著者年譜

マーク・トウェイン Mark Twain

『トム・ソーヤーの冒険』

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出来事
1835年 11月30日、米国ミズーリ州フロリダで、父ジョン・マーシャル・クレメンズと母ジェーン・ランプトン・クレメンズのあいだに生まれる。本名サミュエル・ラングホーン・クレメンズ。
1839年 4歳 1家でミシシッピ河沿いの町ハンニバルへ移住する。
1847年 12歳 父ジョン・マーシャル・クレメンズ死去。
1848年 13歳 印刷工見習いとして働きはじめる。
1851年 16歳 兄オリオンが発行する週刊新聞「ハンニバル・ジャーナル」に、記事を書きはじめる。
1853年 18歳 渡り職人の印刷工となり、セントルイス、ニューヨーク、フィラデルフィアなどで仕事をする。
1857年 22歳 ミシシッピ河を運航する蒸気船の水先案内人になることを決意し、見習いとなる。
1859年 24歳 蒸気船の水先案内人の免許をとる。翌々年に南北戦争がはじまるまで、水先案内人として船を操る。
1861年 26歳 南北戦争勃発。リンカーン政府からネヴァダ準州の政務長官に任命された兄オリオンの私設秘書として、同準州のカーソン・シティへ赴く。
1862年 27歳 ネヴァダ準州ヴァージニア・シティの「テリトリアル・エンタープライズ」紙の記者となる。
1863年 28歳 「テリトリアル・エンタープライズ」紙に書いた「カーソン便り」で、初めて「マーク・トウェイン」の筆名を用いる。
1864年 29歳 ネヴァダ準州からサンフランシスコへ移る。「サンフランシスコ・モーニングコール」紙等、さまざまな新聞・雑誌に記事を書く。
1865年 30歳 短編小説「キャラヴェラス郡の名高き跳び蛙」が、「カリフォルニアン」誌に掲載される。
1866年 31歳 サンフランシスコを船で出発し、サンドイッチ諸島(現在のハワイ諸島)へ。「サクラメント・ユニオン」紙に旅行記を書く。
1867年 32歳 最初の単行本『キャラヴェラス郡の名高き跳び蛙』、チャールズ・ヘンリー・ウェブ社より刊行。またこの年、ヨーロッパを旅行し、「アルタ」紙等に旅行記を書く。マーク・トウェインの名が高まる。
1870年 35歳 オリヴィア・ラングドンと結婚。
1872年 37歳 長女オリヴィア・スーザン誕生。
1873年 38歳 チャールズ・ウォーナーとの共著『金ぴか時代』、アメリカン・パブリッシング社より刊行。
1874年 39歳 次女クララ誕生。
1876年 41歳 『トム・ソーヤーの冒険』のアメリカ版、12月にアメリカン・パブリッシング社より刊行(イギリス版は同年6月に刊行)。
1880年 45歳 『放浪者外遊記』、アメリカン・パブリッシング社より刊行。3女ジェーン誕生。
1881年 46歳 『王子と乞食』、ジェイムズ・R・オズグッド社より刊行。
1883年 48歳 『ミシシッピの生活』、ジェイムズ・R・オズグッド社より刊行。
1885年 50歳 『ハックルベリー・フィンの冒険』のアメリカ版、2月にチャールズ・L・ウェブスター社より刊行(イギリス版は前年12月に刊行)。
1889年 54歳 『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』、チャールズ・L・ウェブスター社より刊行。
1891年 56歳 1家でヨーロッパに移住する。以後、1900年に帰国するまでの約9年間、ヨーロッパやオーストラリア各地に滞在。
1894年 59歳 『トム・ソーヤーの外国旅行』、チャールズ・L・ウェブスター社より刊行。
1896年 61歳 長女オリヴィア・スーザン、脳膜炎により24歳で死去。
1897年 62歳 『赤道に沿って』、アメリカン・パブリッシング社より刊行。この頃、「若者サタンの記録」を書きはじめる(未完)。
1900年 65歳 トウェイン1家、ヨーロッパから米国に帰国。
1901年 66歳 反帝国主義連盟副会長に就任。またこの年、イェール大学から名誉博士号を授与される。
1903年 68歳 妻オリヴィアの病気療養のため、1家でイタリアへ出発、フィレンツェに到着する。
1904年 69歳 フィレンツェにて妻オリヴィア死去。享年58
1907年 72歳 オックスフォード大学から名誉博士号を授与される。
1908年 73歳 ニューヨークからコネチカット州レディングの新居へ移住、終の棲家となる。
1909年 74歳 『ストームフィールド船長の天国訪問』、ハーパー社より刊行、生前最後の単行本となる。3女ジェーン、発作を起こして29歳で死去。
1910年 4月21日、心臓発作によりレディングの自宅で死去。享年74