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光文社古典新訳文庫と "日本最大"の読書会「猫町倶楽部」とのコラボ決定!第一回目の課題図書は オルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」(黒原敏行/訳)

光文社古典新訳文庫が日本最大の読書会「猫町倶楽部」とコラボレーションし、 読書会イベントを定期開催することになりました。

3月8日に名古屋・藤が丘で行われる第一回目の課題図書はオルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』(黒原敏行/訳)です。
駒井稔編集長が選書の理由から作者、作品について、そして翻訳の苦労まで猫町倶楽部のみなさんととことんお話をさせていただきます。ぜひご参加ください!

《日時》2015年3月8日(日) 受付開始14:00
《会場》JAZZ茶房青猫/名古屋市名東区藤ヶ丘49 B1(名古屋地下鉄東山線藤が丘駅下車)
●詳細・お申し込みは猫町倶楽部ウェブサイトまで
すばらしい新世界

すばらしい新世界

  • オルダス・ハクスリー/黒原敏行 訳
  • 定価(本体1,048円+税)
  • ISBN:75272-9
  • 発売日:2013.6.12

2015年3月 4日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『すばらしい新世界』を読もう! 筑波大附属駒場高校「ぶらり読書会」見学レポート《ぶらり読書会、議論編》

前回は、筑波大附属駒場高校で実際に行われている読書会の、その運営について紹介しましたが、今回は具体的にそこで出た意見などをいくつか紹介していきたいと思います。といっても、意見交換や議論は3つのテーブルで行われていますので、自分が見学していて捉えられた範囲での紹介になりますので、あくまで部分的なものであることをご理解頂きたく思います。

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●この物語には感情移入できる登場人物がいない
→たとえば『1984年』は単純で、主人公に肩入れせざるをえない。
→逆に、感情移入できないからこそ「新世界」を客観的に見られるのかも。
これとは逆の意見も...
→『1984年』は、なぜ主人公が最初から体制に違和感を持っているのか理解できない。その時点で、そもそも「理想の社会」が破綻しているのでは?
→劣等感を持っていたはずのバーナードが人気を得たとたんに威張りちらしたり、だんだん頼りないダメ男になったりする様子には共感できる。
●単純な読後感として、この『すばらしい新世界』の社会にはイヤなものを感じるし、この世界に生きたいとは思わないが、しかし「なぜイヤなのか」はうまく説明できない
→自分の個性を発揮できない環境なのではないか?(アルファ階級なら発揮できるんじゃないかという意見もあり)
→イプシロン階級など、可能性が削られているのは「抑圧」なのでは?
→また、抑圧されている、ということすら考えさせない「条件付け」の仕方に反発を覚える。
逆に、これはこれで1つの理想の世界なのでは、という意見もありました。
→読者の側は、「価値がないと生きていけない」と思い込んでいるのでは?
●この世界は安定しているのか、不安定なのか
→「異端者」が育ったり「エラー」が起こったりする余地がない、すなわち進歩・進化する余地がないのは生物学的には「安定している」とは言えない(これは大学で生物学を学んでいる学生の意見)。
→異端者は殺されるのではなくて、島送りにされるのはなぜか。
→そこを殺してしまうと、社会の反感を買い、単なる恐怖政治になってしまうのでは。
→結局、世界統制官(ムスタファ・モンド)も異端。この世界が閉じたものではない、ということを知っているのは世界統制官だけ。彼は異端だからこそ、社会で起こった問題(エラー)に柔軟に対応できる。
→つまり、「すばらしい新世界」の安定性は、異端者が統制官になることで確保されているのではないか。
→ところで、ムスタファ・モンドが死んだら、次は誰が世界統制官になるのか。
→途中まで、ジョンが次の世界統制官になるのではないか、と予想しながら読んだ、という学生さんもいました。
●この話は架空なのか、現実の延長なのか。現実味がない。
→資本主義といいながら、お金に貪欲な人はあまり出てこない。
→アルファ、ベータプラスなどの階級は固定されていて、階級間の差別や蔑視はあるが、同じ階級のなかでは競争の意識がない。同じ階級でも違う仕事についている場合、その違いから来る競争意識というものはないのだろうか。
→「競争意識の欠如」が前提?
●神や宗教について
→「幸福」が絶対的唯一の基準になっているが、善や道徳との関係はどうなんだろう。
→芸術や科学を捨てたというのは、真理の追究や自由を捨てたということなのではないか。
→これはカントの『実践理性批判』で考察されている問題で、幸福と徳は両立するか?ということにつながる(これは編集部の感想)。

