2018.07.17

〈あとがきのあとがき〉あらゆるしがらみを超えて、人と人が向き合ったらどうなるか?──フォースター『モーリス』の訳者・加賀山卓朗さんに聞く

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誰にも打ち明けられない衝動、社会に認められない願望を抱え、モーリスは少年時代からずっと苦悩していた。大学に進学すると、学舎で出会った知的なクライヴと急速に親しくなり、二人は互いに愛の言葉を口にするようになる。しかし、幸せな時間は永遠ではなくて......。

20世紀初頭、同性愛が犯罪と見なされていたイギリスで書き上げられた『モーリス』は、57年の時を経て、作家の死後、1971年にようやく発表されます。作家自身のセクシャリティが明らかになり、大きな衝撃を与えた本作を翻訳した加賀山卓朗さんにお話を伺いました。

 

世の中の多様性を応援したい

──刊行と同じタイミングで、偶然にも映画、リマスター版『モーリス 4K』が公開されました。あちらは製作30年記念だそうで。映画はご覧になられましたか?

加賀山 ええ、観ました。でも古い方で。4K版の予告編を見ると、やっぱり映像がきれいで全然違います。ドラマ『SHERLOCK/シャーロック』のレストレード警部役でいま注目されているルパート・グレイヴスが、モーリスと結ばれる森番アレック役で出ているのも話題を呼びそうですね。

──じつは、今日こんなものを持ってきました。1988年の日本公開時に発売されたCDです。

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加賀山 サントラまで出ていたんですね!......ああ、こんなにいろいろ曲が流れているんだ。

──インタビューに備えて気持ちを盛り上げようとCDをかけて読み始めたんですが、物語に入り込んできたら音が邪魔になって途中で消しました。映画と原作は別のものだなぁと思いながら。

加賀山 そうですね。主人公のモーリスからして人物がぜんぜん違いますしね。映画では線の細い金髪の青年ですが、小説ではスポーツマンで黒髪ですから。

──1980年代は、同性愛を描いたイギリス発の映画が複数公開されています。『プリックアップ』(1987)とか......。

加賀山 ああ、ありましたね。あとは、『マイ・ビューティフル・ランドレット』(1985)でしたっけ。

──『アナザー・カントリー』(1984)に『レインボウ』(1989)も。『モーリス』は1914年に脱稿したものの、1971年まで発表されなかった。それが1980年代には、こんなに同性愛が広く語られるようになったと思うと感慨深くて。

加賀山 イギリスでは同性愛は1967年まで犯罪でしたからね。作家なら作品を発表したいと思うのはたぶん間違いないはずですが、『モーリス』はずっとそうできなくて、作家の生前は内輪でひっそり回し読みされるだけだった。だから他の作品とはまた違う強いこだわりがあると思う。フォースター自身のエッセンスみたいなものが入っているというか。

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──ちなみに、映画『モーリス』を撮ったジェームス・アイヴォリー監督は、ほかにもフォースター作品をいくつか映画化しています。

加賀山 『眺めのいい部屋』とか『ハワーズ・エンド』とかですよね。でも、フォースターに興味を持って、これは読まなければと思ったのはずっと後です。法廷ミステリーで知られるアメリカの作家、スコット・トゥローの推薦文を読んで。『東西ミステリーベスト100』のリニューアル版に寄せて、"20世紀文学の傑作中の傑作"として、フォースターの『インドへの道』を歴代ベストテンに挙げていたんです(トゥロー『出訴期限』〔文藝春秋〕巻末に特別収録)。

──トゥローのコメントがすごい! "作中人物の欠点を余すところなく理解し、にもかかわらず彼らに対して共感を抱いている点では、フォースターはチェーホフに比肩しうる"。

加賀山 そんなに誉めていたら、やっぱり読まなきゃと思うわけです。トゥローはすごく好きで、昔から読んでいたので、この人が薦めているのであればと『インドへの道』を手にしたらおもしろくて。それで他のフォースター作品も読んで、『モーリス』を訳してみたいと思ったんです。

──フォースターは名誉ある勲章も受勲していて、イギリス人にとっては国民的作家なわけですが、『モーリス』はどのように読まれているのでしょう。

加賀山 改めて評価されてすごく読まれている、というものではないと思うんです。古典の一つという位置付ではある。もう20年ぐらい英語のことで質問をしているイギリス人がいるんですけど、その人は『インドへの道』がいいと言っていましたね。フォースターと言えば『インドへの道』という感じで、おそらく一番人気があります。

──『モーリス』は、三島由紀夫でいう『仮面の告白』というか、たまたま映画にもなって広く知られている作品というわけですね。

加賀山 そうそう。代表作の扱いではないですね。いつか『インドへの道』も訳してみたいですけど、あれはけっこう長いから、今回はこっちでよかったかなと思っています。

──よかったというのは長さが?

