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野崎歓さん読書会レポート──ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』
20世紀でもっとも悲痛な恋愛小説を読む 紀伊國屋書店新宿本店で

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野崎 歓さん(右)と
進行の駒井稔(光文社古典新訳文庫編集長)

2014年11月21日、紀伊國屋書店新宿本店でボリス・ヴィアン『うたかたの日々』の読書会が行われました。ゲストにお迎えしたのは古典新訳文庫で本書を翻訳された野崎歓さんです。

翻訳編集部で目下見習い中のSが、今回の読書会の様子を、ほんの少しでもお伝えできればと思います。未熟者ではございますが、何卒よろしくお願いいたします。

まずは、野崎さんのご紹介から読書会は始まりました。10代の頃に出会った翻訳小説の数々、そこで育まれた野崎少年の世界文学への憧れと翻訳文学への情熱について話は進んでいきます。堀口大學の名訳で知られるジャン・コクトーの「私の耳は貝のから 海の響をなつかしむ」という有名な詩句を力をこめて諳んじるご様子から野崎さんの「翻訳」への並々ならぬ愛情と熱意が伝わってきます。

さて、いよいよ本題に入ります。20世紀で最も悲痛な恋愛小説とうたわれる『うたかたの日々』。内容を簡単にですがご紹介いたします。お金持ちの青年コランは美しいクロエと恋に落ち、結婚をします。しかし、クロエは肺の中に睡蓮が生長する奇妙な病気にかかってしまう...。圧倒的に現実離れした世界の中で描かれる愉快な青春の季節と、その果てに訪れる荒廃と喪失の奇妙な光景。また、作者ヴィアンの奔放にして自在である大胆な筆法も独特です。

その『うたかたの日々』の新訳の狙いについて今回はお話を伺いました。

この日配られた資料には『うたかたの日々』の新潮文庫(1970年訳)、ハヤカワ文庫(1979年訳)、そして野崎さんの翻訳による古典新訳文庫(2011年訳)の3冊から、同じ箇所を抜粋したものが並んでいます。自分のような器の小さい人間は「読み比べる」というと、優劣をつけるような、そんな印象をうっかり抱いてしまいますが、そういうことではないんですね。それではどういうことなのでしょう?

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そもそも、新訳の目的というのは、何なのでしょう。なぜ時代の流れの中で「新訳」が必要とされるのでしょうか。言葉は日々、変化していきます。その中で「こんな言い方、昔はしたけれど、今は使わない」という表現の旧訳から、まさに「いま、息をしている言葉」へと作りなおしていく。そうすることで古典は現代作品として蘇ります。さらにインターネットの普及により、外国に関する膨大な知識や情報を得ることができるようになりました。こうしたテクノロジーのおかげで昔は理解できなかった物語の背景をなす事物の理解が進み、翻訳の質を飛躍的に向上させることが可能になりました。新訳はより正確に原作を再現できます。

野崎さんは食べ物についてもこんな例を挙げてくださいました。主人公の青年コランがヒロインのクロエに初めて会う場面です。

「コランはつばを飲み込んだ。熱々のベニエ(注:ニューオリンズ名物の四角いドーナツ)を頬張ったような気がした」(光文社古典新訳文庫)。

主人公のコランが友人に紹介してもらったクロエを前にしてどぎまぎするなんともいえない様子が伝わる場面です。このベニエですが、新潮文庫では「焦げた揚げ物」、ハヤカワ文庫では「熱い揚げ菓子」、そして古典新訳文庫では「熱々のベニエ(ニューオリンズ名物の四角いドーナツ)」となります。新潮文庫の訳が刊行された1970年から2011年の間に欧米文化が、特に欧米の食文化が日本に浸透していく過程が見えてくる面白さがありますね! 焦げた揚げ物? 揚げ菓子? と言われても、わかりませんが(焦げてたら美味しくないだろうなあ)、熱々のベニエ!といえば、はふはふしちゃう感じもぱっと思い浮かびます。実際、私もちょうど先日、林檎のベニエを作りました。2015年、ベニエは日本にも届いてきているのです。

そして、このニューオリンズ名物のベニエからこんなお話も。ヴィアンは当時、ジャズに深く傾倒したそうです。それゆえアメリカという国への憧れも強く、『うたかたの日々』もアメリカのニューオリンズで書いた設定になっています。ですからニューオリンズ名物のベニエがわざわざ顔を出してくるのですね。アメリカが大好きだからこその、このこだわりに、ヴィアンってなんだかかわいいなあと親しみのような感情が生まれ、『うたかたの日々』がまたちょっと好きになってしまいました。

