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流れゆく時間を引き留める方法とは!?
フランスのベストセラー『プルーストと過ごす夏』刊行

2017年もあっというまに2カ月が過ぎようとしています。年をとるごとに時間の経過は速く感じられ、「若者の○○離れ」といった言葉に賛同したりしなかったりしているうちに、自分がすでに若者ではないことに愕然としたりもします。しかし、目の前を過ぎていく時間を引き留め、緩やかにする方法はないではありません。

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古典に凝縮された時間

それは、長い時間をかけて醸成された「古典」に触れることです。古典には有意義な時間が凝縮されています。書き手や(これまでの)読者の思考や実践を、読書を通して追体験することで、人生の時間を何倍にもすることができると、古典新訳文庫の編集者としては思います。古典は「話題の書」のように急いで読む必要はありませんし、一生かけて読めばよいのです。

光文社古典新訳文庫には、「一生かけて読むべき本」がたくさんありますが、まさしくそんな時間の問題を描いた名作こそプルースト『失われた時を求めて』でしょう。とはいえ、この『失われた時を求めて』は途轍もなく長い作品であり、作品の海に飛び込む前に尻込みする人や、あるいは飛び込んだはよいが泳ぎ方がわからず戸惑う人もいるかもしれません。これは本国フランスでも同じことだそうです。そんなとき、『失われた時を求めて』を知りつくし溺愛する8人の専門家が、この作品の愉しみ方を一般読者に向けて紹介したのが、2月に単行本として刊行した『プルーストと過ごす夏』(コンパニョン、クリステヴァほか/國分俊宏訳)です。名作をより深く理解したいという読者の心情を反映してか、フランスではベストセラーとなりました。

長い休みに自分の時間を取り戻す

『プルーストと過ごす夏』の編者ローラ・エル・マキは、本書「はじめに」の書き出しにおいて、『失われた時を求めて』という長大な作品と読者との関わりを、実に的確に、かつあたかも美味しい料理を食べた感想であるかのように魅惑的に述べています。

「不幸なのは、大病をするか足でも折らない限り、ふつうの人は『失われた時を求めて』を読む時間が持てないことだ」。マルセル・プルーストの弟、ロベール・プルーストはそう言いました。なるほど、その通りでしょう。しかし、彼は第三の可能性を忘れていました。夏休みです【1】。あの暑い日差しの下で、海辺で、あるいはプルーストにならって静かな自室に閉じこもって、本を読むことはこの上なく甘美です。時の流れが急に緩やかになり、広がり、掻き消えてしまう。そして、時間の流れも、まわりの世界も、もう何もかも存在しなくなる。あるのはただ、その手に持った『失われた時を求めて』だけ。

引用中の【1】の部分には訳者・國分俊宏さんによる訳注が、以下のようにつけられています。

1 フランスの労働者は一年間に五週間の休暇を取る権利があり、クリスマス休暇を別にして、夏休みは四週間ほど休むのがふつうである。

四週間の夏休み(!)を取るのは日本人には難しいかもしれませんが、正直言って、フランス人にしたところで四週間の休みのうちどれだけ「静かな自室に閉じこもって」本を読めるのかは疑わしいわけで(だからこそ本書が売れているわけです)、休みの長短問わず、ひとまずは一日のうちに少しでも読書に耽る時間を見つけることができれば、「時の流れが急に緩やかに」なるのを感じられるでしょう。

解説書なのに読み飽きない

『プルーストと過ごす夏』は、8人の作家や学者たちが、『失われた時を求めて』の自分の好きな一節を引用しながら、「時」「愛」「場所」「芸術」などの切り口で作品の魅力を熱く綴った書で、『失われた時を求めて』本篇を読みたくなる文章やエピソードがふんだんに紹介されています。本書はいわば「本の解説書」なのに、本篇に負けず劣らずロマンチックで読み飽きることがありません。たとえばプルースト研究の第一人者アントワーヌ・コンパニョンによる、「第一章 時間」には、次のような文章があります。

「短いのに長く感じさせる作品というのがある。プルーストの長い作品は、僕には短く感じられる」。ジャン・コクトーは『失われた時を求めて』を、こんなふうに語ってみせた。本当のプルーストの読者がみんなそうであるように、彼もまた、最後まで読み終えたらまた最初に戻る読者の一人だ。なぜなら、この本を読むと、そこから抜け出たくないと思ってしまうからだ。

コクトーの感じ方はともかく、「本当のプルーストの読者がみんなそうであるように」といった、さらりと、しかし力強い断言のしかたはなかなか見事で、世界中の本好きを挑発するに十分です。また、別の一節は作家への愛とドラマに満ち、掌編小説のようですらあります。

プルーストの手書き原稿は、文学の創造がどういうものかを目に見える形でわからせてくれる美しいオブジェである。文学創造には、膨大な量の仕事が必要なのだ。しかしその仕事は、そのあとで隠されて見えなくなってしまう。人々は最初、プルーストが上流階級の人間だったために、まるで話すようにすらすらと書いているのだと思い込んだ。だが、そうではなかった。まったく違っていた。一九五〇年代になって、草稿資料が刊行されたとき、人々はプルーストが驚くべき仕事の鬼だったことを知ったのである。

ちなみに、(こんなところで明かすのもなんですが)この『プルーストと過ごす夏』は、フランスで人気のラジオ番組シリーズを書籍化したものです。単にエピソードを披瀝したというだけかもしませんが、ラジオでこの話を聞いたオーディエンスは、見えない手書き原稿を想像し、そこに凝縮されたプルーストの「時間」を感じたはずです。それにしても、「だが、そうではなかった。まったく違っていた」という転回、そして「仕事の鬼」という言葉は、静かに既存のプルーストのイメージを覆してみせていて、まったく見事というほかありません。プルーストの文章を解説する文章だけに、書き手も気合いが入っていると見えます。

本は去ることのない友人──

「時間」についてのみならず、「愛」について、「哲学」についてなど、8人の書き手が縦横に綴るプルーストの魅力に圧倒されどおしの一冊です。最後に、第八章の「読むこと」という項の書き出しを紹介しておきましょう。

「読書とは一つの友情である」──『読書について』
ふだんの彼らしくないことですが、マルセル・プルーストのこの言葉は、とても短い文章であっさりと、〔フランス語の原文にして〕たったの五語で本質的なことを語っています。彼にとって書物は単なる物ではなく、ただの題名でもなく、一つの物語でもありませんでした。本は友人、私たちを感動させ、いくつもの扉を開いてくれる友人でもあったのです。したがって、読書こそ、『失われた時を求めて』の語り手に称揚される究極の芸術として現われるわけです。この芸術はまた、来たるべき書物の基礎を築く芸術でもあります。なぜなら、彼が読んだ数々の本がなければ、彼は作家にはなれなかったでしょうから。

この機にぜひ『プルーストと過ごす夏』を「友人」として迎え、夏には一緒に『失われた時を求めて』の扉を開けてみてください。

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プルーストと過ごす夏

  • アントワーヌ・コンパニョン、ジュリア・クリステヴァ他
  • 國分俊宏/訳
  • 定価(本体2,300円+税)
  • ISBN:97915-7
  • 発売日:2017.2
堀江敏幸さん推薦!

すぐれた読み手に導かれて、いま、私たちは『失われた時を求めて』という言葉の大聖堂の前に立っている。個々の体験をふまえた余力ある解説と、美しい引用の力を借りれば、今度は自分自身の手で豊饒な「時」の扉を開くことができるだろう。(作家・仏文学者)

本書に登場する八人は、いずれもプルーストの熱心な読者であり、プルーストに関する本を書いたり、映像作品を制作したりしている練達の読み手・書き手ばかりだ。その八人が、一般の読者に向けてわかりやすい語り口で、『失われた時を求めて』という小説の主題や魅力、読みどころを語っている。本書は、すでにこの長い長い小説を読破したという方はもちろん、現在読んでいる最中の方、あるいはこれから挑戦しようと思っている方にとって、格好の道案内、入門書となるだろう。──「訳者あとがき」より

《目次》
  • はじめに ローラ・エル・マキ
  • 第一章 時間/アントワーヌ・コンパニョン
  • 第二章 登場人物/ジャン゠イヴ・タディエ
  • 第三章 プルーストと社交界/ジェローム・プリウール
  • 第四章 愛/ニコラ・グリマルディ
  • 第五章 想像界/ジュリア・クリステヴァ
  • 第六章 場所/ミシェル・エルマン
  • 第七章 プルーストと哲学者たち/ラファエル・アントーヴェン
  • 第八章 プルーストと芸術/アドリアン・グーツ
  • 訳者あとがき 國分俊宏
[プロフィール]
アントワーヌ・コンパニョン
1950年生まれ。プルースト研究の第一人者であるだけでなく、ボードレール、モンテーニュといった詩人、作家も論じ、広く文学史、批評理論に関わる多くの著書がある。パリ・ソルボンヌ大学教授等を経て、現在コレージュ・ド・フランス教授、米国コロンビア大学教授。邦訳に『アンチモダン―反近代の精神史』『近代芸術の五つのパラドックス』『文学をめぐる理論と常識』『寝るまえ五分のモンテーニュ―「エセー」入門』など。『修辞学級』(未訳)などの小説も発表している。
ジュリア・クリステヴァ
1941年ブルガリア生まれ。文学理論家、精神分析学者。パリ第七大学名誉教授。1960年代半ばにフランスに渡り、ロラン・バルトの教えを受ける。夫はフィリップ・ソレルス。1980年代の日本でのいわゆるニューアカデミズム・ブームの際に、ポスト構造主義の理論家として日本でも盛んに紹介された。『中国の女たち』『恐怖の権力―〈アブジェクシオン〉試論』『詩的言語の革命』『プルースト―感じられる時』『ハンナ・アーレント―〈生〉は一つのナラティヴである』など、著書の多くが邦訳されている。
[訳者]國分俊宏(こくぶ・としひろ)
1967年生まれ。早稲田大学大学院博士課程単位取得退学。青山学院大学・国際政治経済学部教授。1996~2000年、フランス政府給費留学生としてパリ第3大学に留学、文学博士号取得。専門は現代フランス文学。訳書に、ゾラ『オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家 ゾラ傑作短篇集』(光文社古典新訳分子)、ルーセル『抄訳 アフリカの印象』、ヴィアゼムスキー『少女』など。
光文社古典新訳文庫の既刊
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失われた時を求めて1第一篇「スワン家のほうへI」

