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〈あとがきのあとがき〉 天才コピーライター、ユゴーはかくして死刑廃止を訴えた──『死刑囚最後の日』訳者・小倉孝誠さんに聞く

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罪を犯して裁判にかけられ、死刑を言い渡される主人公。
孤独の中で死を待つ独房での日々、そして熱狂した民衆に囲まれて断頭台に上がる間際まで、彼は赤裸々に自らの胸の内を語り続ける......。

ヴィクトル・ユゴーが27歳で手がけ、死刑廃止を訴えたセンセーショナルな一作『死刑囚最後の日々』を訳された小倉孝誠さんにお話を伺いました。

《目次》
初版の序文
死刑囚最後の日
ある悲劇をめぐる喜劇
一八三二年の序文
犯罪は時代を映す鏡

── ユゴーといえばフランスの国民的作家のトップ・オブ・トップな存在ですが、日本人にとってはまず"『レミゼ』の作家"でしょうか。

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『レ・ミゼラブル』公演情報
東京公演は4月19日(金)~5月28日(火)
帝国劇場で。
名古屋、大阪、福岡、北海道で公演。

小倉 世界的にもそうでしょう。そういえば、この4月から『レ・ミゼラブル』のミュージカルをまたやるんですよね。あわせて『死刑囚最後の日』にも注目してほしいものです。

── まったくです。『死刑囚最後の日』を読んで、後年の傑作『レ・ミゼラブル』に描かれる、弱者へのまなざしとか、制度への疑問みたいなものは、じつは若き日からずっとユゴーの中にあったのだと気づかされました。

小倉 そうなんですよね。ぼくも今回これを翻訳してみて、あるいはこの前後に書かれたものを読んでみて、『レ・ミゼラブル』につながっていく要素が多いと感じました。キーですよね。若い頃に書いた小説の集大成が『レ・ミゼラブル』だったとも言える。たいへん長い小説ですけども、単純に量的な問題じゃなくて、テーマとか、いろいろな場面とか、作中人物の造形とか、この『死刑囚最後の日』を含めて作家のすべてが投げ込まれているような気がしました。

── 同じく犯罪にまつわる作品ではありますが、『レ・ミゼラブル』では主人公に救いがあるのに対して、『死刑囚最後の日』が死刑で終わるという違いがありますね。

小倉 その点について、こちらは、死刑に反対する自身の立場をはっきりと表明した一種のイデオロギー小説だと言えると思います。それから文学的な技法に関して言えば、一人称の小説であるというだけでなく、一番早い時期の日記体小説の一つであるとされています。それまでは書簡体小説というのはありますが、日記をそのまま小説にすることはなかった。それでこれが、フランス文学史上最初の日記体小説だと言われているんです。

── それに架空の世界でも過去のことでもなく、同時代のことを書いている。

小倉 それもそうです。ユゴーの多くの小説はある種の歴史小説で、何十年前とか古い時代が舞台となっている。それに比べると、文字通りリアルタイムの小説です。これと『クロード・グー』の2つぐらいですね。

── そちらもイデオロギー的な小説ですか?

小倉 やはり死刑が絡んでくる物語です。クロード・グーは主人公の名前なんですけれども、『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンと同じで、貧しくてパンを盗むんです。

── みんなパンを......。『死刑囚最後の日』で主人公に話しかけてくる囚人もそうでしたね。

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19世紀前半の監獄。小倉孝誠 著『19世紀フランス 光と闇の空間』(人文書院、1996年)から

小倉 当時の民衆は食べることに必死でした。象徴的ですね、パンというのは。それで監獄に入れられる。そしたら看守長が非常に暴力的で、自分の仲間たちを次々に迫害していく。それでクロード・グーは看守長を殺めて死刑になるんです。情状酌量の余地を認められるんですけども、本人はそれを拒んでギロチン台に立つ。そこはこの小説と近いんですが、『クロード・グー』は三人称小説なので、主人公の内面の苦悩が語られたりはしない。ただ、その主人公が死刑制度とか司法制度とか、当時の監獄制度に対して、強烈に疑問を突きつける場面はあります。

── 作家は、創作のために裁判の傍聴なんかにも行っていたんでしょうか?

