光文社古典新訳文庫 読書エッセイコンクール2016

高校生部門 優秀賞

「終わりある『自由』の中で」(『人間の大地』)

中島 葵(東京学芸大学附属国際中等教育学校4年)

大空を飛ぶ。舞う。踊る。サン=テグジュペリは『人間の大地』を通して、空を飛ぶ興奮を、美しさを、怖さを、躍動感豊かに綴っている。意識せずとも自然と彼が語る光景が目の前に現れて、自分も飛んでいるかのように思えてくる程現実味あふれる文章は、実体験を基にしている事が大きいのだろう。まるで自分が大空で踊り、自由になっていくような感覚が心地良い。だが、そこで私はふと疑問に思った。サン=テグジュペリは大空を舞う感覚を語る時、一度として「自由」という言葉を使っただろうか、と。普通、人は空を飛ぶ時の感動を自由になったような、自由と一体となって、という表現を使って表す。だが彼は、一度として「自由」という言葉を使っていない。彼にはありきたりすぎる言葉だったからだろうか。私にはそうは思えない。「自由」という言葉はありきたりな表現だからこそ深い意味合いを持っていて、むしろサン=テグジュペリが好むような表現ではないか。ならなぜ彼は「自由」を使わなかったのだろうか。

私は、サン=テグジュペリは大空を舞う事を「自由」と捉えていたと思う。でなければ、あんなに飛行する事を生き生きと語れはしないだろう。だが彼は、飛行する過程の一部である離着陸を「自由」と捉えてなかったのかもしれないと思った。至極当たり前のことであるが、大空へと飛び立ったパイロット達がいくら上空で夢のような解放感を感じ、「自由」がその身を満たしても彼等は目的地が見えれば、燃料が尽きれば、故障があれば、地球に、サン=テグジュペリが言うところの「岩と砂と塩でできた地盤」(86ページ)に降り立つしかないのだ。結局、空に飛び立っても宇宙に飛び立っても、人という生き物はこの「岩と砂と塩でできた地盤」(86ページ)に帰ってくるしかない。つまりパイロット達が離陸する時点から彼らの「自由」には終わりがあると既に決まっているのだ。彼は、大空へ飛び立つ前からパイロット達に「自由」の終わりを告げ、着陸すれば本当に夢の時間を終わらせてしまう離着陸の過程を「自由」とは思えなかった。だが飛ぶにはこの過程が重要で、全ての動作をまとめて飛行である以上、彼は空を飛ぶ感覚を「自由」とは表現できなかったのではないか。

実際に作中で彼は、飛行中に見た砂漠の絶景や霧に覆われながらの飛行談、空を飛んでいる最中に考えた事や感じた事、見た光景について色々な場面で語っている。だが、飛行機が飛び立つ瞬間や地球に降り立つ感動などは、不時着体験を除けば一つも書かれていない。多くの感情を胸の内に秘めた彼が、大空と大地、深い関係を持ちつつも全く違う世界観を持った二つの境界を行き来することに、何の感激も感じなかったというのはおかしな話だと思う。彼は、終わりある「自由」の象徴である離着陸をこの『人間の大地』に含みたくはなかったのかもしれない。

では、彼にとっての本当の「自由」とは何だったのか。私は、この『人間の大地』そのものが彼の「自由」だったのではと考える。なぜなら、全ての物語は活字を飛び出して私の周りで展開が進み、自分が主人公と同じ景色を見ている錯覚に何度も陥ったからだ。彼の語りは常にどこか楽しげで誇らしげなニュアンスが混じっている。こんなにも読者を引き込む彼は、自分の経験全てがまだこころに鮮明に記憶されていて、それを何度も繰り返し思い出していたのかもしれない。好きに飛行機を飛ばし、大切な僚友達との記憶を振り返り、自分の考えを思う存分書き出せることは、少し哲学的であった彼にとって大切な時間であったに違いない。物語はいつか終わるが、書物は時を渡る。彼の書が現に私の手元にあるように、彼は書を「自由」と捉え自分の愛したすべてを詰め込んだのだと思った。

『人間の大地』という作品は、読者に私達が普段忘れているような自然の素晴らしさや壮大さを教え、幼い子供が感じるようなワクワクとした興奮を覚えさせてくれた。空を飛ぶことを愛した彼は、他のパイロットと同じように空で「自由」を感じていた。だが、もし彼が仮に私が考えた推測と同じことを、つまりは「自由」に終わりがある事に気が付いていたなら、彼はそのことをどう感じたのだろう。落胆したか、そんなものだと笑ったか、パイロットでなければ分からない。だが、サン=テグジュペリは最後にこう締めている。「精神の風が粘土の上を吹き渡るとき、初めて人間は創造される」(292ページ)。私にはまだ、この文を完全に理解することはできない。だがもし精神の風が飛行機によって作られる風であるとするならば、飛行機で大地の上を飛び回ってみれば答えが見つかるかもしれない。私も彼のように、「自由」になってみたいと思った。

人間の大地

人間の大地

  • サン=テグジュペリ/渋谷 豊 訳
  • 定価(本体980円+税)
  • 発売日:2015.8.6