失われた時を求めて1 第一篇「スワン家のほうへI」

  • プルースト/高遠弘美 訳
  • 定価(本体952円+税)
  • ISBN:75212-5
  • 発売日:2010.9.9
  • 電子書籍あり
失われた時を求めて2 第一篇「スワン家のほうへII」

失われた時を求めて2 第一篇「スワン家のほうへII」

  • プルースト/高遠弘美 訳
  • 定価(本体1,105円+税)
  • ISBN:75242-2
  • 発売日:2011.12.8
  • 電子書籍あり
失われた時を求めて3

失われた時を求めて3 第二篇 「花咲く乙女たちのかげにI」

  • プルースト/高遠弘美 訳
  • 定価(本体1,295円+税)
  • ISBN:75268-2
  • 発売日:2013.3.12
  • 電子書籍あり
失われた時を求めて4

失われた時を求めて4 第二篇 「花咲く乙女たちのかげにⅡ」

  • プルースト/高遠弘美 訳
  • 定価(本体1,500円+税)
  • ISBN:75323-8
  • 発売日:2016.1.8
  • 電子書籍あり
失われた時を求めて5

失われた時を求めて5 第三篇 「ゲルマントのほうⅠ」

  • プルースト/高遠弘美 訳
  • 定価(本体1,260円+税)
  • ISBN:75345-0
  • 発売日:2016.12.8
  • 電子書籍あり

2017年2月24日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『失われた時を求めて5 第三篇「ゲルマントのほうⅠ」』(プルースト/高遠弘美 訳)

ホーム > Booksリスト > 失われた時を求めて5

失われた時を求めて5

失われた時を求めて5 第三篇 「ゲルマントのほうⅠ」

  • プルースト/高遠弘美 訳
  • 定価(本体1,260円+税)
  • ISBN:75345-0
  • 発売日:2016.12.8
  • 電子書籍あり

個人全訳の決定版
「コンブレー」時代からの憧れ、ゲルマント公爵夫人。
その気品と威厳に、「私」の想いは燃え上がる。

作品

三十八歳年上のゲルマント公爵夫人に対する恋心が募るあまり、散歩する夫人を待ち伏せする......。十七歳の少年の片恋の相手としてはやはり不自然という印象は消えない。この「事実」は何を意味するか。......それは、この小説は十九世紀的な小説によくある「年代記」どおりには進行しない小説だということであり、作品の内的時間は融通無碍に伸び縮みする。(訳者)


物語

病気がちな祖母のため、ゲルマント家の館の一角に引っ越した語り手一家。新たな生活をはじめた「私」は、女主人であるゲルマント公爵夫人に憧れを募らせていく。サン・ルーとの友情や祖母への思いなど、濃密な人間関係が展開する第三篇「ゲルマントのほう」(一)を収録。〈全14巻〉

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プルースト「失われた時を求めて」の魅力
高遠弘美さん×古屋美登里さん
2012年3月7日(水)収録
YouTube[古典新訳文庫チャンネル]>>
マルセル・プルースト
[1871−1922]フランスの作家。パリ郊外オートゥイユで生まれる。9歳のとき喘息の発作を起こし、以来、生涯を通じて宿痾となる。十代は母親の愛情を一身に受けて育ち、パリ大学進学後は社交界に出入りするかたわら文学に励む。三〇代の初めに両親と死別、このころから本格的にエッセイやラスキンの翻訳を手がけるようになる。1912年、『失われた時を求めて』の原型ができあがり、1913年第一篇「スワン家のほうへ」を自費出版。その後もシリーズは続き、1922年第四篇「ソドムとゴモラII」が刊行されるが、気管支炎が悪化し、全七篇の刊行を見ることなく死去。最終巻は1927年になって刊行された。
[訳者]高遠弘美
1952年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。明治大学教授、フランス文学者。著書に『プルースト研究』『乳いろの花の庭から』。訳書に『消え去ったアルベルチーヌ』(プルースト)、『完全版突飛なるものの歴史』『悪食大全』『乳房の神話学』(以上ロミ)、『珍説愚説辞典』(カリエール&ベシュテル)、『完訳Oの物語』(P・レアージュ)など多数。編著に『矢野峰人選集』。共著多数。
《関連刊行本》
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2016年12月 8日 光文社古典新訳文庫編集部 |

「1年で学ぶ教養講座・プルースト『失われた時を求めて』の魅力」(講師:高遠弘美先生)4月22日からNHK文化センター青山教室で 

『失われた時を求めて』の訳者・高遠弘美さんが講師をされる「一年で学ぶ教養講座・プルースト『失われた時を求めて』の魅力」が4月からNHK文化センター青山教室で始まります。毎月1回1年間、時間をかけて学ぶ講座です。この機会にぜひご参加ください。

1年で学ぶ教養講座・プルースト『失われた時を求めて』の魅力
長大で難解というイメージを脱して、世界文学史上最高の小説と言われる名作の魅力を、個人全訳刊行中の訳者とともに味わいます。
《日時》 4月22日(金)から12回 (2016年4月〜2017年3月 第4金曜) 13:00〜14:30
《場所》NHK文化センター青山教室[東京都港区南青山1-1-1 新青山ビル西館4F]
《講師》高遠弘美さん(明治大学教授)
《受講料》 38,880円/2月24日(水)9:30 受付開始 
《講座の詳細・お申込み》
NHK文化センター青山教室ウェブサイト
4月期講座のPDF

2016年2月22日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『失われた時を求めて4 第二篇「花咲く乙女たちのかげにⅡ」』(プルースト/高遠弘美 訳)

ホーム > Booksリスト > 失われた時を求めて4

失われた時を求めて4

失われた時を求めて4 第二篇 「花咲く乙女たちのかげにⅡ」

  • プルースト/高遠弘美 訳
  • 定価(本体1,500円+税)
  • ISBN:75323-8
  • 発売日:2016.1.8
  • 電子書籍あり

個人全訳の決定版
避暑地バルベックの海辺で出会った美しい少女たち。
独特の眼差しをもつ活発な少女、その名はアルベルチーヌ。「私」の恋は、移ろう......。

作品

前巻から2年後、「私」は避暑地バルベックで夏を過ごすことになる。個性的な人びととの交流、そして美しい少女たちとの出会い。光あふれるノルマンディの海辺で、「私」の恋は移ろう......。全篇の中でも、ひときわ華やかな印象を与える第二篇第二部「土地の名・土地」を収録。〈全14巻〉


内容

「悪天候でも気にしないアルベルチーヌは時折、ゴムのレインコートを着て驟雨のなかを自転車で走り去っていった」

あたかも映画の一シーンのようではないか。アルベルチーヌという登場人物がこうしてますます私たちのなかに親しい存在として入ってくる。こういうところに仄見えるプルーストの人物設定の巧みさには改めて舌を巻くしかない。(訳者)

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プルースト「失われた時を求めて」の魅力
高遠弘美さん×古屋美登里さん
2012年3月7日(水)収録
YouTube[古典新訳文庫チャンネル]>>
マルセル・プルースト
[1871−1922]フランスの作家。パリ郊外オートゥイユで生まれる。9歳のとき喘息の発作を起こし、以来、生涯を通じて宿痾となる。十代は母親の愛情を一身に受けて育ち、パリ大学進学後は社交界に出入りするかたわら文学に励む。三〇代の初めに両親と死別、このころから本格的にエッセイやラスキンの翻訳を手がけるようになる。1912年、『失われた時を求めて』の原型ができあがり、1913年第一篇「スワン家のほうへ」を自費出版。その後もシリーズは続き、1922年第四篇「ソドムとゴモラII」が刊行されるが、気管支炎が悪化し、全七篇の刊行を見ることなく死去。最終巻は1927年になって刊行された。
[訳者]高遠弘美
1952年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。明治大学教授、フランス文学者。著書に『プルースト研究』『乳いろの花の庭から』。訳書に『消え去ったアルベルチーヌ』(プルースト)、『完全版突飛なるものの歴史』『悪食大全』『乳房の神話学』(以上ロミ)、『珍説愚説辞典』(カリエール&ベシュテル)、『完訳Oの物語』(P・レアージュ)など多数。編著に『矢野峰人選集』。共著多数。
《関連刊行本》
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プルースト, 失われた時を求めて, 高遠弘美

2016年1月 8日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『失われた時を求めて3 第二篇「花咲く乙女たちのかげにI」』(プルースト/高遠弘美 訳)

ホーム > Booksリスト > 失われた時を求めて3

失われた時を求めて3

失われた時を求めて3 第二篇 「花咲く乙女たちのかげにI」

  • プルースト/高遠弘美 訳
  • 定価(本体1,295円+税)
  • ISBN:75268-2
  • 発売日:2013.3.12
  • 電子書籍あり

個人全訳の決定版
「私」は美しく成長したスワンの娘、ジルベルトに想いをつのらせてゆく......

