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「新・古典座」通い -- vol.18 2013年2月

「光文社古典新訳文庫」を、良質な古典作品がかかる劇場に見立て、毎月新刊を紹介。その時々の街の話題と一緒に。[文 : 渡邉裕之・文筆家]
〈2月新刊〉
『緋文字』(ホーソーン 小川高義/訳)

『緋文字』と「すでにトラブルが起きた」から始まる物語
緋文字

2月の新刊の二冊目は、ホーソーンの『緋文字』(小川高義/訳)。

「ああ、これは実にアメリカ的な物語だ」と思った小説だった。

1850年、アメリカの作家ホーソーンが発表した、17世紀ニューイングランドのピューリタン社会を舞台にした姦通を扱った小説です。

物語はセイラムの町の税関で、「語り手」が金色の刺繍をした痕跡のある赤い布地を発見するところから始まる。とはいっても、「古典」の中でしばしば遭遇することがある、これはなかなか物語が始動しないタイプ。「今の小説」のように、早々と主人公が登場し、すぐさま事件の渦中に、ということにはなっていない。

(このような「古典」によくあるスローペースな展開の理由を、村上春樹は『アンナ・カレーニナ』を例にして「たぶんこの当時の人たちはたっぷり暇な時間があったのだろう。すくなくとも小説を読むような階層の人々にとっては」と『眠り』という小説の主人公にいわせている<『TVピープル』文春文庫所収>)

とにかく読者は、しばらく色々と読むことになり、やっと例の布地が発見されるところに立ち会い、よく見ると、その刺繍は「A」という文字、これが緋文字であった、ということになります。

訳者の小川高義さんによれば、この「A」の意味は英語圏の人は「不倫=Adultery」の「A」であると理解するようだ。

話は、そこから200年巻き戻り、「姦通の罪」を犯した後に出産した女性、ヘスター・プリンが幼子を抱いて広場に設置された刑台に立つところとなる。その胸には緋文字が。

彼女はこれから一生、罪人としてこの文字を外すことができない。それを地域中に知らせる「さらし者の刑」が描かれていく。

実はへスターは子どもの父親の名を明かしていない。彼女はその後、どのような人生を送るのか。なぜ、その男は名乗りあげることができないのか。罪の意識に苦しむ男。そして、男の罪を嗅ぎ当てたヘスターの元夫が行ったこととは......。こうした三人の男女と、ヘスターが生んだ少女パールが織りなす物語である。

私は『緋文字』の内容がどんなものなのかは、あらかじめ知っていると思っていた。だが、これも「古典」と呼ばれるものの読書体験でよくあることなのだが、知っていたと思っているものとは、まったく違ったストーリー展開に面食らったのだった。

私は、男女が姦通するまでの物語が展開するとてっきり思っていたのだが、あにはからんや、姦通はすでに済んでいて「不倫の罪」を背負っている者たちの物語展開なのだった。

私はそれがわかって「ああ、これは実にアメリカ的な物語なんだ」と思ったのである。

ハリウッド映画のストーリーでよくあるのは、主人公がそれこそ冒頭から5分後くらいに失敗したり挫折して、それから立ち直るまでの展開をドラマティックに描くストーリーである。

このパターンについて内田樹さんは、岡田斗司夫さんとの対談本『評価と贈与の経済学』(徳間書房) でこういっている。

「たぶんアメリカ人には危機的な状況を『予防』するっていう発想が乏しいんだと思う。国民文化として。『すでにトラブルが起きた』というところから話がはじまる。では、こういうときにどういうふうにふるまうのが適切でしょうか、というケーススタディは実に熱心に行うし、そういういうときの反射速度はめちゃめちゃ速い。でも、そもそも『どうすればトラブルが起こらないようにできるか』ということには知恵を使わない」

私が、不倫するまでのことが綴られる小説だと思っていたのは、不倫は「予防」するからこそ痺れるようなドラマティックなものになると思っている日本人だからで、確かに彼の国の人は、そういう「発想が乏しい」のではないか。

