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『にんじん』(ルナール/中条省平 訳)

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にんじん

にんじん

  • ルナール/中条省平 訳
  • 定価(本体 760円+税)
  • ISBN:75351-1
  • 発売日:2017.4.11

あなたもまた、「にんじん」だったかもしれない。
親による精神的虐待に耐え、しなやかに成長していく少年の物語。

作品

日本では長らく『にんじん』は肉親によるいじめを扱った「子供向けの本」と思われてきた。しかし本書は作者が自身の人生を見つめ、注意深く断章を重ねて描いた魂の物語であり、決して子供向けの作品ではない。道徳や教訓を探さず、物語そのものに向き合うとき、作者の透徹した眼差しと、テーマの普遍性に驚かされる。


物語

赤茶けた髪とそばかすだらけの肌で「にんじん」と呼ばれる少年は、母親や兄姉から心ない仕打ちを受けている。それにもめげず、自分と向き合ったりユーモアを発揮したりしながら日々をやり過ごすうち、少年は成長していく。著者が自身の少年時代を冷徹に見つめて綴った自伝的小説。


ルナール Jules Renard
[1864-1910] フランスの小説家、戯曲作家。フランス北西部メーヌ地方に生まれる。父は土木技師。パリで高等中学に通うも高等師範学校は諦め、文学サロンや出版界に出入りする。兵役に就いたのち、職探しに難渋するが、1888年に結婚し、妻の持参金で生活が安定。翌年、文芸誌「メルキュール・ド・フランス」の創刊に参加し、筆頭株主となる。同誌には、のちに『にんじん』に含まれる短編も発表される。短編小説集『薄ら笑い』(1890年)、長編小説『ねなしかずら』(1892年)、短編連作『にんじん』(1894年)、自然のスケッチ集『博物誌』(1896年)、戯曲『別れも愉し』(1897年)などを発表。また、死の直前まで執筆された大部な『日記』も評価が高い。
[訳者]中条省平
1954年生まれ。学習院大学教授。仏文学研究のほか、映画・文学・マンガ・ジャズ評論など多方面で活動。主著に『恋愛書簡術』『反=近代文学史』『フランス映画史の誘惑』。訳書に『マダム・エドワルダ/目玉の話』(バタイユ)、『恐るべき子供たち』(コクトー、共訳)、『肉体の悪魔』(ラディゲ)、『花のノートルダム』(ジュネ)、『消しゴム』(ロブ=グリエ)『狭き門』(ジッド、共訳)ほか多数。
《関連刊行本》
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2017年4月11日 光文社古典新訳文庫編集部 |

〈あとがきのあとがき〉アンドレ・ジッドは 本当に、愛と信仰の相克の物語を書いたのか 『狭き門』の訳者・ 中条省平さんに聞く

cover204_01.jpg『狭き門』は、愛と信仰の相克を描いた物語として、ずっと読まれ続けてきた作品です。

主人公であるジェロームは、美しい従姉アリサに恋心を抱きます。彼女もまたジェロームに愛情をもち、周囲の人々も二人の愛が成就することを願うのですが、しかしアリサはジェロームとの結婚に、ためらいをもちます。

神の国にあこがれをもつ彼女は地上での幸福をあきらめ、遂に......。

ある意味理不尽な展開をするこのラブストーリーが、多くの人に読み継がれてきたのは、やはり作者アンドレ・ジッドの才能によるものだと思われます。

今回は、『狭き門』を新訳した中条省平さんにお話を聞き、才能あふれるジッドの小説の書き方や、この愛と信仰の物語の根幹にある特異な神のあり方などについて語っていただきました。

また、中条さんは優れた映画批評家としても活躍されている方です。そこで『狭き門』に関わりつつ映画についても語っていただきました。

ここでお断りしておきたいのですが、ロベール・ブレッソン監督の映画作品「ラルジャン」、「罪の天使たち」が話題になり、それぞれの結末が語られています。

これはインタビュー構成者として、『狭き門』の主題とも関わる大切な話と考えたからです。これらの映画を未見の方はご理解下さい。

映画を語りつつ、この小説の根元に触れていきます。

いつのまにか小説空間ができてしまう作家の本能

------中条省平さんがお書きになった今回の『狭き門』の「解説」には、「物語年表」が付いています。この作品は、確かに時間的な流れが掴みにくい小説です。物語の理解を手助けするため、小説の中で起きた出来事を時間順に並べた年表なのですね。

年表は、さりげなく置かれているのですが、「小説的才能あふれるジッド」の時間操作の技が感じられるものでした。小説の流れの順番で事態が語られたから、感動できたのではないかと思えてきたのです。

「物語年表」を作った視点から、小説家ジッドの書き方について語っていただけないでしょうか?

中条 最初は、読者のためというよりも自分自身のために作った「物語年表」でした。何度読んでも時間的な流れがどうもしっかり掴めない。それで翻訳者として間違いがないようにメモをしていって作ったのです。しかし、どうしてもうまくいかない。というより、おかしいところがいくつも見えてくる。たとえばアリサの誕生日、あるところではクリスマスカードを送ってきたジェロームに対して、私の誕生日が近いと書いている。しかし別の箇所では誕生日として5月の日にちが記されている(笑)。その他、時間的な流れでおかしいところはいくつもあります。

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アンドレ・ジッド

そこでわかってきたのは、ジッドは客観的な構成図を作ってこの小説を書いているのではない、ということです。ミステリー作家は時系列的に事件を細かく把握していき、どこからつつかれても不備がないように構成していく、こうした小説の書き方とは違って、ジッドはロマネスクな流れに身をまかせて、いわば本能的に小説世界を構成しています。だから「物語年表」にしてみれば矛盾が出てくる。しかし、ほとんどの人がこれを問題視しない。

しかもこれは『狭き門』ですよ(笑)、ものすごい数の人たちに読まれてきた小説です。それなのに、ほとんどの人がそのおかしさに気づかない、これはやはり彼は自分が書きたいように書いていると、いつのまにか小説空間ができあがってしまう作家だからです。かなりいいかげんな時間構成を、われわれに不自然ではないと思わせる、内的な時間の統一性を自然にできる才能をもった小説家、それがアンドレ・ジッドなのです。

------この小説の後半部では、アリサの日記が導入されて、それまでのジェロームの間で起きていた事柄がまた違った形で語られます。しかし、その語られ方がよくある「もうひとつの視点で語られたもの」とは違っている。ここににもジッドの才能を感じました。

中条 普通、あの手法を使うなら、ずっと男の視点で語った後、アリサの日記で全部ひっくり返すということをしますよね。「実はこうだったんだよ」というミステリー的手法です。しかし、ジッドはそんなことはしない。

アリサが語っているところもあるけど語っていないところもある、ジェロームとアリサの見方が微妙にズレたり重なったりしている。

ジェロームの側から見るとこうなる、アリサから見たらこうなる、でもどちらかが正しいのではなくて、それぞれが補完しながら、しかも尚、二人の視点から抜けて落ちてしまう部分もある。

