光文社古典新訳文庫は、海外の古典的名作を、わかりやすい新訳で紹介する文庫シリーズとして2006年9月、創刊いたしました。以来、気鋭の訳者による新鮮な翻訳で多くのご支持をいただき、亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』は全5巻累計で80万部を突破、野崎歓訳『赤と黒』は上下巻で5万部と、異例の記録を更新しております。
そして今夏、光文社古典新訳文庫では「感想文コンクール2008」を開催いたします。古典は次世代に読み継がれるべき“もうひとつの世界遺産”です。時を超え国境を越えて読み継がれてきた古典作品ならではの深い感動を、現代の若者たちにも体験してもらいたいと思います。
また、読書による感動を文章に綴るという体験を通し、昨今教育の現場でクローズアップされている「読解力」の向上にも資する契機としてご活用いただければ幸甚に存じます。
学校単位、またクラブやサークル単位でのご応募も歓迎いたします。特に今回は、私どものコンクールを読解力向上のためご活用いただきました学校、団体にお贈りする、学校協力賞を、また、ささやかですが参加賞もご用意いたしました。夏休みの課題読書などに本企画をご活用いただきますようお願い申し上げます。
株式会社光文社
文芸局長
駒井 稔
「読書も作文も好きだけれども、読書感想文は嫌い」という話をよく聞く。私自身もそうだった。子どものころ、読書感想文には独特の違和感があった。
読書感想文とは「感動した本について、その感動を表現するもの」であるという。たしかに本を読んで感動することはある。しかし、その感動を客観的に評価し、文章に表現しようとするとき、ちょっとした迷いが生じる。どれほど感動したとしても、その本の世界観に何から何まで共感することはめったにないからだ。
ましてや、課題図書が決まっていて、それに感動できない場合は本当に困る。感動しなかったと素直に書きたい。だが、「読解力が未熟だから、作品のよさがわからないのだ」などと批難する風潮があるため、それもためらわれる。感動を押しつける無言の圧力のもと、読書感想文を書くのは苦痛以外のなにものでもなかった。
このように、私には読書感想文にあまりいい思い出がない。だが、のちにヨーロッパで文学教育を学んだとき、発想と方法の違いに驚くと同時に、読書感想文に新たな可能性を感じたのである。
内心の自由を重視する文化圏では、画一的な価値観の押しつけを排除しつつ、異質な価値観との共存を目指した教育がなされている。これには段階があり、たとえば小学校低学年では、自分の読んだ作品について、だれにおもねることもなく「好き/好きではない」と明確に評価する。小学校中学年以上では、その作品を好きであろうとなかろうと、作家の価値観を、自分の価値観や社会の価値観と比較しながら評価する。さらに、中学生以上になれば、単に作家の価値観を評価するだけではなく、作家の経歴や背景などが価値観に及ぼした影響を考察しつつ、それらを反映した表現や構成なども評価するのである。
価値観は人それぞれ、みな違う。作家の価値観を反映した作品に共感できるかどうかもまた、人それぞれなのである。しかし、共感できないものをすべて排除していたら、自分で自分の世界をせばめてしまう。社会で生きていくためには、異質な価値観を持つ人たちとも共存していかなければならない。だから、作家の価値観に共感できなかったとしても、それを客観的に評価することによって、価値観のへだたりを埋めていくことを教える。この価値観の歩み寄りのことを、「本との対話」という。
この「本との対話」という発想に、読書感想文の新たな可能性を見いだすことができる。
たしかに、感動した本について、その感動を素直に表現する読書感想文もよい。その一方で、作家と自分の価値観のへだたりについて書いた読書感想文も、積極的に評価すべきだろう。もちろん、嫌いな本について、わざわざ読書感想文を書く必要はない。だが、「世間の評価が高いのはわかるが、なぜか共感できない本」であれば、むしろ本と対話する絶好の機会なのではないか。本との対話を通じて、作家の価値観、世間の価値観、自分の価値観を比較しつつ評価する。その価値観の歩み寄りのプロセスを、読書感想文として書けばいいのである。
こういった読書感想文を書くにあたって、ヨーロッパの学校では「型」と「手本」を与える場合が多い。異質な価値観を評価するには多面的なものの見方が必要であるが、いきなりそのようなことができる人は少ない。そこで、まずは「型」と「手本」に従って書くことを学ぶのである。たとえば、フィンランドの小学5年生の教科書には、「あらすじの紹介→主人公によるあらすじの紹介→いいところと悪いところ」という大まかな「型」と、それに従って書かれた「手本」が掲載されている(拙訳『フィンランド国語教科書小学5年生』p46-47 経済界刊)。日本でも、「読書感想文の書きかたがわからない」という児童生徒は多いので、「型」と「手本」という発想は参考にする価値があると思う。
世界がグローバル化し、社会が国際化する昨今、異質な価値観と共存する力は次世代型の「生きる力」として必須とされている。その「生きる力」を育む上で、「本との対話」は実に有効な手段である。価値観がさまざまであるように、読書感想文もさまざまであっていい。読書感想文の多様化が、さまざまな本と対話しようという意欲につながることを願っている。
感想文コンクール2008審査委員
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
北川達夫


