり、Tがそれを話そうとすると、保坂さんが「いいよいいよ、俺が話すから」といって、Tが既に保坂さんに話している、彼のとてもくだらない夢を本当に嬉しそうに、そして事細かに描写しながら語るのだ。</p>

<p>その姿を見ながら私が思ったのは、「はあ、この人は、人の話し方や身振りでなく、無意識を含め考え方の物まねができる人なんだ。そしてそのことが大好きなんだ」ということであった。保坂和志という小説家は、日常的にそれを繰り返し行い、ある人物特有の思考回路を正確に言葉で作りあげることができるまでになったのだ。だから、彼の書く小説の中で、私がまったく知らない話をしていても、その思考回路はTだと確信できたのである。</p>

<p>この飲み会以来、私は人の話し方や身振りではなく考え方の物まねができるように意識するようになったが、やはり思考模写はできない。保坂さんは哲学書をかなり読んでいて、哲学者についての文章も書いているが、思考模写にたけているから、そんなこともできるのだろう。つまり哲学者の考えを自分でも使えるということだ。</p>

<p>彼なら、この『純粋理性批判7』の第二部第三章と第四章は「解説の必要もないほどに自明なもの」として読めるんだろうな。</p>

<p>さて、私の『季節の記憶』事件は、保坂さんの小説論『小説の誕生』（新潮社）にも、彼の言葉によって書かれている。興味ある方は読んでみて下さい。第6章「私の延長は私のようなかたちをしていない」に登場する「渡辺さん」は私です。不思議なのは、私は決してそんなことを語ったことはないのだが　、さも私、渡邉裕之が考えそうなことを「渡辺さん」が語っているところだ。</p>
<br />
<div class="shinkotenzatitle">ブラックウッドの読後感から、九州の恐怖体験へ</div>

<p><a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book142.html" target="_blank"><img alt="cover142.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover142.jpg" width="100" height="142" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a>もう一冊の新刊は、イギリスの怪奇小説作家ブラックウッドの『秘書綺譚』である。幻想怪奇小説好きにはたまらない傑作短篇集だ。そして翻訳が南條竹則さんと知れば「これは読まなければ」と思う人もいるだろう。</p>

<p>南條さんの言葉を通して見る、ドリトル先生や中華料理、温泉、英国の楽しさを知っている私などは、ブラックウッドもとても味わい深い物語として読めるだろうと期待してしまった。南條さんの楽しさを知らない人は、たとえば『ドリトル先生の英国』（文春新書）を、読んでみて下さい。また、中華料理や温泉についての話は、このサイトの「あとがきのあとがき」インタビューで近々お聞きしようと思っています。</p>


<p>そして期待通り、南條訳ブラックウッドの『秘書綺譚』は面白い。そして怖い。</p>

<p>印象的なのは、特定空間での恐怖体験の物語が多いところだ。「空家」という短篇では殺人事件がかつてあった空家に現れる幽霊との遭遇、「壁に耳あり」には、下宿屋の隣の部屋で行われる荒々しい幽霊たちの惨劇、表題作「秘書綺譚」では、秘書が上司の命令で行った先の邸宅で、そこの主人と召使いの驚くべき変身を目撃する様が綴られる。</p>

<p>ここでとりわけ伝えておきたいのは読後感である。小説の言葉を追って読者は恐怖を体験するのは当然なのだが、読後、あの空家、部屋、邸宅が頭の中に残り続けるところが独特だ。そして「まだあの恐ろしい場所はまだあるのだろうな」と何故か思ってしまうのだ。これはもう、「怪奇小説最大の巨匠」ブラックウッドの筆力のなせる技なのだろう。</p>

<p>さて突然だが、実は私には、「あの場所はきっとまだあるのだろうな」と思う恐怖体験がある。いきなりだが書いてしまおう。</p>

<p>私はオカルト雑誌の記者をしていた時代があり、それこそ河童のミイラ、念写をする超能力少年、幽霊屋敷などの取材を何回もしている。その中で、今でも記憶に残っているのが、南九州のある辺境の町で起こった幽霊騒動だ。もう20数年前の話だが、その雑誌編集部にある人物から「自分が住んでいる町の国道で、戦国時代の武者姿をした幽霊たちが出現した」という話が持ち込まれた。</p>

<p>そこで私とカメラマンは取材に出かけたのだが、到着したその町がとても不思議なところだった。武者姿を象った古びた石像がいたるところに林立しているのである。情報を持ち込んだ人物によれば、それはこの土地の合戦で殺された武士の墓石らしい。そう話をしてくれる人物も誠に不思議な雰囲気で、辺鄙な町には似合わぬフランス帰りのインテリ青年だった。</p>

<p>彼の紹介で、幽霊に出会った人物に話を聞くことになった。こういう雑誌をやっていると、さもインチキ臭い人物からその姿通りの眉唾ものの話を聞くということが多くなる。が、その人は本当に真面目そうな役場勤めの方だった。そんな人から聞く、近くにある国道で遭遇した武者たちの行列の話はやけにリアリティがあった。「夜の国道を車で走っているとライトに照らされた向こうに集団の影が......」聞いているうちに冷や汗が出ていた。</p>
　
<p>その後、カメラマンと一緒に私は、夜遅く、件の国道に立ち撮影を行った。時はバブルの時代であったはずだが、この南九州の闇は中世のもの......闇の深さが尋常ではなかった。</p>