小倉 ユゴーに限らず行っています。興味があったんでしょうね。この時代の小説は、他にも法廷の場面が描かれる小説がけっこうあります。

── 犯罪は時代を映し出す鏡のようなものだと言えるでしょうか。

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『法廷新聞』ガゼット・ド・トリビュノ、1851年のある号。
パリ国立図書館のウェブサイトからダウンロードしたPDF。

小倉 そうです。作家というのは、自分が生きている社会がどうなっているのかを知ろうとした人たちですが、とはいえ、生ですべてを体験することは難しい。だから裁判や司法の記録は、世界を知る格好の手段だったんです。あと、裁判の記録を載せている法廷新聞(ガゼット・デ・トリビュノ Gazette des tribunaux)というのがあって、当時の作家がみんなその大ファンだったと言われています。バルザックも、スタンダールも、ユゴーも定期的に読んでいたそうです。

── そこでネタ探しをすることもあったのですね。

小倉 スタンダールの『赤と黒』で、ジュリアン・ソレルがレナール夫人を狙撃して最後は死刑になるエピソードも、スタンダールは法廷新聞から知ったそうです。地方の小さな事件の裁判を傍聴するわけにいきませんから、片隅に載っている記事を逐一フォローしてね。それに何年かに一度は、それこそフランス中の読者を熱狂させる、犯罪史を彩る有名人が現れるんですよ。たとえば、ダンディで教育もあったラスネールみたいな。

こわいもの見たさに掻き立てられて......

── 小倉さんのお仕事に『ラスネール回想録』(平凡社、共訳)がありますね。他にも『近代フランスの事件簿─犯罪・文学・社会』(淡交社)や『犯罪者の自伝を読む ピエール・リヴィエールから永山則夫まで』(平凡社)......。本作の主人公はタイトルの通り死刑囚ですが、小倉さんの"犯罪者の文学"への関心はどのようにして芽生えたのでしょう?

小倉 ぼくは19世紀のフランス文学を専門に研究していますが、スタンダールにしろバルザックにしろゾラしろ、当時の文学には、犯罪とか犯罪者が出てくる作品が非常に多いです。それで興味を引かれました。別の理由としては、単純に推理小説が好きだったからです。推理小説って多くの場合は殺人事件だったり、ダイヤが盗まれただとか、そういう話が出てくるでしょう。あとは、19世紀フランスの監獄制度、司法制度を扱ったミシェル・フーコーの監獄論ですね。ユゴーの話も出てきますし、文学と監獄制度の関わりについてはフーコーから刺激を受けました。

── 推理小説は、大学でフランス文学を学ばれる以前からよく読まれていたのですか?

小倉 小学生の高学年のあたりから読み始めました。ヨーロッパだけじゃありません。日本だと例えば松本清張とか、けっこう読んでいました。それこそ光文社のカッパノベルズで。クラスのそういうのが好きな奴と競争して。で、推理小説というのがヨーロッパで生まれたのは19世紀なんですよ。

── ご専門にドンピシャりな!

小倉 そうなんです。世界で一番最初に推理小説を書いたと言われているのはアメリカのエドガー・アラン・ポーで、1840年代くらいですかね。フランスの場合は、エミール・ガボリオが作りあげたと言われています。日本では全然有名じゃない人ですね。ガボリオの長編推理小説は1860年代ですから、ポーより少し後ですけれど、イギリスのコナン・ドイルよりは早い。ドイルの推理小説は、ガボリオのパターンを踏襲したといわれています。

── パターンと言いますと?

小倉 最初に事件があって、犯人がわかって、後半で犯人が自分の過去を語る。ホームズシリーズの長編小説ってみんなそうなんですよね。このパターンは、ガボリオが始めたものなんです。

── なるほど。ところで、19世紀のフランスに犯罪者が出てくる小説が多かったことに理由はあるのでしょうか。

小倉 フランス革命以降、根本的な価値観の転換が起こって、社会的にも、法律的にも、経済的にもいろいろな意味で不安定な要素が多かったんですね。従って、パリのような大都市部には、社会からドロップアウトした人たちもいたわけです。

── 逆に言うと、犯罪者やアウトローたちが生きられる混沌とした部分が世の中にあったということでしょうか。

小倉 そう。社会の制度や組織の中にうまく組み込まれない人たち、あるいは組み込まれることを自ら拒否するような人たちが増えたのは事実です。

── ユゴーと同時代の人たちも、こういう犯罪小説みたいなものを読んで楽しんでいたんですか。

小倉 それは、怖いもの見たさというのがありますので。字が読めなければいけないから、読者の多くはブルジョワ層です。当時の犯罪小説に描かれた犯罪者というのは、まずだいたい社会の底辺の人たちでした。貧しいから犯罪に走ってしまう。貧しさゆえにパンを盗み、貧しさゆえに放浪するという。