こういった議論が3つのテーブルで散発的に、時に同時進行でわき起こり、あっちの議論がこっちにつながり...という発展の仕方が、なかなか興味深いものがありました。

生徒さんたちによるディスカッションのあと行われた、翻訳者の黒原敏行さんを囲んでの質疑セッションでは、ユーモアをどうやって訳すのかといった翻訳上の苦労のこと(「本作のような笑える話は翻訳が難しい」、「面白い言葉遊びになるところがあれば冒険的に取り入れることもある」とのこと)、翻訳期間のこと(「実働3カ月半くらい」)などについて質問がありました。編集部に対しても、どうやって企画をつくっているのか、といった質問や、大きい字のほうが断然読みやすいといった意見がありました。

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質問に応える黒原敏行さん(右端)

生徒さんたちの議論を聞いたあとで感じたこと
●ディストピアを語るときに、もはや世代的にソ連のイメージはまったくない

大人がこういう作品を読むと、思想統制された全体主義的国家か、あるいは謎の超大国としてのソ連を思い浮かべがちで、ともすると「だけどそれは当時のアレだよね」的に現実と紐づけして終わりになってしまいがち。しかし、そういう先入観なく純粋に物語を分析していくことで、物語に隠された「現代に本書を読むことの新たな意味」みたいなものを見つけられるのではないか、とふと思いました。

●若い人は純粋で、正義感がつよい!

もう中年にさしかかった私などは、あんまり何も考える必要ない世界、ソーマという薬で副作用なく幸せが味わえる世界なら、それでいいんじゃないのと思いがちですし、人の弱さみたいなものについてもだんだんと寛容になってくるのですが、高校生の社会の見方のほうが、正義感に満ち、潔癖で、ゆえに社会に感じる歪みや違和感に敏感に反応している気がします。これは逆にいうと、同じ本でも、人生における違う年代で読むと、まったく違う印象や感想が得られる、ということの証左かもしれません。

●読書会をきっかけに他の文化にも興味を持ってほしい

『すばらしい新世界』では、違う場所で違う人物から発せられるセリフを積み重ねていくことでスピーディーに物語が展開する箇所があるんですが、そこについて生徒さんが「まるで平田オリザの戯曲のよう」と表現されているのを聞いてびっくり。高校生でそんなこと思いつく? あとで調べたら筑波大附属駒場高校は演劇で有名な学校なんですね。本でも演劇でも音楽でも、なにか比較できる対象を持っているというのは、作品を相対化して客観的にとらえるうえで重要なことと思います。筑駒はやっぱりすごい!というのもありますが、ぜひ他でも、たとえばこういう読書会をきっかけにして、生徒たちが自分の興味を発展させていってもらえたらと思います。そういう興味を後押ししてあげるのは大人の仕事かと。光文社古典新訳文庫の作品がその一助になれば幸いです。

《読書会の進め方編》へ
すばらしい新世界

すばらしい新世界

  • オルダス・ハクスリー/黒原敏行 訳
  • 定価(本体1,048円+税)
  • ISBN:75272-9
  • 発売日:2013.6.12

2013年8月19日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『すばらしい新世界』を読もう! 筑波大附属駒場高校「ぶらり読書会」見学レポート《読書会の進め方編》

傭兵編集者Oです。光文社古典新訳文庫編集部では、新刊・続刊やイベントの情報をTwitterで発信しています(@kotensinyaku)が、それと同時に、感想やご意見の断片など、日々Twitterを使って広く情報収集しております。ある日『すばらしい新世界』の反響などを知るためにタイトルで検索していますと、こんな情報が......

【生徒向け速報】教員2名と高校生有志生徒の読書会「ぶらり読書会 」、第3回目を8/7(水)午前9時〜12時、図書館で開催します。今回読む本はオルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』です。背伸びしたい中学生もどうぞ!

おお、高校生の読書会とは面白そうではないですか。

話が前後しますが、古典新訳文庫編集部では「読書エッセイコンクール」を毎年開催するなど、中・高校生にいかに本を読んでもらうかということについて、とても関心があるのです。

1.どのように読書会を運営されているのか
2.高校生がこの本をどのように読むのか

このあたりをぜひ知りたく思い、ツイート元の先生に連絡を取ってお願いし、この読書会を見学させて頂くことになりました。せっかくなので、翻訳者の黒原敏行さんにも来て頂くことに。