後にジッドは、真実の相対性を主張し、それに沿った実験的な小説『法王庁の抜け穴』や『贋金つくり』を書きました。時を経てヌーヴォー・ロマンの作家たちがそれを評価し、彼等は真実は見る人によって違っていくという小説を書いていく。

しかし、この『狭き門』でのジッドは、それほど意識的ではない。様々な視点を提供して読者を驚かせてやろうという意図もないし、真実の相対性というお題目があるわけでもない。それぞれの登場人物たちに添っていくと、そういう世界が見えてきた、ということを、ジッドは本能的な形でやっているだけです。

だからこそ読者は、アリサの日記の導入に、何か他の小説とは違う、ただならぬものを感じるのではないでしょうか。

------次に、この小説の読まれ方についてお聞きします。『狭き門』は愛と信仰の物語として読み継がれてきました。とりわけ日本では、信心深い女主人公の生き方を感慨深く受けとめた読者が多かったのだと思います。

しかし中条さんは「解説」と「あとがき」で、「『狭き門』における信仰は愛より小さな問題にすぎない」という考えを書いています。なぜ、そのように読むようになったのですか?

中条 僕も愛と信仰の対立を描いている小説だと思って読んでいました。しかし、なんだか腑に落ちない。ジッドの友人である詩人のポール・クローデルの言葉を読んで、その理由がわかってきたのです。クローデルは、神の恩恵や死後の救済を期待しないアリサの一見禁欲的な信仰は、むしろ神に対する冒涜なんだ、これでは神が残忍な無言の拷問者になってしまうとジッドに対していっています。

確かに、この物語に出てくる神は特別です。249ページ、アリサはその日記の中で「わたしからすべてを取りあげた嫉妬深い神さま」と書いている。つまり与えることをしないで奪っていくだけの神なのです。

251ページの言葉は「あなたがわたしを絶望の淵に沈めたのは、この叫びを引きだすためだったのでしょうか?」まさに絶望に淵に人を追いつめていく神がいる。

253ページにある「ああ神よ、なんぢ我をみちびきてわが及びがたきほどの高き磐にのぼらせたまえ」。これは聖書の「詩編」からの引用ですが、元の文を読むと、そんなにも神様は酷いものではありません。試練を与えるけれども許す部分ももっているのです。でも、アリサの手記にかかると試練を与えて処罰する神しか出てこない。

どうもこれはキリスト教本来の神ではないのではないか。カトリック教徒であるクローデルは、そこを強く受けとめて批判の言葉を投げたのです。

日本人が、『狭き門』を愛と信仰の物語といわれて、すんなりと受けとめてしまったのは、やはりカトリック的な信仰がわかっていなかったからだと思います。

この小説でジッドが行おうとしたのは、愛というのはどこまでいくのかを突きつめて考えることでした。それは、「解説」でも書きましたが、妻であるマドレーヌとのことが深く関わっているでしょう。彼の結婚生活は複雑な問題を抱えていた。だからこそジッドは考え続けていました。愛というものがあって、それは人間を完全に結びつけるのか。愛が成就して結婚をしたとしても、それが相互理解に結びつき二人は幸福になれるのか。ジッドが考えてきた愛について、この本には非常に難しい微妙な問題が表現されています。

そのうえで、結婚以降の矛盾を含んだ愛ではなく、それ以前の本当に「いと美しく清きもの」としての愛を書き残しておきたかった。それは小説でしか可能ではない、そうジッドは思ったのではないでしょうか。

------しかし、ジッドのその愛への思いも、中条さんの実際のジッド夫妻の結婚生活にも触れた「解説」を読むと裏があるようで、なかなか一筋縄ではいかない人ですね。しかしながら、アンドレ・ジッドは日本で多くの人に愛されてきた作家でした。戦前から多く読まれ、全集なども出されてきました。そして戦後まで人気は続きます。どうしてジッドはこんなに人気があったのでしょう?

中条 圧倒的に読まれているのは、『狭き門』と『田園交響楽』それに『背徳者』なんでしょうね。

一般の読者にも近づけるような恋愛をテーマに、人間の繊細な心理を扱い、しかも小説として面白く書くというところが、多くの読者に受けた理由でしょう。さらにジッドは、こうした小説を読む人にも読まない人にとっても、ヨーロッパを代表とする知性として存在していました。

ファシズムの時代にはファシストと闘い、ソビエトに行ってもしっかりとスターリン批判をする、またカトリック社会のただ中でキリスト教批判をした。今ある体制的なものと常に闘う筋金入りの知識人として、ジッドは崇めたてまつられていました。

ヨーロッパの思想や社会、文化を考えるのに、ジッドを読まないと話にならないというところがあったのです。

そのことを知ったのは、恩師である小説家・辻邦生さんの青年期の日記を読む機会があったからです。1951年のジッドの死を彼は大きな衝撃として受けとめています。そのような言葉を日記に記しているのですが、これほどの人としてジッドは認識されていたのかと深く感じました。

ヨーロッパの市民社会を代表する偉大な知識人、一方ではポピュラリティのある恋愛小説を書ける作家。これが人気の理由だったと思います。ポイントは知性を体現しているカリスマ的存在だったということです。ですから、ジッド本人が死ぬことで、その人気は必然的に冷めていったのです。

『狭き門』を映画でいうなら......

------中条さんは、映画批評家としても活躍されています。本を読むときも何か映像的イメージをもつのかと勝手に考えました。そこでお聞きしたいのですが、この『狭き門』を映画でいうなら、どんな作品をイメージされますか?

中条 基本的に僕は、本を読む時、映像をイメージするようなことはしません。ですので、この本もそんな風には読んでいなかったのですが......ただ、そうですね......『狭き門』には哲学者パスカルの名前が出てきます。これはその登場が納得がいく人物なんですね、というのは、彼はジャンセニストとして知られているからです。ジャンセニスムとは、カトリック教会によって異端視された思想で、とても簡単にいってしまうと、人間の救済と地獄落ちはすでに決まっていて、それは神様だけが知っているという考え方です。

それを突き詰めていくと、人はどんなに努力してもダメだ、神が既に決めているのだからということになる。この小説もどこかで、われわれはどんなにがんばっても運命は変わらない、救済も確実ではないといっている節がある。ジャンセニスムに近い考えの小説なのでは、と。

それで映画の話になります(笑)。映画界でジャンセニスムの考えを突き詰めた人が、フランスの映画監督ロベール・ブレッソンです。彼の作品には、人間どんなに頑張っても悪くなる奴は悪くなるという身も蓋もなさがある(笑)。

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「ラルジャン」(1986年)
監督 ロベール・ブレッソン 
出演 クリスチャン・パティ、カロリーヌ・ラング

彼の遺作は「ラルジャン」という映画で、トルストイが原作です。この小説は、善良な老夫婦に世話になった男が、結局はその老夫婦を殺し、第二部では、その男が更生するというものです。しかしブレッソンの作品では、第二部がない残虐な殺しの場面で終ります。

ブレッソンの作品は冷徹に人間の運命をみつめているところが特徴です。この『狭き門』にもそういうところがあり、この映画監督を思い出したのでした。しかし「ラルジャン」ほど厳しいものではありません。この小説にはどこか牧歌的な優しさもある。

そういうことでいうと、『狭き門』を映画でいうなら、初期ブレッソンのイメージです。

------といわれても、わかりません(笑)。ブレッソンの作品はなんとかイメージできますが、初期といわれても......。

中条 後でDVDをお貸ししましょう(笑)。初期、中期の代表作、そして遺作の「ラルジャン」でいいですか?