── 生きるためにはやむを得なかったのだと思うと、犯罪とは何なのかがわからなくなります。

小倉 だからこそ、そういう犯罪にまず手を染めることがないブルジョワとか、上流階級の人々にとっては、恐ろしい世界であると同時に、ちょっと恐いものを覗いている楽しさみたいなものが明らかにある。ただし、この小説(『死刑囚最後の日』)が他の犯罪小説と大きく異なるのは、主人公が貧しい民衆ではないところです。そして人を殺めたようだが、詳しいことはわからない。そこが謎めいたところですよね。

── 作中では、主人公が「教育を受けた上品な物腰の...」と自分自身について述べていたり、上質な「バティスト織のシャツ」をかつての名残に身につけているとか、随所に、他の囚人たちと異質の存在であることが示されていますね。

小倉 主人公は、ふつうに考えたらブルジョワ階層出身です。だから説明してもらわないと、民衆の隠語がわからない。これは、社会階層の違いをよく示しています。それから、この小説は、最初から最後まで何を考えているか、死刑というのは、死刑囚になるとはどういうことなのか、それを主人公の主観や内面から分析している。逆に言うと、字が読めて、ある程度の教養や知性がある人でなければ、そういう分析はできません。

── 他にも興味深いのは、小倉さんのおっしゃる通り、どんな経緯で罪を犯したのか詳しいことが謎で、彼がどんな人生を送ってきたかもほとんど示されていないところです。

小倉 何をしたかじゃなくて、死刑囚になってしまった人間が何を考え、何を苦しんで、夢想するかという、そこがユゴーにとって大切なことだったわけですよね。子どもの頃の回想は少しだけ出てきますけれど、それは例外的で、基本的にこの主人公は過去を失った男です。幼い娘がいずれ自分について知るために過去を書き残そうとする場面がありますが、しかしその章は何も書かれていない。

── あっ、そうです! 第47章には、「刊行者の注記」として「この章に該当するページは見つからなかった」となっています。

小倉 非常に巧妙なところで、言ってみればこの主人公に対して過去の厚みを与えることをユゴーが拒否したということですね。

── そのうえ、3歳になる娘は、面会しても父のことを覚えていない。冷静で、妻や母親に対してもドライな主人公が、唯一深い愛情を示している対象から「おじさん」呼ばわりされてしまう場面は胸が痛みます。

小倉 ユゴー作品に出てくる子どもの像というのは、本作にしても『レ・ミゼラブル』のコゼットにしても独特かもしれないです。フランス文学には、もちろん、初めから子ども向けの文学というのはありますけれども、一般に文学史に出てくる大作家が書いた小説には、あまり子どもが出てこないんです。たとえばロシア文学ではドストエフスキー、英文学ではディケンズの作品にはときどき子どもが出てくる。でもフランス文学にはあんまりない。比較の問題ですけど、ユゴーは例外かなぁ。

闇の世界に惹かれた作家

── 監獄の描写にも驚かされました。光に満ちた外と暗く湿ってすえた臭いのする狭い独房のコントラスト、過去の死刑囚たちが独房の壁に刻んだ痕跡などがありありと浮かびました。

小倉 ユゴーは、暗いもの、地下にあるもの、闇、そういう世界がものすごく好きなんですよ。なんでしょう。これはもう作家のイマジネーションの特徴としか言いようがないのですが、これがすばらしい。彼は絵もうまいんですよ。いろいろなジャンルの絵を描きましたが、モノクロームの、墨絵のような作品の中には、荒波の場面とか、崩れかけたお城とか、なんともおどろおどろしいものが残っています。

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ユゴーの作品「私の運命」(1857)
大波に翻弄される船に、自分の運命をたとえた象徴的な作品。

── 小説の挿絵として描いたのですか?