で、行ってきたのは筑波大附属駒場高校。驚異的な東大合格率を誇る国立の名門進学校ながら、自由闊達な校風で知られる男子校です。

告知をしていらっしゃったのは国語の澤田先生。英語の秋元先生とともに課外で運営されているこの「ぶらり読書会」は3回目なのだとか。

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朝九時に集まったのは、高校生と卒業生合わせて10名。それに先生がた2名。参加者は事前に課題図書を読んで、簡単な感想をあらかじめ澤田先生に送ってあり、それがプリントアウトされて結構厚い資料ができあがっていました。この準備も結構大変かと思います。
夏休み中、しかもとりわけ暑い日にお疲れ様でございます。

さて、読書会ですが、まず3つのテーブルに分かれ、感想を述べて内容について議論します。細かいテーマ設定はなく、まずは感想から始めて、興味の重なるところについて意見を交わしていく。印象的な議論があれば、テーブル備え付けのホワイトボードに記入。この意見交換セッションを40分やったら、ホワイトボードとテーブルの進行役(伝承役)一人が残って、あとのメンバーは入れ替わり。次のセッションでは、そのテーブルで行われた直前の議論を新メンバーに紹介しつつ、新たな議論を進めていきます。これを3セッション行いました。

これは最近よく耳にする「ワールドカフェ形式」というもので、全員の意見をもれなく聞きつつ、あまり狭い議論に入りこまないでいい、といった特長があるので「読書会」には向いている形式といえるでしょう。ただし、全体をまとめるまとめ役(この場合は澤田先生)と、各テーブルに議論を誘導・先導できる数名のサブリーダーが必要です。今回の場合、二人の先生も議論に参加しているので、二つのテーブルはそれぞれの先生が進行役をつとめることになったのですが、もう一つのテーブルでは先輩の生徒さんが進行役を買って出ていたようです。

3回のセッションが終わったら、ざっと感想などを述べ合って終了というのが通常の運びらしいのですが、今回は古典新訳文庫の編集スタッフと翻訳者の黒原さんもいらっしゃるので、第4セッションとして質疑応答の時間を設けて頂きました。

『すばらしい新世界』についての具体的な感想・議論については次の項に譲りますが、高校での読書会について思ったことをまとめます。

1.やっぱり基本は生徒さんの自主参加

そもそも自分で楽しんで読み、読んだ結果を誰かと共有したい、他の人の意見も聞きたいという気持ちがないと、楽しい議論にならないと思います。議論の質だけでなく、会をつつがなく運営・進行するうえでも、強制でなく有志で、というのが結局一番効率がいいでしょう。

2.先生の準備がなかなか大変

参加者を募って、事前に読ませて感想を送らせ、それをまとめてプリント資料をつくり...という作業は結構大変そう。まあ、まとめ役は必ずしも先生でなくてもいいのでしょうが、卒業生までも集められるのは、やっぱり先生がみんなに尊敬されているからでしょう。

3.とはいえ、プリントはあくまで資料

ディスカッション中はプリントはほとんど自分の意見の備忘録ほどの役割しか果たさず、持って帰ってゆっくり読むためのもの、といった感じ。文字になった意見より、生の議論を優先し、どんどん発展させていけばいいと思います。しかし、こういう資料があれば、他の人がどんな本と比較しているか、何を参考にしたのか、という洩れがちな情報も知ることができます。ちなみに、「感想」というよりも「レポート」に近い力作もありました。

高校での読書会は、年齢のうえでも読書傾向としても比較的均質な参加者を募ることができるので、穏やかに建設的な議論を進められるように思いました。むろん、他のまったく性質の違う読者層のまったく異質な意見を聞くことにも価値はあるのですが、意見がぶつかり合って議論が平行線をたどるよりは、時間効率的には結局より高度な理解に到達できるのではと思いました。ぜひ、他の学校でも取り入れてほしいです。

次回は実際に『すばらしい新世界』を高校生・大学生がどのように読んだのか、どんな議論が出たのかを、簡単にまとめてみたいと思います。

《ぶらり読書会、議論編》へ(8月19日up)
すばらしい新世界

すばらしい新世界

  • オルダス・ハクスリー/黒原敏行 訳
  • 定価(本体1,048円+税)
  • ISBN:75272-9
  • 発売日:2013.6.12
『すばらしい新世界』を読もう! 筑波大附属駒場高校「ぶらり読書会」見学レポート《読書会の進め方編》