資料を読み比べながら、やはり翻訳には新旧甲乙つけがたい魅力もあるんですよ、と野崎さんは教えてくださいました。

新潮文庫で「淡褐色のキャラマンコ羅紗の上着」と訳され、ハヤカワ文庫では「はしばみの実の色をした光沢のある布地でつくった上衣」、そして野崎さんの訳では「ヘーゼルナッツ色のサテンのジャケット」となります。「サテンのジャケット」ならば、すぐにぱっとわかりますが、唐突に「キャラマンコ羅紗」と言われても、なんともわかりません。しかし、この「キャラマンコ羅紗」、18世紀の有名な百科全書派ディドロが「私の古い部屋着への惜別」としてキャラマンコ羅紗の部屋着への思いを切々と綴ったものがあるのだそうです。ヴィアンはキャラマンコ羅紗からディドロの部屋着を示唆している可能性もあるのだとか。なんというフランス文化の奥深さでしょう。現代の日本の読者を意識したわかりやすさだけを追求すると「キャラマンコ」は難しい言葉ですが、こういう背景を知るとちょっと興味が湧いてきますね。ディドロを想定した可能性を活かすか否か、上着の表現ひとつをとっても異なる文化の異なる言葉の橋渡しである翻訳の面白さと難しさがわかります。

ベニエやキャラマンコ以外にも、たくさんの例を挙げながら『うたかたの日々』やボリス・ヴィアンの魅力、そして翻訳文学の面白さを野崎さんは教えてくださいました。その中でも「原作には終わりがあります。けれど、翻訳には終わりがありません」というお話が特に印象に残りました。原作は著者が書き終えてしまえばそれで終わりですが、翻訳は時代や翻訳家によっていかようにも変化し続けてゆくことができるのだということです。この先も、人々に愛される作品は様々な新訳が生まれてゆくことでしょう。新訳とはまさに、原文を読みなおし、先人の訳文を参照しながら、新たな解釈を加えてゆくこと。翻訳家とはこの世で最も精密に本を読むという人々なのかもしれません。翻訳者である野崎さんに導かれて『うたかたの日々』を読む。読書会に参加したことで、作品の新たな魅力を発見し、著者や作品への愛情を深めることができました。そして、翻訳文学の意義や面白さを再確認し、翻訳編集部にいることを嬉しく思った見習いSです。

今後も古典新訳文庫ではこのような読書会を開催していく予定です。この「本を読む」楽しさが広がる読書会、一人でも多くの方に体験して実感していただきたいと思っております。皆様のご参加お待ちしております。

うたかたの日々

うたかたの日々

  • ヴィアン/野崎 歓 訳
  • 定価(本体914円+税)
  • ISBN:75220-0
  • 発売日:2011.9.13

2015年1月19日 光文社古典新訳文庫編集部 |

中条省平&野崎 歓トークセッション/『うたかたの日々』から『消しゴム』へ ヴィアンと20世紀フランス小説 青山ブックセンター本店で

 野崎 歓さんと考えるBoris Vian Talk Session 2013 From Ellington To Gondry
『うたかたの日々』から『消しゴム』へ
ヴィアンと20世紀フランス小説
中条省平&野崎 歓
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映画『ム―ド・インディゴ〜うたかたの日々〜』の日本公開(10月5日〜新宿バルト9他/配給:ファントム・フィルム)に先立ち、原作の小説であるボリス・ヴィアン『うたかたの日々』を翻訳者の野崎歓さんとともに味わいつくす連続トークセッションを開催します。

フランスにおけるジャズの紹介者であり、トランペッターであり、人気作家でもあった稀才ヴィアンの素顔に迫りながら、半世紀を経ていまなお愛される名作『うたかたの日々』の魅力、文学的価値、世界に与えた影響を解き明かしていきます。

ジャズミュージシャンで文筆家の菊地成孔さんをゲストに迎える第1回に続き、第2回のゲストはロブ=グリエ『消しゴム』を新訳した中条省平さん(学習院大学仏文科教授)です。

当時の知の巨人サルトルに傾倒したボリス・ヴィアンに対し、それとはまったく違う文学のあり方を模索したロブ=グリエ。20世紀半ばのフランスから世界の文学界に旋風を起こした二人の知られざるつながりとは? 

《日時》9月25日(水)19時〜20時30分
《会場》青山ブックセンター本店[東京・青山]
《料金》1,050円(税込)/事前にお申し込みが必要です。

イベントの詳細ならびに申し込み方法は青山ブックセンターのウェブサイトをご覧ください。

青山ブックセンターウェブサイト(※申し込み開始は9月5日から)
映画『ム―ド・インディゴ〜うたかたの日々〜』ウェブサイト
うたかたの日々

うたかたの日々

  • ヴィアン/野崎 歓 訳
  • 定価(本体914円+税)
  • ISBN:75220-0
  • 発売日:2011.9.13
消しゴム

消しゴム

  • ロブ=グリエ/中条省平 訳
  • 定価(本体 1,276円+税)
  • ISBN:75275-0
  • 発売日:2013.8.7

2013年9月 5日 光文社古典新訳文庫編集部 |

映画『ム―ド・インディゴ〜うたかたの日々〜』日本公開記念──菊地成孔&野崎 歓トークセッション開催 9月24日(火)

 野崎 歓さんと考えるBoris Vian Talk Session 2013 From Ellington To Gondry
ジャズと文学。フランスとアメリカの1947年
東京大学のボリス・ヴィアン──「うたかたの日々」を読む
菊地成孔&野崎 歓