作品

プルーストを読む私たちが、自らの人生のさまざまな瞬間に感じたことや考えたことを想起するのは、 すべての人間に通じる「普遍」に対する眼差しが作品の至るところに見られるからでもある。(訳者)


内容

若者になった「私」はジルベルトへの恋心をつのらせ、彼女の態度に一喜一憂する......。 19世紀末パリを舞台に、スワン家に出入りする「私」の心理とスワン家の人びとを緻密に描きつつ、 藝術と社会に対する批評を鋭く展開した第二篇第一部「スワン夫人のまわりで」を収録。<全14巻>

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プルースト「失われた時を求めて」の魅力
高遠弘美さん×古屋美登里さん
2012年3月7日(水)収録
YouTube[古典新訳文庫チャンネル]>>
マルセル・プルースト
[1871−1922]フランスの作家。パリ郊外オートゥイユで生まれる。9歳のとき喘息の発作を起こし、以来、生涯を通じて宿痾となる。十代は母親の愛情を一身に受けて育ち、パリ大学進学後は社交界に出入りするかたわら文学に励む。三〇代の初めに両親と死別、このころから本格的にエッセイやラスキンの翻訳を手がけるようになる。1912年、『失われた時を求めて』の原型ができあがり、1913年第一篇「スワン家のほうへ」を自費出版。その後もシリーズは続き、1922年第四篇「ソドムとゴモラII」が刊行されるが、気管支炎が悪化し、全七篇の刊行を見ることなく死去。最終巻は1927年になって刊行された。
[訳者]高遠弘美
1952年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。明治大学教授、フランス文学者。著書に『プルースト研究』『乳いろの花の庭から』。訳書に『消え去ったアルベルチーヌ』(プルースト)、『完全版突飛なるものの歴史』『悪食大全』『乳房の神話学』(以上ロミ)、『珍説愚説辞典』(カリエール&ベシュテル)、『完訳Oの物語』(P・レアージュ)など多数。編著に『矢野峰人選集』。共著多数。
《関連刊行本》
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2013年3月12日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『失われた時を求めて2 第一篇「スワン家のほうへII」』(プルースト/高遠弘美 訳)

ホーム > 失われた時を求めて2 第一篇「スワン家のほうへII」

失われた時を求めて2 第一篇「スワン家のほうへII」

失われた時を求めて2 第一篇「スワン家のほうへII」

  • プルースト/高遠弘美 訳
  • 定価(本体1,105円+税)
  • ISBN:75242-2
  • 発売日:2011.12.8
  • 電子書籍あり

新しいプルースト世界を切り拓く官能的な新訳で「スワンの恋」に酔う

作品

「プルーストの言葉の世界に浸ること。それが肝要である」(訳者)----芸術と人間への深い洞察と、五感を震わせる豊かな自然描写、そして社会風俗の緻密な分析。20世紀最高の文学を流麗な訳文で味わう。


物語

パリ上流社交界の寵児スワンは、高級娼婦オデットを恋人にする。ところが強力な恋敵が現れ、スワンの心は嫉妬に引き裂かれていく。苦悶の果てにスワンが見出したものは......。恋愛心理を鋭く描いた第二部「スワンの恋」。第三部「土地の名・名」も収録。〈全14巻〉


読書ガイドより

『......それが『失われた時を求めて』という小説の、あえて言うなら、大きな魅力なのである。私たちが読んでいるのは、作者が机の前の壁に張り出した登場人物たちの年代記を絶えず見ながら書いた作品ではないし、ましてや、歴史小説でもない。『失われた時を求めて』はあくまで虚構であり、必要以上に現実世界の出来事や「年代記」と照らし合わせることはないので、どうか一つ一つの挿話を読み進めることで確乎たる小説的現実が時のゆらぎを伴って私たちの脳裡に形作られる経験を大事にして頂きたいと思う。......


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プルースト「失われた時を求めて」の魅力
高遠弘美さん×古屋美登里さん
2012年3月7日(水)収録
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マルセル・プルースト
[1871−1922]フランスの作家。パリ郊外オートゥイユで生まれる。9歳のとき喘息の発作を起こし、以来、生涯を通じて宿痾となる。十代は母親の愛情を一身に受けて育ち、パリ大学進学後は社交界に出入りするかたわら文学に励む。三〇代の初めに両親と死別、このころから本格的にエッセイやラスキンの翻訳を手がけるようになる。1912年、『失われた時を求めて』の原型ができあがり、1913年第一篇「スワン家のほうへ」を自費出版。その後もシリーズは続き、1922年第四篇「ソドムとゴモラII」が刊行されるが、気管支炎が悪化し、全七篇の刊行を見ることなく死去。最終巻は1927年になって刊行された。
[訳者]高遠弘美
1952年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。明治大学教授、フランス文学者。著書に『プルースト研究』『乳いろの花の庭から』。訳書に『消え去ったアルベルチーヌ』(プルースト)、『完全版突飛なるものの歴史』『悪食大全』『乳房の神話学』(以上ロミ)、『珍説愚説辞典』(カリエール&ベシュテル)、『完訳Oの物語』(P・レアージュ)など多数。編著に『矢野峰人選集』。共著多数。
《関連刊行本》
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2013年1月28日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『失われた時を求めて1 第一篇「スワン家のほうへI」』(プルースト/高遠弘美 訳)

ホーム > Booksリスト > 失われた時を求めて1 第一篇「スワン家のほうへI」

失われた時を求めて1第一篇「スワン家のほうへI」

失われた時を求めて1
第一篇「スワン家のほうへI」

  • プルースト/高遠弘美 訳
  • 定価(本体952円+税)
  • ISBN:75212-5
  • 発売日:2010.9.9
  • 電子書籍あり
試し読み用PDF(第一部コンブレー/第一章の冒頭9ページ)をダウンロードできます

個人全訳の決定版 20世紀文学の最高峰、絢爛たる新訳でついに登場!

作品

「あなたは一語一語を追いながら、いつしかプルーストの世界に入り込んでゆく。目的地を知らされていない長期にわたる航海。しかしそれが、読書というものではなかったろうか。」(訳者)


内容

色彩感あふれる自然描写、深みと立体感に満ちた人物造型、連鎖する譬喩......深い思索と感覚的表現のみごとさで20世紀最高の文学と評される本作。第1巻では、語り手の幼少時代が夢幻的な記憶とともに語られる。豊潤な訳文で、プルーストのみずみずしい世界が甦る!<全14巻>


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プルースト「失われた時を求めて」の魅力
高遠弘美さん×古屋美登里さん
2012年3月7日(水)収録
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マルセル・プルースト
[1871−1922]フランスの作家。パリ郊外オートゥイユで生まれる。9歳のとき喘息の発作を起こし、以来、生涯を通じて宿痾となる。十代は母親の愛情を一身に受けて育ち、パリ大学進学後は社交界に出入りするかたわら文学に励む。三〇代の初めに両親と死別、このころから本格的にエッセイやラスキンの翻訳を手がけるようになる。1912年、『失われた時を求めて』の原型ができあがり、1913年第一篇「スワン家のほうへ」を自費出版。その後もシリーズは続き、1922年第四篇「ソドムとゴモラII」が刊行されるが、気管支炎が悪化し、全七篇の刊行を見ることなく死去。最終巻は1927年になって刊行された。
[訳者]高遠弘美
1952年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。明治大学教授、フランス文学者。著書に『プルースト研究』『乳いろの花の庭から』。訳書に『消え去ったアルベルチーヌ』(プルースト)、『完全版突飛なるものの歴史』『悪食大全』『乳房の神話学』(以上ロミ)、『珍説愚説辞典』(カリエール&ベシュテル)、『完訳Oの物語』(P・レアージュ)など多数。編著に『矢野峰人選集』。共著多数。
《関連刊行本》
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2013年1月28日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『消え去ったアルベルチーヌ』(プルースト/高遠弘美 訳)

ホーム > Booksリスト > 消え去ったアルベルチーヌ

消え去ったアルベルチーヌ

消え去ったアルベルチーヌ

  • プルースト/高遠弘美 訳
  • 定価(本体705円+税)
  • ISBN:75156-2
  • 発売日:2008.5.13

プルーストが死の直前に自ら手を入れた最終稿、ついに邦訳!

作品

「とことん分析的でありながら、かほどにゆたかな感覚に裏打ちされている文章など滅多にない」(訳者)。プルーストが生前に最後の修正をほどこし、その遺志がもっとも生かされている"最終版"を本邦初訳!


物語

プルーストが生涯をかけて執筆し、20世紀最高の文学と評される『失われた時を求めて』。本書は"大伽藍"とも形容される超大作の第六篇にあたり、シリーズを通じての主要登場人物アルベルチーヌと、語り手である「私」の関係に結末をつける、重要な一篇である。


マルセル・プルースト
[1871-1922]  フランスの作家。パリ郊外オートゥイユで生まれる。9歳のとき喘息の発作を起こし、以来、生涯を通じて宿痾となる。十代は母親の愛情を一身に受けて育ち、パリ大学進学後は社交界へ出入りするかたわら文学に励む。三十代の初めに両親と死別、このころから本格的にエッセイやラスキンの翻訳を手がけるようになる。1912年、『失われた時を求めて』の原型ができあがり、1913年第一篇「スワン家のほうへ」を自費出版。その後もシリーズは続き、1922年第四篇「ソドムとゴモラII」が刊行されるが、気管支炎が悪化し、全七篇の刊行を見ることなく死去。
[訳者]高遠弘美
1952年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。明治大学教授、フランス文学者。著書に『プルースト研究』『乳いろの花の庭から』。訳書に『突飛なるものの歴史』『悪食大全』『乳房の神話学』(以上ロミ)、『珍説愚説辞典』(カリエール&ベシュテル)など多数。
《関連刊行本》
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2013年1月27日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第66回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第66回をお届けします。今回が最終回です...(ブログにはこれまでの連載をすべてアーカイブしてあります。)