<p>仕事を終えると急に恐ろしくなってきた。何が怖いのかはわからない。カメラマンも同じらしく、二人急いで宿にひきあげ主人に塩をもってこさせお互いにふりかけあうような始末。次の朝、案内の人物との話も早々と切り上げ私たちは這々の体で帰京したのだった。</p>

<p>それから数年後のことである。私は案内をしてくれたあの人物が、ある出版社から16世紀の日本に訪れたキリスト教の宣教師をテーマにした書物を発表したことを知る。「ああ、あの青年はやはりそれ相応の研究者だったのだ」と納得したのだが、それも束の間、数ヶ月後、本の回収騒ぎが起きる。内容すべてがある大学の研究者の論文のまる写しだったことが判明したのである。</p>

<p>風の噂によれば、あの男はパリの日本人留学生が起こした猟奇事件の際、やってきた新聞・雑誌関係者たちと同じ留学生として出会い、甘い汁を吸い、マスコミをいいように使う術を覚えてしまったのだという。</p>

<p>噂だから真実はわからないが、それを知った私は「ああ、自分たちもやられたのか......」と思ったのだ......が、あの幽霊騒動、話の中でおかしい部分をひとつひとつ潰していっても事実らしいものとして残るものがある。たとえば、あの純朴な役場の人が語った話の細部。「夜の国道を走っているとライトに......」</p>

<p>それを思った時、もう数年もたっているのに恐怖が蘇ってきたのである。その感覚を言葉にしてみると、「南九州のあの町には、まだあの国道が今でもあるのだ」ということだった。</p>

<p>私はブラックウッドの『秘書綺譚』を読んで、久しぶりにあの恐怖を思い出したのだ。　</p>

<p>何にしても、この短編集の特定空間系恐怖物語の読後感は独特です。ぜひ体験していただきたい。</p>

<br />
<div class="shinkotenzatitle">俳優座の「カラマーゾフの兄弟」について</div>

<p>その劇場に入ると、客席に昔テレビで見た、脇役だが子供心に気になっていた人たちの顔がちらほらと見える。そうか、舞台の俳優たちだったのだ。子供の私は、空き地や工場の裏庭にある異世界から帰還しテレビの前にいたが、「あの悪役も別の世界をもっていたのだ」となんだか変な感慨に耽ってしまった。</p>

<p>先日私は、東京・六本木の俳優座で同劇団の「カラマーゾフの兄弟」を観にいってきたのである。原作は、古典新訳文庫にも入っているドストエフスキーの長篇、脚本は八木柊一郎さん、演出家は中野誠也さん。</p>

<p>ここでは古典新訳文庫の既刊本関連の話題として、この芝居について書こうと思う。</p>

<p>観た後の感想を率直にいうなら、「あの長大で、ある意味で錯綜している小説をよくまあ上手にまとめたものだな」ということだった。</p>

<p>脚本が実にうまい。三男のアレクセイ（松崎賢吾）の恋人となる車椅子の少女リーザ（若井なおみ）をナレーター役にして物語をまとめていくところなど、これはプロの構成の仕方なのだと関心してしまった。ただし上手にまとめ前へ前へと物語をスムーズに進ませるため、ドラマの進行にとっては非常に面倒なキリスト教をめぐる問題がほとんど触れられていなかった。</p>

<p>そのことによって、キリスト者アレクセイと幼くして死んでいく少年イリューシャ（保亜美）との交流がただのお涙ものの調子に。また同じ理由で、イリューシャの友人である少年たちとアレクセイが心を通わせる最終場面の味わいが薄れてしまったように思う。</p>

<p>このラスト、原作でも『カラマーゾフの兄弟』はやはり未完の小説なのだということを感じさせる、とってつけたような印象がある。しかし、小説全体が神の問題を含め数々の重たい問題を徹底的に考えつくしたものなので、このある意味で軽いシーンで終わるのもいいなと思わせてしまうところもある。軽いからこそ、重た気なドラマでは出せない「希望」が醸し出されているからだろう。この芝居は、まとめのうまさ故に重要な問題をこぼし、原作のあの微妙なラストの味わいを薄れさせてしまったようだ。</p>

<p>またラストのラスト、アレクセイを「アレクサンドル二世暗殺事件を導いた者」としてとらえていくのだが、これも神の問題を踏まえていないためにとってつけたような印象になっていた。</p>

<p>架空の物語が、現実の事件に直接繋がるところで大団円というのは芝居でよくあるドラマトゥルギーだが、私はあまり好きではない。あまりに大雑把にいうので申し訳ないが、70年代以前の演劇でいえば、演劇青年の政治コンプレックスの噴出に見えるし、70年代以降のものであれば、野田秀樹の作品が示しているように、言葉の戯れの無限定を現実の事件によって無理矢理押さえ込む手技だけが見えて、どうも好きになれない。</p>
　
<p>テロルへの疾走は、やはり信仰の問題への深い潜り込みがないと納得できないものだと思う。</p>

<p>終演後、私は俳優座の１階のパブへ。そしてロビーにいる、子供の時に気になっていた人たちの顔を見ていた。そのロビーにはいなかったが、かつてのテレビの忘れ得ぬ脇役たちの中には蜷川幸雄さんや、この芝居の演出家、中野誠也さんもいたはずだ。</p>