加賀山 やはりそこは、LGBTsの問題に話題提供できればという気持ちがありました。世の中全体がだんだん厳しくなっているでしょう。たとえば同性婚にしたって、夫婦別姓の問題にしたって、わたしはいいと思うんです。自分の迷惑になるわけでもないし、他の人がこれによってプラスαで幸せになるんだったらかまわないと思うんだけど、それをなぜか否定する風潮がある。それがすごくいやで、個人的には多様性を応援したいと前から思っているんです。

──若い世代と話をすると、多様なセクシャリティに寛容というか、好きになったらそれでいいじゃない、と自然に口にできる人が少なくないように感じます。アレックは、そんな21世紀の若者に近い感覚を持っている気がしました。

加賀山 フォースターはたぶん、階級とか、それぞれが住んでいる社会とか、民族とか、あるいは性別なんかもすべて超越して、人と人とが向き合ったらどうなるかというのを大切にしているんですよね。『インドへの道』ではそれが一番初めから示されるし、『モーリス』でも端的にそれが出ている。自身が同性愛者であり、そもそも頭のいい人なので、自然に多様性をリベラルに認めるという方向に進んだんだろうと思います。だから、現代的ですよね、フォースターって。古典というよりは、むしろ今の作家という感じがします。

イギリスは多層的な国

──トゥローのコメントにもありましたが、フォースターは登場人物の欠点を容赦なく描写していますね。

加賀山 モーリスに対してもあまり利口じゃないとはっきり言っています。悩める主人公を一方的に応援するとかじゃなくて、時には落としてみたり、持ち上げてみたりして。同じ人でもいい面があり、悪い面がある。そういうところに公正な目を持っている作家なんだと思いました。

──登場人物同士が互いをどう品定めしているのかも興味深い。

加賀山 あとがきにも書きましたけど、貴族がモーリスをどう見ているかはけっこうおもしろかったです。最初の恋人クライヴの屋敷に招かれたモーリスが、母親のダラム夫人に嫌われてもかまわないとやけになって振舞っていたら、それがむしろプラスの評価になってダラム家の人々から敬意を払われるとか。

──感謝するのは育ちの悪い人間のすることだと考えているというのには、へー!と驚きました。加賀山さんは、今イギリスがマイブームだそうですが、あちらに行かれた時などに階級を感じること何かはありましたか?

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加賀山 実際イギリスに行ったのは3回くらいで、一番新しいイギリス体験はドラマ『ダウントン・アビー』ですね。これがまたおもしろくて。たとえば、貴族たちと使用人が、鉢合わせしないような建物の構造になっていたりするんです。使用人は必ず裏から入るとか、同じ館の中に世界が二つあるみたいな。出張や観光で行っても貴族と話す機会はないのでわかりませんでしたが、小説を読んだり、映画を観たりすると、すごく多層的な国だなと思います。

──『ダウントン・アビー』の時代はいつ頃ですか?

加賀山 『モーリス』と同じぐらいじゃないかな。第一次世界大戦があるから、やっぱり20世紀の初めぐらい。

──翻訳の手助けになるようなところもありましたか?

加賀山 けっこうありました。たとえばクリケットの試合。屋敷のホスピタリティだと思うんですけど、屋敷が参加者全員の食事を出したり、全面的にアレンジして、村で働いている人たちを呼んで試合をするというのが『ダウントン・アビー』にあったんですよね。『モーリス』にもダラム家が主催するそういう交流試合がでてきて、ああ、これじゃんと思いました。

──福利厚生的なイベントで、違う世界に住む人々を交わらせるんですね。

加賀山 あのときはみんな仲良くやるわけです。無礼講みたいな感じで。フォースター的に好きなテーマなんじゃないかと思います。

──そういう試合が大切な年中行事として機能しているのも、多層的であるがゆえですね。

加賀山 自分も含め、イギリスに夢中になる人がいるのはよくわかる。アメリカって、言ってしまえば単純ですが、イギリスはあの面積だけじゃない広がりがある感じがします。さほど大きな国じゃないけれど、あの中に日本なんか比べ物にならないくらい多くの社会がある。日本も地方によって違いはありますが、イングランド、ウェールズ、アイルランド、スコットランドは地理的にもずいぶん違うし、同じロンドンでも階級的にすごく違う。