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プルーストと暮らす日々 66

京都に住む画家・エッセイストの林哲夫さんから「まぼろしの高桐書院版『失われた時を求めて』をめぐって――淀野隆三日記より」というご高文を収録した雑誌を頂戴した。いくつか固有名詞が飛び交うことをお許し願いたい。

淀野隆三は仏文学者・批評家で、最初は創作を発表した。一九三一年、佐藤正彰と共訳で日本初の『失われた時を求めて』訳の単行本を最初の部分だけではあったが刊行し、戦後の新潮社版全訳にも参画した。

林さんの記事によれば、一九三六年頃、伊吹武彦、井上究一郎ら四人の共訳による全訳の企画があった。そもそも詩作を志していた井上がプルーストの翻訳に関わることになったきっかけは、旧制高校と大学の先輩である淀野に勧められたからだったという。

伊吹は旧制高校時代の井上の恩師で、かなり早くからプルーストに注目していた。しかし戦争が激しくなり、すでに刊行が始まっていた五来達(ごらいとおる)個人訳も中断。プルースト全訳の試みは頓挫したままだった。

戦後になって、二つの動きが起こった。ひとつは淀野の関係していた高桐書院からの井上訳。もうひとつは創元社からの伊吹訳である。事態はさらに動き、版権取得に手を挙げた翻訳者は計六人にも及んだ。その中で優先権を得たのは伊吹だった。しかし、伊吹も、伊吹に続く井上も他の仕事に忙殺され、プルースト個人訳は断念せざるを得なかった。伊吹、井上ら六人の共訳で新潮社から全訳が出始めたのは一九五三年のことである(井上の全訳は一九七三年から)。

淀野が三年前に明治大学教授になった佐藤に続いて明大教授になったのは、私の生まれた年である。

環暦を迎えた私はさまざまな縁に支えられつつ、明治大学の派遣研究員としてパリにいながらプルースト個人全訳に取り組んでいる。

一年半近くに及ぶこの連載も今回が最後である。この間、あまたの方から励ましのお言葉を頂いた。ここに感謝を申し上げるとともに、皆さまがプルーストと過ごす日々がこの先も続くことを心から祈りたい。
(2012年8月30日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

line_lace05.gif cover110.jpg 失われた時を求めて 1 <全14巻>
第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体952円+税)
cover140.jpgNEW! 失われた時を求めて 2<全14巻>
第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年9月 6日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第65回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第65回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 65

ある仏文の大先輩がパリにいらしたのを幸い、ソルボンヌの近くでお目にかかった。早めに着いたのでそのあたりを散歩していて、ふと気がつくと、三十年前初めてパリに来たときに泊まったホテルのあった通りに出た。そのホテルはもう代替わりしているが、附近の様子は新しい店を別にすればさほど変わらない。

ゆっくりとその通りを行ったり来たりしているうちに、パリで最初に迎えた朝のことを思い出した。

到着した夜、時差で眠れぬまま輾転反側(てんてんはんそく)しているうち、突然外から轟音(ごうおん)が聞こえた。びっくりして窓から外を見ると、清掃車がゆっくりと道路をきれいにしながら動いてゆく。まだ朝の五時くらいだったろうか。そのままうとうとしていたら今度は七時になる頃、隣室から風呂に入りながら歌う鼻歌が聞こえてきた。当時で二つ星ではあったが、安ホテルである。壁は日本では考えられないほど薄い。シャワーの音、湯水の音に加えて鼻歌である。

ああ、これがパリの朝かと思ったとき、三十歳直前だった私の脳裡(のうり)にプルーストの一節が蘇った。いまでもその瞬間のことを覚えているくらいだから、よほど印象に残ったのだろう。第五篇「囚(とら)われの女」。語り手の家に住むことになった恋人のアルベルチーヌと壁一枚隔てて風呂に入りながら語り合うという場面である(抄訳)。

「二人の浴室を隔てている壁はしごく薄いので、私たちはそれぞれの浴室で体を洗いながら――ホテルでは建物じたいが狭く部屋と部屋が近いのでしばしばあることだが――パリではすこぶる珍しいこうした親密さのなかで、水音のほか妨げるもののないおしゃべりを続けたのである」

いまがそうであるように、まさにそのときもプルーストだった。そう思った瞬間、三十年前のホテルの様子がゆくりなくも蘇ってきた。

「満室」と書かれた紙、フロントのカウンター、狭い階段、壁紙の色から浴室、一階の食堂の様子までありありと眼前に浮かんだ。そうした記憶の奔流を前にして、私はかつて泊まったホテルの前で、ただ佇(たたず)むほかなかった。
(2012年8月23日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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2012年8月30日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第64回 「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第64回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 64

私事にわたって恐縮ながら私の母は七月十六日、父は九月十六日が命日である。今日はちょうど真ん中の八月の月命日ということになる。墓参りに行きたいところだが、パリにいる身ではそれも叶わない。せめては月遅れのお盆に合わせて、『失われた時を求めて』で描かれる肉親の死について紹介してみたいと思う。

プルーストには弟がいたが、作品の語り手は一人息子である。両親も亡くなったはずだが、その死は描かれない。実際には一九〇五年に最愛の母親が他界したあと、プルーストはほとんど精神を病み、長期のサナトリウム生活を送ることになる。だが、作品中で両親の死が描かれることはなかった。肉親の死が描かれるのは祖母の場合に限られる。ところが祖母の死を心から実感する章が『失われた時を求めて』の白眉とまで言われることがあるのだ。

祖母が死ぬのは第三篇「ゲルマントのほう」第一章である。「死は中世の彫刻師のように、若い娘の姿で祖母を横たえていた」。だが、語り手が祖母の死を実感するのは第四篇「ソドムとゴモラ」第二部「心情の間歇(かんけつ)」の章である。  語り手は二度目のバルベック滞在をする。その到着第一夜、困憊(こんぱい)しきった語り手は靴を脱ごうとする。その瞬間、語り手は胸に押し寄せるものを感じて涙を禁じ得ない。前に祖母と一緒にはじめてバルベックに来たときの思い出が一気に蘇ったからである。そのとき、その瞬間だけの肉体的姿勢を伴って、祖母が自分に注いでくれた愛情の何たるかを語り手はようやく理解する。

祖母は最初のバルベック滞在の折に、そうして身をかがめて語り手の靴を脱がそうとしてくれたのだ。そのとき、祖母が自分に注いでくれた愛情を根底から理解した語り手は祖母が永久に去ったことを知る。

思えば肉親の死というのは、そのときはただ悲しみに暮れるだけだとしても、何かの機会に喪失感が全体的に蘇る。プルーストはそれをこの章でみごとに描いた。この作品を翻訳した井上究一郎はここを作品の「根幹をなす」章だと位置づけている。私もそうだと思う。
(2012年8月16日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

line_lace05.gif cover110.jpg 失われた時を求めて 1 <全14巻>
第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体952円+税)
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
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2012年8月23日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第63回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第63回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 63

細かなことを省いて言えば、フランス語にはもともとWの字はなかった。ゲルマン語系の単語が入ってきたので中世に文字体系に入ったのである。その後、英語やオランダ語系の外来語も入ったので、発音はWAを例にとれば「ワ」と「ヴァ」の二通りある。辞書に載っている単語の数としては「ワ」系のほうが若干多い。

『失われた時を求めて』の重要な登場人物スワンはSWANNと綴(つづ)る。発音としては「スワン」と「スヴァン」二通りが考えられるが、一般には「スワン」なので、フランス人が発音してもスワンになるし、翻訳でもそう表記する。

ところが、第二篇「花咲く乙女たちのかげに」に出てくる元大使ノルポワ侯爵だけは「スヴァン」と発音すると書かれている。つまり、ノルポワ氏は「スヴァン家」とか「スヴァン夫人」と発音するのだ。ドイツ語圏の大使などを務めビスマルクとも親交があったノルポワ氏は、周囲がみな「スワン」と発音するのを聞いてもなお、ドイツ語風に「ヴァ」と発音し続けるということで、これは気位が高く、自分を譲らないところのあるノルポワ氏の人物造形には欠かせない要素である。

一方、ただでさえ言葉の音に過敏な語り手である。ノルポワ氏が「スヴァン」と発音するたびに多少とも違和感を覚えていたに違いない。たとえて言えば、私の敬愛する文楽義太夫の竹本住大夫(すみたゆう)師を「すみだゆう」と言うようなものだろうか。そう発音する人に出会うたびに、私もどこか落ち着かない気持ちになる。

そんな感じを訳文で生かしたいと考えた私は思い切って、ノルポワ氏の会話に登場するスワンの名前をすべて実際にノルポワ氏が発音した通りに「スヴァン」と表記することにした。このほうが語り手の覚えた違和感が読者にすんなり伝わると考えたからである。

こうした私なりの工夫は既訳とは異なるだけに一歩踏み出す勇気がいる。これを決断するのに一日かかったけれど、こうして私自身フランス語の音に敏感になるのも、フランスで暮らしているせいかもしれない。
(2012年8月9日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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失われた時を求めて 1 <全14巻>
第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
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失われた時を求めて 2<全14巻>
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2012年8月15日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第62回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第62回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 62

先日七月十日、プルーストの誕生日に、ポーランド出身のさるフランス大使夫人とプルーストの話をする機会があった。その方はポーランド出身の画家にして文筆家のユゼフ・チャプスキのプルースト論を教えてくださった。早速買って一読。深い感動を覚えた。

