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〈あとがきのあとがき〉悟りの境地に至れない! 揺れる男、鴨長明の気楽で悩める五畳半生活──『方丈記』の訳者・蜂飼耳さんに聞く

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「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という書き出しの一文であまりにも有名な古典文学、万人の記憶に刻まれるあの中世の名随筆が古典新訳文庫に登場!

大火事、竜巻、遷都、飢饉、大地震といった厄災、個人的にもままならない出来事の数々を経て、この世のはかない生を、都から離れた山中に構えた一丈四方の草庵で、何ものにも縛られずに過ごすことを選んだ鴨長明。その心の声を現代のことばで表し、現代の読者にとってもどこか親しみを感じさせる人物像を浮かび上がらせた詩人・作家の蜂飼耳さんにお話を伺いました。


なんと言い換えたらゆるされるのか......!

──高校の古文の時間にありがたいものとして冒頭の数行を読んだ古典の名作の書き手が、突然リアルで近しい存在として浮かび上がってきて新鮮でした。

蜂飼 学校の授業の範囲でできることは非常に限られていると思うんですよね。『方丈記』の冒頭部分を読んだり、暗誦したりということだけですと、どうしても「冒頭部分が名文だ」という理解にとどまって、なかなかその先へ踏み込む機会はないように思います。全体を通して読んでみて初めて『方丈記』というものはどういう作品で、なにゆえに中世文学の名品と位置づけられてきたかがわかります。私も今回、現代語訳を試みた結果、鴨長明に、深い親しみを感じるようになりました。

──『方丈記』原文の文体からは、どんな印象を受けましたか?

蜂飼 和漢混淆文は『方丈記』の一つの大きな特徴ですね。漢字+カタカナという表記の方法が採用されています。つまり、当時の文体としてはたいへん挑戦的かつ独創的なもので、それ以降の『平家物語』や『源平盛衰記』といった中世のさまざまな作品に文体上の影響を与えたとされています。書き言葉としての漢文と、話し言葉に近い言語としての和文、両方の長所をピックアップして、重ね合わせて織り上げていく文体は、鴨長明の中で書きながらできあがっていったものでしょう。というのが、文体について考えるときに見えてくる一つの事実なわけですが、現代の一読者として『方丈記』の原文に接してみると、漢文の対句的な表現ゆえに生まれるリズム感やテンポが、ある種の歯切れの良さを生み出しながら、なおかつ現代的な見方からいえば抒情を秘めている文章だという印象を受けました。

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和漢混淆文の『方丈記』原文

──現代語訳をするにあたって特に困難を感じられたところは?

蜂飼 とにかく冒頭部分ですね。何か月経っても原稿が進まない。それは書き出しが決まらなかったからです。だれもが知っている冒頭部分のあれを、なんと言い換えたらゆるされるのか......!というのがありました。原文のあまりの素晴らしさに、このままでいいんじゃないかという。「ゆく河の」がもうすでに難所で、そこを越えるのが大変でした。

──そこが決まったら、その後はスッと出てきた感じでしょうか?

蜂飼 最初の一行をどんな言葉で発するのかで、全体のトーンが決まったのはたしかです。現代語訳と一口に言っても、いろいろなやり方があると思いますが、古典新訳文庫のシリーズでは決して翻案にはしないという方針があります。つまり、言葉遣いも語釈的な面から言っても、原文から大きくはみ出して作るということはしない。それはまず肝に銘じて訳していくのですけども、だとしても、やはり鴨長明という作者の声が非常に強く流れている作品ですから、その声をどういうトーンで出すのかという問いは避けられない。それでもう少しポップにとか、もっと口語調にとか、さまざまな可能性があることを念頭において、迷いながら探っていきました。どれくらいの音域、どれくらいのトーンなら、ふさわしいのかなと。

──鴨長明に近づくまでにちょっと時間がかかったわけですね。

蜂飼 そうですね。どんな人なんだろうと思っていろいろなものを読んで、人物像を調べながら考えているうちに、しだいにトーンが決まってきました。おもしろいエピソードに触れて、鴨長明について知れば知るほど、「この人ちょっと大丈夫かなあ」なんて思えてきたんですよ。本人も800年後にそう言われているとは、まさか思ってもないでしょうけれど。そしたら格調の高さはあるけれども近づきにくさは徐々に取り払われて、自分なりの鴨長明像を反映させて冒頭部分と向き合えるようになっていった。今もいそうじゃないですか、こういう人。時代は違えども。

──たしかに才能は鴨長明ほどじゃなくても、具体的な知り合いが浮かびますね。自分自身にもこういうところがあるなとも思いますし。

蜂飼 わたしにとって『方丈記』を現代語訳してみて最大によかった点、この体験を通して一つ自分なりに見出すことができた点が、鴨長明という人に身近さを感じられたことだと思っています。話が戻りますけども、『方丈記』は中世の古典文学の名作中の名作、日本語古典文学の中で言っても名作中の名作とされているわけです。美しく格調高い文章で書かれていて、仏教的無常観に根ざしている。もし翻訳していなかったら、そういう概念的な、古文の勉強で覚えているような事項によってしかこの作品を受け取ることがないまま、一生を過ごしていたことでしょう。

『方丈記』は随筆か?ルポか?

──鴨長明は、京の都を離れて山にこもるわけですが、達観して、ある種の境地から滔々と語るというよりは、まだまだ屈託があるというか、未練のようなものを感じます。

蜂飼 未練と言えるかもしれませんが、そこは難しいところです。現代の日本社会に生きて『方丈記』を通して見えてくる鴨長明が、どう考え、どう思っていたかというのは、それはなんとも言いようがない。つまり中世に生きた人々の仏教に対する距離は想像してみるしかないし、鴨長明はその当時に仏教修行者として庵に暮らして『方丈記』を書いているわけですから、やはり目指すところは仏教的な達観、悟りだとは思うんです。でも、念仏を唱えたくなかったら唱えなくていい、誰にも注意されないしという「それ書くか?」と言いたくなることも書いている。無理な修行はしなくても、悟るときは悟るというぐらいの意味なのかもしれないけど、修行のサボりの告白に見えて、現代の一般の読者はおもしろく読んじゃいますよね。