小倉 自分自身で『レ・ミゼラブル』の作中人物を描いたり、挿絵以外にも、何か本を読んだりしてイマジネーションが湧いたときにサササッと描く。作家としてはもっとも絵がうまかった一人でしょうね。独特の世界です。海辺の絵とか、船の絵とか明るめの風景画も若干はありますが。

── でも、強烈にインスピレーションが掻き立てられるのは闇だった。

小倉 かもしれないですね。光と闇の対立とか、高いところと低いところのコントラストとか、天使のように美しいものと悪魔のように醜いものとか、イマジネーションに両極端な幅がある。『レ・ミゼラブル』にしても、『ノートルダム・ド・パリ』にしても、美しく気高い人間は徹底的に崇高で、悪い奴は徹底的にワルで同情の余地もない。一歩間違えば通俗的になりかねないところはありますが、絶妙なバランス感覚があります。

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ユゴーの作品「橋のそばの家」(1871)

── 当時の監獄を描いた銅版画などの史料が今も残っていますが、想像の拠り所として、ユゴーはそういうものも参考にしていたのでしょうか?

小倉 それもありますし、実際に監獄も訪ねています。あの時代は司法や、警察関係者でなくても、囚人自身がいいと言えば、実際に独房まで入っていけたんですよ。たとえば、先ほど名前を挙げたラスネールは、この小説のちょっと後の時代に詐欺や殺人を犯しましたが、彼は喜んで独房に人を招き入れました。死刑が決まって注目を浴び、みんながどういう人物か見に来たがる。ラスネールはものすごく自己顕示欲が強かったので、「じゃ、どうぞ、どうぞ。話しましょう」と独房でインタビューを受けたと言われています。

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18世紀イタリアの版画家、建築家ピラネージが描いた牢獄図のエッチング。
ユゴーの着想源のひとつだったと思われる。

── 悪のスターといったところですね。

小倉 今の感覚から言うと、監獄のルールはわりと緩やかだったのかな。それから、ユゴーは本も読んでいます。たとえばフランソワ・ヴィドックという、これもフランスに実在した犯罪者の本を参考にしています。ヴィドックは、今でいう司法取引をして、それまでの自分の罪を不問に付してもらう代わりに、警察の組織の一員として情報を提供するようになります。当時のパリの治安局で、凶悪な犯罪を取り扱う部署の一員になるんですよ。そのヴィドックが、この小説が書かれる1年前、回想録を出しています。要するに犯罪の手口と自分がやったこと、あるいは自分の仲間がやっていたことの暴露本です。

── ユゴーにいったいどこで隠語に触れる機会があったのかと思ったのですが、それもこの本で?

小倉 犯罪者仲間で使う隠語の話ももちろん全部書いてあります。日本語訳もあって、かなり分厚い本です。ユゴーはもちろん、バルザック、後にはイギリスのディケンズとかコナン・ドイルも、みんな「悪の世界の手引き書」みたいな感じでしっかり読んで自分の小説に使っていました。他にも、ぼくは読んだことはありませんが、ヴィテルビという、アメリカ人らしいんですが、やっぱり犯罪者で、刑務所の様子なんかを日記に書いている人がいます。日記はフランス語に訳されて、この小説が書かれる2、3年前にある雑誌に発表されているので、ユゴーもそれを読んでいますね。

── 翻訳されるということは、それだけ需要があったということですよね。

小倉 読みたい人がいたんです。それに、この当時、監獄制度はヨーロッパでもアメリカでも社会の大問題だったんですよ。罪を犯した人にどうやって罪を贖わせるのが一番いいのかというね。いわゆる雑居房だと、他の犯罪者仲間と情報を交換してますます悪くなっちゃう。で、社会に出るとまた悪いことをやっちゃう。それに対して独居房があって、死刑囚なんかそうですけど、一人ひとり閉じ込めるわけです。それだと矯正は可能かもしれないけれども精神的に非常に辛い。自殺者が多いとか、精神に異常をきたしてしまう人もいたことが研究で明らかになっています。

時を超えた二人の死刑廃止論者の思い

── この小説で驚いたことの一つは、独房から死刑台まで取り乱すことがない主人公の知的な態度と精神的なタフさです。いっそ狂ってしまったほうが楽なのにと。ギロチン台に向かう直前になって、ようやく「恩赦を!」と抵抗しますけれど。

