2026.10.06

なぜ光文社古典新訳文庫が「手帳」をつくったのか──編集長にインタビュー


2026年、創刊20周年を迎えた光文社古典新訳文庫。400点を超える作品から365の名文・名場面を選び、1日1ページの手帳に収録した『光文社古典新訳文庫ジャーナル2027』が誕生しました。なぜ、文庫レーベルが「手帳」をつくったのか。名文はどうやって選んだのか。そして、初めての手帳づくりで直面した数々の難題とは。小都一郎編集長に聞きました。


──まず、この企画の出発点から教えてください。

20年やってきて思うのですが、光文社古典新訳文庫の一番の資産は、やっぱり新訳の「訳文」なんです。
通常はもちろん本という形で皆さんに提供していますが、500ページとか800ページとか、長いものもある。本当は誰でも読める本なのに、それだけでどうしてもハードルが高くなってしまう。だったら、まずは気軽に「試食」してもらうようなコンテンツがあってもいいんじゃないかと。作品の面白いところを「名文」や「名場面」という形で切り出せたらいいな、と思っていました。

──名文や名場面の活用法として、なぜ「1日1ページの手帳」という形を選んだのでしょうか?

最初は日めくりカレンダーとか名言集というアイデアもありました。ただ、日めくりだと毎日捨てちゃいますよね。それだと記憶に残らない。

一冊の名言集にすることも考えました。海外には『Bartlett's Familiar Quotations』という有名な引用句辞典があって、すごく立派な名言集で、私も個人的に大好きな本です。でも光文社古典新訳文庫はこれからも作品がどんどん増えていくので、一冊に閉じ込めてしまうのはちょっともったいない。

『Bartlett's Familiar Quotations』

一方で、コロナ禍以降、内省のツールとしてジャーナリングが広まってきました。ビジネスパーソンが生産性を上げるためのツールとして語られることもあります。またTikTokやInstagramなどで、自分の手帳を見せ合うような文化も以前よりずっと広がっています。

そこで、1日1ページの手帳に一つずつ名文や名場面を載せたら、すごく面白い相乗効果が生まれるんじゃないかと思ったんです。何も書くことがない日でも、そこにある文章を読む。それだけで、ちょっとしたひらめきや発見があるかもしれない。

ちょうど20周年ということもあって、新しいことをするにはいい機会だと思いました。

──では、その名文や名場面は、どうやって集めたのでしょう?

最初は、本や刊行前のゲラを読んでいて、「ここは面白いな」と思ったところにマーカーを引いたりして集めていたんです。ただ、それではとても数が足りない。そもそも400点以上の本をあらためて全部読んで、私一人で「ここが名文だ」と見つけていくのには無理があります。ウェブで誰かが上げているのを拾ってくるのも、たかがしれています。

そこで、名文をもっと効率よく集める方法はないかと考えるようになりました。役に立ったのが、さっきの『Bartlett's Familiar Quotations』のような、世界中の引用の蓄積です。

考えてみれば、古典新訳文庫で出しているのは世界的に有名な古典作品です。光文社古典新訳文庫版の『ロミオとジュリエット』を読んだ人はまだそれほど多くないとしても、『ロミオとジュリエット』そのものは、これまで世界中でものすごい数の人が読んでいる。

だったら、「ここが名場面だ」「この言葉が面白い」と思った人たちは、世界中にいるはずですよね。
そこで、世界中で引用されている箇所を我々の日本語訳と対照する。そういう方法を思いついてから、かなり効率よく名文を集められるようになりました。

ただ、英語ベースで情報収集すると、たとえばドイツ語の作品が英訳ではすごい名文になっている、でも日本語訳で同じ箇所を読んでみると、必ずしもそこが際立っているわけではない、ということもある。そこは実際の訳文を一つひとつ確認していく必要があります。

──名文や名場面を集めてみて、あらためて気づいたことはありましたか?

これは面白かったですね。

物語そのものの展開が大事な作品、たとえばジェットコースターのようにストーリーで読ませる小説には、意外と短く切り出せる名言が少なかったりする。

一方で、「さすがだな」と思ったのはドストエフスキーです。名文の宝庫なんですよ。どの作品を取っても、たくさん出てくる。

なぜかというと、ドストエフスキーは物語の中で、いろいろなことを「定義」するんです。「人生とはこういうものだ」とか、「男とはこういうものだ」とか。そういう台詞がたくさんある。それが名言や名台詞になるんですね。

もちろん、それは必ずしも作者自身の主張ではありません。悪役が反道徳的なことを言っている場合もあるし、世間一般に認められるような「正しいこと」とも限らない。でも、反発も含めて、ちょっと考えさせられる。そこが面白いんです。

一方で、名場面のほうはむしろ難しいですね。物語の流れを読んでいない人に、「ここが名場面です」と短い文章だけを見せるのは難しい。文脈がないと伝わらなくて使えなかった箇所もありますし、完全なネタバレになってしまう場面も出せません。

でも、やっぱり名場面というのはあるんです。一幅の絵のように、500ページある小説から一枚の写真を切り出したように、美しい場面がある。それを読んで、「こんな場面があるなら、この本を読んでみたい」と思ってもらえたらいいですね。

──手帳として、どんな造本を目指したのでしょうか?