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──『チャヴ 弱者を敵視する社会』(オーウェン・ジョーンズ、海と月社)もそういうことを扱っていますよね。いまどき、階級なんかないのかと思いきや、むしろ階級をつくるんだとか。

加賀山 そうです。新たな下層階級が必要だという話ですね。たぶんイギリス人は、階級なしでやっていけないんじゃないでしょうか。あまりにも伝統がありすぎて。

──這い上がるには自分の下に人をつくる。『チャヴ』が言っているのは、中流というか、総中流になるために、要するに攻撃する相手が必要だということですよね。

加賀山 チャールズ・ディケンズなんかは、どちらかというと下のほう、あまり貴族のような上のほうは扱わない大衆的な作家ですけど、一般的には、イギリス人は階級が好きなんだろうと思います。なしではいられない。フラットな社会はなかなか想像できないんじゃないかな。

──『モーリス』の最初のほうで、思春期のモーリスが昔からいる使用人に対して尊大な口を聞くと、使用人のほうは機嫌を損ねたふりをするけれど、実のところはそうじゃないなんてくだりもありました。

加賀山 亡くなった父親に似て「もういっぱしの風格がある」なんて言ってね。主人なんだから主人らしく振る舞えよということなんでしょう。

──それによって居心地がいいというか、安心する。だから階級がなくならない。

加賀山 そんな状況下で、主人公は、階級のみならずいくつものハードルを越えていく。だから『モーリス』はとても革新的な作品なんですね。

──モーリスとクライヴがバイクでデートに行った先で農家のおかみさんの世話になるエピソードも、普通にしていたら出会わない者同士の接触を描いた場面として強く残っています。

加賀山 たしかにあの設定は、学校や家族というごく狭い世界だけで暮らしていたモーリスが、はじめてよその世界を知るために用意されたものですね。つまりクライヴとああいう関係にならなければ、外の世界に出て行かなかったわけです。

──あれ以降、待宵草が何度も出てきますよね。

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待宵草(写真:Krzysztof Ziarnek)

加賀山 訳すときはあまり作品分析をしない方なんですが、たしかに、けっこう出てくるなとは思っていました。印象的な場面でけっこう使われているじゃないですか。ディナーの途中で抜け出して庭を散策していたモーリスがアレックと遭遇して、屋敷に戻ってくると黒髪に待宵草の黄色い花粉がふりかかっていたとか。

──すごく色っぽいし、夜とか闇が強調されている。待宵草の花は、文字どおり夕方に咲いて、翌朝にはしぼんでしまいます。なので、簡単に踏み込めないイメージの野茨とか、視界を遮るほどの激しい雨なんかと並んで、モーリスの秘密を周りから守る装置のように感じられました。

加賀山 なるほど。あと森もありますね。昔は森に逃げればよかったでしょ。社会から外れた人が隠れる場所が森だった。この作品では、ロンドンからちょっと離れた田舎町ペンジの、ダラム家の屋敷の前に森が広がっているというのがまたポイントなのかな。階級を超えて、森番と結ばれる話といえばD・H・ロレンスの『チャタレー夫人の恋人』が有名ですが、同じ森番との恋でも『モーリス』は階級だけじゃなくて、社会が決めたセクシャリティも超えちゃう。より一層ハードルが高い。

──1960年に追記された「著者によるはしがき」に、D・H・ロレンスがこんなものを書いたけど、というような箇所があってちょっとおかしかったです。

加賀山 自分のほうが先に書いたのに、あっちに先に発表されちゃったということですよね。フォースターに言わせれば。

──書かずにはいられなかったんですね(笑)。

男の社会、女の社会

──モーリスは、同性にしか愛情を抱けないのは病気なんじゃないかと苦しみ、意を決して、あまり好きでもない隣人の医者にかかりますよね。

加賀山 周りの意見がすべてのような社会です。多くの人は、精神の病だと思っていたんでしょう。クライヴのように、ある日突然、同性愛を否定して女性と結婚する人もいるから、なおさら「治る」ものだと思ってしまう。それで医者に行ったわけです。

──それは苦悩の形としては、あまりにもきつい。

加賀山 周りの人たちの態度や、社会制度ゆえに、仕方なくこじらせちゃったという印象があります。誰でも思ったように生きられる社会であんな風になったわけでないので、ちょっと気の毒な感じがしちゃうんですよね。

──相当苦しかったと思います。ただ、それを考慮しても、ものすごく気分屋で身勝手な言動も多い。モーリスのそういう性格をどう見ていましたか?