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「罪の天使たち」(1943年)
監督 ロベール・ブレッソン 
出演 ルネ・フォール ジャニー・オルト

ブレッソンの一番初めの長編作品に「罪の天使たち」があります。罪を犯した女が修道女に引き取られる。修道女は彼女を更生させようとするのだけど死んでしまう。これもやはりダメだった(笑)という感じの映画なんですが、しかしこちらは「ラルジャン」に比べて優しい感じがあるんですよ。女性同士の話だしロマネスクな膨らみもあって。ラストも救済の可能性をうっすら匂わせています。

『狭き門』は、後期の、すべてを削ぎ取っていく厳しいまなざしのブレッソンではなくて、初期の「罪の天使たち」みたいな優しさをもった作品に似ています。この小説の最初の方で描かれる自然はとても優しげで、僕はそのあたりが大好きなのです。

------映画の話が出たところで、せっかくですから、中条さんが最近見て印象に残った映画について教えて下さい。

中条 クリント・イーストウッドの「アメリカン・スナイパー」とゴダールの「さらば、愛の言葉よ」ですね。両者とも今年85歳、それぞれの作品です。

イーストウッドの作品の迫力たるや、彼のフィルモグラフィーの中でも一番ハードな戦闘シーンが含まれていると思います。主人公は100数十人を殺してきた実在のスナイパー。舞台はイラク戦争、ブッシュ政権下の戦争ですから、アメリカ万歳の映画かと思う人もいるですようが、まったく違います。スナイパーが殺戮を繰り返していく中で、人間として壊れていくのを描いた映画です。

見終わった後、体が痛くなっていることに気づきました。まれにみるハードな映画で、緊張して見ていたんですね。

かたやゴダールの方は、キャノンのスチルカメラで撮っている作品です。動画機能を使っているのはいいのですが、それを2台同時にまわして、なんと3Dにしています。3DといってもアクションでもSFでもないので、われわれにとって未知の映画になっています。一番感動的なのは犬(笑)。今まで見たこともない犬が見れます(笑)。

いい方をかえれば、8ミリカメラをもらった子どもが、やってみたいことをすべてやっているような映画ですね(笑)。物語は、ある夫婦が仲が悪くなり、若い男がやってきて、女房がそいつと浮気をする。二人で逃げたところに夫がやってきて......物語はほとんどないです(笑)。

モネが睡蓮を描く時、みんなと同じものを見ているのに全然ちがうものとして描いた。「さらば、愛の言葉よ」を見ていて、そんな絵画史のエピソードを思い出しました。これと同じようなことをゴダールは、映画で、絵筆の代わりに日本のスチルカメラを使って行っているのです。

近刊は恋愛書簡について、そして次は雑誌「COM」

------最近出した本についてお聞きします。中公文庫で『恋愛書簡術』が出ましたね。

『恋愛書簡術-----古今東西の文豪に学ぶテクニック講座』(中公文庫)

中条 文学者の恋愛書簡を中心にしたミニ評伝集です。2011年に中央公論新社で出した本の文庫版です。登場する作家はアポリネールにエリュアール、バルザックにユゴー、そしてドビュッシー、日本では内田百閒に谷崎潤一郎です。

略奪愛、ダブル不倫、遠距離恋愛そして倒錯(笑)、色々とあります。そのラブレターには文学者ならではのレトリックがあり、そして人間性が出ています。大作家がこんなことまでいって女を口説いているのか......思わずツッコミを入れています(笑)。楽しく読める本になっているのではないでしょうか。

------これから出す本について教えていただけますか。

中条 ちくま文庫で『COM傑作選』という本を上下二巻で出す予定です。「COM」は手塚治虫が出した漫画雑誌(1967~1971)。手塚の代表作「火の鳥」、石森章太郎「章太郎のファンタジーワールド・ジュン」という素晴らしい実験的な漫画、永島慎二の「フーテン」という一世を風靡した作品。こういった三大漫画の他にも次々と優れた漫画が生み出されました。その中から僕が選んだもので、若き日の山岸凉子、竹宮恵子なども登場します。また、この雑誌は漫画に関する評論家も育てました。ここから出てきた人たちに草森紳一、小野耕世、峠あかね(漫画家・真崎守の別名)などがいます。その評論も載せる予定です。

それから近々ということではないですが、この古典新訳文庫で、フランスの幻想文学作家マンディアルグの翻訳を出そうと思っています。彼の最後の長編は訳しているので、それに短編を加える予定です。晩年の短編集が二冊あるので、そこから数篇選んで訳し、「マンディアルグ晩年傑作集」ともいうべきものを出そうと考えています。

------楽しみにしています! 今日はどうもありがとうございました。

中条 はい。今から、お貸しするブレッソンの作品をみつくろって来ますね。

(ということで、ブレッソンの3作品を中条さんからお借りしました。初期作品として「ブローニュの森の貴婦人たち」、中期は「バルタザールどこへ行く」、そして遺作の「ラルジャン」。
 感動したのは「バルタザール」でしょうか。その名をもつロバの受難劇。ロバをいじめる悪い人は、やはり最後まで悪人なのでした)
(聞き手・渡邉裕之)

狭き門

狭き門

  • ジッド/中条省平・中条志穂 訳
  • 定価(本体 980円+税)
  • ISBN:75306-1
  • 発売日:2015.2.10

2015年3月11日 光文社古典新訳文庫編集部 |

紀伊國屋書店KINOPPY&光文社古典新訳文庫読書会「ジッド『狭き門』を読みつくす!語りつくす!」訳者・中条省平先生&辻原登先生を迎えて 3月13日(金)紀伊国屋書店新宿本店で

紀伊國屋書店電子書店KINOPPYとコラボレーション企画「Readers Club読書会(Readin Session)」、第4弾はジッド『狭き門』の訳者・中条省平さんと辻原登さんをお迎えして開催します。

美しい従姉アリサに心惹かれるジェローム。二人が相思相愛であることは周りも認めていたが、当のアリサの態度は煮え切らない。そんなとき、アリサの妹ジュリエットから衝撃的な事実を聞かされる......本当の「愛」とは何か、時代を超えて強烈に問いかけるフランス文学の名作であり、世界でもっとも痛切で美しい恋愛小説として名高い『狭き門』。著者アンドレ・ジッド自身の体験をふまえて書かれた本作は、洋の東西を問わず長く愛されてきました。今回新訳を手がけられた中条省平さんに『狭き門』の読みどころ、翻訳時の苦労や工夫などについて語って頂きます。