小倉 国王の恩赦は裁判所の決定を超えるものですから、最後はそこだけが頼りなわけですね。場合によっては刑執行の直前に来るかもしれない。でも数は少ない。弁護士が国王に上申すれば可能性はあるかもしれないけれども、何せ国王の気持ち一つの話なので、あやふやなものだったと思います。政治犯については、恩赦はときどきあったようですが、主人公は政治犯ではないようですし。

── 死刑の前に身繕いする場面では、主人公のシャツや髪に鋏を入れる死刑執行人の手が震えているとか、彼らの態度に敬意があることなど、人間的な側面を描いているのが心に残りました。死刑執行人は当時の人たちにとって、どんな存在だったのでしょう。

小倉 フランス革命以前から、この小説が書かれた王政復古時代も、パリの死刑はすべてサンソン一族が行ない続けていました。死刑執行人というのは、ある意味おぞましい職業なんですけど、他方では非常に神聖な職業でもあるんです。革命時代は別ですが、国王から認められたごく限られた人にしかできないという意味では、特権的な、しかるべく認められた職業です。

── 神様の領域に踏み込んでいる感じもありますよね。神から力を授かった国王に託されて命を奪う仕事なわけですから。ところで、主人公をギロチンにかける死刑執行人、アンリ・サンソンの父親、シャルル・アンリ=サンソンは死刑廃止の嘆願書を出した人ですが、それについてはユゴーや当時の人々は知っていたのでしょうか。

Louis XVI - Execution
中央が処刑直前のルイ16世。
左がシャルル=アンリ・サンソン(1798年の画)

小倉 ある程度知られていたはずです。革命時代にギロチン台に立っていたのはアンリ・サンソンの父親ですが、サンソン一族の者たちは、革命政府が死刑にすると決めた人間に対しては執行せざるを得なかった。そういう役目ですからね。ただ個人的には必ずしも死刑に対しては肯定的な気持ちを持っていなかったというのは事実です。フランス革命時代に活躍したロベスピエールだって、最初は死刑反対論者でした。しかしながら、結果的に革命政府が死刑を存続させてしまうのですね。

── アンリ・サンソンの父親は、革命時代のデュ・バリー夫人の処刑後の手記で、死刑囚がみんな彼女のように声を上げて抵抗すれば、ギロチン刑は長く続かないだろうと述べています。手記が日の目を見るのは1880年代なのでユゴーはこれを知る由もないのですが、終始冷静だった主人公に、最後の最後で「あと5分の猶予を!」と夫人が叫んだのと同じ言葉を言わせている。死刑廃止を唱える者たちの時代を超えた共通の思いを感じました。

小倉 もうどこにも逃げられない。死刑囚は一瞬でもギロチンを見てしまうと、心が萎えてしまうというか、恐らく、もうどうにもできなくなってしまうのでしょうね。公開処刑は、司法当局からすれば見せしめ効果を期待してのことでしたが、実際その効果があったかどうかは大いに疑問で、当時から賛否両論がありました。「1832年の序文」にも出てくる、ベッカリーアという、18世紀のイタリアの法学者が死刑と拷問の廃止を訴えた本もヨーロッパ中でよく読まれていました。ユゴーと同世代、あるいは少し年上だと、シャトーブリアンとか、ラマルチーヌなど、どちらかと言えば死刑反対論者、あるいは死刑に対して懐疑的な作家も多かった。

── ユゴーが死刑に反対したことについては、彼の宗教観も関係しますか? 晩年は特に、カトリックの教えとは違う、神秘的なものに惹かれていきますけど。

小倉 ユゴーは無神論者ではまったくないですし、宗教そのものに対しては非常に敬意を払っています。ただ、精神的な現象としての宗教は尊重するけども、組織としてのカトリック教会とか、司祭の制度とか、そういうものに対してはしばしば懐疑的ですね。だから彼の作品に出てくる司祭はときどきすごく意地が悪かったり、無関心だったりします。この小説でも、主人公から見た司祭は、仕事だから仕方なくやってるという感じで描かれていますし、『ノートルダム・ド・パリ』にはフロロという悪魔のような司祭が出てきます。『レ・ミゼラブル』のミリエル司教は、聖者みたいな立派な聖職者ですけどね。

初めは作家の名を伏せて......