加賀山 成人したモーリスは、一応、株式の仲買人みたいなことでそこそこの成功をおさめて、社会的にはちょっと認められているんですよね。でも、一番大切なものというか、アイデンティティみたいなところでずっと悩んでいるから屈折している、きっとね。それがときどき爆発しちゃう感じかな。妹たちに手酷く当たったりして。

──妹たち、当時の女性たちは、男性ほど出会いの機会もないし、外出の自由もない。しかも、造作の良し悪しや財産の有無で値踏みされる。その上、当主である兄からしょっちゅう八つ当たりされるのはあまりにも不憫で......。

加賀山 なるほど、ああ、そうか。言われてみれば、わたしはモーリスに同情的だったかもしれないです。妹たちがかわいそうとかあまり考えていなかった。

──女性たちは物語の本筋からすると添え物ですが、フォースターはそんな彼女たちのことも丁寧に描いていると感じました。

加賀山 鋭い観察眼を持った人だから、日常的に周りの人を見ていたのでしょうね。モーリスやクライヴ同様、女性に囲まれた家庭で育ったから、女性が何を考えているのかにも相当頭を働かせていたと想像します。たしかに、クライヴの母親が言うことは、訳していてけっこう味があるなと思いました。モーリスやクライヴが言うことはだいたい想像がつくんだけど、二人の母親たちが言うことは意外でおもしろかったりした。

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加賀山卓朗さん

──モーリスの母親の言動から、彼女の優しくて穏やかな人柄は、色々なものを飲み込んだ上に成り立っているような気もしました。

加賀山 そうですか? ああ、でも、この子はひょっとしたらみたいなことを匂わせる部分もあって、母親は、モーリスのセクシャリティについてもわかっていたっぽいですよね。

──彼女の言葉は、モーリスの父親についても、それが同性愛なのかははっきりわかりませんが、何がしかの秘密があったことを匂わせていますよね。

加賀山 すると、モーリスをはなからを相手にしなかった隣人の医者は、父親にもその気があるのを察していて、息子もかと思った可能性がありますよね。でも、そんな話はまさかありえない、認めたらパニックになってしまう。だから医者は頑なに否定したけれど、一方、モーリスの母親は、心のどこかで疑いつつも表面上は「さあ」という感じで、知らない振りを通している。

──真実を突き詰めて向き合うと、属している世界が狭い当時の女性たちは、自分を辛くするだけなのかもしれません。

加賀山 モーリスとクライヴの交際中、互いの母親と妹同士が仲良くなっちゃうじゃないですか。息子たちそっちのけで。あそこは、隠さなくていい関係としてコントラストを出しているだけでなく、当時の男の社会と女の社会のあり方の違いも見えてきますね。

──クライヴの家族は、モーリスの家族が自分たちの事情に踏み込み過ぎないところを好むんですよね。

 

加賀山 自分たちに対して、むしろぶっきらぼうなくらいの態度を尊重するんですよ。そっちのほうがいいという感じ。

 

──言い換えれば、面倒になりそうなことは見ない、あるいは敢えて口に出さない。それによって、女性たちの世界の平和が保たれるという。

加賀山 なるほど、たしかにそうですね。男性にばかり注目していて、女性にあまり注目してなかった。それこそわたし自身に多様性の意識が全然足りていなかったようです!

翻訳者はいろいろ大変

──話は変わりますが、加賀山さんは会社員から翻訳者に転身なさったんですよね?

加賀山 はい。通信会社で光海底ケーブルを引く契約の仕事をしたりしましたが、入社10年くらいの頃、伝送路の仕事よりも、その中を通すものを扱いたいと思ったんですよね。一度、仕組みより中身の仕事をしてみたいなと。英語はその会社でも使っていたし、本は好きだったので、通信教育で翻訳をやってみたらおもしろかった。それで田口俊樹さんという師匠のところに通い始めたんです、夜学に。以来、今も関心が途切れずに続いています。

──デビュー当時はまだ30代前半ですよね。最近は、そのくらいの若い男性の翻訳者はかなり少ない。

加賀山 いないですよね。やっぱり商売にならないかな。たぶん何か他に仕事がないとやっていけないですね。私も翻訳学校で教える仕事があるからなんとかやっていますけど。

──翻訳者を目指す人自体が少なくなってきているのでしょうか。

加賀山 それが、翻訳学校に来る人は減ってないんですよ。とくに女性と年輩の男性が増えています。語学ができるので副収入を、あるいは家庭に入って仕事に復帰したいけどオンサイトはむずかしい、というケースが多いかな。でも、ほんとうに男性は少ない。ますます少なくなってきているかな。だってちょっと、生活がね......。