さらに、今回は特別ゲストとして、世界文学にもたいへん造詣の深い、作家の辻原登さんにもご登場いただき、ときに難解と言われながらも今なお世界中で愛されるジッド作品の魅力について、お二方で熱く語りあっていただきます。

紀伊國屋書店KINOPPY&光文社古典新訳文庫
Readers Club読書会(Readin Session)
「ジッド『狭き門』を読みつくす!語りつくす!」
《日時》2015年3月13日(金) 18:30開演 (18:15開場)
《会場》紀伊國屋書店新宿本店 8階イベントスペース
《定員》45名様  ※定員に達し次第、受付を終了
《参加費》500円  ※イベント当日、会場受付にてお支払いください。
(前3回は無料イベントでしたが今回は有料イベントとさせていただきます。ご了承ください。)
《参加方法》2015年3月4日(水)午前10時より紀伊國屋書店新宿本店2階レジカウンターにてご予約を承ります。お電話でのご予約も同日より承ります。
《ご予約・問い合わせ》 TEL:2階直通 03-3354-5702(10:00~21:00)
※紀伊國屋書店新宿本店の他の電話番号におかけになられても、ご予約は承れませんのでご注意下さい。
※イベントは90分程度を予定しております。トーク終了後ご希望の方にはお二方の著書・訳書にサインを入れていただけます(おひとり様2冊まで)
※19:30以降の入場はお断りさせて頂く場合がございます。あらかじめご了承ください。
 詳しくは 紀伊國屋書店新宿店ウェブサイトをご覧ください
狭き門

狭き門

  • ジッド/中条省平・中条志穂 訳
  • 定価(本体 980円+税)
  • ISBN:75306-1
  • 発売日:2015.2.10

2015年3月 4日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『狭き門』(ジッド/中条省平・中条志穂 訳)

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狭き門

狭き門

  • ジッド/中条省平・中条志穂 訳
  • 定価(本体 980円+税)
  • ISBN:75306-1
  • 発売日:2015.2.10
  • 電子書籍あり

世界文学史上屈指の美しく悲痛なラヴ・ストーリー!
亀山郁夫氏絶賛!
「私の青春の里程標といえるジッドの名作を、中条省平氏・志穂氏の新訳でもう一度読めるのは大いなる喜びだ。若い人にも、ぜひお勧めしたい。」

作品

愛し合う二人の恋はなぜ悲劇的な結末を迎えなければならなかったのか? なぜかくも人間の存在は不可解なのか? 誰しもが深い感慨にとらわれる、ノーベル賞作家ジッドの代表作、みずみずしい新訳で登場。


内容

美しい従姉アリサに心惹かれるジェローム。二人が相思相愛であることは周りも認めていたが、当のアリサの態度は煮え切らない。そんなとき、アリサの妹ジュリエットから衝撃的な事実を聞かされる......。本当の「愛」とは何か、時代を超えて強烈に問いかけるフランス文学の名作。


〈あとがきのあとがき〉 アンドレ・ジッドは 本当に、愛と信仰の相克の物語を書いたのか 『狭き門』の訳者・ 中条省平さんに聞く

アンドレ・ジッド André Paul Guillaume Gide
[1869-1951] フランスの小説家。法学者の父と、富豪の娘である母との間に生まれる。大学には進学せずに文学に専念し、ヴァレリー、マラルメ、ワイルドらと友人となり、1895年には従姉マドレーヌと結婚。この恋愛と結婚生活は1909年の『狭き門』の題材となったが、自身は同性愛者であると後に告白している。『背徳者』『法王庁の抜け穴』『田園交響曲』『贋金つかい』など多くの小説、自伝『一粒の麦もし死なずば』がある。1947年、ノーベル文学賞受賞。
[訳者]中条省平
1954年生まれ。学習院大学教授。仏文学研究のほか、映画・文学・マンガ・ジャズ評論など多方面で活動。主著に『恋愛書簡術』『反=近代文学史』『フランス映画史の誘惑』。訳書に『マダム・エドワルダ/目玉の話』(バタイユ)、『恐るべき子供たち』(コクトー、共訳)、『肉体の悪魔』(ラディゲ)、『花のノートルダム』(ジュネ)、『消しゴム』(ロブ=グリエ)ほか多数。
[訳者]中条志穂
1970年生まれ。翻訳家。訳書に『ロベルト・スッコ』(フロマン)、『フェリーニ オン フェリーニ』(コンスタンティーニ)、『アレクサンドリア』(ロンドー、以上共訳)など。
《関連刊行本》
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2015年2月10日 光文社古典新訳文庫編集部 |

中条省平&野崎 歓トークセッション/『うたかたの日々』から『消しゴム』へ ヴィアンと20世紀フランス小説 青山ブックセンター本店で

 野崎 歓さんと考えるBoris Vian Talk Session 2013 From Ellington To Gondry
『うたかたの日々』から『消しゴム』へ
ヴィアンと20世紀フランス小説
中条省平&野崎 歓
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映画『ム―ド・インディゴ〜うたかたの日々〜』の日本公開(10月5日〜新宿バルト9他/配給:ファントム・フィルム)に先立ち、原作の小説であるボリス・ヴィアン『うたかたの日々』を翻訳者の野崎歓さんとともに味わいつくす連続トークセッションを開催します。

フランスにおけるジャズの紹介者であり、トランペッターであり、人気作家でもあった稀才ヴィアンの素顔に迫りながら、半世紀を経ていまなお愛される名作『うたかたの日々』の魅力、文学的価値、世界に与えた影響を解き明かしていきます。

ジャズミュージシャンで文筆家の菊地成孔さんをゲストに迎える第1回に続き、第2回のゲストはロブ=グリエ『消しゴム』を新訳した中条省平さん(学習院大学仏文科教授)です。

当時の知の巨人サルトルに傾倒したボリス・ヴィアンに対し、それとはまったく違う文学のあり方を模索したロブ=グリエ。20世紀半ばのフランスから世界の文学界に旋風を起こした二人の知られざるつながりとは? 