──文庫収録のエッセイにも書かれていますが、『方丈記』は誰に向けて書いているのかもよくわからない。

蜂飼 自らの生い立ちから現在に至るまでを語っていて、自身の覚え書きのようなものなのか、書かずにいられない気持ちに駆られて出てきた文章なのかなとか、いろいろと想像しますが、そのあたりも結局のところ、よくわからないんですよね。事実関係から言うと、飛鳥井雅経(あすかいまさつね)と一緒に鎌倉へ、時の将軍・源実朝に会いに行ったりもしています。飛鳥井雅経は鴨長明を源実朝の歌の師に推薦しようと思っていました。しかし藤原定家がすでにそのポジションにあったために、とくに話がまとまることもなく都へ戻ってくる。その数か月後に庵で書かれたのが『方丈記』だといわれています。ですから、運が悪かったと鴨長明は述べていますけど、いろいろうまくいかなかった体験を経て、自分の気持ちを振り返って書き綴りたくなったのかなと。

──蜂飼さんは、例えばエッセイを書くときに誰かを念頭に置くということはありますか?

蜂飼 通常は、それはないです。ただ書くんですよね。浮かぶものを書くという状態ですから。でも、鴨長明の場合は、それとはまた違う気がするんです。『方丈記』はまず自分が知ってきた災害を並べて書き、続いて自分の来歴を書いている。そして、あれこれにこだわってみたり、庵の生活がいいと言い立てたりすること自体が仏教の修行と相反しているから、このへんで筆を擱くみたいな終わり方になっている。この作品の全体像から受ける印象は、やはり書きたい言葉、浮かんできた文章を、何のためにでも、誰のためにでも、自分自身に向けてというのですらもなく、一人で山の中の庵に身を置いてただ書き綴ったというものです。もちろん、異論はあると思います。

──ただ書いているようで何を取り上げるか確実に選んでいると思われるし、拠り所にしているものはある。

蜂飼 そこもまた難しいところですが、仏教的な無常観というか、仏教に根ざしているのはたしかです。この世のあれこれに執心してあくせくしても、何かあったら簡単に建物も壊れるし、人の命もはかない。この世は虚しいから浄土を思え、みたいなことを言うあたり、基本的には、鴨長明が仏教修行者であることを忘れてはならないと思う。つまり、この作品は現在、一般的に「随筆」と位置づけられていますが、いわゆる現代の「エッセイ」とはちょっと違いますよね。日常のできごとを書き記しました、=(イコール)エッセイという現代的なジャンルでの見方は、この作品の成立の時点へ視点を寄せて考えれば、当てはまらないわけです。

──『徒然草』と『枕草子』と並ぶ「日本三大随筆」という古文のすり込み知識がグラグラと揺らぐようです。

蜂飼 もちろん現代的な視点からジャンル分けするならば、随筆的な内容とも言えるんでしょうけれど、鴨長明自身は別に随筆とか、エッセイというジャンルを意識して書いているわけではないということです。調べてみますと、「随筆」という言葉が最初に登場するのは中国・南宋時代で、でも、それはいまわたしたちがイメージする随筆とは違って、断片的にいろいろなものを組み合わせて書くみたいな感じ。日本では、江戸時代にも出てくるけどもそれもまたニュアンスが違う。その後、大正・昭和になってから、身辺の出来事や思い浮かぶことを書き綴る散文的な作品に対し、随筆とか漫筆などの言葉が一般的にわりと使われるようになり、さらには、とりわけ内田百閒の『百鬼園随筆』(1933年)で「随筆」という言葉が急速に広まったという経緯があるようなのです。でも「随筆」って昭和の頃はよく使っていたんだろうけど、今はそれとだいたい近い内容を指して「エッセイ」と言ってしまいますよね。「随筆」はもうちょっと硬いというか。二つが意味するものはどんどん離れていっている気がします。

さらにいえば、もちろん「エッセイ」という外来語も、原語での意味合いは現在の日本語の意味とはやや異なるわけです。

──『方丈記』については、災害について書かれた日本語の作品として最初のルポルタージュだという見方もありますね。

蜂飼 ルポだという視点も、それもまた、現代から遡って『方丈記』の記述に対して当てはめて、そのように名指していることになるわけです。たしかに、ある出来事やある現場と向き合って、その事実を順を追って述べているという点では、やはりルポ的とは言えるでしょう。ただし、ルポには伝達するという面がありますよね、恐らくは。鴨長明が記述内容を伝達する意図を持っていたかどうか、それはわかりません。ですが、ひとまず、ルポ的な記述がある作品という視点に立ってみるならば、自然災害の多い日本に生きていると、現代の目から見ても興味深い描写です。800年前に京都あたりで大火事や地震で多数の人が亡くなって、家を失って困ったんだな、そういうことはどの時代にも起きているんだなという。時間差を感じないぐらい自然災害の怖さというものが伝わってきます。それほど真に迫った、迫力のある描写が展開されています。

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安元の大火発火地点と治承の竜巻発生地点(現在の地図上)(図版作成:株式会社ウエイド)

──災害ルポの側面はあるけれども、でもそこに集約すると、先述の「冒頭部分が名文だ」ではないですが『方丈記』という作品を限定し過ぎてしまいますね。

蜂飼 山守の少年と散歩をしたという場面があります。山守という人物の詳細はよくわからないけれども、きっと山の環境に詳しい人で、そのうちの男の子と一緒に連れ立って山歩きをしたというのです。とても印象に残る記述です。そういう箇所からは、現代の山歩きの喜びと少しも変わらないものを感じます。人生の不如意があって山にこもって暮らしているのだから、ちょっと寂しいところもあるでしょうけれど、同時に、山守の少年との穏やかで楽しい時間もあると。実にさまざまな感情を織り込んでいるなという印象です。自然は災害を引き起こす恐ろしい力を持っているけれども、自分は山の中で生きている。自然の恵みもあるし、季節ごとの美しさもある。そうした自らを取り巻く環境、移り変わっていくものの有り様を言葉の間に含ませながら書き綴っているという感じがします。