チャプスキ(一八九六~一九九三年)は一九四〇年からソ連軍の強制収容所に入れられていた。スターリンによる粛清の嵐が吹き荒れていた頃である。チャプスキはソ連の役に立つかも知れないと判断されて殺されずにいた四百人あまりのポーランド人のひとりである。とはいえ、いつ死刑の宣告がなされるかわからない。そんな日々のなかで、彼らは自分の得意分野で回り持ちの講義をしようと思い立った。チャプスキはプルーストについて話すことを決意する。長大なテキストも手許(てもと)になく、ほとんど記憶に頼りながらの「プルースト講義」はしかし、聴いてるひとびとに多大の感銘を与えた。講義ノートが今では本になっている。

「これは言葉の正確な意味で文芸批評の試みですらありません。むしろ、私が多くを与えられた作品、私が残りの人生で再び会えるかどうか判らない作品の回想なのです」

こう言って彼は講義を始める。

プルーストの実人生についても的確に語りながら、チャプスキは『失われた時を求めて』の勘所を多様な人物像とともに紹介してゆく。自らの後半生をなかば犠牲にして書き続けた『失われた時を求めて』にプルーストは死ぬまで細かく手を入れていた。最後はプルーストの臨終について語って幕を閉じる。「プルーストは死が迫っていることを感じていた。だが、彼は自分がしなければならないことに全力を注いだ。プルーストが作品にまだ手を入れるつもりで最後に小紙片に書きつけたのはさして重要でない人物の名前だった」

『苦境に抗するプルースト』と題されたこの講義ノートは、死を目前にしても生きる力を保ち続けようとする人間の意志を、プルーストを通じて私たちに訴えかけている。
(2012年8月2日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年8月 9日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第61回 「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第61回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 61

プルーストにまつわる図版や写真資料を多く集めた『アルバム・プルースト』などを見ていて気がつくのは、眼鏡をかけた人物にほとんどお目にかからないということだ。実際、戯画めいたスケッチに描かれた人物を別にすれば、眼鏡をかけた人物にほとんどお目にかからないということだ。実際、戯画めいたスケッチに描かれた人物を別にすれば、鼻眼鏡をかけているアドリアン・プルースト、つまり作家の父親の医学博士しかいない。しかも、これは知識と教養を備えた象徴としてしばしば肖像で使われる小道具のようにも見える。

概してフランス人は日本人に比べれば眼鏡をかけている割合が少ない。ただ、最近は大型テレビやパソコンやテレビゲームの影響もあってか、以前よりは眼鏡をかけた人を見かけるようになった。町にも眼鏡屋が増えたような気がする。

とはいえ、フランスでも昔からまったく眼鏡が用いられていなかったわけではなくて、十八世紀末には英国のダンディズムの影響もあって、片眼鏡(モノクル)や鼻眼鏡が紳士の間で流行を見る。その後も十九世紀を通じてそうした眼鏡がもてはやされたが、ふつうの眼鏡も近視の人たちの間では使われるようになった。

ただ、写真を撮ったり外出したりするときは外したということはあって、スワンも「家で仕事をするときは眼鏡をかけ、社交界に出かけるときは片眼鏡をはめた。眼鏡より片眼鏡のほうが器量を落とさずに済んだからである」(第一篇第二部「スワンの恋」)。

そのスワンはある侯爵夫人邸の夜会に出かけた折、出席している男たちの片眼鏡がそれぞれの個性を表していることに気づく。その描写が皮肉で、しかも時に突飛な比喩に支えられていて愉(たの)しいことこの上ない。

「その片眼鏡はごく小さくて縁もまったくなかったから、目は絶えず痛々しいほどの痙攣(けいれん)を余儀なくされていた。その代わり、貴重な材質で作られた余分な軟骨のように目に嵌(は)め込まれた片眼鏡のお蔭で、侯爵の表情には哀愁を帯びた繊細さが与えられ、女性たちから、深い恋の悩みも知っている人と評価されるに至ったのである」(同前)

こんな記述に惹(ひ)かれて眼鏡屋の前を通るたびに片眼鏡を探すのだが、残念ながら一度も見たためしはない。
(2012年7月26日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体952円+税)
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年8月 2日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第60回 「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第60回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 60

フランス語を習い始めたときの教科書には愉(たの)しい例文がいくつもあって、今でも覚えている一つに「フランス人は一年の半分は過ぎたバカンスのことを思い出し、あとの半年はこれからやってくるバカンスのことを考えて過ごす」がある。

バカンスは現在では五週間の有給が認められていて、会社は従業員にそれをとらせる義務がある。やはり休暇を夏にとる人々が多くて、南に向かう道路が大渋滞になる日は何日もある。

七月になったらどこのレストランでも「バカンスはどこに行くのですか」と訊かれるようになった。ずっとパリで仕事をするつもりだと言うと、みな異口同音に「パリにいるんですか? 暑いですよ」などと言う。それはいいのだが、はたと気がついた。つまり、それを訊いてくる馴染(なじ)みの店は軒並み、三週間から四週間休むということなのだと。もちろん自炊をし続ければいいことだけれど、仕事に疲れれば外食もしたくなる。しかしどこで訊いても七月末から三週間くらい休むというのだ。仕事の進行具合にもよるけれど、もし行けるとしたら私は、カブールを再訪したいと思う。バルベックという避暑地のモデルとなった海浜の町で、グランドホテルにはプルーストの名前を冠した食堂もある。たとえ数日でも、いつか行ったときのように、日がな一日海を見ていてもいい。だが、旅行の楽しみの大きな部分はそれを想像する過程にある。

バルベックへ行くことになった語り手はこんなふうに思う。第二篇。

「それゆえ私たちはあの一時二十二分の列車ですんなりパリを出発することになった。その列車は鉄道の時刻表でずいぶん長い間小躍りながら探したのだったが、時刻表を見るたびに私は感動を覚え、すでに出発したような幸福な幻想を与えられたので、列車はもはや旧知の存在に思われた」

私も実際に行けるかどうかは別にしてせいぜい旅行のパンフレットを眺めて楽しむつもりでいる。二十世紀になって一般化したバカンス。これはやはりフランスの生活の根柢(こんてい)を支えているようである。
(2012年7月19日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

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第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年7月26日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第59回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第59回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 59

先日、思い立ってさるレストランへ出かけた。とくに十九世紀半ばから百年ほどは人気も評価も高く、モーパッサンやユーゴー、デュマやゾラなども通った名店である。ここに通った架空の人物にスワンがいる。『失われた時を求めて』に出てくる有名レストランは現在ほとんど廃業しているのに、その店は今も昔の建物のまま営業しているのだ。スワンがどうしてここにときどき通ったかといえば、つれない恋人のオデットが住む通りの名前と同じだったからである。

オデットは子供の頃ニースで、母親の手で英国人の富豪に身売りされ、レビューのお踊り子など数々の遍歴ののち、高級娼婦(ココット)になる。高級娼婦とは裕福で社会的地位も高い男(たち)に囲われている女で、「裏社交界」の女とも言われた。『椿姫』の主人公もそう。

スワンは紹介された当初はオデットのことを凡庸な女だと思うのに、ボッティチェリの絵に出てくる女とそっくりだと思った瞬間、彼女が好きになる。その恋の顛末(てんまつ)をみごとに描き切ったのが第一篇第二部「スワンの恋」である。第三部になって二人の間に生まれた娘(語り手の初恋の相手ジルベルト)のこともあってスワンがオデットと結婚したことが明かされる。

ここでは、スワンが一気に恋の深みにはまるきっかけとなったある晩の描写を引いてみよう。サロンで逢えなかった女を探しまわるこの夜のスワンの切迫した恋情が、死んだ妻エウリュディケを探しに冥界へゆくギリシア神話のオルペウスの比喩を通じて切々と伝わってくる一節(抄訳)。

「灯りはすでにおちこちで消え始めていた。誰ともわからぬ人のかたちが眼に入るたびに、スワンは不安げな様子を隠さずに、すぐそばを通って確かめていった。そのとき、彼にとってあの女は、冥府のなかを、そこかしこにさまよう亡霊のあいだを縫ってでも探すべき女、エウリュディケなのだった」

ちなみに通りの名前はラ・ペルーズ。宗谷海峡の国際的な名称にもなった探検家の名前である。レストラン名もそれに由来すると聞いた。
(2012年7月12日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
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2012年7月19日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第58回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第58回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 58

私の住んでいるのはセーヌ左岸でも大衆的で親しみやすい町なので、どんな恰好(かっこう)をして歩いていても気にならない。もともとお洒落とほとんど縁のない私にはぴったりの町である。

ところで、必要に応じて右岸の高級な店の建ち並ぶ界隈(かいわい)に出たりすることがないわけではない。そういうとき、せめて服装には気をつけるようにしている。先日、知人夫妻と右岸のマドレーヌ寺院近辺のちょっぴり高級な店で食事をした。プルーストが二十七年間住んだアパルトマンもすぐ近くにある。そのとき、私の目についたのは何よりも靴だった。メトロやバスに乗っている人たちの靴は私も含めておおむねくたびれている。ところが、そういうレストランで食事をしている客の靴はみなぴかぴかに磨いてある。

『失われた時を求めて』にはじつに印象的な靴のエピソードがある。第三篇。余命わずかと診断されたスワンは、仲のよいゲルマント公爵夫人にそれを打ち明ける。だが、公爵夫人は別の晩餐会(ばんさんかい)にゆくところだった。スワンの告白に一瞬心動かされた夫人だったが、公爵から「八時の約束に遅刻はできない」と言われて馬車に乗ろうとする。そのとき、赤いドレス姿の夫人の靴が黒いことに気がついた公爵は、遅刻などかまわないから履き替えるように命じる。「時間はたっぷりあるから。八時半には着けるよ。赤いドレスに黒の靴では行けないからね」。スワンは黒い靴でも決して変ではないと言うが、公爵は耳を貸さない。それどころか、靴を履き替えて戻ってくれば夫人はまたスワンと話すだろうから、その前に帰ってくれと頼む。はては重篤のスワンに対して「医者の言うことなんか聞いてはだめです。我々より長生きをしますよ、あなたは」とまで言うのだ。