<p>俳優座の「カラマーゾフの兄弟」は１月22日まで上演されている。<br />
●<a href="http://www.haiyuza.net/" target="_blank">http://www.haiyuza.net/</a><br />

また2月8〜12日、新国立劇場で小野寺修二カンパニーデラシネによるダンス／パフォーマンス「カラマーゾフの兄弟」も上演される。<br />
●<a href="http://www.nntt.jac.go.jp/dance/20000460_dance.html" target="_blank">http://www.nntt.jac.go.jp/dance/20000460_dance.html</a></p></div>
]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/-vol520121.html</link>
            <guid>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/-vol520121.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コラム</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">「新・古典座」通い</category>
            
            <pubDate>Thu, 19 Jan 2012 21:19:25 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載　第34回　「プルーストと暮らす日々」</title>
            <description><![CDATA[<p>産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の<strong>高遠弘美さん</strong>（『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者）<strong>「プルーストと暮らす日々」</strong>の第34回をお届けします。</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="line_lace05.gif" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2011/06/09/img/line_lace05.gif" width="460" height="14" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 15 auto 10px;" /></span><p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:10px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;"><strong><big>プルーストと暮らす日々　34</big></strong>
<br /></p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">フランスではたとえば結婚可能な年齢は一八〇三年のナポレオン法典以来、男子が十八歳、女子が十五歳だったのが、二〇〇六年に男女ともに、民法や刑法上の成年と同じ十八歳となった。日本とは違って成人式というものはないけれど、生まれてから成年に達するまでの時期をあらわす言葉はいくつもある。中には言葉が違うだけで、実際に示される年齢は大差ないというものまであって、本当は何歳と考えたらいいのかはっきりわからないことすら起こりうる。
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">とはいえ、『失われた時を求めて』の主人公の「語り手」ほど年齢が曖昧模糊としている場合は少ないかもしれない。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">作品ではほとんど年齢が記されていないので、あるプルースト学者が歴史的事実などと照らし合わせて作成した作品の「年代記」によれば、ある日、叔父宅を訪ねた主人公が、帰り際にたまたま居合わせた「薔薇色のドレスを着た若い女」の差し出した手にキスをするのが何と八歳の時。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">一家の友人であるスワンが来訪する晩は、母親から「おやすみのキス」をもらえないのでひとり悲しんだあげく、スワンが帰って、両親が寝室のある上階に上って来るときまで待ち伏せをするといった大胆な行動に出るのが十歳ということになる。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">家族の知人の結婚式に出た語り手がはじめてゲルマント公爵夫人を見かけて「たちまち恋に落ちた」のは十二歳のことだった。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">こうしたエピソードが単純に綴られているだけならいささか早熟すぎる子どもの物語かと思われそうだが、作者はさまざまな出来事を、人間や社会に対する深い哲学的考察や皮肉やユーモアや芸術論などとからませて織りなしてゆく。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">読者はいつの間にか、年齢によって語り手を具体的に想像するといった一般的な小説の読み方から離れ、いわば「年齢不詳」の語り手に導かれるまま自在に小説の錯綜した時間の海を揺曳している自分に気がつくだろう。プルーストを読んで私たちが自らの過去の時間を思い出すのは、そうした語り手の存在と無縁ではない。<br />(2012年1月12日　産経新聞(大阪版)夕刊掲載)</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="line_lace05.gif" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2011/06/09/img/line_lace05.gif" width="460" height="14" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 10 auto 20px;" /></span>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover110.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2010/09/09/img/cover110.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book110.html" target="_blank"><strong>失われた時を求めて １ <全14巻><br />
第一篇　「スワン家のほうへ I」</strong></a><br />
プルースト／高遠弘美　訳<br />
定価(本体952円＋税)<br />
<br clear="all"><br />
<img alt="cover140.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover140.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><span style="color:#CC0000">NEW!</span><br />
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book140.html" target="_blank"><strong>失われた時を求めて ２<全14巻><br />
第一篇　「スワン家のほうへ II」</strong></a><br />
プルースト／高遠弘美　訳<br />
定価(本体1,105円＋税)</p>

<p><br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/34.html</link>
            <guid>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/34.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コラム</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">翻訳者</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">プルーストと暮らす日々</category>
            
            <pubDate>Thu, 19 Jan 2012 13:25:43 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>『純粋理性批判７』のタイトル・リストをアップしました</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover141.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover141.jpg" width="120" height="173" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span><p>今月の新刊<strong>『純粋理性批判７』</strong>（カント／中山 元　訳）の<a href="http://www.kotensinyaku.jp/special/pdf/kant06.pdf" target="_blank">タイトル・リスト</a>をアップしました。</p>

<p>中山 元さんによる新訳『純粋理性批判』では、すべての段落にタイトルと番号がつけてあり、解説はすべてこの番号で行われています。このタイトルと番号をピックアップして、タイトル・リストをPDFで作成しました。</p>

<p>訳者あとがきでもふれていらっしゃいますが、かつて中山さんご自身も理解を確かめるためにタイトル・リストを作成されていたそうです。<br />
ぜひ、カントの思考を理解するための一助としてご活用ください。</p>