2013年8月14日 光文社古典新訳文庫編集部 |

〈あとがきのあとがき〉「『1984年』ではなく、この小説のようなソフトなディストピアになるのでは」 『すばらしい新世界』の訳者・黒原敏行さんに聞く

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オルダス・ハクスリーが、1932年に発表したディストピア小説『すばらしい新世界』。時代は自動車王フォードにちなんだ「フォード紀元632年」という未来。フリーセックスとソーマと呼ばれる快楽薬の配給により実現した、誰もが人生に疑問を抱かない楽園のような社会が描かれます。しかし、その世界を構成する人間たちは、受精卵の段階から孵化器で「製造」されていました。さらに、そこでは階級ごとに選別され、体格、知能などが決定されていたのです。

こんな未来社会を描いた『すばらしい新世界』を翻訳した黒原敏行さんに、今回はインタビューしてきました。ディストピア小説というとすぐに思い浮かべるジョージ・オーウェルの『1984年』 (スターリン体制下のソ連を連想させる全体主義国家によって分割統治された近未来世界を描いた小説)との比較、引用されるシェイクスピアの戯曲について、そして黒原さんが愛している幻想小説の話もうかがってきました。

インタビューは、黒原さんと担当編集者Oとの会話から始まります。

------(担当編集者O) 黒原さんには、この文庫では最初にコンラッドの『闇の奥』を訳していただきました。次に何をお願いしようかと思って、いくつか候補をあげたんです。ロード・ノベル的なものから怪奇ゴシック小説まで、色々ともっていったのですが、黒原さんがなかなかノッてくれない。それで、別に企画していたこの『すばらしい新世界』のお話をちょっとしたところ、「それは興味がある」とすぐに反応してくださって......そこだったか!と私としては意外だったんですよ。黒原さんは、この小説のどこに興味をもったのですか?

黒原 以前に私は、アメリカの現代作家ジョナサン・フランゼンの『コレクションズ』 (ハヤカワepi文庫)という小説を訳していて、これが『すばらしい新世界』の本歌取りをした作品でした。その小説の「訳者あとがき」(新潮社・単行本の)に、「現代アメリカのディストピア的状況」を描いているとは書いたのですが、ハクスリーのこの小説が下敷きになっているとは思ってもみなかった。後で、気づいて、すごく恥ずかしい思いをして。そんなこともあったので、『すばらしい新世界』にすぐに反応したんです。

------どんなふうに本歌取りがされているのですか?

黒原 『コレクションズ』は、現代アメリカの家族の物語です。クリントン政権時代、アメリカはITバブルにわき、唯一の超大国として繁栄を誇っている。ところが、この家族は恵まれた白人中流階級なのに、メンバーはみな何かしらの鬱屈を抱えています。

この物語に、アスランという薬が登場する。服用すると、気分が明るくなるという薬で、家族の何人かがはまるんですね。昔だったら、家族の軋轢は精神分析で解決ということになるんだけども、彼等はそんなところに行こうともせず、当たり前のように、薬を呑む。すると悩みはたちまえ消えてしまう。さらにこの小説では人格を変えてしまって病気を治す医療技術まで開発中です。これは、明らかに『すばらしい新世界』の未来社会の人々が服用している薬、ソーマを下敷きにして書かれていると思います。

また、『コレクションズ』に出てくる次男は、大学で文学理論を教えている男で、現代社会を痛烈に批判する。でも学生たちには見向きもされない(笑)。それどころか「ひとりで文学書を読みふけるなんて古い。コンピュータのネットワークで繋がり、その関係性の中で助け合うこともできる、この社会のどこがいけないの?」と学生たちにいわれる始末。このハッピーでどこか気持ち悪い共同体主義も、『すばらしい新世界』の幸福で不気味な共同体から影響を受けて書かれているはずです。

------あらためて読み、どんな感想を持ちましたか?

黒原 とにかく笑える作品でしたね、笑えるまで作者ハクスリーが登場人物を突き放しているところがいいなと思いました。主人公バーナード・マルクスは、この「理想的な社会」から疎外されていて、読者としては感情移入できるかなと思っていると、ちょっと立場がよくなった途端、嫌な奴になってしまう。野蛮人ジョンも、ディストピアへのアンチテーゼを体現する男として出てきたのだなと期待していると、変な狂信者みたいになってしまう......ディストピアを批判すべき人物たちがヒーローにならず、カッコ悪さを含め描かれているところがいいなと思いました。

同じディストピア小説なら、悲劇的なジョージ・オーウェルの『1984年』の方が物語として面白いという感想も多いでしょう。主人公が体制に挑戦し破れていく、光と影がくっきりとある『1984年』の方が、感情移入できるし、ドラマチックです。やっぱり笑えるものより、シリアスなものの方がインパクトが強いですからね。