映画『ム―ド・インディゴ~うたかたの日々~』の日本公開(10月5日~新宿バルト9他/配給:ファントム・フィルム)に先立ち、原作の小説であるボリス・ヴィアン『うたかたの日々』の翻訳者・野崎 歓さん(東京大学文学部教授)を案内役にトークセッションを開催します。

フランスにおけるジャズの紹介者であり、トランペッターであり、人気作家でもあった稀才ヴィアンの素顔に迫りながら、半世紀を経ていまなお愛される名作『うたかたの日々』の魅力、文学的価値、世界に与えた影響を解き明かしていきます。

ゲストは日本屈指のジャズミュージシャンであり、作家としても精力的な活動を続ける菊地成孔さん。ヴィアンにまつわるエピソード、『うたかたの日々』の底流をなすデューク・エリントンの音楽、当時のアメリカ文化との関係など、お二人に縦横無尽に語らって頂き、小説『うたかたの日々』の多面的な読み方・愉しみ方を探索して頂きます。映画『ムード・インディゴ』の予告編も上映します。

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映画『ム―ド・インディゴ~うたかたの日々~』ウェブサイト
菊地成孔さん公式ウェブサイト「第3インターネット」
当日の映像を公開中です。YouTube[古典新訳文庫チャンネル]
《日時》9月24日(火)18時30分~20時30分
《会場》東京大学本郷キャンパス法文2号館2大教室 ●アクセスマップ●
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《定員》150名

聴講は無料ですが、事前に参加申し込みが必要です。

>>このイベントに申し込む

(このイベントの申し込み受付は終了しました。多数のお申し込みありがとうございました。)

申し込みの締め切りは9月17日です。定員を超える場合は抽選とさせて頂きます。

当選者には9月20日夕刻までに当選をお知らせするメールを差し上げます。

《お問い合わせ》光文社翻訳編集部 vian@kobunsha.comまで
うたかたの日々

うたかたの日々

  • ヴィアン/野崎 歓 訳
  • 定価(本体914円+税)
  • ISBN:75220-0
  • 発売日:2011.9.13

2013年8月30日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『うたかたの日々』(ヴィアン/野崎 歓 訳)

ホーム > Booksリスト > うたかたの日々

うたかたの日々

うたかたの日々

  • ヴィアン/野崎 歓 訳
  • 定価(本体914円+税)
  • ISBN:75220-0
  • 発売日:2011.9.13
  • 電子書籍あり

儚くもやるせない青春の姿を描いた"現代の神話"
20世紀「伝説の作品」が鮮烈な新訳で甦る!

作品

「圧倒的なのは作品における現実離れであり、現実から離脱するためにさまざまなたくらみを仕掛けてくるヴィアンの、奔放にして自在な筆法の大胆さです」ヴィアンの魅力を瑞々しい訳文で再現する。


内容

青年コランは美しいクロエと恋に落ち、結婚する。しかしクロエは肺の中に睡蓮が生長する奇妙な病気にかかってしまう......。愉快な青春の季節の果てに訪れる、荒廃と喪失 の光景を前にして立ち尽くす者の姿を、このうえなく悲痛に、美しく描き切ったラブストーリー。決定訳ついに登場!


東京大学のボリス・ヴィアン──「うたかたの日々」を読む img_20130924_vian.jpg
菊地成孔さん×野崎 歓さん
2013年9月24日(火)収録
YouTube[古典新訳文庫チャンネル]>>
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創刊5周年記念徹底対談
ヴィアンからジュネまで──異才と怪物を生んだ20世紀フランス文学を語る
野崎歓さん×中条省平さん
2011年11月17日(木)収録
YouTube[古典新訳文庫チャンネル]>>
ボリス・ヴィアン
[1920-1959] フランスの作家・ミュージシャン。パリ郊外に生まれる。エリート校の国立中央工芸学校を卒業後、エンジニアとして勤務しながら、ジャズ・トランペッター、翻訳家、批評家、シャンソン作者・歌手としてマルチな才能を発揮した。『うたかたの日々』は没後、真価を認められ、現代恋愛小説の古典として読みつがれている。他の長編に『北京の秋』『心臓抜き』がある。1959年、デビュー作『墓に唾を吐きかけろ』の映画完成の試写上映中に心臓発作を起こし、39歳で人生を終えた。
[訳者]野崎 歓
1959年生まれ。東京大学文学部教授。フランス文学研究のほか、映画評論、文芸評論、エッセイなど幅広く手がけている。著書に『異邦の香り--ネルヴァル『東方紀行』論』『フランス小説の扉』『赤ちゃん教育』『われわれはみな外国人である--翻訳文学という日本文学』ほか。訳書に『浴室』(トゥーサン)、『素粒子』(ウエルベック)、『幻滅』(バルザック、共訳)、『ちいさな王子』(サン=テグジュペリ)、『赤と黒』(スタンダール)など多数。
《関連刊行本》
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2013年1月28日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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