──じつに豊かで独特で、長明にとって、そういう自分が著したいものをしっくりくる形にするために和漢混淆文の文体を作り出す必要があったのかなと思えてきました。

蜂飼 鴨長明は、和歌向きの表記としてのひらがなをそれまでずっと使ってきています。歌人ですから。つまり、歌人として、ひらがな表記の世界は自分の中にふだんから持っているわけですよね。でも、それとは違う文体、文章で書く必要があった。それで漢語を生かしつつも漢文ではなく、詩的な要素、つまり和歌的な抒情に寄ったものを入れた方法を模索していったら、漢文と和文を取り混ぜたものになった。このスタイルを見出したことで初めて著せたことが鴨長明にはあったはずです。

──自分の言いたいことがより素直に出せた。

蜂飼 そうでしょうね。自分の知っている漢語も駆使しつつ、話し言葉的なニュアンスも十分にコントロールして織り交ぜながら書くことができたのがこの文章の姿だということでしょう。日記ともまた違います。だから、このタイトルの通りなんじゃないですかね、結局。つまり、『方丈記』は『方丈記』。どういうジャンルかとかじゃなくて、唯一のそういう存在。

気ままな方丈の秘密基地暮らし

──鴨長明は山の小さな庵についてもこの世についても「仮の住まい」と言っていますね。

蜂飼 それもまたこの世は仮だ、すべては移り変わるという仏教的無常観に拠るものですね。庵の広さは五畳半、9.2平方メートルぐらいと言われています。晩年に記した『発心集』には、さまざまな仏教修行者が出てきますが、鴨長明の生き方の背景には、遠く中国とか、インドの隠者たちの姿があります。それから、平安以降よく読まれた唐の詩人、白居易への思いと関心もあったでしょう。閑適生活、つまり、あくせくせずに、気の赴くままに、ゆったりと暮らすという白居易が理想とした生活は、漢詩文の読み書きをするような当時の知識人にとっては憧れだったんですね。

──白居易への憧れからなのか、無常観に根ざしつつ、常に心を慰める音楽や和歌が傍にあるのも気になるところです。

蜂飼 そこがおもしろくて、中世の仏教修行者の間でも、修行と音楽や和歌は両立できるのかできないのかというのは、意見が分かれるところだったみたいです。修行の妨げになると判断をしていた人たちもいます。鴨長明はそもそも気が向かなければ念仏もサボっちゃうくらいですので、そのあたりも厳しく制限しなくてよいという立場です。なぜなら、その根底には、琵琶を奏でるのも和歌を詠むのも、総じて仏教的な修行に通じるはずだという考え方があるからです。庵に持ち込んだ琵琶と琴はいずれも折りたたみ式で、庵の作りと同様、運びやすいかたちの楽器を選んだということでしょう。

──隠者の暮らしにしては、人里離れているわけでもないところにも突っ込みを入れたくなりますよね。

蜂飼 そう、都から全然遠い山じゃないんです。最初、大原山に行って、その後、日野山へ移るんですけど、じつはそれぞれ知り合いが「このへんの土地に住まわれたらどうでしょう」みたいな感じで紹介しているという。人知れずどこかの山奥に入ってこっそり庵を建てたわけではなく、人づてに、という結果なんですよ。しかも、たびたび都に行っています。都とのこの微妙な距離感は何だろうというのは、誰しもが思うところでしょう。

──『方丈記』に書くことで、自分にこれでいいと言い聞かせているふしもあるような......。

蜂飼 そもそも鴨長明が悟りの境地に至っていたら、『方丈記』なんか書いていないはずだと思うのです。世のしがらみを捨て去って、気楽になって、山の暮らしはけっこういいものだと書かれていますけど、現代人が読物として『方丈記』に接したときに受け取る鴨長明の印象は、やはり俗世間との距離感でまだ悩み、苦しむ気持ちを残している人物です。決して悟りきって、きれいさっぱり何も思わず、平らかな心でいる人という印象ではない。まさにその部分こそが、現代人が『方丈記』を一つの作品、読物として接する場合に心惹かれ、興味深く読める点ではないかなと思います。現代語訳をした結果、強くそう思っています。

──現代のSNSにも近いようにも思いました。バズりやフォロワー稼ぎを狙うわけではなく、愚痴りたいわけでもなく、でも黙っていられずツイートしてしまう人、みたいな。

蜂飼 それにしては名文だと思いますけど(笑)。でも庵の詳しい説明なんかは、インスタで写真をアップする感覚に近いかもしれません。ここにこれがあり、こういうものが位置してみたいな説明をしているのは、見てほしいのかなとも思えますよね。そういう描写を細かく入れているということ自体が不思議だし、なんだか楽しそうです。だから、人恋しさとか、都から完全に離れたいわけではない逡巡する部分もありつつ、同時に山の庵の静かで気ままな暮らしを気に入っていて、自足する面があったのも嘘ではない。そういう割り切れなさと言うか、人の心の複雑さを著しているところが『方丈記』の正直さ、よさではないでしょうか。

──週末だけ田舎暮らしを楽しむ現代人の感覚にもある意味近い気もするし、懐かしの秘密基地を彷彿させるものでもある。狭いながらにワンルームをパーテーションで区切って使ってたりとこだわりを感じます。

蜂飼 そうですね、子どものころに山の中に枝とかで作った秘密基地みたい。自分で工夫して暮らしをつくる、DIYとアウトドアを足して割ったみたいな空間です。しかも俺の家、折りたためるぜ、車二台で運べるぜ、いつでもどこへでも行けるぜ、とか言っている。壁を繋ぎ止めている金具の説明なんかは、かなり詳しくてちょっと得意げです。その一方で、わざと避けたのか、抜けている部分もある。屋根はどうなっていたのかとか、寒さや雨風はどうしのいでいたんだろうとか、山犬が出たりして怖いことはなかったのかなど、書かれていないことを数えればきりがなく、空白部分は想像するしかありません。

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「方丈の庵」想像図 (図版作成:株式会社ウエイド)

──蜂飼さんご自身は、住まいに関するこだわりはありますか?