<p>近日中に、第一巻から第七巻までまとめたタイトル・リストを公開します。<br />
<br /></p>

<p><a href="http://www.kotensinyaku.jp/special/pdf/kant06.pdf" target="_blank">『純粋理性批判』タイトル・リスト　FILE06-第七巻 (PDFファイル 590KB)＞＞</a></p></p>

<p><strong><small>《訳者あとがきより》</small></strong><br />
<p style="width:90%;color:#666633;line-hight:180%; margin-left:20px;">「ページの指示は紙の上の配置という偶然的な要素に依存したものである。ページ数よりもカントが一つの思考のブロックとして示した段落を指示するほうが、カントの思考に忠実だと考えたのである。<br /><br />
　読者はできればこの段落の番号とタイトルだけを書き取ってタイトル・リストを作ってほしい。(中略)<br /><br />
　そして本書を通読した後で、このリストを眺めながら、そこで何が書かれていたか、思い出してほしいのだ。ぼくも昔、自分の理解をたしかめるために、よくやったこと・・・」</p></p>

<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover141.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover141.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book141.html" target="_blank">純粋理性批判 7</a><br />
<small>カント／中山 元 訳<br />
定価(本体895円＋税)</small></p>]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/7no.html</link>
            <guid>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/7no.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集部からのお知らせ</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 19 Jan 2012 11:41:04 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載　第33回　「プルーストと暮らす日々」</title>
            <description><![CDATA[<p>産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の<strong>高遠弘美さん</strong>（『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者）<strong>「プルーストと暮らす日々」</strong>の第33回をお届けします。</p>
<p>2012年、新年最初のコラムです。</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="line_lace05.gif" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2011/06/09/img/line_lace05.gif" width="460" height="14" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 15 auto 10px;" /></span><p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:10px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;"><strong><big>プルーストと暮らす日々　33</big></strong>
<br /></p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">今年一年、皆様、ご多幸でありますように。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">さて、今年は暦の話から始めよう。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">フランス革命時に制定された共和暦は当初七曜がなく十日を単位として三つで一月、十二ヶ月で一年。余った日数は年末に回した。そのため、旧来の暦に慣れた人々から不評を買い、十二年くらいしか続かなかったが、名前だけ見ているとフランスの自然と結びついていないこともなくて、それはそれでなるほどと思うことがある。真夏は「熱月（テルミドール）」。いかにも暑そうだ。ちょうどいまは「雪月」の半ばくらいに相当する。今頃のフランスは乾燥して寒く、しばしば雪が降る。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">何度かパリやリヨンで年末年始を過ごしたことがあるけれど、ことのほか寒い冬には、公園の噴水まで凍ることも稀ではない。ただし、セーヌ川が凍るほど寒い冬は滅多になくて、そういう冬は語り草になる。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">一八七九年から翌年にかけての冬はセーヌが七十五日にわたって結氷した。その冬の最低気温は氷点下二十三度以下。モネが絵に描いたこのセーヌ凍結をプルーストも『失われた時を求めて』第一篇「スワン家のほうへ」第三部に取り入れている。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">少年時代の語り手は、ジルベルトという少女に恋をしていて、その少女と出会うかもしれないシャンゼリゼ公園に真冬でも通う。付き添いは女中のフランソワーズだ。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">「フランソワーズが、寒くてとてもじっとしていられないと言うので、私たちはコンコルド橋まで行って、凍結したセーヌ川を見た。誰でも、子どもたちですら、安心してセーヌ川に近づくことができた。セーヌは、浜に打ち上げられてこれから解体される無防備な鯨を思わせた」</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">ジルベルトはそんな寒空の下に突然姿を現す。それも「足もとの氷につるりと滑っ」た勢いで「両腕を一杯に開いてあたかもそのまま私を抱きしめるかのごとく、にっこりとして近づいてきた」のだ。外界の寒さと反比例するかのように燃えさかる少年の思い。これを読む読者の心もほっこりとする一節である。<br />(2012年1月5日　産経新聞(大阪版)夕刊掲載)</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="line_lace05.gif" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2011/06/09/img/line_lace05.gif" width="460" height="14" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 10 auto 20px;" /></span>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover110.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2010/09/09/img/cover110.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book110.html" target="_blank"><strong>失われた時を求めて １ <全14巻><br />
第一篇　「スワン家のほうへ I」</strong></a><br />
プルースト／高遠弘美　訳<br />
定価(本体952円＋税)<br />
<br clear="all"><br />
<img alt="cover140.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover140.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><span style="color:#CC0000">NEW!</span><br />
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book140.html" target="_blank"><strong>失われた時を求めて ２<全14巻><br />
第一篇　「スワン家のほうへ II」</strong></a><br />
プルースト／高遠弘美　訳<br />
定価(本体1,105円＋税)</p>

<p><br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/33.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コラム</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">翻訳者</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">プルーストと暮らす日々</category>
            
            <pubDate>Fri, 13 Jan 2012 14:48:02 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>《新刊》『世界は文学でできている----対話で学ぶ＜世界文学＞連続講義』沼野充義 (編著) </title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover_sekai02.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/11/img/cover_sekai02.jpg" width="135" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><p><span style="font-weight:bold;font-size:1.2em;margin-top:10px;"><strong>『世界は文学でできている<br />　<small>----対話で学ぶ＜世界文学＞連続講義</small>』</strong></span><br />
沼野充義  (編著) <br />
リービ英雄／平野啓一郎／ロバート キャンベル／飯野友幸／亀山郁夫 </p>