光文社古典新訳文庫のジャーナルなので、やっぱり文庫サイズがいいだろう、と。A5判など使いやすいサイズはほかにもありますが、これは「文庫」から生まれたものなので、文庫の形にしたかった。

それから、手帳なので、パタッと開いて、そのまま置いておけるくらいの開きのよさは必要だと思いました。製本所や印刷所、社内の制作部にも相談して、コデックス装がよさそうだということになりました。

光文社では以前に『おいせさん手帳』という商品を出していて、その造本経験も非常に参考になりました。

『おいせさん手帳』もコデックス装

──実際につくってみて、どんなところが大変でしたか?

大変なところ、かなりありました(笑)。

まず、光文社古典新訳文庫のジャーナルですから、表紙にはどうしても望月通陽さんの絵を使いたかった。それを表紙に印刷して、絵を見せるためには透明か半透明のカバーがいい。それでトレーシングペーパーのカバーにしました。
ところが、コデックス装というのは普通の製本とは機械も違って、使える紙にかなり制約があるんです。表紙選びもカバー選びも苦労しました。

トレーシングペーパーに加工をすると反りが出て、機械ではカバーを巻けないということになった。結局、今回はカバーも帯も全部、手で巻いています。本当はトレペの裏にPP加工したかったのですが、試験では問題なかったのに、本番環境では問題が発覚して結局表に加工することになったり(笑)。

でも、それがものづくりの難しさであると同時に、面白さでもありますね。ものはデータみたいに、きちきちっとはまるものじゃない。物理的な特性があって、作りやすい、作りにくいがある。今回はそれをずいぶん経験しました。

──いろいろな制約があった一方で、それがかえって完成品の個性につながったところもありますか?

あります。

たとえばコデックス装では、むき出しになった背に薄い紙を貼って仕上げることもあります。今回はコストとの兼ね合いで、その紙を貼らないことにしました。ところが出来上がってみると、むしろ月扉の見える背が色鮮やかで、光文社古典新訳文庫らしい個性的な表情になった。これは当初から狙っていたわけではないんですが、結果的には貼らなくてよかったなと思っています。

印刷も同じで、当初は1か月ごとに違う色を使って、12か月をそれぞれ別の色とスミの2色刷りにしたいと思っていました。でも、印刷の途中で何度も色を替えるのは非常に手間がかかるし、当然コストも上がります。

そこで最終的には6色を使って、1月から6月、7月から12月で色を一周させる形にしました。各ページは2色刷りですが、年間では6色を使っている。そうすることで、色の変化を楽しめるようにしながら、うまくコストも抑えられたと思います。

──完成したジャーナルを、どんなふうに使ってほしいですか?

作家の誕生日や命日を記載してあったり、全作品の成立年代を並べた年表や、全作品解説目録を収録するなど、ちょっと文学マニアっぽい情報も入れていますが、基本的には自由に使ってもらえるように、余白をかなり広く取っています。

絵を描いてもいいし、本当に殴り書きでもいい。日々思ったことをちょこっと書いてもいいし、がっつり仕事の日誌として使ってもいい。

スケジュール管理は、すでに使っている手帳やGoogleカレンダーなどがあるでしょうから、それを置き換えるのはなかなか大変だと思うんです。だから、いまある生活にプラスして使ってもらえればいいと思っています。でも、月間プランナーのところも望月さんの手書き文字なので、ぜひ使ってほしいんですけどね。

むしろ、「私はこんな使い方をしています」というのを、われわれが教えてほしい。InstagramやXなどに使っているところを上げて、みんなで見せ合えたら面白いですよね。

──その毎日のページに、古典の言葉が一つある。

そうですね。その名文や名場面が、ほんの少しでも「今日の自分」に引っかかって、何か発見があったらいいなと思っています。

「名言・名場面」と言っていますが、必ずしも作家がすごくいいことを言っているものばかりではありません。悪役の言葉だったり、悲しい場面だったりもする。

「いい言葉を読んで前向きになりましょう」というものではないんです。

そこが逆に面白いと思っています。それで作品に興味を持ってもらえたら、よかったら本まで読んでください、と(笑)。

──一年間使い終えたとき、どんなふうに感じてもらえたらうれしいですか?

一番は、「来年もこのジャーナルを使いたい」と思ってもらうことですね。

今回は古典新訳文庫の20周年記念として始めましたが、僕としては、これを一回きりのものにしたいとは思っていません。

名文はまだたくさんあります。来年は来年で、また違う本から、違う文章を持ってこられたらいい。

毎日、一つの言葉や場面と一期一会で出会う。そんな生活をぜひ来年も続けたいと思ってもらえたら、なによりです。

(2026年9月下旬)

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