蜂飼 とくにないのですが、設計図を見るのはおもしろいなとは思います。実現はできないけれど設計図だけで存在するような建物なんかも好きです。文庫に付録として入れた『発心集』の「貧男、差図を好む事」に出てくる、建てるはずのない家の設計図を書き続ける男みたいですけどね。あの話も、笑っていいのか、よくわからないところがある。最後の部分には、この男がしていることははかなく虚しいことで、だったら浄土を念じればいいという教えが書かれています。けれども現代の読者が『発心集』を単純に読物として読んだ場合、やはりけっこうおもしろい。周りから「何やってるの?」と言われるようなことに一人コツコツとのめり込む、身近な誰かを思い浮かべたりして。

付録の付録──和歌に見る鴨長明

──今回、文庫の付録として『新古今和歌集』所収の鴨長明の和歌を十首入れましたが、ぜひいくつか紹介していただけますか。

蜂飼 鴨長明は、後鳥羽院が『新古今集』をこれから編むというので設置した和歌所に呼ばれて、そこで仕事をしていました。『新古今集』ができた時点ではすでにそこを離れているんですけど、先ほども話に出た飛鳥井雅経、一回り年下の和歌所の同僚であり友人であるこの人物の計らいで歌が収められて感謝をしています。その一つ、p.118に掲載されている次の歌には、自分の出自に対する長明の強い思い入れが表れています。

石河の瀬見の小河のきよければ月もながれをたづねてぞ住む

「瀬見の小河」とは賀茂川のことです。鴨長明は下賀茂に連なる神職の家の生まれなので、「瀬見の小河」の由緒を知っていて詠んだのですが、このような特別な典拠の言葉を簡単に人前で、歌合の場などで出してはいけないと戒められたという逸話があります。

よもすがら独りみ山の真木の葉にくもるもすめるありあけの月

p.116ページに収録しているこの一首は、とりわけ人々に賞賛された歌です。真木の葉の茂みに遮られた翳りの中にある月を詠んでいます。和歌所の歌合で「深山暁月」が歌の題として出されて、「くもるもすめる」という表現が高い評価を受けました。いま私たちがこれを原文で見ても、そこがそんなにすごいというのがパッとわかる感じはしないんですけど、非常に微妙な、繊細なことを表現しています。「こんなにも澄んで輝く有明の月よ」という現代語に置き換えてみました。前半には「ひと晩中、深山(みやま)でひとり眺める」とあって、山の中でひとり過ごす時間を描いています。この歌を詠んだ時点では、まだ山の庵に移っているわけではないのですが、鴨長明はすでにそういうイメージを持っていたのかなと思うんですよね。

 

──付録として納めた以外にも、蜂飼さんが気になる鴨長明の和歌を選んできていただきました。

蜂飼 三首あります。

行く水に雲井の雁のかげみれば数かきとむる心地こそすれ

この歌が特におもしろいと思っていまして、「ゆく水」は、『方丈記』冒頭部分の「ゆく河」とも重なります。水の瀬に雁が映っているというか、雁が飛んでいく。それを見ていると数を数えている気持ちになってくるという歌です。

霜うづむ枯れ野に弱る虫の音のこはいつまでか世に聞こゆべき

これは弱ってきた虫の声は、枯れ野からいつまで聞こえているんだろうという、すごく寂しいというか、孤独な感じがする歌ですね。徐々に聞こえなくなっていくみたいな。

蚊遣火の消えゆく見るぞあはれなるわが下燃えよはてはいかにぞ

前の歌にちょっと近い印象の歌で、「蚊遣火の消えゆく」だから火が消えてゆく。鴨長明はそういうものに惹かれる気持ちが強い人だったのかもしれないと思いました。

──果てはどういうふうになってしまうだろう。火も虫の声もそういう感じですね。

蜂飼 鴨長明の歌をざっと通して見ていったときに、はっとして引っかかったのがこの三首でした。これだけではなんとも言えないけれども、『新古今和歌集』に採っている歌はわりと理屈っぽく感じられます。でも、当時選び抜かれた中で作られているわけですから、いろいろな判断から、優れた歌とされたものを入れているのでしょうけどね。文庫では詳しく触れていませんが、鴨長明は『無名抄』の中で和歌についてさまざまなことを述べていて、アイデンティティーとしては当然、歌人としての自覚がもっとも強かっただろうと思います。『無名抄』には、歌の師匠である俊恵が話してくれたいろいろなエピソードなども出てきて、とてもおもしろいです。

──鴨長明の他の作品、『無名抄』や『発心集』の現代語訳にもご興味ありですか?

蜂飼 『方丈記』の短さと比べると、『発心集』はかなりボリュームがあるんですよね。でもおもしろい。びっくり仰天するような話も収められています。たとえば、川に入って往生を遂げようとした人が生き残っちゃって、あんなに苦しいなんて水で死ぬのは無理だ、みたいなことを語っている話がありまして、それがもう臨場感がありすぎてすごく怖い! なんだこれ、と思いました。

──補陀洛渡海(ふだらくとかい)ですか。 極楽浄土の再生を祈って船から身投げする、みたいな。

蜂飼 補陀洛とは違うのですが、賀茂川でも浄土を念じて入水を試みる修行者がときおりいたようです。そうなると、人々が見物に来ちゃう。その日に決行すると言って、人も集まっているから、気が変わってやめたくなったけどやめられない。そういうお話も載っています。信仰に基づく厳粛な話題ですから、単におもしろいと言ったら悪いんですが、ただ念仏を唱えるとかではなくて、中世の仏教修行ならではのきわどいシーンが出てくるんです。その『発心集』は、天台宗の僧侶だった源信がさまざまな仏教の経典から往生に関する話を集めてまとめた『往生要集』を参考に書かれているのですけれど、鴨長明の庵には『往生要集』が置いてあるんですよね。いわばバイブルとして。『発心集』と『方丈記』のそんなつながりを発見したり、当時の人がどう感じていたのか想像がつかないところもありつつ、同時に、現代人にも容易にイメージできて、ああ、800年前も同じような人がいるよと言える部分がある。そのように、時をこえる共感と想像の余地があることが、古典を読むたのしさだと思います。

──ありがとうございました。

(聞きて:丸山有美、中町俊伸)

下鴨神社(賀茂御祖神社)ウェブサイト
下鴨神社の摂社河合神社には、復元された「方丈の庵」があり、鴨長明の関係資料が展示されています。
方丈記

方丈記

  • 鴨長明/蜂飼耳 訳
  • 定価(本体640円+税)
  • ISBN:75386-3
  • 発売日:2018.9.11

2018年11月 8日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『方丈記』(鴨長明/蜂飼耳 訳)

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方丈記

方丈記

  • 鴨長明/蜂飼耳 訳
  • 定価(本体640円+税)
  • ISBN:75386-3
  • 発売日:2018.9.11

不遇の才人 心のつぶやき。
これまででいちばん親近感がわく鴨長明!