<p>2012年1月17日発売<br />
価格：1,785円（税込み）<br clear="all"><strong>〈目次〉</strong><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/12/img/mokuji_sekai01.html" onclick="window.open('http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/12/img/mokuji_sekai01.html','popup','width=1000,height=384,scrollbars=yes,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/12/img/mokuji_sekai01-thumb-400x153.jpg" width="400" height="153" alt="mokuji_sekai01.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span><br />
本書は、<strong>東京大学教授のロシア文学者・沼野充義先生が5人のゲストを迎え、対談形式で行った世界文学についての連続講座</strong>(財団法人出版文化産業振興財団（JPIC）主催)を再構成したものです。</p>

<p>ここで取り上げている「世界文学」は、もはや日本文学と英文学、仏文学、独文学あるいはロシア文学の壁も取り払った、まったく新しい世界文学です。<br />
その「新しい世界文学」について、最前線で活躍する作家と研究者が縦横に語り合いました。</p>

<p>対談のゲストは、<strong>リービ英雄さん、ロバート キャンベルさん、平野啓一郎さん、飯野友幸さん、亀山郁夫さん</strong>の５名。</p>

<p><strong>リービ英雄さん</strong>は、外国人が日本語で文学を表現する可能性と困難について語ります。そもそも日本文学は世界文学かという沼野先生の問いかけに、外国人である自分を語るのに最適な言語が日本語であるという、従来では考えられなかった「日本文学」の可能性について言及しながら答えています。</p>

<p><strong>平野啓一郎さん</strong>は、ネット時代の文学の可能性について、若い世代の表現者として、鋭い分析を試みます。また、自らの文学についても興味深い話を。</p>

<p>テレビでおなじみの<strong>ロバート キャンベルさん</strong>も「Jブンガク」の試みについて、その意図を詳しく述べています。</p>

<p>上智大学教授の<strong>飯野友幸さん</strong>は、詩という忘れられがちな文学ジャンルについて、特に外国詩を翻訳することの困難を語りながら、日本語の最前線を同時に俎上にのせます。</p>

<p>最後の対談は、『カラマーゾフの兄弟』の新訳で日本の読書界に大きな衝撃を与えた<strong>亀山郁夫さん</strong>です。長年の友人でもある二人の、19世紀ロシア文学から現代日本文学に及ぶ時空を超えての熱い対談が展開されます。ふたりとも驚くほど率直に自らの文学観を語っていて、読みどころ満載です。</p>

<p>これらのスリリングな対談は、沼野先生の該博な知識と長い研究に裏打ちされた世界文学の理解を背景におこなわれています。文学といえば「衰退」の一語で片づけられてしまう昨今の風潮があるのは確かですが、どっこい文学は、もはや日本語という境界をやすやすと潜り抜けながら、新しい展開をしているのだということがわかります。</p>

<p>そして、巻末には、これらの対談が行われた後に起きた東日本大震災に言及された沼野先生の後書きがあり、この時代の文学を考える上で何が重要なのかを、もう一度考えさせられます。</p>

<p>世界文学をとおして、いまこの時代をどう生きるべきか、われわれはどんな時代を生きつつあるのか、是非本書を手に取って最深の知見に接していただきたいと思います。</p></p>]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/post-133.html</link>
            <guid>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/post-133.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集部からのお知らせ</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 12 Jan 2012 09:36:37 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>俳優座公演『カラマーゾフの兄弟』--2012年1月11日（水）開幕です！</title>
            <description><![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20120110_03.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/11/img/img_20120110_03.jpg" width="400" height="301"　 class="mt-image-none" style="margin: 10px 0 10px 0;" /></span><br />
<p>11日に初日を迎える俳優座の新春公演『カラマーゾフの兄弟』、"場当たり"中の劇場に伺いました。</p>

<p>1994年の初演が千田是也さん最後の演出となった「カラマーゾフの兄弟」。今回は初演時にドミートリーを演じた中野誠也さんの演出で上演されます。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20120110_09.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/11/img/img_20120110_09.jpg" width="400" height="301" class="mt-image-none" style="margin: 10px 0 10px 0;" /></span><br />
1994年当時「カラマーゾフの兄弟」という作品は、どのような存在だったのだろう。千田是也さん、脚本の八木柊一郎さんが、今こそ「カラマーゾフの兄弟」だと、魂をこめて舞台化された1994年から18年を経て、亀山郁夫さんによる新訳「カラマーゾフの兄弟」とが出会い、2012年の今年、再演されることに。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20120110_02.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/11/img/img_20120110_02.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>千田是也さんから引き継いでこの作品を演出することのプレッシャーを真正面から受け止めたと、中野さん。「とにかく一歩前に進まないと始まらないのですから」。<br />
そして、「千田先生は前回の公演中に急逝されたので、未だ完成していないのでは、千田先生の遺志を継いでいつかもう一度...と思っていた」と。<br />
役者として数々の舞台を踏んできた中野さん、演出家としては３作目となる今回の公演。<br />
「３兄弟とも、これから俳優としてのキャリアが始まる若手を選びました。強烈な役柄を演じることになるので、観客のみなさんに、まっさらな役者を見ていただきたいという思いもあります。魂の救済を求める人間とは何なのか。とにかく、この物語の面白さは圧倒的です。」</p>

