2012.12.22

光文社古典新訳文庫感想文コンクール2012、中学生部門最優秀賞 掲載中!

★中学生部門・最優秀賞の内田光咲さんの作品をこちらに掲載します★

中学生部門 最優秀賞
トム・ソーヤーの冒険を読んで/対象図書:『トム・ソーヤーの冒険』
筑波大学附属中学校 内田光咲

「さあ、冒険の旅に行っておいで!」私が幼い頃の母の口癖だ。公園や児童館など限られた中だったが、幼い私にはそれら全てが冒険だったに違いない。

私には姉という幼い私を常に守ってくれるヒーローがいた。しかし、頼りにしていた姉が幼稚園に入り小学校に入りし、私一人の時間が増えていった。行動的な姉に比べ、何をするにも人一倍慎重で人見知りな私はいつも母にまとわりついていた。そんな私に母がかけてくれていた言葉だ。

トムが冒険した場所も、村にある墓地や、村の河をはさんだ向こう側にある島など、とても身近なところだ。大人であれば冒険といえるほどのことでもない。しかし、トムにとっては大きな冒険だったのだ。それはまだトムが成長の途中だからだ。途中だから大冒険ができる。空想の世界で遊ぶ事ができる。想像するだけで、自分をロビン・フッドなどに変身させ、本気で宝さがしができる。現実の世界と空想の世界を行き来しながら、現実の世界を冒険の旅によって広げていったトム。そしてトムは冒険することによって、家族が近くにいない寂しさやポリーおばさんの深い愛情、友の大切さ、村人のありがたさを知り、冒険には大きな危険が伴う事、そして事をやり遂げた暁には大きな喜びがある事を身をもって体験し、成長したのだ。

ルールに縛りつけられることが嫌いなトムは、やってはダメと言われたことばかりしている。でもそれは、ポリーおばさんのことを裏切りたいからではない。好奇心が強いからなのだ。トムは好奇心旺盛だから、ハックにも会えたし、ポッターを救えたし、お金持ちにもなれた。そして成長できた。好奇心がない人は成長しない人だと思う。好奇心があるから冒険できる、冒険するから経験をつめる、経験をつむから成長する、全てがつながっているのだと思う。どこかに旅に出ることだけが冒険だとは思わない。自分の知らない世界へ飛び込んでいく事、それが冒険だと思う。外国に興味があってその国の言葉を学んでみるのも冒険だ。人と出会い、その人をもっと良く知りたい、考えを理解したいと他者の話に耳を傾け新しい価値観に触れることも冒険だと思う。自ら行動をおこす気概があれば冒険は誰にでもでき、人として成長できるチャンスがある。だから、生きている間は好奇心を失わないようにしたいと思う。

でも、好奇心だけでは、ハックに会えてもハックと仲良くなることはできない。トムには優しさがあり、面白いことを考えることに関してはピカ一の才能があった。そして人に好かれる。それが最大の武器だ。なぜルールを破りいたずらばかりするトムが好かれるのか。それは大人が持つ偏見がないからだ。浮浪児として名高いハックの独特な価値観に対し、ある種尊敬にも似た気持ちで接しているし、見張りを任せるように信頼もしている。頭にくることばかりしているトムだが、思いやりの心や、ユーモアを忘れない。へこむ事があってもすぐに立ち直る強さがある。教会でくわがた虫を逃がし、一波乱あった。大人たちは困ったものだと言いながらも、そのハプニングを実は楽しんでいたのではないだろうか。既成のルールはルールとして守ることが必要だ。しかし、ちょっとした変化、悪意の無いいたずらは人に潤いと寛容の心を持たせる。純粋に楽しいものだと。

人は一人では生きられない。トムが大冒険できたのも様々な方面からトムを気遣ってくれる人がいたからだと思う。鍾乳洞で迷子になった時は本当にそのまま死んでしまうのではないかと思った。村人は皆で何日も何日も二人を探した。結果的に自力で鍾乳洞を脱出した二人だったが「必ず助けに来てくれる」「必ず助け出す」という心の繋がりが二人に勇気を与え、祈りが天に通じたと感じる。

私も色々な人から支えてもらっていると感じている。冒険ができるのは、そこに必ず待っていてくれる人、気遣ってくれる人がいるからだと思う。帰る場所があるからこそ冒険の旅に出発できるのだと思う。幼い私もそうだったに違いない。「行っておいで」と送りだしてくれる母がいつもそこで待っていてくれると信じていたから、私なりの小さな冒険の旅に出掛けていけたのだ。

「さあ、トムと共に冒険の旅に出掛けよう」十三歳になった私は毎朝出かけ際にそう自分を鼓舞する。好奇心を忘れず、行動を起こす事を恐れないように。他者を思いやる心を持ち、既成の概念に囚われない柔軟な頭でいられるように。昨日までは知りえなかった新しい世界との出会いは、今日、図書館で出会う一冊の本の中にあるかもしれない。または、学校の授業中、もしくは友人との何気ない会話の中にあるのかもしれないのだから。