このエピソードは、外見や社交的つき合いを何より大事にし、親しい人間の間近に迫った死すらまともに扱わない社交界なるものの一面をみごとに突いている。このとき、靴はただの靴ではなくて、さりげなく階級を象徴するものとして機能していると言えるだろうか。
(2012年7月5日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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プルースト/高遠弘美 訳
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

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2012年7月12日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第57回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第57回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 57

一九〇六年の秋、前年に最愛の母を亡くしたプルーストは、家の賃貸契約が切れたことや相続問題のからみもあって、オスマン大通り百二番地の集合住宅(アパルトマン)に引っ越すことを決める。プランタンデパートにほど近く、今では一階に銀行が入っている建物である。三ヶ月の改修期間ののちプルーストが住み始めてまもなく、隣で改修工事が始まり、睡眠も静けさも必要な喘息(ぜんそく)患者プルーストとしてはノイローゼになるくらい悩まされる。何しろ工事は朝の七時に始まるのだ。当時の手紙の一節を抄訳してみよう。

「きっと便器や便座を私の部屋に接する形で設置しようとしているのです。職人たちに、私の部屋ではないほうで作業してくれとかもっと静かにできないかとどんなに言っても無駄です。チップをどれだけはずんでも聞いてくれません。隣人の目を覚まし、一緒に陽気な掛け声を唱えさせるのが彼らの儀式のようです、ハンマーで叩(たた)け、やっとこで抜け、とね。まるで信心に凝り固まったみたいで彼らは決してやめないのです」

苦しいときでも滲(にじ)み出るこのユーモアがいい。

さてその後、すでに『失われた時を求めて』に取りかかっていた一九一〇年になって、パリでは歴史的な豪雨が続き、オスマン大通り一帯までもが浸水する。水が引いたあとの処理や修繕工事がまたプルーストを悩ませる。他家の人々や召使いたちが立てる音も気になって仕方がない。さらに前の通りは車もうるさい。夏、パリを離れたプルーストが留守中に命じたのが寝室の壁全面をコルク張りにすることだった。それでやっと静かな環境を得たプルーストは一気に作品執筆に全神経を傾注することになる。

じつは私も近所の改修工事でこのところ悩まされている。三階下なのにまるで隣から聞こえてくるようである。あと二ヶ月続くと掲示に書いてあって、これがずっと部屋で仕事をしている身にはいささかつらい。ただそんなときにプルーストの実生活がほの見える書簡を繙(ひもと)くと、私の悩みも薄まるような気がしている。
(2012年6月28日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

line_lace05.gif cover110.jpg 失われた時を求めて 1 <全14巻>
第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体952円+税)
cover140.jpgNEW! 失われた時を求めて 2<全14巻>
第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年7月 5日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第56回 「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第56回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 56

フランスに長期滞在するためには日本で取得するビザ以外に、到着後すみやかに移民局に必要書類を送り、召喚されたら出向いて滞在許可証をもらう必要がある。召喚当日の手続きの中にはレントゲンと簡単な健康診断も含まれていて、医師の診察を受けなくてはならない。私の担当になったのは年配の女性医師で、いつの間にかワイン談義になった。医師が私に強く勧めたのがシャンパーニュ地方唯一の赤ワインだった。

さて、買い物の大半はスーパーで済ます私も、パンと肉とワインは専門店で買うことにしている。品揃えが違うし、品質もスーパーより信頼できる気がするからだ。先日、夕食のあとで散歩をしていたら、今まで気がつかなかったワイン屋を見つけた。そこでふと思い出して聞いてみると、医師の勧めた赤があった。迷わず買って翌日の夕食の友にしたのだが、これがめっぽう旨い。そのワイン屋が気に入って数日後、今度はイタリアワインを買いに行った。お目当てはピエモンテ地方のアスティのワイン。

「スワン家のほうへ」第一部「コンブレー」。語り手の家族が夏を過ごすコンブレーのレオニ叔母の家に招待された「ご近所」のスワンは訪ねてくる前に、語り手の祖母の妹にあたる老嬢二人のために「アスティ」のワインを一ケース届けさせる。スワンが来る前に祖父が二人に言う。「ちゃんとワインのお礼を言ってくださいよ。おいしいワインだし、箱だって大きかったしね」。たまたま話題にしたヴァントゥイユにかこつけて、老嬢たちが口にする感謝の言葉はこうだった。「親切なご近所がいるのはヴァントゥイユさんだけじゃないわ」。これでスワンに礼を言ったつもりでいるのが何とも可笑(おか)しい。

ところで私が買ったのは発泡性の「アスティ・スプマンテ」。甘口だが薫り高く、暮れなずむ初夏の夕刻に、できれば庭やベランダで冷やして飲むには理想的な一本である。その後語り手が抱くイタリアへの憧れを、さりげなくスワンから贈られるワインの銘柄に重ねるあたり、まことに心憎い伏線というほかない。
(2012年6月21日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体952円+税)
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年6月28日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第55回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第55回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 55

日本はそろそろ梅雨入りしたということだが、フランスでは、年間降水量も日本より少なく梅雨もない代わりに、思いがけないときに雨に降られることがある。日本で出ている旅行ガイドには傘と長袖はいつでも必需品と書いてあるくらいだ。

昼頃まで晴れていて傘を持たずに出かけると、突然降り出すこともしばしばある。もっとも傘を持って出たとしても、雨が降り出してすぐに傘を差すことにためらいがないわけではない。

第一、フランス人は少々の雨なら傘を差さないことが多いからである。繁華な通りで雨に降られ急いで傘を開くと、視界に入る人々の誰も傘を差していないということがよくある。

これを書いている部屋の窓から見える公園をジョギングしたり散歩したりする人々も、小雨くらいならまず傘を差すことはない。

前に書いたように、雨はフランス人にとって自然の息吹として感じられるところがあるのかもしれない。

病弱だったプルーストが雨について書くとき、その描写が明るい喜びに満ちているのも、そういう心象に繋がっているだろうか。

「一時間ばかり雨と風に襲われて、私は陽気に跳ね回っていたが、ちょうどモンジューヴァンの沼のほとりに立つ瓦葺(かわらぶ)きの小さな掘っ立て小屋の前に来たときは、太陽がまた顔を見せたばかりで、それが放出する金箔(きんぱく)は驟雨(しゅうう)に洗われて、ふたたび空や木々の上や小屋の外壁やまだ濡れている瓦や、雌鶏が歩いている屋根の上できらきらと輝いていた。(略)水面と壁の表面に、空の微笑に応えるかのごとく青白いほほ笑みが浮かぶのを見て、私は熱に浮かされたように、閉じた傘を振りまわしながら叫んでいた」(『失われた時を求めて』第一篇「スワン家のほうへ」)

この少し前にも、語り手が、歓喜のあまり閉じた傘を振りまわす場面がある。

パリの町で俄(にわ)か雨に見舞われるたびに、私はこの一節を思い浮かべて、まさか振りまわしはしないけれど、小雨くらいなら傘を差さずに濡れるのも悪くはないかという気になっている。
(2012年6月14日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

line_lace05.gif cover110.jpg 失われた時を求めて 1 <全14巻>
第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体952円+税)
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年6月21日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第54回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第54回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 54

フランスには日本のいわゆる居酒屋がない。ゾラに同名小説があるではないかと言われても、原題はすでに死語だし、そのような店が一般的かといえば違うというほかない。会社帰りに、あるいは学生のコンパで飲み交わす日本の「居酒屋」のような店は、ほとんど存在しないだろうと思う。

ただ、レストランやカフェで酒を飲むことはもちろんある。しかしそういうときに日仏の違いを感じるのは話す声の大小である。

フランスでは大声を出して喚(わめ)きながら飲むということはあり得ない。みな小声で話すから、たとえ喧嘩(けんか)めいたことになっても、周囲に聞こえて、店から「出ていってくれ」と言われたという光景にお目にかかったことは一度もない。

ところが先日、所用で出かけて帰る途中、疲れて家の近くのカフェで休んでいるときのことである。にわかに騒がしくなり、何があったかと思ったら、どうやら口論をしているふうである。私がとくに耳がいいわけではないからか、言っていることの半分も聞こえてこない。要するに何を言っているかわからないのだ。ああプルースト、と私は思った。

第二篇「花咲く乙女たちのかげに」で、語り手は大女優ラ・ベルマの舞台を見にゆく。何しろ観劇は初めてなので、あらかじめ想像することが多すぎて、語り手は十分に舞台を愉(たの)しむことができない。それどころか、前座芝居が芝居とは思わず、ただ舞台に出てきた男たちが喧嘩をしていると誤解する始末だ。そのときの比喩が面白い。

「小さなカフェで喧嘩をしている二人の男たちが何を言い合っているのかはボーイに聞かないとわからないものだが、千人を超える観客が入っているこの劇場で、一言一句聞き取れるくらい大きな声で怒鳴っているところからして、相当怒っているらしい」

カフェの喧嘩の内容はプルーストですらわからなかった。私がわからないのも無理はない。それほどに、フランスでは大声を発することが少ない。

日本の居酒屋がもっと静かならどれだけ心地よいだろうか。
(2012年6月7日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

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2012年6月14日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第53回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第53回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 53

文楽の竹本住大夫師匠の三味線をつとめる野澤錦糸師匠は巡業先で商店街を歩くのが好きだと仰言(おっしゃ)る。小説家の檀一雄も新しい土地に来るとどんな店があるか歩いて回ったという。私もそこまでは行かないけれど、陳列された商品を見るのが好きである。人々の生活が垣間見えるからかもしれない。