<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20120110_07.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/11/img/img_20120110_07.jpg" width="300" height="226" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20120112_08.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/11/img/img_20120112_08.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>トリフォン／将校／書記役の斉藤淳さんとイワン・カラマーゾフ役の頼三四郎さんは、<br />
「本格的な稽古は11月半ばから始まったのですが、8月からそれぞれ準備を始めていました。大作に挑むということで、不安な気持ちになりがちな若手の役者を中野さんが引っ張っていってくださって、ここまできました。<br />
原作を読んでみると、とにかく面白くて。登場人物の温度、熱量が高くて魅力的。作品の重要な部分が、芝居の中に抽出できていればと思います。」</p>

<p>「もっと稽古をしたいという気持ちもありますが、お客さまがこの芝居を観てどう感じたか、早く感想を聞きたい。年齢に関わらず観ていただける芝居だと思います。」</p>

<p>「観ていただいた後、「カラマーゾフ」の人々の人生を、みなさんの人生と照らし合わせてほしい、そう思います。」</p>

<p><br />
上演時間は休憩をはさんで２時間４０分です（初演時は3時間を超えたそうです）。物語が凝縮された２時間４０分を体験しに、ぜひ劇場へご来場ください。</p><br clear="all"><p style="background-color: #eee;padding:10px;">公演パンプレットに掲載されている中野誠也さんの「「カラマーゾフの兄弟」演出雑記」と亀山郁夫さんの「アレクセイ・カラマーゾフの運命」をブログでもお読みいただけます。ぜひご一読ください。<br /><br />
●<a href="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/11/pdf_nakano.pdf" target="_blank">「「カラマーゾフの兄弟」演出雑記」中野誠也（PDFファイル）＞＞</a><br /><br />
●<a href="http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/11/pdf_kameyama.pdf" target="_blank">「アレクセイ・カラマーゾフの運命」亀山郁夫（PDFファイル）＞＞</a></p></p>

<div style="border: #ccc solid 1px;padding:12px;margin:2px;"><div style="background-color: #CCCCCC;padding:2px;margin-bottom:10px;padding-left:10px;">2012都民芸術フェスティバル参加公演　<big><strong>カラマーゾフの兄弟</strong></big></div><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_haiyu-za01.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/img_top/img_haiyu-za01.jpg" width="120" height="168" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>
<dl><dd><strong>作：ドストエフスキー　脚本：八木柊一郎　演出：中野誠也</strong></dd>
<dd>《期間》 2012年1月11日(水)〜22日(日)</dd>
<dd>《会場》 <a href="http://www.haiyuza.net/%E5%85%AC%E6%BC%94%E6%A1%88%E5%86%85/2012%E5%B9%B4-%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%95%E3%81%AE%E5%85%84%E5%BC%9F/" target="_blank">俳優座劇場（六本木）</a></dd>

<p><dd>《出演》児玉泰次、田中美央、頼三四郎、松崎賢吾　ほか</dd><br />
<dd>《チケット》一般　4,700円 ／学生　3,200円  <strong>前売券発売中</strong></dd><br />
<dd>《お問合せ》劇団俳優座　TEL:03-3470-2888  <br /> E-mail:seisaku＠haiyuza.net <br /><br />
●<a href="http://www.haiyuza.net/%E5%85%AC%E6%BC%94%E6%A1%88%E5%86%85/2012%E5%B9%B4-%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%95%E3%81%AE%E5%85%84%E5%BC%9F/" target="_blank">劇団俳優座『カラマーゾフの兄弟』ウェブサイト>></a> </dd></div><br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/2012111.html</link>
            <guid>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/2012111.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">イベントのお知らせ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集部からのお知らせ</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 11 Jan 2012 00:03:15 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>《書評》『種の起源』--日本経済新聞 2011年12月28日夕刊（瀬名秀明さんコラム）</title>
            <description><![CDATA[<p>日本経済新聞2011年12月28日夕刊、瀬名秀明さんのコラム「楽しみ味わう 科学の本棚」で『種の起源』（ダーウィン 渡辺政隆／訳）を取り上げていただきました。

<p>東北大学で講演された際のご提案が実現することを願ってやみません！</p>

<p>●<a href="http://www.nikkei.com/access/article/g=96959996889DE1E5E4E3E2E3E7E2E0E5E3E0E0E2E3E39C9C99E2E2E2" target="_blank">日本経済新聞ウェブサイト（会員限定／要登録ページ）＞＞</a></p>

<p>●<a href="http://tul.library.tohoku.ac.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=384v" target="_blank">東北大学ウェブサイト<br />
　「作家・瀬名秀明氏による東北大学図書館創立百周年記念講演会<br />
　「科学と人間の未来、そして物語の力」」＞＞</a></p><br />
<div style="background-color: #eee;padding:10px;line-height:160%;"><big><strong>熱き想いほとばしる最終章</strong></big><br /><br />
<p>　2009年、ちょうど生誕200年、出版150年に合わせて新訳刊行された光文社古典新訳文庫で私は初めてチャールズ・ダーウィン『種の起源』を読み、そのあまりの面白さに驚愕し、興奮したものだ。それまでダーウィンに関する本は読んでいたが、それらより原典ははるかに豊かで、リチャード・ドーキンスやスティーヴン・ジェイ・グールドはダーウィンの著作の隣に自著が置かれることを目指していたのだとさえ感じ、機会を与えてくれた訳者渡辺政隆に感謝した。</p>