《日時》9月25日(水)19時〜20時30分
《会場》青山ブックセンター本店[東京・青山]
《料金》1,050円(税込)/事前にお申し込みが必要です。

イベントの詳細ならびに申し込み方法は青山ブックセンターのウェブサイトをご覧ください。

青山ブックセンターウェブサイト(※申し込み開始は9月5日から)
映画『ム―ド・インディゴ〜うたかたの日々〜』ウェブサイト
うたかたの日々

うたかたの日々

  • ヴィアン/野崎 歓 訳
  • 定価(本体914円+税)
  • ISBN:75220-0
  • 発売日:2011.9.13
消しゴム

消しゴム

  • ロブ=グリエ/中条省平 訳
  • 定価(本体 1,276円+税)
  • ISBN:75275-0
  • 発売日:2013.8.7

2013年9月 5日 光文社古典新訳文庫編集部 |

「新・古典座」通い -- vol.18 2013年2月

「光文社古典新訳文庫」を、良質な古典作品がかかる劇場に見立て、毎月新刊を紹介。その時々の街の話題と一緒に。[文 : 渡邉裕之・文筆家]
〈2月新刊〉
『緋文字』(ホーソーン 小川高義/訳)

『緋文字』と「すでにトラブルが起きた」から始まる物語
緋文字

2月の新刊の二冊目は、ホーソーンの『緋文字』(小川高義/訳)。

「ああ、これは実にアメリカ的な物語だ」と思った小説だった。

1850年、アメリカの作家ホーソーンが発表した、17世紀ニューイングランドのピューリタン社会を舞台にした姦通を扱った小説です。

物語はセイラムの町の税関で、「語り手」が金色の刺繍をした痕跡のある赤い布地を発見するところから始まる。とはいっても、「古典」の中でしばしば遭遇することがある、これはなかなか物語が始動しないタイプ。「今の小説」のように、早々と主人公が登場し、すぐさま事件の渦中に、ということにはなっていない。

(このような「古典」によくあるスローペースな展開の理由を、村上春樹は『アンナ・カレーニナ』を例にして「たぶんこの当時の人たちはたっぷり暇な時間があったのだろう。すくなくとも小説を読むような階層の人々にとっては」と『眠り』という小説の主人公にいわせている<『TVピープル』文春文庫所収>)

とにかく読者は、しばらく色々と読むことになり、やっと例の布地が発見されるところに立ち会い、よく見ると、その刺繍は「A」という文字、これが緋文字であった、ということになります。

訳者の小川高義さんによれば、この「A」の意味は英語圏の人は「不倫=Adultery」の「A」であると理解するようだ。

話は、そこから200年巻き戻り、「姦通の罪」を犯した後に出産した女性、ヘスター・プリンが幼子を抱いて広場に設置された刑台に立つところとなる。その胸には緋文字が。

彼女はこれから一生、罪人としてこの文字を外すことができない。それを地域中に知らせる「さらし者の刑」が描かれていく。

実はへスターは子どもの父親の名を明かしていない。彼女はその後、どのような人生を送るのか。なぜ、その男は名乗りあげることができないのか。罪の意識に苦しむ男。そして、男の罪を嗅ぎ当てたヘスターの元夫が行ったこととは......。こうした三人の男女と、ヘスターが生んだ少女パールが織りなす物語である。

私は『緋文字』の内容がどんなものなのかは、あらかじめ知っていると思っていた。だが、これも「古典」と呼ばれるものの読書体験でよくあることなのだが、知っていたと思っているものとは、まったく違ったストーリー展開に面食らったのだった。

私は、男女が姦通するまでの物語が展開するとてっきり思っていたのだが、あにはからんや、姦通はすでに済んでいて「不倫の罪」を背負っている者たちの物語展開なのだった。

私はそれがわかって「ああ、これは実にアメリカ的な物語なんだ」と思ったのである。

ハリウッド映画のストーリーでよくあるのは、主人公がそれこそ冒頭から5分後くらいに失敗したり挫折して、それから立ち直るまでの展開をドラマティックに描くストーリーである。

このパターンについて内田樹さんは、岡田斗司夫さんとの対談本『評価と贈与の経済学』(徳間書房) でこういっている。

「たぶんアメリカ人には危機的な状況を『予防』するっていう発想が乏しいんだと思う。国民文化として。『すでにトラブルが起きた』というところから話がはじまる。では、こういうときにどういうふうにふるまうのが適切でしょうか、というケーススタディは実に熱心に行うし、そういういうときの反射速度はめちゃめちゃ速い。でも、そもそも『どうすればトラブルが起こらないようにできるか』ということには知恵を使わない」

私が、不倫するまでのことが綴られる小説だと思っていたのは、不倫は「予防」するからこそ痺れるようなドラマティックなものになると思っている日本人だからで、確かに彼の国の人は、そういう「発想が乏しい」のではないか。

いきなり罪が眼前に現れて、そこからの物語展開。

しかし『緋文字』は、そこからの展開がやはり面白いのです。罰せられた女といっても、ヘスターは良いか悪いかは別にしてその罰をただ受けとめ生きているのではありません。元夫に対する闘いにも似た対応があるし、恋した男との再接近があります。そして罪を隠した男は、ドラマティックに破滅していきます。つまり「すでにトラブルが起きた」後の世界が、 実に情熱的なストーリーとして展開されるのです。

今でも「すでにトラブルが起きた」から始まる情熱ストーリーが、こんなに量産されるのは、それはやはりアメリカが、人が罪を背負って歴史が始まるキリスト教の、それもかなり原理主義の国だからでしょう。

ホーソーンの『緋文字』は、実にアメリカの「古典」でした。これを読むと、この国の物語の原点を押さえた、という気持ちになります。

『マダム・エドワルダ―君と俺との唯物論―』観劇記

東京・阿佐ヶ谷のザムザ阿佐ヶ谷という劇場で行われた演劇『マダム・エドワルダ―君と俺との唯物論―』(江戸糸あやつり人形座)を見てきた(3月21日)。

フランスの特異な思想家であり作家、ジョルジュ・バタイユの小説『マダム・エドワルダ』(中条省平/訳)を原作にした糸あやつり人形と手あやつり人形、それに生身の俳優や音楽家、そして映像に登場する人物がからむ演劇だった。

酔漢がマダム・エドワルダという娼婦を買った一夜を、巨大な高揚感と涯のない絶望のパノラマとして見せていく物語だ。

飲み過ぎの酒で猥褻な気分になり、路地裏で自慰をしようしたら、不意の物音に怖じ気づき、それをきっかけに娼家に入ってしまい一人の女と出会う。そんなことなど、惨めなものだし、ささやかなことに過ぎないのに、それが強大な全世界的な出来事に変換していった夜を、バタイユはテクストの中に表した。

特徴は、神さえ登場する聖なる全体的な出来事が、同時に、手にすれば砕かれていく記憶、射精によって寸断される男性の快楽といった断片的なもので構成されていることを表現していることだ。

今回、演出家の大岡淳と江戸糸あやつり人形座を中心にしたメンバーは、言葉のみで作られた「聖なる、そして実に惨めな夜」を演劇で再現しようとした。かなり無謀な試みだったはずだが、成功できたのは、「聖なる、そして実に惨めな夜」が、砕かれた記憶、寸断された快楽といった断片で構成されている事実から眼をそらさなかったことにある。

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この演劇では、一回の性交が、違った大きさの人形、異なる操作で動く人形、生身の俳優といった複数の行為者の断続的な身振りによって構成されていた。これは、バタイユの断片性と全体性、惨めさと聖なるものの同時表現を的確に掴んだ表現方法だった。