でも、今の世の中を見ていると『すばらしい新世界』の方が、リアリティがある感じがすると僕は思うんですよ。

------参議院議員選挙の投票日である7月21日、自民党が圧勝しました。これで「個より公益」を打ち出した改憲への道は確実に一歩踏み出し、『1984年』みたいな全体主義的な社会がやってくるといっている人は、かなりいますが。

黒原 たしかに国全体が貧しくなってくると、強圧的な全体主義の色合いが強くなってくるのかもしれません。でも、よほど貧すれば鈍するの状況にならなければ、『1984年』的なことにはならないような気がするんです。

「君が代を歌え、口元を監視しているぞ!」という動きは実際に出てきたけれど、『1984年』のようにビッグブラザーが監視する社会が現実化するとは思えません。むしろ、もっとソフトなディストピアになるんじゃないかと。たとえば国歌を、若者が好むようなもっとカッコイイものにして「みんなで力を合わせよう! それが僕らの生きる道だあ〜」とか唄って(笑)、サビで「きみのためならボクは死ねる〜」って、Jポップ風に(笑)。これから全体主義的になるとしても、そういうソフト路線で展開する気がします。

サッカー・ワールドカップ予選のときに「DJポリス」というのが話題になりましたね。サッカーを見て興奮した若者たちを、渋谷の街で上手な言葉を使ってうまく誘導していた警官です。あれを見て、あっ、これは『すばらしい新世界』に出てきたぞ!と思いました(笑)。DJポリス氏はもちろん創意工夫をして仕事をして立派だと思うのですが、ああいったソフトな管理は気になります。ハクスリーは、1930年代に書いた小説で、現代のソフト型管理社会を描くことに成功していると思いますね。

註づくりの作業とシェイクスピア祭り

------次に、翻訳者の大事な仕事の一つ、註をつけることについてお聞きします。この小説のタイトルは、シェイクスピアの『テンペスト』に登場する人物の台詞「O brave new world 」からきています。そして作品の中でも、たくさんのシェイクスピアの作品の言葉が引用されていて、この文庫では、それがどの戯曲からの引用なのかが註で示されています。この作業はどう行ったのですか?

黒原 まずは松村達雄さん訳の講談社文庫の註でチェックし、そこで落としているものもあるかもしれないので、フランス語訳でチェックしました。どんな本を訳すときでもフランス語訳があるときは買って参考にするのですが、このフランス語訳にはハクスリー本人が序文を寄せていて「シェイクスピアの言葉はイギリス人ならわかるが、フランスの方にはわからないところもあるだろうから註をつけた」といったようなこと書いている。註を書いたのは作家本人ではないかもしれないけれど、ハクスリーが目を通しているはずだと判断し、この本を使って引用をチェックしていきました。さらに、その註でも落としているものはあると考え、読んでいてこれはアヤシイなと思うものは、グーグルで検索しました。すると、二カ所くらいみつかって、これでほぼ完璧ではないかと思ってます。

------黒原さんは、シェイクスピアは好きなんですか?

黒原 好きですね。どうせ註をつくるなら楽しもうということで、翻訳作業をしている期間は「シェイクスピア祭り」と称し(笑)、小田島雄志先生訳の戯曲をかたっぱしから読んでいました。それと、BBCが1980年代にシェイクスピアの全戯曲を映像化したシリーズがあり、DVDのセットを買っていたので、英語字幕を表示して見ました。翻訳作業は終わりましたが、まだ祭りは続行中です(笑)。

------好きな戯曲は?

黒原 若い頃は『ハムレット』が好きでした。「僕って何?」という感じに共感したのでしょうか(笑)。20代の頃は芝居をそこそこ見ています。『ハムレット』もデレク・ジャコビというイギリスのシェイクスピア俳優が来日公演をした時に見ました。BBCのDVDのハムレットもデレク・ジャコビですね。

私が20代だった80年代は演劇ブームで、素人劇団もたくさんあって、その中でシェイクスピアもやるところもありました。まあ、今でもあるでしょうけど。『十二夜』を上演したある素人劇団のことは今でもよく覚えています。役者は一人を除いてみんなド素人でしたが、やはり作品がいいせいか、とても楽しめて、『十二夜』が大好きになりました。

ほかに好きなのは、そうですね、『お気に召すまま』とか『真夏の夜の夢』とか、喜劇が多いですね。

現実に勝利する虚構の言葉

------外国文学愛好者の中で、黒原さんは、今、とても注目されています。きっかけは『すべての美しい馬』(早川書房)などのコーマック・マッカーシー作品の仕事でしょう。読んだ人は非常に鮮烈な印象をもったと思います。マッカーシーもすごいが、この日本語もすばらしかった。『すばらしい新世界』の翻訳でも、その魅力は発揮されていると思いますが、黒原さん、その日本語をどう獲得していったのか、少し教えて下さい。小さい頃は、どんな本を読んでいたのですか?