<p>　生物は個体変異し、それによって生存繁殖率に差が出る。それが積み重なることで新たな種となる。人は昔から動植物を飼育栽培し「選抜」して品種をつくってきた。同じことが自然界でも起こるはずだ。本書でダーウィンが「自然は飛躍せず」なる格言を引いて提示するのは、この自然淘汰の原理である。本書は大きな自然観の要約であったがために、細かな注釈や文献は記載されず、図もたったの一葉しかない。よって本書は時代を超えたネイチャーエッセイとして、私たちは無類の動物好きであったダーウィンの人柄さえ感じながら読み進められる。<br />
（中略）<br />
　荒俣宏訳『ダーウィン先生地球航海記』や長谷川眞理子訳『人間の進化と性淘汰』も薦めたいが、本書には科学で学ぶべきことのすべてがある。粘り強く検証を続けたダーウィンがついに熱き想いを迸（ほとばし）らせる最終章は感動的だ。彼は物事を公正に眺められる、将来を担う伸び盛りの若いナチュラリストに期待を託す。私は本書初版本を収蔵する東北大学の講演会で、来年の新入生全員に文理を問わず大学から『種の起源』を贈ることを提案した。ただそれだけで20年後に世界は変わると述べた。いまもその想いは変わらない。</p></div></p>

<p></p>

<p><img alt="cover88.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover88.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><br />
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book88.html" target="_blank">種の起源（上）</a><br />
<small>ダーウィン／渡辺政隆  訳<br />
定価(本体838円＋税)</small><br />
<br clear="all"><br />
<img alt="cover96.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover96.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><br />
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book96.html" target="_blank">種の起源（下）</a><br />
<small>ダーウィン／渡辺政隆  訳<br />
定価(本体838円＋税)</small><br />
<br clear="all"></p>]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/-20111228.html</link>
            <guid>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/-20111228.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">書評</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 06 Jan 2012 14:13:58 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>あけましておめでとうございます。今月の新刊のお知らせ</title>
            <description><![CDATA[<p>あけましておめでとうございます。
今年も読者の皆さまのご期待にこたえ、大胆な新訳をお届けしてまいります。
2012年もどうぞよろしくお願いいたします。

<p>今年最初の刊行は、<strong>『純粋理性批判７』</strong>と<strong>『秘書綺譚　ブラックウッド幻想怪奇傑作集』</strong>の2冊です。</p>

<p><strong>『純粋理性批判』（カント 中山 元／訳）</strong>は、いよいよ最終巻となりました。<br />
「超越論的な方法論」として、純粋な理性の完全な体系のために必要な形式的な条件、純粋理性の訓練、基準（カノン）、建築術、歴史について考察します。わかりやすいと大きな反響をいただいた中山元さんによる新訳、全７巻。ついに完結です！</p>

<p><br />
もう1冊は<strong>『秘書綺譚　ブラックウッド幻想怪奇傑作集』（ブラックウッド 南條竹則／訳）</strong>。<br />
芥川龍之介、江戸川乱歩が絶賛した、イギリスを代表する怪奇小説作家・ブラックウッドの傑作短編集です。古典的幽霊譚「空家」や吸血鬼と千里眼がモチーフの「転移」、美しい妖精話「小鬼のコレクション」、詩的幻想の結晶「野火」などを収録しました。訳者は、これまで古典新訳文庫で多数の新訳をしていただいている南條竹則さんです。ご期待ください！</p>