もし、一人の演者が相手に向かって行う性交の場面を演じていたら、そこにバタイユの言葉が被さろうとも、舞台には快楽の頂点に向かって昇りつめていく性交の物語がひとつ現出していただけだろう。

複数の人形、俳優という異なる存在は、そんな性交のプロセスを切り刻み、それらを新たなエロティシズムの可能性の断片として、私たちに見せてくれた。実際、舞台でマダム・エドワルダの人形が見せた女性性器は、ものすごく新鮮なイヤラシサをもっていた。

その他、この演劇では、小さな罪と罰のエピソードが集合して永遠の神の国を象ってしまうキリスト教信仰や、栄養素が集められ健康な身体をつくりあげていく物語を核とする俗流科学信仰が、揺さぶられ揶揄されていくのだけど、そこでも常に輝いていたのは、人形の女性性器、瞳、髪、生演奏のコントラバスの弦など、独自の存在感を表していた断片だった。

そして再度いっておかなければならないのは、こうした断片が、常に新しい組み合わせの可能性をもって、舞台の始めから終わりまで散在していたことだ。

古典新訳文庫では、『マダム・エドワルダ」は『目玉の話』というこれもまた非常に独特な性的快楽小説と一緒に収まっている。『目玉の話』のポイントは、「目玉」、「玉子」、「金玉」という、実にあからさまな3つのオブジェが結合し、強力な快楽マシーンとなってテクストを駆動させていくいくところだ。

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こちらの物語では、そんなに強力な駆動装置は登場してこないけれども、今回の舞台では人形の存在によって、身体の断片が常に新たな組み合わせの可能性があることが表現されていた。

たとえば、あの人形の女性性器は、男性性器の挿入のためにエロティックに輝いていたのではなかった。今まで書かれた全てのポルノグラフィーが考えついたあらゆる挿入物を踏まえ、それ以外のモノがあることを私たちに想起させたからこそ、新鮮なイヤラシサなのだったと思う。

しかし、あらゆるモノ全体の「それ以外」って何だろう? 単なるスケベな男にそんなことを考えさせるバタイユの世界は、やはり素敵だ。

緋文字

緋文字

  • ホーソーン/小川高義 訳
  • 定価(本体1,200円+税)
  • ISBN:75267-5
  • 発売日:2013.2.13
マダム・エドワルダ/目玉の話

マダム・エドワルダ/目玉の話

  • バタイユ/中条省平 訳
  • 定価(本体419円+税)
  • ISBN:75104-3
  • 発売日:2006.9.7
 

2013年4月19日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『マダム・エドワルダ』が人形劇にー江戸糸あやつり人形座公演 3月20日から

edo05.jpg中条省平さん訳の『マダム・エドワルダ』(バタイユ)が、人形劇として上演されます。

江戸糸あやつり人形座
「マダム・エドワルダ―君と俺との唯物論―」
公演日:2013年3月20日(水)〜24日(日)
会場:ザムザ阿佐谷(ラピュタB1F/杉並区阿佐ヶ谷北2-12-21

結城一糸さん率いる江戸糸あやつり人形座と手あやつり人形劇genre:Grayの黒谷都さん、そして2人の役者・美加理さん、今井尋也さん、音楽はコントラバスの河崎純さん、服部将典さん。人形と人との共演を大岡淳さんが大胆に演出します。

各日公演後には「バタイユをめぐる6講+1」と題したトークセッションも開催されます。宇波彰さん、大澤真幸さん、片山杜秀さん、宮台真司さんがバタイユを思想的な側面から深く探り、舞台創作の当事者によるトーク、ライブもあるという豪華なラインナップ。宮台真司さんは江戸糸あやつり人形座の古くからの大ファンだそう。ぜひ、劇場へ足をお運びください。公演・チケットの詳細は江戸糸あやつり人形座ウェブサイトをご覧ください。

江戸糸あやつり人形座「マダム・エドワルダ―君と俺との唯物論―」
大岡淳さんウェブサイト/公演案内

《バタイユをめぐる6講+1》
3月20日(水・祝)18:00 バタイユ論/宇波彰(哲学者・評論家)
3月21日(木)19:30 戦争論/大澤真幸(社会学者)
3月22日(金)15:00 ミニ・ライブ/仲野麻紀(sax)×河崎純(cb)×服部将典(cb)×今井尋也(小鼓)
3月22日(金)19:30 ファシズム論/片山杜秀(政治思想史研究者・音楽\評論家)
3月23日(土)14:00 エロス論/ブブ・ド・ラ・マドレーヌ(アーティスト)×仲野麻紀(サックス奏者)
3月23日(土)18:00 共同体論/宮台真司(社会学者)
3月24日(日)14:00 人形論/結城一糸(人形遣い)×黒谷都(人形遣い)×北井あけみ(人形作家)
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江戸糸あやつり人形座代表の結城一糸さんは、前衛的な演出家とともに新たな芝居をつくり続けている江戸糸あやつり人形劇の第一人者。これまでもフランスの演出家・フレデリック・フィスバックと組み、ジュネ作〈屏風〉のパリ公演や川村毅さんの舞台「文体の獣」への出演、ブレヒト作の「コーカサスの白墨の輪」公演を行うなど、国内外で伝統的な江戸糸あやつり人形劇の枠を超えた活動をされています。

手板と呼ばれる「操作盤」からのびる約20本の糸につり下げられた人形が、あたかも生命があるかのように動きます。微妙な糸の動かし方で人形の動きは変化し、糸をつける場所を少し変えるだけで、人の動きの特性を人形で表わす事ができるそうです。

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結城一糸さん 俳優の美加理さん genre:Grayの黒谷都さん 黒谷さんはせんがわ劇場での「オンディーヌ」公演にも出演。

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人形デザインはブブ・ド・ラ・マドレーヌさん(ダムタイプの公演にも出演)。江戸糸あやつり人形と手あやつりの黒谷都さんの人形ー2つの異なる人形劇の世界を美しく融合させた人形を製作したのは人形作家・北井あけみさん。間近で見ると、その色使い、手作業の繊細さに驚きます。

マダム・エドワルダ/目玉の話

マダム・エドワルダ/目玉の話

  • バタイユ/中条省平 訳
  • 定価(本体419円+税)
  • ISBN:75104-3
  • 発売日:2006.9.7

2013年3月 7日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『花のノートルダム』(ジュネ/中条省平 訳)

ホーム > Booksリスト > 花のノートルダム

花のノートルダム

花のノートルダム

  • ジュネ/中条省平 訳
  • 定価(本体1,020円+税)
  • ISBN:75214-9
  • 発売日:2010.10.13

同性愛の神話的世界の驚くべき精緻な描写。衝撃の新訳。

作品

「今回の翻訳の最大の眼目は、ジュネを難解さの神話から開放してやりたいということです。文章を綴るジュネの、愚直なまでの幼児的な誠実さを、なんとか訳文に浸透させたかった」(訳者)