いきなり罪が眼前に現れて、そこからの物語展開。

しかし『緋文字』は、そこからの展開がやはり面白いのです。罰せられた女といっても、ヘスターは良いか悪いかは別にしてその罰をただ受けとめ生きているのではありません。元夫に対する闘いにも似た対応があるし、恋した男との再接近があります。そして罪を隠した男は、ドラマティックに破滅していきます。つまり「すでにトラブルが起きた」後の世界が、 実に情熱的なストーリーとして展開されるのです。

今でも「すでにトラブルが起きた」から始まる情熱ストーリーが、こんなに量産されるのは、それはやはりアメリカが、人が罪を背負って歴史が始まるキリスト教の、それもかなり原理主義の国だからでしょう。

ホーソーンの『緋文字』は、実にアメリカの「古典」でした。これを読むと、この国の物語の原点を押さえた、という気持ちになります。

『マダム・エドワルダ―君と俺との唯物論―』観劇記

東京・阿佐ヶ谷のザムザ阿佐ヶ谷という劇場で行われた演劇『マダム・エドワルダ―君と俺との唯物論―』(江戸糸あやつり人形座)を見てきた(3月21日)。

フランスの特異な思想家であり作家、ジョルジュ・バタイユの小説『マダム・エドワルダ』(中条省平/訳)を原作にした糸あやつり人形と手あやつり人形、それに生身の俳優や音楽家、そして映像に登場する人物がからむ演劇だった。

酔漢がマダム・エドワルダという娼婦を買った一夜を、巨大な高揚感と涯のない絶望のパノラマとして見せていく物語だ。

飲み過ぎの酒で猥褻な気分になり、路地裏で自慰をしようしたら、不意の物音に怖じ気づき、それをきっかけに娼家に入ってしまい一人の女と出会う。そんなことなど、惨めなものだし、ささやかなことに過ぎないのに、それが強大な全世界的な出来事に変換していった夜を、バタイユはテクストの中に表した。

特徴は、神さえ登場する聖なる全体的な出来事が、同時に、手にすれば砕かれていく記憶、射精によって寸断される男性の快楽といった断片的なもので構成されていることを表現していることだ。

今回、演出家の大岡淳と江戸糸あやつり人形座を中心にしたメンバーは、言葉のみで作られた「聖なる、そして実に惨めな夜」を演劇で再現しようとした。かなり無謀な試みだったはずだが、成功できたのは、「聖なる、そして実に惨めな夜」が、砕かれた記憶、寸断された快楽といった断片で構成されている事実から眼をそらさなかったことにある。

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この演劇では、一回の性交が、違った大きさの人形、異なる操作で動く人形、生身の俳優といった複数の行為者の断続的な身振りによって構成されていた。これは、バタイユの断片性と全体性、惨めさと聖なるものの同時表現を的確に掴んだ表現方法だった。

もし、一人の演者が相手に向かって行う性交の場面を演じていたら、そこにバタイユの言葉が被さろうとも、舞台には快楽の頂点に向かって昇りつめていく性交の物語がひとつ現出していただけだろう。

複数の人形、俳優という異なる存在は、そんな性交のプロセスを切り刻み、それらを新たなエロティシズムの可能性の断片として、私たちに見せてくれた。実際、舞台でマダム・エドワルダの人形が見せた女性性器は、ものすごく新鮮なイヤラシサをもっていた。

その他、この演劇では、小さな罪と罰のエピソードが集合して永遠の神の国を象ってしまうキリスト教信仰や、栄養素が集められ健康な身体をつくりあげていく物語を核とする俗流科学信仰が、揺さぶられ揶揄されていくのだけど、そこでも常に輝いていたのは、人形の女性性器、瞳、髪、生演奏のコントラバスの弦など、独自の存在感を表していた断片だった。