── 『死刑囚最後の日』は、小説本編に異なる文章が3つ付されたことも特徴だと思います。1829年の初版には、とある死刑囚が残した手記であるとして刊行者がつけた風の、ごく簡単な序文がつけられている。その3週間後に出た第二版では、初版を読んだブルジョワ層の男女たちが感想を述べ合う短い喜劇が添えられている。そして1832年版で、ようやくユゴーの作品であることがはっきりと示されて、監獄制度や死刑制度に対する作家の思いが序文として綴られている。

小倉 初版と第二版は、作者の署名もなく出版されました。これは恐らく当時の歴史的、社会的な状況も関係します。当時は王政復古時代なので、社会全体が非常に保守的で、それを慮ってユゴーは死刑囚を主人公にした小説を本名ではまだ出せませんでした。その当時の王シャルル10世は、ギロチンにかかったルイ16世の2人の弟の1人です。詩人としてデビューしてすでに業績を認められていたユゴーは、国王から表彰状のようなものをもらって、いわば国王に守られていたんですね。その時代に、死刑反対を声高に叫ぶ小説は、間接的に国王を批判していることになる。しかも主人公には国王の恩赦もないんですから。

── でもたった3週間後に出た第二版の「ある悲劇をめぐる喜劇」では、はっきり名前は出さないものの、ほのめかしがありますね。作者はこんな作品を書いているとか、「ゴー」のつく名前らしいとか。

小倉 若かったけれどもうすでに有名な作家ですから、わかる人にはわかっていたわけです。あの喜劇は、ユゴー自身のリアクションなんですよね。自分の作品がどう受け止められて、それに対して自分はリアルタイムでどういう風に考えたのかということ。もちろんオブラートに包んだように、間接的にではありますけども、そういう反応を示している。非常に皮肉な形で、わかっていない人はわかっていないけど、みたいな言い方をしています。

── 面白いですね。時代を映しているという意味でも面白いし、現代の巧妙な広告記事みたいでもある!

小倉 おっしゃる通り。ユゴーは今だったら有能なコピーライターだったかもしれない。彼には自己PRに天才的な才能がありました。この時代はせいぜい新聞か雑誌ぐらいの活字メディアしかないですが、その中で、自分の作品や思想を読者に届けるにはどんなやり方があって、何が一番いいのかということに天才的な嗅覚があった気がします。すでに有名ですから、無名作家の売名行為でも何でもない。自分の主張をよりよく読者に理解してもらうための、言ってみればメディア上の戦略です。それについてほんとうに長けていた。

── 喜劇では「やめてください!」とこの小説に拒絶反応を示している男性がいる横で、ある女性が「それじゃ、ぜひ読まなくては」なんてつぶやくのもおかしい。

小倉 当時の女性の本音じゃないでしょうかね。とりわけ上流階級の女性であれば、おおっぴらにはこんな小説を読んだとは口が裂けても言えないような状況ですから。だけどこっそり読んでいたわけで。ましてや上流社会のご婦人方からすれば縁もゆかりもないし、想像もできない世界です。死刑囚の監獄に行くこともないわけですから。岩波文庫版、潮出版社版の既訳ではこの喜劇が省かれていたのですが、ぼくはこの部分を訳して入れてよかったと思っています。それから実名を出した第三版の序文ですが、1832年になると、もう体制が変わっているので、ユゴーも名前を隠す必要がなくなったわけですね。

── 当初はテーマにしろ、主人公の設定にしろ、非常にスキャンダラスな作品であったんですね。

小倉 死刑囚そのものを登場させたことが悪いというのではなくて、他に問題になる要素があったわけです。ふつうならどうなるかと言うと、やっぱり死刑囚はよくないことをしたんだから悔い改めるとか、後悔するとか、最後はそういうふうにすれば秩序も丸く収まりますよね。だけどユゴーはそうしなかった。主人公はどうやら、別に罪を悔いている感じもない。しかも、ひたすら感情を語ることで死刑という制度そのものに間接的に疑問を突きつけているわけです。

── 感情を語るということに関しては、あとがきでも書いていらっしゃいましたが、短い章で次々と述べられる、主人公の気持ちの移り変わりに最後まで引き付けられました。

小倉 そうです、断片的に気持ちが吐露されるんです。一つの技法でしょうね。いつギロチンにかかるかわからない、そんな状況に置かれた人間がまとまった思考を書き綴ることはできません。いま感じていること、考えていることが断片的につながるというのはやむを得ないですから、その意味ではみごとなリアリズムでもあります。