物語

泥棒で同性愛者だった青年ジュネは、獄中で書いたこの処女作で20世紀最大の<怪物>作家となった。自由奔放な創作方法、超絶技巧の比喩を駆使して都市の最底辺をさまよう犯罪者や同性愛者を徹底的に描写し、卑劣を崇高に、悪を聖性に変えた、文学史上最も過激な小説。


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創刊5周年記念徹底対談
ヴィアンからジュネまで──異才と怪物を生んだ20世紀フランス文学を語る
野崎歓さん×中条省平さん
2011年11月17日(木)収録
YouTube[古典新訳文庫チャンネル]>>
ジャン・ジュネ
[1910−1986] フランスの作家、詩人。1910年パリに生まれる。未婚の母親はガブリエル・ジュネ、父親は不詳。生後数カ月で母親に捨てられ里親のもとで育つ。10歳のころから始まった盗癖で何度も施設に入れられ、脱走と逮捕を繰り返す。18歳で軍隊に入るが25歳で脱走、ヨーロッパを放浪する。'37年、パリに戻るが、またも窃盗そして逮捕を繰り返す。'42年、刑務所内で『花のノートルダム』を書き始め、'43年に出会ったジャン・コクトーがその才能に驚き、翌'44年、同作が文芸誌に掲載されデビュー。主な作品に『薔薇の奇蹟』『ブレストの乱暴者』『葬儀』『泥棒日記』などがある。
[訳者]中条省平
1954年生まれ。学習院大学教授。仏文学研究のほか、映画・文学・マンガ・ジャズ評論など、多方面で旺盛な活動を展開している。主著に『小説家になる!』『反=近代文学史』『フランス映画史の誘惑』。訳書に『悪魔のような女たち』(ドールヴィイ)、『失われた時を求めて フランスコミック版』(プルースト)、『マダム・エドワルダ/目玉の話』(バタイユ)、『恐るべき子供たち』(コクトー、共訳)、『肉体の悪魔』(ラディゲ)、『愚者が出てくる、城寨が見える』(マンシェット)ほか多数。
《関連刊行本》
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2013年1月28日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』(マンシェット/中条省平 訳)

ホーム > Booksリスト > 愚者が出てくる、城寨が見える

愚者が出てくる、城寨が見える

愚者 あほ が出てくる、 城寨 おしろ が見える

  • マンシェット/中条省平 訳
  • 定価(本体552円+税)
  • ISBN:75174-6
  • 発売日:2009.1.8
  • 電子書籍あり

クールな快楽と戦慄。暗黒小説の最高傑作!

作品

人間存在の脆弱さという主題や、緻密きわまる小説の構成、そして繊細かつスピーディでありながら、ときとして病的なまでに偏執的にたたみかけるのが、マンシェットの文体の魅力だ。(訳者)


内容

精神を病み入院していたジュリーは、企業家アルトグに雇われ、彼の甥であるペテールの世話係と なる。しかし身代金目当ての4人組のギャングにペテールともども誘拐されてしまう。ふたりはギャングのアジトから命からがら脱出。殺人と破壊の限りを尽くす、逃亡と追跡劇が始まる!

ジャン=パトリック・マンシェット
Jean-Patrick Manchette
[1942−1995] フランスの小説家。マルセイユ生まれ。パリ大学ソルボンヌ校在学中より左翼政治運動へ傾倒。その後、大学を中退し、様々な職業で生計を立てる。1971年、ガリマール社より共同執筆と単独執筆の犯罪小説が相次いで刊行され、小説家デビュー。1972年には本書が出版され、翌年の「フランス推理小説大賞」を受賞。一躍、フランス暗黒小説のリーダー的存在となる。主な著書に『殺しの挽歌』『殺戮の天使』『限りなき狙撃者』など。
[訳者]中条省平
1954年生まれ。学習院大学教授。仏文学研究のほか、映画・文学・マンガ・ジャズ評論など、多方面で旺盛な活動を展開している。主著に『小説家になる!』『反=近代文学史』『フランス映画史の誘惑』。訳書に『悪魔のような女たち』(ドールヴィイ)、『失われた時を求めて フランスコミック版』(プルースト)、『マダム・エドワルダ/目玉の話』(バタイユ)、『恐るべき子供たち』(コクトー、共訳)、『肉体の悪魔』(ラディゲ)、『愚者が出てくる、城寨が見える』(マンシェット)、『花のノートルダム』(ジュネ)ほか多数。
《関連刊行本》
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2013年1月28日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『肉体の悪魔』(ラディゲ/中条省平 訳)

ホーム > Booksリスト > 肉体の悪魔

肉体の悪魔

肉体の悪魔

  • ラディゲ/中条省平 訳
  • 定価(本体560円+税)
  • ISBN:751482
  • 発売日:2008.1.10
  • 電子書籍あり

早熟な少年の人妻への恋を、天才作家が悪魔的な筆致で描く
20世紀心理小説の白眉研ぎ澄まされた文体で甦った決定訳!

作品

未成熟ゆえの、純粋でわがままで残酷な愛情。ときおり垣間見せる大人のような洞察力----。
少年の透徹した感性を、鋭利な文体で大胆に描く夭逝した天才作家ラディゲ、18歳の処女作。

物語

第一次大戦下のフランス。パリの学校に通う15歳の「僕」は、ある日、19歳の美しい人妻マルトと出会う。二人は年齢の差を超えて愛し合い、マルトの新居でともに過ごすようになる。やがてマルトの妊娠が判明したことから、二人の愛は破滅に向かって進んでいく......。

レーモン・ラディゲ
[1903−1923] フランスの詩人・小説家。風刺画家を父として、パリ郊外に生まれる。幼少期は成績優秀な生徒だったが、長じて、文学に傾倒。14歳で『肉体の悪魔』のモデルといわれる年上の女性と恋愛関係となり、欠席が増えて退学処分となる。退学後、詩人のジャコブやコクトーと出会い、処女長編小説の本作で文壇デビュー。ベストセラーとなる。その後もコクトーと旅をしながら『ドルジェル伯の舞踏会』を執筆するが、1923年、腸チフスにより20歳の若さで死去。
[訳者]中条省平
1954年生まれ。学習院大学教授。仏文学研究のほか、映画・文学・マンガ・ジャズ評論など、多方面で旺盛な活動を展開している。主著に『小説家になる!』『反=近代文学史』『フランス映画史の誘惑』。訳書に『悪魔のような女たち』(ドールヴィイ)、『失われた時を求めて フランスコミック版』(プルースト)、『マダム・エドワルダ/目玉の話』(バタイユ)、『恐るべき子供たち』(コクトー、共訳)、『肉体の悪魔』(ラディゲ)、『愚者が出てくる、城寨が見える』(マンシェット)、『花のノートルダム』(ジュネ)ほか多数。
《関連刊行本》
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2013年1月27日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『恐るべき子供たち』(コクトー/中条省平・中条志穂 訳)

ホーム > Books > 恐るべき子供たち

恐るべき子供たち

恐るべき子供たち

  • コクトー/中条省平・中条志穂 訳
  • 定価(本体620円+税)
  • ISBN:751229
  • 発売日:2007.2.8

無垢と残酷さの詩的結晶
<子供の世界>が壊れるとき 愛し合う姉弟は破滅へと疾走した
コクトー自身によるイラスト62点!