そして再度いっておかなければならないのは、こうした断片が、常に新しい組み合わせの可能性をもって、舞台の始めから終わりまで散在していたことだ。

古典新訳文庫では、『マダム・エドワルダ」は『目玉の話』というこれもまた非常に独特な性的快楽小説と一緒に収まっている。『目玉の話』のポイントは、「目玉」、「玉子」、「金玉」という、実にあからさまな3つのオブジェが結合し、強力な快楽マシーンとなってテクストを駆動させていくいくところだ。

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こちらの物語では、そんなに強力な駆動装置は登場してこないけれども、今回の舞台では人形の存在によって、身体の断片が常に新たな組み合わせの可能性があることが表現されていた。

たとえば、あの人形の女性性器は、男性性器の挿入のためにエロティックに輝いていたのではなかった。今まで書かれた全てのポルノグラフィーが考えついたあらゆる挿入物を踏まえ、それ以外のモノがあることを私たちに想起させたからこそ、新鮮なイヤラシサなのだったと思う。

しかし、あらゆるモノ全体の「それ以外」って何だろう? 単なるスケベな男にそんなことを考えさせるバタイユの世界は、やはり素敵だ。

緋文字

緋文字

  • ホーソーン/小川高義 訳
  • 定価(本体1,200円+税)
  • ISBN:75267-5
  • 発売日:2013.2.13
マダム・エドワルダ/目玉の話

マダム・エドワルダ/目玉の話

  • バタイユ/中条省平 訳
  • 定価(本体419円+税)
  • ISBN:75104-3
  • 発売日:2006.9.7
 

2013年4月19日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『緋文字』(ホーソーン/小川高義 訳)

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緋文字

緋文字

  • ホーソーン/小川高義 訳
  • 定価(本体1,200円+税)
  • ISBN:75267-5
  • 発売日:2013.2.13
  • 電子書籍あり

これを読まずしてアメリカ文学は語れない!女の胸に縫い付けられた罪の印は緋色の「A」

作品

不倫の罪を背負いながらも毅然と生きる女、罪悪感に苛まれて衰弱していく牧師、復讐心に燃えて二人に執着する医師――宗教色に隠れがちだった登場人物たちの心理に、深みと真実味を吹き込んだ新訳登場!


内容

17世紀ニューイングランド、幼子をかき抱いて刑台に立った女の胸には刺繍された「A」の文字。子供の父親の名を明かさないヘスター・プリンを、若き教区牧師と謎の医師が見守っていた。各々の罪を抱えた三つの魂が交わるとき緋文字の秘密が明らかに! アメリカ文学屈指の名作登場。


担当編集者から/『緋文字』の謎
ホーソーン
[1804-1864] マサチューセッツ州セイラム生まれ。清教徒の古い家系に生まれ、先祖はクエーカー教徒への迫害や、「魔女裁判」の判事だったことで知られる。作家を志して1837年、短編集『トワイストールド・テールズ』を出版。翌々年ボストン税関に就職するが、政変の影響によって失職する。その後、理想主義的な実験村ブルック・ファームに参加するも幻滅して脱退。セイラム税関に就職し、再び政変で解任された翌1850年、本書を発表して文名をあげた。第14代大統領ピアスと親交があり、1853年リヴァプール領事として渡英ののち、フランス、イタリアへ旅して、アメリカへ帰った。ニューイングランドの精神を最もよく伝える作家である。子供向けの『子供のための伝記物語』『ワンダーブック』も名高い。
[訳者]小川高義
1956年生まれ。東京工業大学教授。訳書に『停電の夜に』(ラヒリ)、『さゆり』(ゴールデン)、『骨』(フェイ・ミエン・イン)、『黒猫/モルグ街の殺人』(ポー)、『若者はみな悲しい』『グレート・ギャッツビー』(以上フィッツジェラルド)、『アウルクリーク橋の出来事/豹の眼』(ビアス)、『オリーヴ・キタリッジの生活』(ストラウト)ほか多数。
《関連刊行本》
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2013年2月13日 光文社古典新訳文庫編集部 |