作品

限りある人間の命を見据えた鴨長明は、そんなつもりはないままに言葉による建物を 建てたのだ、といえるかもしれない。『方丈記』は鴨長明のもう一つの庵だ。その言葉の中に、いまも鴨長明は住んでいるのだ。 (解説より)


物語

災厄の数々、生のはかなさ.........。人間と、人間が暮らす建物を一つの軸として綴られた、日本中世を代表する随筆。京都郊外の日野に作られた一丈四方の草庵で、何ものにも縛られない生活を見出した鴨長明の息遣いが聞こえる瑞々しい新訳! 和歌十首と、訳者のオリジナルエッセイ付き。

目次
  • 訳者まえがき
  • 方丈記
  • エッセイ
  • 方丈記 原典
  • 付録:『新古今和歌集』所収の鴨長明の和歌
  • 付録:『発心集』巻五、一三「貧男、差図を好む事」訳と原文
  • 図版
  • 解説:蜂飼耳
  • 年譜
  • 訳者あとがき
鴨長明 Kamono Choumei
[1155-1216]  随筆家・歌人。賀茂御祖神社(下鴨神社)の禰宜・鴨長継の子として生まれる。歌人として活躍し、後鳥羽院による和歌所設置に伴い、寄人に選ばれる。琵琶の名手でもあった。1204年(50歳)、 和歌所から出奔し(河合社禰宜事件)、出家近世する(法名は「蓮胤」)。『新古今和歌集』に10首入集。幼年時には保元・平治の乱、長じてからは治承・寿永の乱が起き、また多くの飢饉や火災、地震を経験した。歌論書に『無名抄』、説話集に「発心集』がある。『方丈記』の成立は58歳ごろと考えられる。
[訳者]蜂飼耳 Hachikai Mimi
1974年神奈川県生まれ。詩人・作家。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。 詩集『いまにもうるおっていく陣地』で第5 回中原中也賞を受賞。詩のみならず、小説、エッセイ、絵本、書評などでも活躍す る。他の著書に、詩集『食うものは食われる夜』(第56回芸術選奨新人賞)、『隠す葉』 『現代詩文庫・蜂飼耳詩集』、『顔をあらう水』(第7回鮎川信夫賞)、小説『紅水晶』 『転身』、文集『孔雀の羽の目がみてる』 『空席日誌』『おいしそうな草」、訳書『虫めづる姫君 堤中納言物語』などがある。

《関連刊行本》
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2018年9月11日 光文社古典新訳文庫編集部 |

〈あとがきのあとがき〉ラストシーンから、近代文学とは違った物語発生の場を垣間見る ──『虫めづる姫君 堤中納言物語』の訳者・蜂飼耳さんに聞く

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『堤中納言物語』は、平安時代後期から鎌倉時代にかけた時期に書かれた物語が集められた作品集です。10編の物語とひとつの断章からなっているのですが、その中の「虫めづる姫君」は、あの宮崎駿監督が「風の谷のナウシカ」をつくる際に、発想の基にした物語だということで話題になったことがあります。

本書で「虫めづる姫君」は、「あたしは虫が好き」というタイトルに訳されています。ページを開くと、そこには、色々な虫を採集しては、脱皮したり羽化したりする様子を観察している姫君がいて、こんなことをいっています。

「人間っていうものは、取りつくろうところがあるのは、よくないよ。自然のままなのがいいんだよ」

「毛虫って、考え深そうな感じがして、いいよね」

なかなか魅力的な女の子ではないですか。

今回『虫めづる姫君 堤中納言物語』を翻訳したのは詩人・作家の蜂飼耳さん。1999年、詩集『いまにもうるおっていく陣地』(紫陽社)で鮮烈にデビューした彼女の詩は、とても素敵で刺激的です。(『蜂飼耳詩集』〔現代詩文庫、思潮社〕で多くの詩を読むことができます、ぜひ!)

その蜂飼さんが古典の言葉を現代語に訳した時に、どんなことを思ったのか、それぞれの物語について何を感じたのか、聞いてみました。

古典の言葉を、現代語に置き換える作業とは

------『堤中納言物語』を現代語に翻訳するというのは、具体的にどんな作業だったのですか?

蜂飼 ひとつの文章にも、いくつかの解釈があり、どんな理由にもとづいてどの考え方を選ぶか、判断が必要となります。たとえば「あたしは虫が好き」(原題「虫めづる君」)という物語から、例を見たいと思います。

------この物語の主人公は、虫が好きな変わった姫君。ある日、この姫君のところに贈り物と手紙が届きます。贈り物は作り物の蛇ですが、姫も侍女たちも本物の蛇だと思って大騒ぎ。その騒ぎの後、姫君は贈り物と手紙の主に対して返事を書きます。

蛇を贈ったのは、右馬佐(うまのすけ)という貴公子でした。そこからやりとりが展開するという物語ですね。

蜂飼 姫君が毛虫について語るシーンがあります。私の訳では、このようにしました。

「毛虫は、毛がいっぱいはえているのはおもしろいけれど、でも、詩歌や故事との関係がないっていう点が、ちょっと物足りないんだよね」

原文は次のような言葉です。

「かは虫は、毛などはをかしげなれど、おぼえねばさうざうし」

私が原文を読むために使っていた新日本古典文学大系26『堤中納言物語 とりかへばや物語』(岩波書店)の註では、この「おぼえねばさうざうし」について、「一般に、故事や詩歌など典拠が思い出されないので、と説くが意を尽くさぬ表現ではある」とされています。「意を尽くさぬ表現ではある」とは、よくわからないということですよね。