作品

儚く、脆く、それゆえに美しい子供たちの世界。 悲劇的結末へ向かうしかない姉弟の運命。
そのスピード感、昂揚感はそのままに、著者の死生観を見事に描き出した新訳!


物語

14歳のポールは、憧れの生徒ダルジュロスの投げた雪玉で負傷し、友人のジェラールに部屋まで送られる。そこはポールと姉エリザベートの「ふたりだけの部屋」だった。そしてダルジュロスにそっくりの少女、アガートの登場。愛するがゆえに傷つけ合う4人の交友が始まった。

ジャン・コクトー
[1889-1963] フランスの詩人・小説家・劇作家・映画作家。パリ近郊の富裕な家に生まれ、早くから社交界に出入りし、文人や芸術家と親交を結ぶ。特にラディゲとの交友はコクトーの芸術活動を刺激し、またその死は阿片中毒に陥るほどの多大な影響を与えた。生涯にわたってジャンルの枠を超えた活動を繰り広げながら、その根源は常に「詩」にあった。
[訳者]中条省平
1954年生まれ。学習院大学教授。仏文学研究のほか、映画・文学・マンガ・ジャズ評論など、多方面で旺盛な活動を展開している。主著に『小説家になる!』『反=近代文学史』『フランス映画史の誘惑』。訳書に『悪魔のような女たち』(ドールヴィイ)、『失われた時を求めて フランスコミック版』(プルースト)、『マダム・エドワルダ/目玉の話』(バタイユ)、『恐るべき子供たち』(コクトー、共訳)、『肉体の悪魔』(ラディゲ)、『愚者が出てくる、城寨が見える』(マンシェット)、『花のノートルダム』(ジュネ)ほか多数。
[訳者]中条志穂
1970年生まれ。翻訳家。訳書に『ロベルト・スッコ』(フロマン)、『フェリーニ オン フェリーニ』(コスタンティーニ)、『アレクサンドリア』(ロンドー)、『四季の恋の物語』(ロメール、以上共訳)などがある。
《関連刊行本》
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2013年1月27日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『マダム・エドワルダ/目玉の話』(バタイユ/中条省平 訳)

ホーム > Booksリスト > マダム・エドワルダ/目玉の話

マダム・エドワルダ/目玉の話

マダム・エドワルダ/目玉の話

  • バタイユ/中条省平 訳
  • 定価(本体419円+税)
  • ISBN:75104-3
  • 発売日:2006.9.7
  • 電子書籍あり

エロスの狂気が神を超える バタイユ小説の白眉、衝撃の新訳!

作品

生田耕作氏の名訳で知られ、'60年代末の日本文学界を震撼させたバタイユ。三島由紀夫らが絶賛した一連の作品群は、いまも暗い輝きを失っていない。訳者・中条省平は、バタイユ本来の徹底した論理性と、日常語と哲学的表現とが溶けあう原作の味を生かすことを主眼に新訳した。それぞれの作品世界にあわせた文体が、スキャンダラスな原作の世界を、すみずみまで再現する。

見神体験を描いた小説とされる「マダム・エドワルダ」は、一人の娼婦との出会いを通して、エロティシズムの深奥に迫る。涜神と性的な強迫観念をテーマに書かれた「目玉の話」は、サドの作品に比すべき幻想譚であり、読む者を夢魔の世界へと誘う


物語

「私」が出会った娼婦との戦慄に満ちた一夜の体験(マダム・エドワルダ)。目玉、玉子...球体への異様な性的嗜好を持つ少年と少女が繰り広げる破廉恥な変態行為。親たちから逃れ、性的冒険を求めて旅に出た二人は、涜神行為の限りを尽くす(目玉の話)。

ジョルジュ・バタイユ
[1897-1962] フランスの思想家・作家。「死」と「エロス」をテーマに、広範な執筆活動を展開し、現代文学、現代思想に大きな足跡を残した。また、文化人類学の知見に基づいて、生産よりも「消費」を重視する独自の社会経済理論を築き、現代文明の進む方向を正確に予言した。主著に『内的体験』『エロティシズム』『呪われた部分』など。
[訳者]中条省平
1954年生まれ。学習院大学教授。仏文学研究のほか、映画・文学・マンガ・ジャズ評論など、多方面で旺盛な活動を展開している。主著に『小説家になる!』『反=近代文学史』『フランス映画史の誘惑』。訳書に『悪魔のような女たち』(ドールヴィイ)、『失われた時を求めて フランスコミック版』(プルースト)、『マダム・エドワルダ/目玉の話』(バタイユ)、『恐るべき子供たち』(コクトー、共訳)、『肉体の悪魔』(ラディゲ)、『愚者が出てくる、城寨が見える』(マンシェット)、『花のノートルダム』(ジュネ)ほか多数。
《関連刊行本》
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2013年1月22日 光文社古典新訳文庫編集部 |

中条省平 Chujo Shohei

ホーム > 翻訳者リスト>中条省平

中条省平 Chujo Shohei
  • マダム・エドワルダ/目玉の話
  • 恐るべき子供たち
  • 肉体の悪魔
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える
  • 花のノートルダム
  • 消しゴム
  • 狭き門
  • にんじん
1954年生まれ。学習院大学教授。仏文学研究のほか、映画・文学・マンガ・ジャズ評論など多方面で活動。主著に『恋愛書簡術』『反=近代文学史』『フランス映画史の誘惑』。訳書に『マダム・エドワルダ/目玉の話』(バタイユ)、『恐るべき子供たち』(コクトー、共訳)、『肉体の悪魔』(ラディゲ)、『花のノートルダム』(ジュネ)、『消しゴム』(ロブ=グリエ)、『狭き門』(ジッド、共訳)ほか多数。

2011年9月25日 光文社古典新訳文庫編集部 |

中条省平さんー新刊のお知らせ

img_cinema200.jpg中条省平さん(『マダム・エドワルダ/目玉の話』『恐るべき子供たち』『肉体の悪魔』『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』の翻訳者)の新刊『決定版!フランス映画200選』発売のお知らせです。


『決定版!フランス映画200選』 中条省平/著
清流出版 
価格:本体 2,400円+税



img_asakusa-eiga.jpg同じく映画関連で『浅草映画研究会』(2009年12月刊行)も発売中です。

『浅草映画研究会』 浅草キッド 中条省平/著
廣済堂出版 
価格:本体 1,300円+税

2010年2月26日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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