近くに大きなスーパーが何軒もあるので、買い物がてら棚に並んだ商品を眺めるのだが、時々びっくりするような品物に出会う。先日も「パン・デピス」(スパイス入りパン)という名前の香料入り石鹸(せっけん)を見つけて思わず買ってしまった。

フランスでは南仏産のマルセイユ石鹸の人気が高い。硬水でよく泡立ち、しかも肌に優しいマルセイユ石鹸のいわば同種の製品も多く出ていて、そのなかに、「パン・デピス」と名づけられたものがあったのだ。

パン・デピスはライ麦、小麦、蜂蜜、砂糖、香辛料(生姜(しょうが)や肉柱やアニス)で作った菓子パンの一種である。大雑把(おおざっぱ)に言えばジンジャー・ブレッド(生姜入りパン)に近い。私の贔屓(ひいき)の店では六百円見当はするかなり高級なパンである。

どうしてパン・デピスの石鹸でそれほど驚いたかというと、『失われた時を求めて』の語り手が憧れる登場人物の一人、スワンがこのパン・デピスをこよなく愛していると書かれているせいである。引用しよう。

 

「スワン氏がパン・デピスを買わせるのはその店で、ユダヤ人特有の湿疹とユダヤの預言者たちから連綿と続く便秘に悩まされていた氏は健康のために、そのパンを大量に食べていた」

ユダヤ云々(うんぬん)は聖書の記述に由来するので実際の民間療法とは違うにしても、生姜や芹(せり)の一種であるアニスなどは、古来健胃剤や鎮咳剤(ちんがいざい)として用いられてきた。それらを混ぜ込んだパン・デピスはいかにも体に良さそうである。

しかし、それがよもや香料入り石鹸の商品名になっているとは思わなかった。実際に使ってみると、たしかにパン・デピスの香りがして、そこはかとなく健康にいいような気がしてくる。私が暗示にかかりやすい質ゆえであろうか。
(2012年5月31日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年6月 7日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第52回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第52回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 52

この原稿を書いている部屋はおおむね北を向いているので真冬になったらさぞかし寒いだろうが、光線が安定していて、室内にいて仕事をしたり疲れた目を休めるために外を見たりする分にはすこぶる都合がいい。そういえば、今まで住んだことのある部屋は日仏を通じて概して南向きの部屋が多かったので、北側の部屋というのはたぶん初めてである。

光線の加減で、画家のアトリエは北向きが多いと聞いたことはあるが、画家ならざる私としても、まことに嬉しいことがあった。

ここはネオンのまったくない住宅地で、すぐ目の前には公園の樹木の梢しかなく、視界の半分近くが空なので、よく晴れた深夜には星が見える。夜中まで起きていてふと空を見ると、何と大熊座が見えたのだ。まさかパリのこんな街中で北斗七星が見られるとは思っていなかったので、時を忘れて眺めるうちにふと『失われた時を求めて』の一節が浮かんだ。第一篇第三章。

海辺のリゾート地、バルベックを太古の自然がそのまま残った悠久の土地であるかのように想像していた語り手はスワンから、そこがロマネスク様式を採り入れた教会が建つ歴史的な町であると聞いて感動する。

「それまでは、地質学上の大変動の時期のなごりを今にとどめる太古の自然だけでできていると思われたそれらの場所(大洋や大熊座と同じく人間の歴史の埒外(らちがい)にあり、共にある者としては、鯨同様、中世という時代を知らない未開の漁師たちしかいない場所)が、突如として、ロマネスクの時代を経験した存在として歴史の流れに入り込むさまを目の当たりにしたり(略)するのは、私には大きな魅力に感じられた」

プルースト没後九十年目の年にパリに住む私の目の前に、プルーストも、もちろんそれ以前の無数の人々も見た星がきらめく。

彼方のマンションの明かりも消え、オレンジ色の街灯だけが道路を照らす深夜、長い歴史を持つこの街の上に輝く、有史以前から存在する星座を見て、私は宇宙を支配する「時間」の不思議さに打たれている。
(2012年5月24日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
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2012年5月31日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第51回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第51回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 51

今回、資料以外にパリまで持ってきた本に吉田健一の著作がある。今年で生誕百年となる吉田は若い頃パリで過ごしたことがある。その吉田の本は私のパリ暮らしに欠かせないと思ったからだ。もし吉田健一がいなければ、文学に対する私の考えは随分異なっていただろう。

最初の出会いは『ヨオロッパの世紀末』(一九七〇)だった。敬愛する小説家の石川淳が新聞の文芸時評で高く評価していたのが手に取るきっかけだったかもしれない。この一冊で吉田健一の文章の魅力にとらわれ、以後、手に入る限りの著作はすべて読んだ。

吉田健一から教わったことは無数にあるけれど、いくつか断想風に書けば......
 一、文学を読むのは苦行ではなく喜びであること。
 一、個々の作品に向かうことなく、一般論に敷衍(ふえん)するのは危険であること。
 一、言葉の発する魅力に敏感たるべきこと。
 一、文体が感じられないものは文学ではないこと。
 一、小説だけが文学ではないこと。
 一、詩の世界を味読すべきこと。
 一、本には本の手触りと姿があること。

若いときにこういうことを吉田の著作を通じて徹底的に叩(たた)き込まれた者としては、プルーストを読むときに感じてきた「読書の喜び」を翻訳でできる限り生かさなくてはならないと肝に銘じているが、仕事とは別にいまなお再読する吉田の本がたとえば『書架記』(一九七三)である。

これは文庫版ではなくて、造本も活字も紙の色も美しいオリジナルの版が好ましい。同書で吉田は書く。漢字は新字にして引こう。

「友達の一人から『失はれた時を求めて』を毎年一度は読み返してゐるうちに仮綴ぢの本がばらばらになつて来たので本式に装釘(そうてい)し直しにやつて今でも読んでゐるといふ話を聞いた。(略)本は繰り返して読めるやうに書くものであり、兎(と)に角プルウストはそれが出来る」

再読できなければ本の意味がない。こういう文学のイロハを私は吉田健一の文章から学んだのだ。
(2012年5月17日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体952円+税)
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

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2012年5月24日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第50回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第50回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 50

『失われた時を求めて』全七篇それぞれの書き出しはみな印象的だが、第三篇「ゲルマントのほう」冒頭も最初に原文で読んだときから覚えてしまったほどである。

語り手一家はパリのゲルマント家の館に繋がっているアパルトマンに引っ越してくる。語り手も女中のフランソワーズもこの新しい住まいにすぐに慣れることができない。フランソワーズは他家の女中たちとまだ親しくなっていないから、彼女たちの話し声や足音に一々ショックを受ける。そんなフランソワーズを描写する冒頭部分はこうだ。

「朝の鳥のさえずりもフランソワーズには何ともつまらぬものに思われた。『女中』たちの発する一言一言に飛び上がらんばかりに驚いてしまうのである」

これは裏を返せば、すでにこの家になじんでいれば朝の鳥のさえずりに心ときめくところなのに、ということを意味する。だから読者はこの冒頭を読んだだけでパリの朝、目覚めの耳に聞こえてくる鳥のさえずりが本来ならばいかに心地よいものかを無意識のうちにすり込まれることになる。

今回のパリ住まいで私はほとんどはじめてその楽しさを知った。住む場所のせいなのか、今まで日本で都会暮らしをしていて聞こえるのはかしましい烏(からす)の鳴き声ばかりだったのだが、公園が目の前にあるこのアパートでは朝、空が明るみ始めるころから黒歌鳥(くろうたどり/メルル・ノワール)のさえずりが聞こえてくる。烏はめったに来ない。

仏和辞典でメルルを引くと多くは「つぐみ」と書いてある。このあたりが東西の違いで悩ましいのだが、「ノワール」(黒い)がついたからといって「黒つぐみ」になるわけではなくて、日本で言う「黒つぐみ」はヨーロッパにはいない同じ仲間の別種の鳥なのだ。

黒歌鳥はヨーロッパ各地で紋章になっているくらい親しまれている鳥だが、英語では「ブラックバード」と呼ぶ。メシアンというフランスの作曲家に「メルル・ノワール」という小品があるが、これがビートルズの曲「ブラックバード」のヒントになったという説もある。
(2012年5月10日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

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第一篇 「スワン家のほうへ II」

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2012年5月17日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第49回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第49回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 49

パリ暮らしを始めて、一度だけ日本料理店で鮨を食べたことがある。すぐにフランス人で満員になる人気店だったが、店員がみなアジア系で日本語が通じない。参ったのは鮨の盛り合わせにライスが別に添えられていたことだ。パリでは日本食が流行(はや)っているけれど、たいていはこの調子だから、看板に日本語が書かれているからといって決して油断はできない。

やはりフランスではパンを基本にした食事に限る。復活祭のようにほとんどの店が休みのときでもいくつかのパン屋は開いているし、住み始めると贔屓(ひいき)の店もできる。やはり地元の人々が並んでも買う店のパンは美味しい。店頭に並ぶパンは種類も多く目移りがして、どれを買おうかいつも並びながら迷うのだが、結局は「ブリオッシュ」を頼むことが多い。

牛乳とバターと卵を豊富に使った口当たりの柔らかな一種の菓子パンで、形はさまざまあるものの、概して日本のパン屋で売られているものよりも大きくて、私がよく買う店のものは食パン二斤より大きいくらいで上部が山塊のようにでこぼこして尖(とが)っている。朝昼食べてもニ、三日はもつ。ナイフを入れると甘い香りが立ちのぼって、気持ちも何となく浮き浮きしてくる。

バゲットもクロワッサンも好きなのにどうしてブリオッシュを選ぶかと言えば、やはりプルーストの比喩が忘れられないからである。『失われた時を求めて』第一篇「コンブレー」。テオドールはカミュの店で働く青年。