いっぽう、同じ箇所を「毛虫の数そのものが多くはないことが物足りない」と解釈する説もあるんです。

私は「詩歌や故事との関係がない点が、物足りない」の意味の方をとりましたが、このように、いくつかの解釈から、ひとつを選ぶという作業があります。

現代語に翻訳する作業はまた、ときとして必要最低限の言葉を添える作業でもあります。

同じ物語で、貴公子から寄せられた手紙の返事を書くところです。

原文では、「いとこはく、すくよかなる紙に書き給。仮名はまだ書き給はざりければ、片仮名に」というところを、訳してこんな文章にしました。

「姫君は、ごわごわした丈夫な紙、つまり、あまりすてきだとはいえない紙に返事を書いた。ひらがなは、まだ覚えていないので、カタカナでこんな歌を書く。」

ある程度王朝物語に馴染んでいる人であれば、貴公子から寄せられた手紙の返事をどんな紙でどんな書体で書くのかは、姫君の人物を表すことになる、だから非常に慎重になるということはわかるはずですが、やはりそういうことを知らない読者もいます。

その場合、「すくよかなる紙」を言い換えた「ごわごわした丈夫な紙」の含意が読みとばされてしまうのではないかと考えたのです。それで「つまり、あまりすてきだとはいえない紙」という言葉を添えてみたのです。そうしないと、ここでのポイント、紙の質感がじつはそのまま姫君の個性を表すところに目が止まらないのではないかと思ったからです。

このように言葉を添えることも、私が今回行った作業のひとつでした。

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物語の不思議な終わり方は、何を示すのか

------今回、『虫めづる姫君 堤中納言物語』を読んでみて、一番強く感じたのはそれぞれの物語の終わりの素晴らしさです。それぞれ違ったパターンの終り方をするのですが、それが現代作家の作品では考えられないようなもので、且つセンスがいいものです。

蜂飼 「あたしは虫が好き」の終わり方は、突然「さてさて、この続きは二の巻にあるはずです。気になる読者の方は、読んでください。虫の好きなお姫さまと右馬佐、どうなることか」という言葉が出てきて、続きの物語を想像してね、と読者に提案して終わる。しかも、その二巻はどうやら書かれていないらしい(笑)。

私も最初に読んだ時はあっけにとられたんですが、今回訳してみてわかったことがあります。

それは、この終わり方は、読者に対して開かれた終わり方だ、ということです。どういうことかというと、この物語を聞いた人あるいは読んだ人が、この姫君の、当時の女性らしからぬ主張をする態度を「それはよくないよね」といって批判するのか、それともこの姫君の主張は「一理ある」と思って賛同するのか、どちらの立場にも立てる終わり方になっている、ということです。それはとても開かれた終わり方だと思います。姫君と右馬佐の行く末を想像させることで、このお姫さまに対して批判的になるか賛同するのかを、読む人(聞く人)に選ばせることをしているんですね。

このような終わり方が可能となったのは、物語の発生する場に、賛否両論の感想・意見を示す受け手たちがいたからだと思います。近代以降の文学の成立、基本的に一人の作者が執筆する文学とは違うんですね。この終わり方から、作者が一人であることが普通という次元とは異なる物語の発生の仕方、発生の場が垣間見える、そう思いました。

------なるほど。「ついでに語る物語」(「このつゐで」)も斬新な終わり方でした。

蜂飼 この物語は、(女性である)中宮がいて、最近は帝があまり自分のもとを訪れないという設定で始まります。そこに中宮の兄弟らしい宰相の中将が薫物(たきもの)をもって訪ねてくる。香りを試すことをきっかけに、三人の人物が物語を語り出す。中宮の寂しさをまぎらわすために、順繰りに三つの物語が続くのです。

------人生の試練や寂しさを、しみじみと伝える三つの物語が続きますが、そこに、帝がいらっしゃった合図の声がする! するとあたりは急にあわただしくなり、帝を迎える準備をする人々の光景となって終わります。蜂飼さんの現代語訳のおかげで、女房たちの立ち居振る舞いが映像的にまざまざと想像できました。まるでセンスのいい映画のラストシーンを見るようで、とても好きな作品です。

蜂飼 実はこの最後の場面は、原文では「上わたらせ給御けしきなれば、まぎれて、少将の君もかくれにけりとぞ」という一文があるだけなんです。

これでは何がどうなったのか、よくわからないですね。ここでは例外的にかなり言葉を補って、こう訳しました。

「にわかに、先払いの声が聞こえてきた。帝がこちらへいらっしゃる合図の声。あたりは急に慌しくなる。久しぶりに帝がお出でになるのだ。
 女房たちはさっと散って、片づけをしたり、帝をお迎えするしたくを始めたりする。いままで物語を語っていた少将の君も、その慌しさに紛れて、あっというまにどこかへ行ってしまった。
 このところ、なかなか中宮のところへいらっしゃらなかった帝が、もうすぐ、お出でになる。」

------そうですね。言葉を補っていますね。

蜂飼 当時の貴族社会、その環境に生きている読者たちにとっては、「上(うえ)わたらせ給(たまふ)御けしきなれば」という一言で、場が騒然としてみんなで帝を迎える準備をする光景が自然に理解できるのでしょう。しかし今の読者にとっては、それだけではすぐには想像ができないと思います。

物語の急展開、そのスピード感を表現するためにも、原文はその一行で終わらせているのだとしても、私はここはどうしても、現代の読者に対しては言葉を補う必要があると思ったので、言葉を足して訳すことにしたのです。

------和歌についても触れてみましょう。この『堤中納言物語』には、和歌が印象的な場面でいくつも出てきます。気に入っている歌を教えていただけますか。

蜂飼 「貝あわせ」というお話に出てくる歌が印象的ですね。たとえば、

しらなみに心を寄せて立ちよらばかひなきならぬ心よせなむ

意味はこんな感じです。「盗人みたいにこっそり忍び込んでいる私ですけど、もし頼りにしてくれるなら、甲斐のある味方になりますよ。ここに貝があるように。」

この物語は、ある意味では児童文学的な趣ももっていると思います。まだ大人にならない女の子同士が、貝の珍しさや美しさを競う「貝あわせ」というゲームをしますね。この競争を、お屋敷に忍び込んだ少将という貴公子が知って、お母さんが死んでしまって(後見者がいないため)立場の弱い姫君の方に味方するというストーリーです。

少将は、その姫君のために、いろいろな貝がどっさり入った小箱を贈ります。

姫君のまわりにいる女の子たちは「なにこれ、不思議!」「だれからだろう?」「仏さまがしてくださったんじゃない?」などと口々に言って、思いがけない助けを得たことを喜ぶんです。まるで想像もしないところから、ふいにおとずれる助けや味方というものを描き出している物語として「貝あわせ」は読後感も楽しい作品ですね。先に挙げた歌は、単独で考えた場合は、そんなによい歌かどうかわからないのですが、作品全体の結末に漂う幸福感があふれていて、その意味で好きな歌のひとつです。