黒原 子どもの頃はほとんど読書をしていなくて、本格的に読み出したのは高校生になってからです。『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』に『戦争と平和』。日本でいうと夏目漱石に、谷崎潤一郎の初期の作品などに夢中になりました。谷崎は『少年』とか『刺青』、『秘密』、『痴人の愛』。いわゆる悪魔主義という奴ですね。

本をあまり読まなかったのが急に純文学を読み出したわけは、ありがちな話だけど疎外感ですね。小中学は同じ地域だったのが、高校になったらいろんな所からやってくる人たちと一緒になる。気が小さいから溶け込めなくて、それで本の世界に逃げ込んだんです。

それから和歌山の田舎から東京の大学に入りました。いちおう仏文科で、ボードレール、ランボー、ロートレアモンといった詩人の作品が好きでした。フランス文学は、私が大学生になった頃は、ヌーボーロマンのブームも既に去って、その後大きなムーブメントや突出した作家もいなくて、ちょっと寂しい感じがしましたね。

当時、というのは70年代後半ですが、海外文学で新しい話題というと、ラテンアメリカ文学の翻訳書が本格的に刊行されはじめたことでしょうか。国書刊行会のラテンアメリカ文学叢書なんか、私も読もうとしましたけど、白状すると、ちょっと歯ごたえがありすぎて、その面白さがわかりませんでした。少し味わえるようになってきたのは中年になってからですね。

何年か前に、個人的に「フリオ・コルタサル祭り」をやりまして、まあ、そうたくさん読破したわけでもないですが、面白いですね。コルタサルにボルヘス、そのほか、いわゆる幻想小説という奴ですか、最近でもそういうのを読もうとしています。

------コルタサルは、短編『南部高速道路』(『悪魔の涎・追い求める男他八篇』(岩波文庫)所収) がいいですね。

黒原 あれは面白いですね! 何車線もある高速道路で車が渋滞して、何日も何週間も動かないからそこで寝泊まりすることになり、村ができてしまう。まあ、こういう、ホラをだんだん膨らませていくのは、落語の『愛宕山』とか、わりとある趣向だなと思いながら読んでいくんですが、ラストが圧巻なわけです。詳しく話すと未読の人に悪いので、抽象的にいいますが、幻想が消えていくときになって、とても愛おしいものに感じられて、このわりとよくあるホラ話だと思っていたことが、自分のなかで大事な何かとしてしっかり存在していたのだなと気づく。つまり、その時点で、私のなかで幻想が事実に勝利するわけです。

事実と幻想がある場合、なぜか私は幻想に勝利してほしい。でも幻想はどうやって事実に勝利できるのか。それには技が必要ですよね。ただペガサスやらユニコーンやらが出てきて、魔法が使えて、という幻想は、子供だましでばかばかしい。コルタサルはあの手この手を使いますね。視線の動きを使って人間と山椒魚を入れ替えてしまったり。やはり戦略や仕掛けがなければ、現実には本当に勝利できないのだと思います。僕が好きな作家は、現実に勝利する言葉をもった人です。

------そういうことを考えている黒原さんが、あの独特な文章を書くコーマック・マッカーシーに出会ったのですね。

黒原 『すべての美しい馬』 は、1940年代のテキサスで、馬が大好きで、カウボーイとして生きていくことを夢見る少年の物語なんですが、最初のところで主人公が幻を見るシーンがあります。インディアンが移住していくところ、彼等の旅の行列を描写している息の長い濃密な文章がある。それを読んだ時に、ぐっと掴まれました。「これ、日本語にしたい!」と思ったんです。

マッカーシーは、リアルなことしか書かないのだけど、それがいつしか幻想性を帯びてくる、そこには戦略と仕掛けがしっかりある。現実に対して幻想が勝利する言葉をもった作家なのだと思います。

------黒原さん自身は、現実と幻想の関係はどうしているんですか?