「ミサのあと、テオドールに、いつもより大きいブリオッシュを届けてくれるように言おうと思って、カミュの店に入ろうとする私たちの目の前に見えるのが鐘塔だった。鐘塔は祝別されたとびきり大きなブリオッシュのように、みずから黄金色にこんがり焼け、太陽の光を鱗(うろこ)のように反射させるかと思うと、ゴムの樹液のように滴らせながら、青い空に鋭い尖端(せんたん)を突き刺していた」

太陽の光とこんがり焼けた黄金色に輝く教会の鐘塔のイメージ。ブリオッシュを口に入れるたびに私はこの箇所(かしょ)を思い出している。
(2012年4月26日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

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2012年5月 3日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第48回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第48回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 48

今月はじめにパリに来た。勤務先の在外研究だが、幸いパリ第三(新ソルボンヌ)大学から招聘(しょうへい)状を頂いたのでしばらくはパリで執筆や研究にいそしむつもりである。

パリは二十区からなる。パリの中心、ルーヴル美術館のある一区から、蝸牛(かたつむり)の殻のように右巻きに数えていって、プルーストの墓のある北東部のペール・ラシェーズ墓地あたりで二十区になる。大きな弧を描いて南東から南西に流れてゆくセーヌ川の北を右岸、南を左岸と呼ぶ。『失われた時を求めて』の舞台はおもに右岸で、左岸で登場するのは、いくつかのセーヌ河岸地区、古くからの貴族街であるフォーブール・サンジェルマンや、昔はラテン語を話す学生や知識人が集った街の意味でカルチエ・ラタン(ラテン区)と呼ばれた一帯にある大学や劇場、パリ植物園などしかない。あとはほとんどが右岸。しかも、右岸でも東側の地域はめったに描かれない。

今回、仮住まいを決めるにあたって、できれば作品の舞台となった地区か作者自身が住んでいたあたりをと思っていたのだが、家賃が高いか建物が古いかで、なかなかいい部屋が見つからなかった。そこで、発想を切り替えて、住みやすいところ、便利なところということで探したのがいま住んでいる左岸の十三区の部屋だった。

モンパルナスまで徒歩で三十分、パリ第三大学サンシエ校舎までなら十五分で行ける。ついでに言えば、中華街も徒歩圏内である。

ただ、住むには便利でもプルーストとはあまりに縁がない場所だと思っていたら、私なりにひとつだけ見つけた。サンシエ校舎はサントゥイユ街にある。こじつけるようだが、そこへゆくたびに「サントゥイユ」の文字が目に入るのは、プルースト訳者としてはそこはかとなく嬉しい。未完の習作『ジャン・サントゥイユ』を連想するからである。

『失われた時を求めて』と逐一比べなければ、この作品にはそれなりの魅力がある。翻訳に疲れると、私はこの習作を繙(ひもと)いては、若きプルーストに思いは馳(は)せている。
(2012年4月19日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年4月26日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第47回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第47回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 47

昨年、縁あって、日本で初めて個人全訳を成し遂げた井上究一郎訳『失われた時を求めて』の原稿の一部を入手し、そのことをこの連載で書いたことがある。それをお読み下さった井上氏のご息女(金沢公子成城大学名誉教授)から感動的なお便りを頂いた。

数年前にご親族が家を建て替えたときにいつの間にか散逸した一万五千枚に及ぶご尊父の訳稿がこのところ一気に集まり、私ともうお二人の手許(てもと)にある分は別にして、あとは「花咲く乙女たちの蔭に」を除いて残りすべてを金沢先生が無事に買い戻されたという。

「まるで八犬伝の玉の運命のよう」だとご友人から言われたとお便りには書かれていた。私には浄書原稿としか思われぬほど美しい書体で書かれた訳稿は「鉛筆で直接書いていった最初の草稿」ということで、それからしても、井上訳個人全訳がどれほど丁寧になされていたかがわかる。

一九七二年十二月に刊行されたアンドレ・モーロワ著『プルーストを求めて』(井上・平井訳)を、まだ大学三年生だった私は発売直後に買っているが、その奥付の訳者紹介には『失われた時を求めて』翻訳のことは書かれていない。井上訳個人全訳の筑摩世界文学大系版第一巻が出たのが翌年の七月だから、モーロワの訳書が出た頃はまさに全訳を目指して日々『失われた時を求めて』に向かっていらしたのだと思う。

井上訳草稿を入手したお一人は「プルースト事典編纂(へんさん)室」という有志のグループのメンバーである。金沢先生のご紹介で、その方から同編纂室による『マルセル・プルースト/井上究一郎訳「失われた時を求めて」登場人物事典』(二〇〇四)を頂戴した。

井上訳に添いながら、おもな登場人物について詳しく記した四百ページを越える労作で、こういう本を自費刊行で出すという熱情にまずもって打たれる。

プルーストにはそれだけの力がある。プルーストの魅力にとらわれた経験を持つ方なら、登場人物事典まで出してしまうという、とてつもない無償の情熱に深い共感を覚えることだろう。
(2012年4月12日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

line_lace05.gif cover110.jpg 失われた時を求めて 1 <全14巻>
第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体952円+税)
cover140.jpgNEW! 失われた時を求めて 2<全14巻>
第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年4月19日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第46回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第46回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 46

フランス中部の大都市リヨンから地中海に向かって南下してゆくと、百キロほど行ったところに、人口七万弱の中都市ヴァランスがある。「南仏への扉」とも言われるくらい温暖で風光明媚(ふうこうめいび)な古い町である。

そこには十六世紀から二十世紀の美術品を集めた瀟洒(しょうしゃ)な美術館があるのだが、二〇一〇年から修復のためにしばらく休館になっている。リニューアルは二〇一三年だという。

その美術館を代表するのが、地元の素封家が寄附をした十八世紀のフランスの風景画家ユベール・ロベールの作品群である。プルーストも『失われた時を求めて』で何度か言及している。

パリで生まれたユベール・ロベール(一七三三~一八〇八)はイタリア留学中に古代の彫像や建築や廃墟が醸し出す美しさに目を開かれ、想像上の古代の情景や廃墟の姿を眼前の自然と組み合わせて、夢幻的と言える風景画を生み出した。一方、人工の洞窟や滝を配した庭園設計にも才能を発揮して、「国王の庭園デザイナー」と呼ばれた。

第一篇「スワン家のほうへ」から引いてみよう。月光に照らされた建築物があたかも廃墟さながらに変容する幻想的光景である。

 

「それぞれの庭では、月光が、ユベール・ロベールの絵のごとく、崩れかけた白い大理石の階段や噴水、半開きの鉄柵を撒(ま)き散らしているかのようだ。月光は電信局をも破壊してしまった。もはや、半ば折られた柱一本しか残っていない。だが、そこには不滅の廃墟の美しさがあった」

ユベール・ロベールの多くの絵には、この「不滅の廃墟の美しさ」がある。

休館中のヴァランス美術館のユベール・ロベールコレクションを中心に企画された展覧会が五月半ば過ぎまで東京・上野の国立西洋美術館で開かれている(その後、福岡と静岡に巡回)。

日本で初めてのユベール・ロベールの本格的展覧会である。ニーチェが愛したクロード・ロランや、やはりプルーストが好んだピラネージも見られる。この機会にユベール・ロベールを見るために遠出をするのも愉(たの)しいのではなかろうか。
(2012年4月5日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年4月12日 光文社古典新訳文庫編集部 |

高遠弘美さん--産経新聞夕刊(大阪版)連載 第45回「プルーストと暮らす日々」

産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第45回をお届けします。

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プルーストと暮らす日々 45

卒業シーズンである。この時期になると、私は自らの卒業論文のことを思い出す。学部の卒業論文で私が採り上げたのはプルーストではなくて、アルベール・カミュだった。

大学に入って初めてフランス語を学んだ私が最初に原書で読み通したのはカミュの短篇集『追放と王国』、それに『異邦人』だった。思索に満ちながらも、新鮮な生の息吹を感じさせるその文章は若き私の心を鷲摑(わしづか)みにしたのだ。小説に続いてエッセイ集『裏と表』と『結婚』を原文で読むに至って卒業論文はカミュを書こうと決意した。

その後、三年生で仏文科に進んで私はプルーストの魅力に開眼した。こういうときはさまざまな啓示があるもので、カミュを読んでもプルーストにどこかで繋(つな)がってくる。プルースト訳者の井上究一郎訳で、カミュの師だったジャン・グルニエの書いた『アルベール・カミュ回想』を読んだのも、カミュの長篇評論『反抗的人間』でこんな言葉に遭遇したのも今になって思えば運命というほかない。

カミュは不条理というしかない生の条件を押しつけられた人間がどのようにして人間的尊厳を見いだすかを力強く説いている。ごく一部を抄訳してみる。

「プルーストの世界は神無き世界だと言えるだろう。それは神について語られていないからではなく、完全に閉じられた世界を目指しつつ、永遠なるものに人間の相貌を与えようという強い願いがあるからだ。プルーストの芸術は死すべき人間の条件に反抗するもっとも並外れた、そしてもっとも意味深い目論見の一つに思われる」

それならばどうしてプルーストを卒業論文で採り上げなかったかと言えば、原文で読む自信も学力も備わっていなかったからだが、同時に、ここでカミュについて書いておかなければずっと後悔するのではないかという思いもあった。

いま卒業論文を読み返すと、随所にプルーストが引かれていて、何だか不思議な気がする。三つ子の魂百まで。この先も私がプルーストから離れることはないのだろう。
(2012年3月29日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)

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第一篇 「スワン家のほうへ I」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体952円+税)
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第一篇 「スワン家のほうへ II」

プルースト/高遠弘美 訳
定価(本体1,105円+税)

2012年4月 5日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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