それから、「越えられない坂」(原題「逢坂越えぬ権中納言」)に出てくる歌も印象に残ります。

うらむべきかたこそなけれ夏衣うすきへだてのつれなきやなぞ

------この物語の、主人公・中納言という男性は、なんでも器用にこなせて美貌の持ち主でもあるけれども、解決できない密かな悩みを抱えている。恋する姫君が自分の求愛に応えてくれないという悩みです。そういう、なかなかうまくいかない恋愛を描いた物語ですが、そのラストに登場するのが、この歌です。

蜂飼 夏の衣ですから薄い、しかし、こんな薄い隔てさえ取りのけられない。こんなにそばにいるのに、という歌です。

邸に忍びこんだ貴公子が、姫君に強引に迫ることはできず、その時の切なさをうたっている。最終的に縮まらない距離を嘆く歌です。そういう感情というのは、時代をこえて現代人にも届くものでしょう。そうした意味でも、印象に残る歌でした。

------物語すべてに、蜂飼さんが書かれたエッセイのテクストが付いていることが、本書の構成の特徴でもあります。これがまた独特なスタイルで、エッセイでありながら、解説でもある、というような......。

蜂飼 古典新訳文庫の本のつくりとしては、基本的には巻末に全体の解説が入りますね。確かに、作品全体の解説は、巻末で述べることができる。しかし本書の場合、せっかく短編集なのだから、一編ごとに、私がそれをどんな話として読んだのかをあらわすことで、読者の方にそれぞれの物語が、翻訳の本文を読むという形以外の形でも届くのではないか、と考えました。訳者というより、訳者を含みつつ一読者である私が文章を添えることで、翻訳のつくりとしても面白いものになるのではないかと思ったのです。

------この蜂飼さんのテクストを読んでいて不思議な感覚を覚えるのは、一種の「くりかえし」が行われるからです。たとえば「あたしは虫が好き」を読み終えページをめくると、「『あたしは虫が好き」をよむために」というテクストが始まる。そこには物語の筋に近いものも書かれているから、読者としては物語のくりかえしを体験することになります。

蜂飼 たんなるエッセイでも解説でもない文章を目指したので、ある意味ではあら筋や要旨を書いているといえる側面もあります。くどいかなとも思いつつ、そうしようと判断したのは、原文を現代語に置き換えたとはいえ、現代人が古典を読む時、いくら文章をしっかり追っても、全体が「見えなくなる一瞬」があるからです。

たとえば、人物の名前や官職の言葉などが出てきます。そこにある註を読むために立ち止まると、読んでいた流れが中断され、一編の物語の全体像が一瞬見えなくなってしまう。古典の現代語訳では、そういった「見えなくなる時」が続くことで、読者は読むのをやめてしまったりもする。そういうことに対応したいという気持ちも含め、くどいようでも、筋に近いものも書こうと最終的に判断しました。

また、要所要所においてひとことでまとめることも必要ではないか、と考えて書いた文もあります。先に紹介した「『ついでに語る物語』をよむために」はその代表です。

お話ししたように、寂しげな中宮をなぐさめるためにまわりの人がそれぞれにお話をしていく。「めぐり物語」と呼ばれますが、物語が順々に重なっていくというスタイルです。話が次々に続くので、現代の読者は、読み始めるとただ流れに沿って読んでいってしまう。いったいそれがどういう内容で、ある箇所がどうして肝になるのか、ということをむしろ述べた方が、読者は物語をより多様に楽しめるだろうと、思いつつ書いた文章です。

詩に向かうことと翻訳に向うことの違い

------詩に向うことと翻訳に向うことの違いを教えていただけますか?

蜂飼 翻訳というのは、言葉を置き換える作業ですよね。詩を書くときのような、ゼロから始める作業ではなく、そこにある言葉を別のいいかたにしていく。こういう言葉はどうだろう、ああいう言葉はどうだろうと、自分の中で並べて選ぶという作業なので、それは、ゼロからの創作とは違います。

しかし、単純に置き換えるということでもありません。先に触れた「ついでに語る物語」の終わりのシーン、帝がお出ましになる合図とともに急展開することを示す、原文の短い言葉、これをどのレベルで何をすれば、今の時点でよりよく置き換えたことになるのかという、判断、選択を重ねていくことです。置き換えるということの中身はそういうことですね。現代、現在の時点で、どの方向の、どういう言葉にすると意味があるのか、物語がよりよい方向に進むのか、そういうことを探っていき、置き換えることが翻訳ということなのかな、と思いました。

『堤中納言物語』の現代語に取り組んで、このひとまとまりの物語集にそなわる魅力を改めて知ることができました。ある言葉を別の言葉に置き換えてみることを重ねていく先に、初めて見えてくるものがある。そう思います。
(聞き手・渡邉裕之)

虫めづる姫君 堤中納言物語

虫めづる姫君 堤中納言物語

  • 作者未詳/蜂飼耳 訳
  • 定価(本体860円+税)
  • ISBN:75318-4
  • 発売日:2015.9.9

2016年2月17日 光文社古典新訳文庫編集部 |

紀伊國屋書店Kinoppy&光文社古典新訳文庫読書会「『虫めづる姫君 堤中納言物語』平安人の息遣い、物語文学の魅力」蜂飼耳さんを迎えて 紀伊國屋書店新宿本店で10月27日(火)開催

紀伊國屋書店電子書店Kinoppyとのコラボレーション企画「Readers Club読書会(Readin Session)」、第11弾は『虫めづる姫君 堤中納言物語』を訳された詩人・小説家の蜂飼耳さんをお迎えして開催します。

蜂飼耳さん

風流な貴公子の失敗談「花を手折る人(花桜折る中将)」。年ごろなのに眉も剃らず、お歯黒もつけず、夢中になるのは虫ばかりの「元祖虫ガール」姫を描く「あたしは虫が好き(虫めづる姫君)」。一人の男をめぐる二人の女の明暗をあぶり出す「黒い眉墨(はいずみ)」ほか11編。無類の面白さと意外性に富む『堤中納言物語』が、詩人・小説家で古典文学に造詣の深い蜂飼耳さんによる新訳で、現代の読み物として蘇りました。