黒原 ......唐突な質問ですね。現実が嫌で嫌でしょうがないです(笑)。もう自分だけの世界に閉じこもっていたい! 最近、愛読しているのは森茉莉ですね。『贅沢貧乏』 『甘い蜜の部屋』 に浸っています。いい年して小説で現実逃避か!と笑われそうですが。実はここに来る前、千駄木の森鴎外記念館に寄ってきました。そこに、森茉莉用の陳列ケースがありまして、原稿などが入ってるんですよ。それをじっと見たりして、2時間以上もいてしまった(笑)。

------(担当編集者O) 世界はやはりどんどん管理社会になっていますし、憂鬱になるのはわかります。

黒原 話は戻りますが『1984年』にはならないような気がします。オーウェルはビッグブラザーが監視する社会を描いていますが、今はそれとは違った監視社会になっている。たとえば生徒に体罰をしている教師を撮影した映像がYouTubeにアップされるようなことが起きる。これは権力による監視ではない。住民の安全のために設置している商店街の監視カメラのことなども考えると、『1984年』とはまったく違った監視社会だとわかる。でも、こういう市民のための監視というのが全面的にいいことなのかどうか。何か真綿で首を絞められるような窮屈さがありますよね。このあたりのリアリティを、『すばらしい新世界』はうまく描いていると思います。

------(担当編集者O)エドワード・スノーデンによって暴露されたネット監視のことから『1984年』は最近話題によく上るようになり、本も売れているそうです。しかし、『すばらしい新世界』の方がよりリアルだし、いま読む価値がある! と声を大にしていいたいですね。
(構成/ 渡邉裕之)

すばらしい新世界

すばらしい新世界

  • オルダス・ハクスリー/黒原敏行 訳
  • 定価(本体1,048円+税)
  • ISBN:75272-9
  • 発売日:2013.6.12
闇の奥

闇の奥

  • コンラッド/黒原敏行 訳
  • 定価(本体640円+税)
  • ISBN:751911
  • 発売日:2009.9.8

2013年8月 1日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『すばらしい新世界』登場人物相関図

《こちらもご一緒に》
担当編集者が激推しする『すばらしい新世界』のすばらしい世界
『すばらしい新世界』のすばらしい名言・名場面
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2013年6月27日 光文社古典新訳文庫編集部 |

担当編集者が激推しする『すばらしい新世界』のすばらしい世界

すばらしい新世界SF小説の金字塔が2013年になってぐっと面白くなってきた! オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』の魅力を担当の傭兵編集者Oがたっぷり紹介します。

本書はSFの金字塔として知られていますが、世界が進む方向性を(80年前に書かれたとは思えないほど)的確に予測し、そこに潜む危険性を見事に提示している作品であり、まさにいま再び読まれるべき作品であると断言できます。

また、ユーモアに満ちあふれる筆致、魅惑的な登場人物、そしてスタイリッシュでさえある社会情景の描写は、古典であることを忘れさせるほど現代的です。いまだに世界中で熱狂的なファンがいて、本作がたびたび引用されるのは、本書が鋭い洞察と批判精神に満ちているのみならず、胸躍るような読書体験を提供してきたからに他なりません。

あらすじ

舞台は26世紀ロンドン(フォード紀元632年)、資本主義と科学によって輝かしい発展を遂げた人類は、幾度かの激しい紛争を経て、ようやく安定した社会を築き上げていた。遺伝子の選別と胎児の工場生産で構成する合理的な階級制度、手軽に多幸感をもたらす快楽薬ソーマの配給、そして幼少期からのフリーセックスの奨励......生産と消費のサイクルの中に生きる意味を(睡眠学習で)与えられ、誰も人生に不満を抱かない社会。「家族」は汚く卑猥な関係とされ、神は大量生産の始祖「フォード様」にとって代わられていて、人々は幸せに暮らしている。しかし、何の問題もないように思えるこの世界においても、そのあり方に疑問を持つ人々がいた。それはひょんなことから劣等感を抱えてしまった男、あるいは優秀すぎる男、そして未開社会からやってきた「野蛮人」だった。そして、騒動を巻き起こす彼らを呼びつけた「世界統制官」は、驚くべき真実を語るのであった......

ディストピア小説の系譜

ユートピアの対極にある反・理想郷(暗黒境)のことを「ディストピア」といいますが、このようなディストピアを題材にした小説というのは、海外文学においてはひとつの伝統となっています。映画化されることもしばしばです。

『すばらしい新世界』は両世界大戦に挟まれた激動の時代、1932年にオルダス・ハクスリーによって書かれました。その後の冷戦の年代にジョージ・オーウェルが『1984年』で反共産主義的な暗い世界、暴力で統制される世界を描いたのに対し、ハクスリーが資本主義と効率化の行き過ぎにアンチを唱えるような作品を書いていたというのは、注目すべき点でしょう。また、未来における「人間性の喪失」というのはディストピア小説に共通するテーマですが、ハクスリーが持ち込んだ科学的視点はなかでも特筆すべきものであり、最新の科学技術の可能性を評価しつつ「持続可能な(サステナブル)」な世界を描いているといえます。ゆえに、2013年の今、もっとも現実に近い作品であることが明らかになってきたのです。

そもそも『すばらしい新世界』って?

