COLUMN

なぜ、「絆くん」の顔は、ヤム芋柄なのか?

text=古典くん

僕は、「古典くん」。 なぜ、「絆くん」の顔が、ヤム芋柄なのか。このことについて書きます。 マンガの「絆くん」の姿を見て、ご当地の特色をわかりやすく示す「ゆるキャラ」と違って「文学キャラ」は、なんかワカリニクイぞ! とお思いでしょう……まずヤム芋について説明します。

小説『崩れゆく絆』は、アフリカのある村がヨーロッパ人に植民地化される様子を描いたもの。物語の主人公は、オコンクウォ。

この人、とてもよく働く農民だが、すごくマッチョな人です。 『崩れゆく絆』の最大の魅力は、植民地化がヨーロッパという「外部」から強権的に行われただけでなく、アフリカの共同体の「内部」にもそれを許す要因があったことを、納得がいく形で書いていることです。 その内部的要因のひとつが、「男らしさ」。 「男らしさ」は、村の絆を維持するために、所属する男性にとっては、とても大事な生活態度ですが、そうなれない男性にとっては辛いもの。また悪い方向に行くと、DVなんかをしたりして、奥さんなどまわりの人々も苦しめていく。 キョーミ深いのは、「男らしさ」をもてない人、そのことで傷ついた人に、植民地化の先兵であるキリスト教は、近づいてくること。

そこからまさに村の「絆が崩れて」いくのです。 小説に即していうと、主人公オコンクウォの「男らしさ」を巡る物語と、彼の息子ンウォイェの「男らしく」なれない物語が対立的に置かれていて、そこにキリスト教の布教と帝国主義の侵入が重なっていくんです。そこが本当にうまく書かれてるんだな。

植民地化を複眼的に見ています。まさに文学的。面白いです!

それでヤム芋です。

ユリ目ヤマノイモ科の食用とする芋。この小説でオコンクウォはヤム芋栽培に、とても熱心に取り組んでいます。 それには理由がある。 「ヤム(芋)は男らしさを表す。収穫のたびにヤムで家族を養える男こそ、まさしくたいした男である」(本文P61)と考えているからです。

そう、この世界では、タロ芋や豆類、キャッサバなどは女向けの作物で、「ヤム芋とは作物の王、まさしく男が担う作物」(P48)なのです。

だからこそ彼は、まだ小さいンウォイェにヤム芋の植え方を厳しく教え、時には激しく叱り、それで優しい息子は傷つく。
 ヤム芋は「男らしさ」に執着するオコンクウォにとって、こだわりの一品です。
 そして小説家にとって、登場人物がこだわるモノは、物語を構成させるための大切な一品。

ご存知のように、作家は、こうした小さなモノに注目し意味をもたせ、普遍的な大きな物語をつくっていくわけですよね。

で、みなさん! ここで読書体験として、興味深いことが起こります。

小説を読むという行為は不思議で、その小さなこだわりのモノがよくわからないものでも、作家がそれに注目して、物語という構造をつくりだしたということがよくワカッチャウんですね。

ナイジェリアの小説『崩れゆく絆』読書中での、ヤム芋との遭遇は、小説という構造を、この作家と共有していることの安心感と、ナイジェリア文化への日本人としての違和感が、同時に味わえる海外文学の読書らしい体験です。

だからこの漫画では、「絆くん」は、ヤム芋柄になっています。 顔は黒人のオトコノコでもよかったんですが、「アフリカ文学を日本人が読む」というその体験にこだわって、ヤム芋柄にしてみました。 読書中の体感が生み出した漫画キャラクターなんです。

Dec 30, 2015
崩れゆく絆
  • 崩れゆく絆
  • アチェベ/粟飯原文子 訳
  • 定価(本体 1,120円+税)
  • ISBN:75282-8
  • 発売日:2013.12.5