──仕事の蓄積ができてきて、ロングセラーのものでもあれば印税収入がそこそこの見込めた昔と比べると、今はそのあたりの事情が全然ちがう。

加賀山 そうそう。年収で見ると、そんなに悪くはなくてもキャッシュフローが回らなくなる。保険料をいきなり30万ひき落とされると言われても、ありません!みたいになっちゃうから。

──すごく当たった作品とかあると、それもまた次の年に......。

加賀山 えらいことになってしまう。消費税払ったりして。で、その年は収入低かったりしてね。そのあたりは、全然読めないのでいろいろ大変なんです。

──加賀山さんにとって、すごく当たった、これはヒットしたというのはどの作品ですか?

加賀山 一番多く売れたのは、ジョン・ル・カレの『ナイロビの蜂』(集英社文庫、上下巻)、もしくは、デニス・ルヘインの『ミスティック・リバー』(ハヤカワ・ミステリ文庫)かな。

──『ナイロビの蜂』って、アフリカが舞台の、どちらかと言うと社会派な作品ですよね。

加賀山 アフリカの製薬会社が悪いことをして、主人公がその陰謀に挑む話で映画化もされました。『ナイロビの蜂』は圧倒的に男の世界でしたね。今回訳した『モーリス』も悩める男の物語ですが。

──翻訳小説ファンの間では、加賀山さんと言ったらスパイ小説、冒険小説、ミステリーなどを思い浮かべる方も多いかと思います。

加賀山 そうなんですよね。もともとがそこから入ったので。

──でも実際は、幅広いジャンルを手がけている。今のものに限らず古典も。『モーリス』もそうだし、昨年出たディケンズの『オリヴァー・ツイスト』(新潮文庫)もそうだし。

加賀山 他にはグレアム・グリーン、ジョン・ディクスン・カーもやりました。とくにグリーンは大好きです。趣味でやるならずっとグリーンを訳していたい。

──さらにはノンフィクションも。これも昨年出たばかりですが、先述の『チャヴ』はなかなか衝撃的でした。翻訳のジャンルは意識的に広げてこられたんですか?

加賀山 いえ、自分からそうしようとは特に思っていないんです。ただ、『チャヴ』よりもずっと前、初めてノンフィクションを頼まれたときに、フィクションと別の名義で訳そうと決めました。殺しとか、スパイとか、ギャングとか穏やかでないものを扱う小説を訳すことが多かったから、まったくイメージを変えて。そしたら両方で仕事をいただけるようになって、それが今も続いている感じかな。

──訳すときに意識していることはありますか? 現代のものと古典を比べた違いとか。

加賀山 昔は、古典を訳すときはそれっぽい日本語じゃないといけないのかなと思っていたんですけど、でもよく考えたら作品ごとに器用に文体を変えることなんてできない。だから自然体です。自分がいいと思うように。若い人に読んでもらいたいので、あえて言えば、彼らが読んでも苦にならないような文体を心がけているということでしょうか。

──ノンフィクションも同じ感じですか?

加賀山 ノンフィクションはもっといじります。なんて言うんですかね......正確じゃなきゃいけないですけど、もっと読みやすくするというか。個人的なあれですけど、小説は読んでいる時間が楽しいんですね。音楽を聴いているのと同じでその時間がいい。だけど、自己啓発本なんかは個人的には情報さえ得られれば、読書時間は短ければ短いほどいいと思ってる。だからちょっとでも短く読めるように工夫します。

──なるほど。ところで、ノンフィクションを訳すときのペンネーム、依田卓巳の由来は?

加賀山 加賀山は本名ですけど、依田のほうは、依田紀基さんという囲碁の名人がいて、わたし、けっこう好きだったんですよ。それで勝手にもらって、卓巳は、卓朗の卓にしっくりくる組み合わせを適当に考えました。

──なんで依田なのかと思ったら、そういうことでしたか!

加賀山 そうなんですよ、こっそり。囲碁ができるわけでもないんですが(笑)。

(聞きて:丸山有美)

モーリス

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  • フォースター/加賀山卓朗 訳
  • 定価(本体1,080円+税)
  • ISBN:75378-8
  • 発売日:2018.6.12