── これがたとえば、奇跡的に恩赦で助かって回想した物語となると、変に感情を説明して、きれいに辻褄が合った作り物になってしまうかもしれない。

小倉 そうかもしれません。この小説に臨場感と真実味があるのは、述べられる感情がその瞬間、瞬間のものだからです。しかもそれが、ほんとうに、ギロチン台に昇るたぶん30分ぐらい前まで語られているところで終わる。

── 主人公が処刑されるグレーヴ広場は現在のパリ市庁舎前広場ですが、そこからセーヌを挟んで10分ほどの警察博物館にギロチンが展示されています。日本だと、明治大学博物館にある。どちらも縮小模型ですけど迫力がありました。

小倉 考えたらあまり行かない感じのところですが、じつはぼくも、どちらも以前行ったことがあります。実際のギロチンは、展示されているものよりずっと大きいんですよ。高さ5メートルぐらいあります。明治大学博物館にはギロチンの他にも、中世ヨーロッパで使用されたと言われる、内側に釘がついてる拷問道具のアイアン・メイデン(鉄の処女)も置いてありましたっけ。

── そうですそうです。重たい石を抱いてギザギザの台に正座する、江戸時代の拷問道具とかもありました。せっかくなので〈あとがきのあとがき〉を読まれた方にはぜひ......!

小倉 お薦めします。いや、元気のない時に行くのはあまりお薦めしませんけど(笑)。

(聞きて:丸山有美、中町俊伸)

死刑囚最後の日

死刑囚最後の日

  • ユゴー/小倉孝誠 訳
  • 定価(本体920円+税)
  • ISBN:75390-0
  • 発売日:2018.12.7
  • 電子書籍あり

2019年3月15日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『死刑囚最後の日』(ユゴー/小倉孝誠 訳)

ホーム > 刊行本リスト > 死刑囚最後の日

死刑囚最後の日

死刑囚最後の日

  • ユゴー/小倉孝誠 訳
  • 定価(本体920円+税)
  • ISBN:75390-0
  • 発売日:2018.12.7
  • 電子書籍あり

喘ぐような息づかい
押しつぶされるような絶望感

文豪が若い情熱で書きあげた画期的小説

物語

「死刑囚! いつもひとりでこの想念に耐え、それが消えないせいでいつも凍え、その重みにいつも打ちひしがれている!」刻々と迫るギロチン刑の時。独房での日々から断頭台に上がる直前まで、主人公は自らの胸の内を赤裸々に告白する。死刑制度廃止を訴えたユゴー27歳の小説。


内容

わずか三週間で、なかば熱病に取り憑かれたような状態で、一気呵成に書きあげた本書は、ユゴーの小説としては最も短いもののひとつだが、そこで語られている主題の重み、技法の革新性、社会的な影響の点で刮目すべき作品である。彼の代表作のひとつと見なされていいだろう。


解説

小倉孝誠


訳者あとがき

本書巻末の「訳者あとがき」をすべてお読みいただけます。

PDFファイル(334kb)

〈あとがきのあとがき〉天才コピーライター、ユゴーはかくして死刑廃止を訴えた──『死刑囚最後の日』訳者・小倉孝誠さんに聞く
ヴィクトル・ユゴー Victor Hugo
[1802‐1885] フランスの作家・詩人。父はナポレオン軍の将校。ブザンソン生まれ。兄とともに入った寄宿舎で文学に目覚めて詩作や劇作を始め、17歳のとき兄と文芸誌を創刊。20歳で出した初めての詩集が評価され国王から年金を賜る。その後小説、戯曲にとロマン派の旗手として目覚ましい活躍を始める。『エルナニ』、『ノートル=ダム・ド・パリ』の成功もあり、39歳でアカデミー・フランセーズ会員に選出。1848年共和政成立で議員に選出される。60歳のとき『レ・ミゼラブル』で大成功を収める。1885年パリで死去、国葬に付された。代表作『レ・ミゼラブル』ほか小説、詩集で数多くの作品を遺した。
[訳者]小倉孝誠 Ogura Kosei
慶應義塾大学教授。フランス文学者。おもな著書に『歴史と表象』『身体の文化史』『恋するフランス文学』『〈女らしさ〉の文化史』『ゾラと近代フランス』など。訳書は『あら皮』(バルザック)、『風景と人間』(アラン・コルバン)、『北の古文書』(ユルスナール)ほか多数。
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2018年12月 7日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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