恋や噂話や人々の感情の揺れを細やかに掬いとったユーモアと愛らしさのある語り。平安朝後期の物語文学の魅力をより深く感じ取っていただくために、各篇に蜂飼さんの書き下ろしエッセイが付いています。

今回の読書会では、本書を翻訳された詩人・小説家の蜂飼耳さんをお迎えして、本作の読みどころや魅力、日本文学史のなかでの他の物語文学との関連、新訳における工夫や苦労といったことについて、縦横無尽に語って頂きます。

紀伊國屋書店Kinoppy&光文社古典新訳文庫
Readers Club読書会(Readin Session)
「『虫めづる姫君 堤中納言物語』平安人の息遣い、物語文学の魅力」蜂飼耳さんを迎えて
《日時》2015年10月27日(火)18:30開演 (18:15 開場)
《会場》紀伊國屋書店新宿本店 8階イベントスペース
《定員》45名  ※定員に達し次第、受付を終了
《参加費》無料
《参加方法》2015年10月7日(水)午前10時より紀伊國屋書店新宿本店2階レジカウンターにてご予約を承ります。お電話でのご予約も同日より承ります。
《ご予約・問い合わせ》 TEL:紀伊國屋書店新宿本店2階直通 03-3354-5702 (10:00〜21:00)
※紀伊國屋書店新宿本店の他の電話番号におかけになられても、ご予約は承れませんのでご注意下さい。
※イベントは90分〜2時間程度を予定しております。トーク終了後ご希望の方には蜂飼耳さんの著作・翻訳書にサインをお入れします。
※19:30以降の入場はお断りさせて頂く場合がございます。あらかじめご了承ください。
 詳しくは 紀伊國屋書店新宿店ウェブサイトをご覧ください
[蜂飼耳(Hachikai Mimi)さんプロフィール]
1974年神奈川県生まれ。詩人・作家。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。詩集『いまにもうるおっていく陣地』で第5回中原中也賞を受賞。詩のみならず、小説、エッセイ、絵本、書評などでも活躍する。他の著書に、詩集『食うものは食われる夜』(第56回芸術選奨文部科学大臣新人賞)『隠す葉』『現代詩文庫・蜂飼耳詩集』、小説『紅水晶』『転身』、文集『孔雀の羽の目がみてる』『空席日誌』『おいしそうな草』、絵本『うきわねこ』(絵/牧野千穂、第59回産経児童出版文化賞ニッポン放送賞)などがある。
虫めづる姫君 堤中納言物語

虫めづる姫君 堤中納言物語

  • 作者未詳/蜂飼耳 訳
  • 定価(本体860円+税)
  • ISBN:75318-4
  • 発売日:2015.9.9

2015年10月 8日 光文社古典新訳文庫編集部 |

『虫めづる姫君 堤中納言物語』(作者未詳/蜂飼耳 訳)

ホーム > 刊行本リスト > 虫めづる姫君 堤中納言物語

虫めづる姫君 堤中納言物語

虫めづる姫君 堤中納言物語

  • 作者未詳/蜂飼耳 訳
  • 定価(本体860円+税)
  • ISBN:75318-4
  • 発売日:2015.9.9
  • 電子書籍あり

眉も剃らず、お歯黒もつけず 夢中になるのは虫ばかり あたしは元祖虫ガール
平安人の息遣いが蘇る11編

作品

風流な貴公子の失敗談、「花を手折る人(花桜折る中将)」。年ごろなのに夢中になるのは虫ばかりの姫、「あたしは虫が好き(虫めづる姫君)」。一人の男をめぐる二人の女の明暗をあぶり出す「黒い眉墨(はいずみ)」。......。無類の面白さと意外性が味わえる物語集。訳者による珠玉のエッセイを各編に収録。


内容

「人が生き、言葉が交わされる場ではいつも物語が生まれてきた。昔もいまも、人は物語を通して疑い、また納得してきたのだろう。 記憶を持ち、言葉を通して過去・現在・未来を持つということは、そういうことだ」(訳者)。


〈あとがきのあとがき〉ラストシーンから、近代文学とは違った物語発生の場を垣間見る ──『虫めづる姫君 堤中納言物語』の訳者・蜂飼耳さんに聞く

[書評]
  • 毎日新聞2015年10月11日/今週の本棚
  • 「どの一編も時代を超えて、異彩を放つ。心に強くひびく。...古典新訳の、あるべき姿を示す注目の一冊。」
[訳者]蜂飼耳 Hachikai Mimi
1974年神奈川県生まれ。詩人・作家。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。詩集『いまにもうるおっていく陣地』で第5回中原中也賞を受賞。詩のみならず、小説、エッセイ、絵本、書評などでも活躍する。他の著書に、詩集『食うものは食われる夜』(第56回芸術選奨文部科学大臣新人賞)『隠す葉』『現代詩文庫・蜂飼耳詩集』、小説『紅水晶』『転身』、文集『孔雀の羽の目がみてる』『空席日誌』『おいしそうな草』、絵本『うきわねこ』(絵/牧野千穂、第59回産経児童出版文化賞ニッポン放送賞)などがある。
《関連刊行本》
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2015年9月 9日 光文社古典新訳文庫編集部 |

蜂飼耳 Hachikai Mimi

ホーム > 翻訳者リスト>蜂飼耳

蜂飼耳 Hachikai Mimi
  • 虫めづる姫君  堤中納言物語
  • 方丈記
1974年神奈川県生まれ。詩人・作家。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。詩集『いまにもうるおっていく陣地』で第5回中原中也賞を受賞。詩のみならず、小説、エッセイ、絵本、書評などでも活躍する。他の著書に、詩集『食うものは食われる夜』(第56回芸術選奨新人賞)、『隠す葉』『現代詩文庫・蜂飼耳詩集』、『顔をあらう水』(第7回鮎川信夫賞)、小説『紅水晶』『転身』、文集『孔雀の羽の目がみてる』『空席日誌』『おいしそうな草』、訳書『虫めづる姫君 堤中納言物語』などがある。

2015年9月 8日 光文社古典新訳文庫編集部 |


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