『すばらしい新世界』はもともとシェイクスピアの『テンペスト』に出てくるセリフ。本書の登場人物ジョンは、未開の集落から来た「野蛮人」ですが、幼少の頃から愛読している『シェイクスピア全集』をほとんど諳んじており、たびたび自分の感情をシェイクスピアからの引用で表現しています。当然この言葉には、表面的には何のキズもなく見える未来世界に対する、著者の痛烈な皮肉が込められていることは言うまでもありません。でも、実は物語のなかでジョンが最初に「ああ、すばらしい新世界!」と叫んだのは、文明社会への感想を述べたのではなく、美しいレーニナの姿に一目惚れしたときなんですよね。人が恋するとき、そこは「すばらしい新世界」となるのかもしれませんね。

なぜいま『すばらしい新世界』なのか?

本作には、現代に考えるべきあらゆる論点が詰め込まれています。「いまのありかた」を未来に延長していくと何が可能か、何が起こるか、ということの未来シナリオと考えれば面白いでしょう。

・遺伝子による選別と人間の工場生産――クローン技術、出生前診断、少子化問題
・快楽薬ソーマの配給――うつ病の拡大と治療薬プロザックの問題
・フリーセックスの症例――結婚の廃止、家族の解体によって、全員が「リア充」に!
・知的格差を用いた階級化――経済格差と知的格差の相関、下流食い
・触感映画、芳香オルガン――よりリアルになっていくバーチャル・リアリティ
・文学や自然観照の衰退――工業化社会では消費を生まない活動は意味がない

『すばらしい新世界』が与えた影響

img_bravenewworld01.jpg実は映像化作品にめぼしいものがないのが本作。世界の価値の二面性を映像だけで伝えにくい、奔放な性の表現が難しいなどの理由があるのかもしれません。とはいえ、最近では1998年にアメリカのテレビ映画になりました。(Brave New World)。この作品ではスタートレックのスポック船長でおなじみのレナード・ニモイが、ムスタファ・モンド役を演じており、これはなかなかに渋くてカッコいいです。ほかの配役は若干マイナーですが、エンタメ化するためにストーリーに改編があり、ラストなどは「なるほど」と思わせるものになっています。

また、音楽では世界的人気の英国メタルバンド、IRON MAIDENの2000年発表のアルバム名がまさにBrave New World。収録されている同名の曲は、静→動→静、という鉄板の展開で、トリプルギターの競演も必聴。O Brave New World! とシャウトせずにはいられない、ライブの定番曲になっています。アルバム・アートには、よく見ると未来のロンドンが描かれており、本作へのリスペクトを感じます。

また、本作はエンタメ分野のみならずデザイナーや社会学者などにも大きな影響を与えており、ビジネス書など思いもよらぬところでしばしば引用されます。人間の行動がどう変化するか、それをどう社会が支えるか、あるいは社会の変化で人間の行動がどう変わるか、といったことを研究している人々にとって、『すばらしい新世界』におけるハクスリーの未来の描き方はひとつのモデルであるといえます。

著者について オルダス・ハクスリー Aldous Huxley

[1894-1963] 作家。祖父、長兄、異母弟が著名な生物学者、父は編集者で作家、母は文人の家系というイギリス屈指の名家に生まれる。医者をめざしてイートン校に入るが、角膜炎から失明同然となり退学。視力回復後はオックスフォード大学で英文学と言語学を専攻し、D・H・ロレンスなどと親交を深める。文芸誌編集などを経て、詩集で作家デビュー。1921年の長篇『クローム・イエロー』が好評を博し、以後『恋愛対位法』『ガザに盲いて』など11本の長篇を執筆。独自の考察に基づくユートピア世界を描いた作品も多く、とくに1932年刊行の本書『すばらしい新世界』はSF、ディストピア小説の傑作とされる。その他、膨大な数のエッセイ、旅行記、伝記などもある。今年は没後50年にあたる。

《関連ページ》
『すばらしい新世界』のすばらしい名言・名場面
『すばらしい新世界』の登場人物 相関図
すばらしい新世界

すばらしい新世界

  • オルダス・ハクスリー/黒原敏行 訳
  • 定価(本体1,048円+税)
  • ISBN:75272-9
  • 発売日:2013.6.12

2013年6月13日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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