2014.06.05

連載「”不実な美女”たち──女性翻訳家の人生をたずねて」(vol.1 小尾芙佐さんに聞く 3回裏)

vol.1 小尾芙佐さんに聞く 3回裏あのころ、あの本、あんなこと

裏の回では、3回表に登場した小尾芙佐さんの愛読書、当時の出版や翻訳事情、関連する本などをご紹介します。

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雑誌は続くよ、どこまでも

連載3回表で明らかになったように、神谷(小尾)芙佐さんが翻訳者としてデビューしたのは、早川書房の「S-Fマガジン」そして「ミステリマガジン」(「EQMM」)だった。

今回のインタビューにあたって、筆者は小尾さんの1960年デビュー当時の翻訳作品やエッセイを現物の雑誌で読むべく、ネットを調べ、各種図書館へ行き、小尾さんの蔵書からも何冊か発掘していただいた。活版組の、今では驚きの小さな文字、レトロでオシャレな装丁は、むしろ新鮮かも。投稿欄には読者の住所も載っていて、ああ、昔はそうだったんだ、と思う。そして、古い雑誌から立ちのぼってくる独特の臭い。

すると、なんというタイミングでしょう、「ミステリマガジン」も「S-Fマガジン」も創刊700号を迎え、記念アンソロジーの文庫が刊行されたではないですか。

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「S-Fマガジン」創刊700号と記念アンソロジー、
「ミステリマガジン」記念アンソロジー

さらに「S-Fマガジン」2014年7月号は700号記念特大号! 580ページの分厚い雑誌のなかに、当時のページ・レイアウトがそのまま再現されたアーカイブが登場。創刊号の巻頭言に始まり、座談会や書評、イベント報告記事、作家の追悼記事などの再掲記事は、まさに時代の証言者だ。(紙面の背後にある熱エネルギーを理解するには、福島正実著『未踏の時代』も参照のこと。)

「ハヤカワSF文庫 いよいよ発刊」という1ページ広告「予価200円」という値段も微笑ましい。再現ページの合い間には、初代編集長・福島正実の講演録(73年第1回SFショー)、第2代編集長・森優、第6代編集長・今岡清へのロング・インタヴュウがはさまれている。

小尾芙佐「ミスター・SFとの一時間 ボストンにアシモフを訪ねる」(1964年10月号)も再掲されている。どういう経緯で小尾さんがアメリカへ渡ることになったのかは、次回の4回表をお楽しみに。

「S-Fマガジン」2014年7月号 創刊700号記念特大号

2014年5月24日発行 早川書房


『ミステリマガジン700【海外篇】創刊700号記念アンソロジー』杉江松恋編

ルース・レンデル「子守り」小尾芙佐訳(93年8月号)など16作品を掲載。
2014年4月25日発行 ハヤカワ・ミステリ文庫


『S-Fマガジン700【海外篇】創刊700号記念アンソロジー』 山岸 真編

アーシュラ・K・ル・グィン「孤独」小尾芙佐訳(96年4月号)など12作品を掲載。
2014年5月25日発行 ハヤカワ文庫SF


『未踏の時代 日本SFを築いた男の回想録』福島正実著

早川書房

中原淳一展

『生誕100周年記念 中原淳一展 暮らしを愉しく、美しく』

神谷(小尾)芙佐さんが最初に就職したのは、銀座にあったひまわり社。社員たちは、原稿やデザインを編集長・中原淳一の自宅へ持って行き、チェックを受けたという。その中原淳一の生誕100年を記念して、昨年2月から全国をまわってきた展覧会が、現在、茨城県近代美術館で開催中。

【企画展】『生誕100周年記念 中原淳一展 暮らしを愉しく、美しく』7月18日(金)まで
茨城県近代美術館

小尾芙佐さんに聞く 4回表に続く

ちょっと一息〜取材のあいまの ひとりごと

子どものころ、池上線に乗っていると、毛糸の帽子をかぶり、鳩が豆鉄砲をくらったような表情のおじさんに遭遇した。なぜか、とても気になる。つい視線が、彼のほうにいってしまう。

やがて、「あの人はコミさんといって、ああ見えてもちゃんとした小説家なのよ」と母が教えてくれた。テレビの「11PM」に出演しているのを見ては、「あ、コミさんだ」とファンのように喜び、小説やエッセイを読むようになった。

歌手のバーブ佐竹に惹かれ、野坂昭如にハマった私にとって、コミさんこと田中小実昌も、魅惑的なオジサンなのだった。こうして私の場合、まずはコミさんと野坂さんの日本語文章から読み始めた。彼らが敗戦後から翻訳を生業にしていたことを認識したのは、少し時間がたってからだった。

「翻訳の世界」という雑誌で働いていたとき、翻訳にまつわる思い出を書いてもらえないか、思い切って依頼してみた。コミさんは快諾してくれた。でも、締め切りにはハラハラさせられた記憶がある。(原稿頂戴するまでのスリリングさは野坂さんのほうが激しかった)

中村能三よしみさん(ノーゾーさん、と呼んでいた)の家に出入りしていた日々、そこで翻訳の仕事を回してもらうようになったこと、そしてノーゾーさんとの別れを、コミさん独特の文体で綴ってくれた。

その後、新橋にある映画の試写会場のひんやりした地下道で、偶然、コミさんにお会いした。原稿のお礼を申し上げたときの、ビックリしたような、あの丸い目、照れたような表情でピョコンと頭を下げる姿は、昔、池上線で見たときの雰囲気のまま。単発コラムの一度きりの原稿依頼とゲラのやりとりだったけれど、うれしい思い出だ。

コミさんのアメリカでの訃報に接したのは、それから間もなくのことだった。

・『ミステリマガジン創刊700号記念アンソロジー』では翻訳者としての作品ではなく、【国内篇】に田中小実昌「幻の女」が収録されている。

・なお、田中小実昌が翻訳したジェームズ・K・ケイン『郵便配達はいつも二度ベルを鳴らす』(講談社文庫)が、池田真紀子の新訳で『郵便配達は二度ベルを鳴らす』として光文社古典新訳文庫、7月に刊行予定。

(構成・文 大橋由香子)

大橋由香子(おおはし ゆかこ) プロフィール
フリーライター・編集者。月刊「翻訳の世界」(バベル・プレス)やムック「翻訳事典」(アルク)等で翻訳者へのインタビュー取材を手がけてきた。光文社古典新訳文庫の創設時スタッフでもある。著書『同時通訳者 鳥飼玖美子』『生命科学者 中村桂子』(理論社 )『満心愛の人』(インパクト出版会)ほか。

ジェイン・エア(上)

ジェイン・エア(上)

  • C・ブロンテ/小尾芙佐 訳
  • 定価(本体840円+税)
  • ISBN:75113-5
  • 発売日:2006.11.9
  • 電子書籍あり
高慢と偏見(上)

高慢と偏見(上)

  • オースティン/小尾芙佐 訳
  • 定価(本体920円+税)
  • ISBN:7752403
  • 発売日:2011.11.10
  • 電子書籍あり
幸福な王子/柘榴の家

幸福な王子/柘榴の家

  • ワイルド/小尾芙佐 訳
  • 定価(本体880円+税)
  • ISBN:75347-4
  • 発売日:2017.1.11

 

《「"不実な美女"たち」vol.1 小尾芙佐さんに聞く一覧》

 

《「"不実な美女"たち」vol.2 中村妙子さんに聞く》