<p>発売は1月12日です。ぜひお手に取っていただければと思います。<br />
よろしくお願いします。</p></p>]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/post-132.html</link>
            <guid>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2012/01/post-132.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集部からのお知らせ</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 04 Jan 2012 11:53:53 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載　第32回「プルーストと暮らす日々」</title>
            <description><![CDATA[<p>産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の<strong>高遠弘美さん</strong>（『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者）<strong>「プルーストと暮らす日々」</strong>の第32回をお届けします。</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="line_lace05.gif" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2011/06/09/img/line_lace05.gif" width="460" height="14" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 15 auto 10px;" /></span><p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:10px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;"><strong><big>プルーストと暮らす日々　32</big></strong>
<br /></p><p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">一九九七年のクリスマス当日は、私にとってすこぶる悲しい日となった。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">師と仰ぐ作家の中村真一郎が忽然として世を去ったからである。その一ヶ月ほど前、東京・乃木坂の先生の仕事場でお目にかかったばかりだった。そのときの先生は壮健そのもので、さまざまなお話をしてくださったから、突然の訃報はまさに寝耳に水だった。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">中村真一郎は戦後派を代表する文学者に数えられるが、小説以外にも評伝や批評、詩歌や俳句、演劇の分野でも輝かしい仕事をのこしている。著書は三百冊を下らないだろう。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">先生はまた、フランス文学の翻訳をいくつもしていらして、その中にプルースト『失われた時を求めて』の共訳がある。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">若い頃からプルーストに傾倒した中村先生は最初の長編五部作『死の影の下に』をプルーストの影響下に書き始めただけでなく、後年になるまでプルーストについて、エッセイで何度も触れている。亡くなった年に書かれたエッセイにも「私にとって未来の小説への巨大な領域を開示してくれたプルースト」という言葉を書きつけたほどだ。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">十代の頃より中村真一郎を精神の師として仰いでいた私は、先生がエッセイにたびたび書くプルーストと『源氏物語』は必読書だと考えていた。それゆえ、いずれも二十代はじめには読み終えていたけれど、とくにプルーストの翻訳を最初に通読したのは、中村先生が共訳者に加わっている新潮社のグループ訳だっただけに、その後、自らプルーストを専攻するようになってからも、中村真一郎の名前のはいった新潮社版はお守りのように書棚に置いていたのだ。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">その後、実際に中村先生の謦咳に触れることができたときに、プルーストについてもお尋ねしたのだが、プルーストの翻訳そのものについては聞き逃した。我が身の迂闊さが悔やまれる。</p>
<p style="line-height:220%;text-indent: 1em;margin-top:20px;padding:8px;border-left: #222 solid 1px;border-right: #222 solid 1px;">小説家中村真一郎は、文体の面でもプルーストから多くを学んだ。私も翻訳の文体に迷うたびに、中村真一郎の小説に何度も立ち返りながら自分の文章を鍛え直している。<br />(2011年12月22日　産経新聞(大阪版)夕刊掲載)</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="line_lace05.gif" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2011/06/09/img/line_lace05.gif" width="460" height="14" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 10 auto 20px;" /></span>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="cover110.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/2010/09/09/img/cover110.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><br />
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book110.html" target="_blank"><strong>失われた時を求めて １ <全14巻><br />
第一篇　「スワン家のほうへ I」</strong></a><br />
プルースト／高遠弘美　訳<br />
定価(本体952円＋税)<br />
<br clear="all"><br />
<img alt="cover140.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover140.jpg" width="80" height="114" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><span style="color:#CC0000">NEW!</span><br />
<a href="http://www.kotensinyaku.jp/books/book140.html" target="_blank"><strong>失われた時を求めて ２<全14巻><br />
第一篇　「スワン家のほうへ II」</strong></a><br />
プルースト／高遠弘美　訳<br />
定価(本体1,105円＋税)</p>]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2011/12/32.html</link>
            <guid>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2011/12/32.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コラム</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">翻訳者</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">プルーストと暮らす日々</category>
            
            <pubDate>Thu, 29 Dec 2011 02:34:56 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>貝澤 哉さん--「週刊読書人」 2011年回顧総特集でロシア文学を振り返る</title>
            <description><![CDATA[<p><img alt="cover134.jpg" src="http://www.kotensinyaku.jp/blog/cover_img/cover134.jpg" width="100" height="140" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0px 20px 20px;" /><p>「週刊読書人」（12月23日号）は、『2011年回顧総特集』。社会、思想から文学、芸術、科学まで各分野の"2011年"を振り返る特集が組まれています。ロシア文学の担当は貝澤 哉さん。<br />
貝澤さん訳の『カメラ・オブスクーラ』をはじめ、ナボコフ関連の書籍が今年あいついで刊行され、<strong>「日本におけるナボコフ受容や読解作業があらたなステージに入りつつあることを予感させる」</strong>と。<br />
文中に上げられている書籍はこちらです。ナボコフについてより深く理解できること必至、ぜひ！</p><br />
<ul style="list-style-position: inside; margin:0 0 2px 0;padding-left: 0px;font-size:0.9em;"><br />
<li>『カメラ・オブスクーラ』（ナボコフ／著　貝澤 哉／訳 光文社古典新訳文庫）</li><br />
<li>『ローラのオリジナル』（ナボコフ／著　若島 正／訳 作品社）</li><br />
<li>『ナボコフ全短篇』（作品社）</li><br />
<li>『賜物』（ナボコフ／著　沼野充義／訳 河出書房新社）</li><br />
<li>『書き直すナボコフ、読み直すナボコフ』（若島正・沼野充義／編 研究社）</li><br />
<li>『ナボコフ　訳すのは「私」 <small>自己翻訳がひらくテクスト</small>』（秋草俊一郎／著 東京大学出版会）</li></p>

<p><li style="list-style-type: none;margin-bottom: 0px;">《その他》</li><br />
<li>『青脂』（ソローキン／著　望月哲男・松下隆志／訳 『早稲田文学』連載）</li><br />
<li>『アフマートヴァの思い出』（アナトーリイ・ナイマン／著　木下晴世／訳 群像社）</li><br />
<li>『ヴラジーミル・ソロヴィヨフ　<small>幻視者・詩人・哲学者</small>』（御子柴道夫／著 岩波書店）</li><br />
</ul></p>

<p>■<a href="http://www.dokushojin.co.jp/backnumber/2011%E5%B9%B412%E6%9C%8823%E6%97%A5%E5%8F%B7" target="_blank">週刊読書人ウェブサイト＞＞</a></p>]]></description>
            <link>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2011/12/-2011-2.html</link>
            <guid>http://www.kotensinyaku.jp/blog/archives/2011/12/-2011-2.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">翻訳者</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 28 Dec 2011 11:24:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
</rss>