2月刊『緋文字』の謎

book163_obi_b.jpgこんにちは。古典新訳文庫の傭兵編集者Oです。 古典新訳文庫のウェブサイトがリニューアルになったので、今後ぼちぼちと編集部内でのいろんなことや、作品にまつわる裏話などを書いていこうと思っています。どうぞよろしくお願いします。

さて今日は2月の新刊であるホーソーン『緋文字』の紹介です。

個人的には、英文科の学生だった15年くらい前に授業で苦労して精読した覚えのある作品なので、ちょっと思い入れがあります(まさかその本をつくる手伝いをするとは!) これ、英語がなかなか難しい作品なので(おまけに先生も外国の人だったので)、当時はこっそり日本語訳を文庫を読んで予習・復習していたのですが、それでも結構難解な印象がありました。

まず、『緋文字』の超基本的なところからアレしますと、この古典新訳文庫版では「緋文字」は「ひもんじ」と読みます。「緋」は赤い色ですね。じゃあ赤い文字ってのは何かというと、この作品ではアルファベットの大文字の「A」のことであり、本書の主人公である女性ヘスター・プリンの衣服の胸のところに、この赤い「A」がつけられているのです。それだけでも、なんだろう?って気がしますね。

物語の舞台は17世紀のニューイングランド植民地。ここはイギリス本国よりも道徳にうるさいピューリタン社会、ヘスターさんは「姦通」の罪で告発され(いわゆる「不倫」です)、その罰として今後胸に罪のしるしとして「A」の文字を付けて生きなくてはいけなくなったわけです。ちょっと変わった「罪ほろぼし」ではありますが、まあ丸坊主にして反省する習慣のある国もありますので、いろいろあるんでしょう。とにかく、物語はそこから始まります。

ヘスターの不倫相手はディムズデールという社会的影響力のある(しかし病弱な)牧師なのですが、ヘスターは不倫相手の名前を頑として明らかにしようとしません! そう、これがバレると、牧師にとっては身を滅ぼすスキャンダルになってしまうのです。しかしヘスターは携帯で撮ったニャンニャン写真を週刊誌に持ち込んだりはせず、ヘスターはディムズデールとの間の子パールを連れて、二人きりで生きていこうと決意しています(実は不倫といっても故意なわけではなくて、不幸ないきさつがあるんですけどね)。

いっぽう妻を寝取られた夫ディムズデールは黙っていません。医者に扮して牧師に近づき復讐の機会をうかがっています(で、なぜか同居までしてます!)。この粘着ぶりといったら、むしろヘスターよりディムズデールのことが好きなんじゃないかと思うほど。「愛憎」という言葉を引き合いに出しつつ「愛が憎しみに変わる」という物言いがされることがよくありますが、逆に憎しみが愛のようになってしまうこともあるのかもしれません。

あんまり詳しく書くと興を削いでしまいますが、このあたりの登場人物たちの心の動きの描き方がなんとも見事であり、この作品が普遍性を獲得しているゆえんのように思います。で、結局読み終えると、罪の印のはずの「A」の文字が燦然と輝いて見えるから不思議。

この「A」は結局なんなのかという議論は昔から結構あるのですが、まあ、その話は別な機会にでも。

また、訳者の小川高義さんによれば、これで日本では16人目の『緋文字』の翻訳者となるはずだとのこと。編集部としては今回の訳は、ホーソーンの原文の格調高さと、現代的な読みやすさを兼ね備えた素晴らしい訳だと思いますし、自信をもってお勧めするわけですが、日本でこれだけ長い間いろんな人に訳されてきた作品もまれであり、それはひとえに本作に日本人が魅了されてきたという証拠なのだと思います。ぜひ、この16番目の『緋文字』を古典新訳文庫で読んでみてください!

2月13日発売です!!!

(2月の新刊は『緋文字』(ホーソーン/小川高義・訳)と『死の家の記録』(ドストエフスキー/望月哲男・訳)です。)

2013年2月 4日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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